プロローグ






「あー、急で悪いんだが今日はこのクラスは社会科見学に出る事になった。全員、今すぐ校門の外にあるバスに乗ってくれ」
修学旅行から帰ってきてまだ数日しか経っていない2-Cの教室で、担任の谷速人は疲れの抜けていない声を響かせた。
授業が潰れた喜びと、また遠出かという疲れの声が同時に上がる中、学級委員の大塚舞は皆をバスに乗るよう促した。
「今日はどこに行くんだろうね?」
「さあなー、でも何も修学旅行のすぐ後に行かなくてもいいのに…」
下駄箱にて靴を履く順番を待ちながら、生徒達は思い思いに喋っていた。
2月の矢神町はまだまだ寒い。ぞろぞろと外に出ると、皆一様に口から白い息を吐き出す。
「へえ、今回は結構いいバスじゃん」
「わぁー、おっきいねえ!…あ、ねぇねぇミコちゃん、今回もさ…」
「お、何ですか塚本さん?…なるほど、またやっちゃいますか!」
「やっちゃおう!」
塚本天満と周防美琴は大型のバスの前で拳を上げると、早速周辺の人々に密談を持ちかけ始めた。

「ちっ、面倒だな…でも、これはこれで天満ちゃんに近づくチャンスでもあるってこった!」
クラスメートの集団から一人離れ、ちょんまげ頭からいつもの頭に戻った播磨拳児は一人気勢を上げた。
先日の修学旅行で、彼は天満が自分の事が好きだと勘違いしている。彼にとっては早速巡ってきた告白のチャンスだ。
「…あら、まだバスに乗らないの?てか、ほんと髪やらヒゲが伸びるの早いわね…」
そんな彼に水を差すように、沢近愛理は後ろから話しかけた。
「うっせーな…便所行ってたんだよ便所!お嬢だって遅いじゃねーか」
「わ、私はちょっと髪を整えてきただけよ!別にトイレじゃ…」
「さーて、そろそろ行くか」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
こうして悪夢の地への直行便に、生徒達は全員乗り込んだ…

「お、おいお嬢…これは…」
「ど、どうなってるのよこれ…」
バスに乗ってすぐに播磨と沢近は驚愕した。中にはすでに彼ら以外のクラスメートは全員乗っていた訳だが…





「えへへー…愛理ちゃん、こっちこっち!」
バフバフと天満が向かいにある座席を叩いて見せた。何故か彼女の隣向こうの席2つだけが空いている。
そして、その空き席をクラス中の人間がにやけながら見つめていた。
「ま、…まさか、またあんた達私をハメようとしてるのね!?」
「ほーら、遠慮しないでさ!座った座った!」
天満に促されると、播磨は諦めたように座席に向かった。抵抗しようとしていた沢近も、それを見て移動する。
「おーし、全員揃ったなー?」
「はーい!」
「じゃ、運転手さん…よろしくお願いします…」
何故かあまり明るくない表情の谷が声をかけると、バスの運転手はにやりと笑い会釈をした。
「…ねえ、何か喋ってよ」
バスが出てから30分。ついに沢近は沈黙に耐えかねて口を開いた。
右隣には天満達がいるのだが、他の話題に夢中で話しかけ辛い。
そう、修学旅行の帰りの新幹線と同じ状況なのだ。完全に播磨と二人になるようハメられている。
「あん?…そ、それよりお嬢、席を入れ替わってくんねーか?俺酔いやすいんだよ」
「はあ?何言ってんのよ、酔いやすいならそのまま窓際にいなさいよ!あと、絶対酔わないでよ!」
「な、お、俺は通路側の方が酔いにくいっつーか…」
天満の横に座りたいという本心を隠しながら交渉を試みる彼の右肩に、不意に荷重がかかる。そこには沢近の頭があった。
「こ、こんの金髪お嬢…!人がせっかくお願いしてるってのに寝るとは!」
播磨は意地悪に右肩を上下してみせた。だが、沢近はまるで起きる素振りを見せない。
「くっ…!俺が肩を貸すのは天満ちゃんだけだってのに…はっ!?も、もしこの姿を天満ちゃんに見られでもしたら…!」
そう、このままではまた「沢近とラブラブ」などとクラスメートに騒がれ、天満にも誤解されてしまうかもしれない。
「おい、起きろよお嬢!おいって!」
沢近への抵抗が段々と激しくなってきた播磨だったが、急にある事に気付いた。
「な、何でみんなして寝てるんだ…?」
そう、彼が見渡す限り、皆眠りこけてしまっている。そして自分自身もまた、激しい睡魔に襲われている事に気付く。
「あ…で、でもまあ天満ちゃんも寝てる訳だし…この姿を見られる事もないな…ああ、寝顔もかわいいぜ天満ちゃん…」
幸せそうな寝顔を向ける天満を眺める播磨だったが、不意に目の前に人が現れた。
播磨がむっとして見上げると、そこにはガスマスクのようなものをした谷が立っていた。
播磨がどけと言おうとした矢先、谷は播磨にスプレーのようなものをかける。その瞬間、播磨の頭は沢近の頭に乗り上げた。

「…ねえ、どこよここ?」
「何だ?どうなってんだよ?」
周辺のざわめきにより、播磨は目を覚ました。隣には舎弟の吉田山次郎が寝ているようだ。
「何だ、ここ。どっかの倉庫か?…おい、起きろよ吉田!」
寝起きの一発が吉田山の後頭部を襲う。うつ伏せで寝ていた吉田山は飛び起きた。
「な、何するんすか播磨さん!…ってあれ、ここどこだ?」
「知るか!何か知らんがいきなりここにいたんだよ!…ん?吉田、何だよその首輪?」
「へ?首輪?…ってあれ、播磨さんにもあるじゃないですか!」
「あん?…ってなっ!?何だよこれは!?」
首輪、という単語にクラスメート達も反応した。お互いの首輪を見て、中には触り合う者までいる。

「皆、目は覚めたかい?」
突如として聞き慣れた声が暗い倉庫に響いた。知的で、冷静そうな…物理教師・刑部絃子の声だった。
皆が声のした方に振り向くと、刑部だけではない。笹倉、姉ヶ崎、加藤、郡山…そして、谷の姿があった。
「絃子先生!」
「谷先生、これ何ですか?ここどこですか!?」
生徒達は一斉に教師の下に駆け寄ろうとした時、突如として銃声が鳴り響いた。体育教師・郡山がマシンガンを乱射したのだ。
狙いは全てあさっての方向だったが、その射撃音の大きさは逆に倉庫内の静寂を生むこととなった。
「静かにせんか、お前達ぃ!先生の話を聞けぇ!」
普段持ち歩く竹刀に変えて、マシンガンを振り回し叫ぶ郡山。
「あの銃は本物ね…」銃器に詳しい高野晶がそう呟いた事で、もはや誰一人として口を動かす者はいなかった。

「…さて、君達にはこれからの予定についての説明をしないといけないんだが…その前に、転入生を紹介しておこう」
無言の教室で刑部が生徒達の方に指を指し、首をくい、くいと振って見せた。
その意味を酌み生徒達が一斉に後ろを振り向くと、そこには数名の男女がいた。
「と、東郷!ハリー・マッケンジーまで!」
「ララさん!?どうして!?」
「嘘でしょ…?何で八雲がいるの…!?」
彼らが見た人物は、彼らにも面識のある者ばかりだった。
2-Dの天王寺昇、東郷雅一、ハリー・マッケンジー、ララ・ゴンザレス。体育大会では彼らと騎馬戦やリレーで死闘を繰り広げた。
そして1-Dのサラ・アディエマスに塚本八雲…八雲は天満の妹だし、サラだって学校では名が知れていた。
特にこの二人は姉の天満や彼女達の所属する茶道部の部長・高野の居る2-Cに顔を出す事が多かったのだ。
「姉さん…!私達、刑部先生に次の授業の準備があるって言われて、車に乗ったらいつの間にか…!」
天満たちと同様に困惑した八雲は、不安そうに手を握るサラの手を握り返しながら訴える。
「ど、どうなってやがるんだ!?俺はゴリ山に呼び出し食らってタクシーに乗せられただけだぞ!?」
薄暗い倉庫内でも目立つ巨大をゆすり、天王寺も叫んだ。
「俺達は加藤先生に留学生組についての通達事項があると言われ車に乗せられたんだが…」
「どうやら、最初から仕組まれていた罠だった、という事かナ?」
「イチ・ジョー!どこだここは!?」
比較的冷静さを保つ東郷とハリーの間で、ララは同じレスリング部の一条かれんを指差し怒鳴った。

「…さて、転入の挨拶が終わった所でルールの説明をしよう。笹倉先生、姉ヶ崎先生、よろしいですか?」
絃子が横を見ると、それに習い生徒達も一斉に首を向ける。その先にはいつの間にか学生服を着た笹倉葉子と姉ヶ崎妙がいた。
「はーい、みんなー!今から今回のゲーム、バトルロワイアルについて説明するからねー!」
「一度しか言わないから、ちゃんと聞いてね?」
今までの緊張状態からは考えられないような…少し抜けた、だが優しい女性教師の声が教室を支配した。
「今日から皆さんには、殺し合いをしてもらいまーす!最後の一人になるまでだよ!」
姉ヶ崎のいつもの優しい声はしかし、あまりにも残酷な命令を告げる。
「期限は、今日から3日間。それまでに残り一人にならなかったら全員死ぬ事になるから、皆しっかり殺してね」
笹倉も、いつもの微笑みを浮かべながら言い放った。一度は安堵しかけた生徒達が再び味わう絶望…そして一人、完全に絶望に飲まれた少女が現れた。
「待ってくださいよ、笹倉先生!何でこんな事するんですか!?」
2-Cの生徒集団の中で、一人の少女…種田 芽衣子が立ち上がった。周りの生徒達は必死に座るよう促している。
「殺し合えって…おかしいですよ!何でですか!?どうしてですか!?」
種田の目からは大粒の涙が溢れていた。恐怖に顔を歪め、声を詰まらせながらも彼女は叫び続ける。
「――座りなさい。さもないと…」
もはや聞き取る事もままならぬ種田の泣き顔を見据えた絃子は、拳銃を少女に向けた。
やめて、許して!回りの生徒達が一斉に絃子に哀願する。だがそれを掻き消すように、種田は泣き続けた。そして…
彼女の泣き声は、銃声に消えた。

銃身から煙を上げる拳銃。だが、それの持ち主は刑部ではなく笹倉だった。
皆の視線が笹倉に注がれる。そして、他の教師達からすらも…
「ひっ…やあああああああああああああああああああああああああ!」
種田の隣で座っていたおかっぱの少女、塀内 羽根子が悲鳴を上げ、皆の視線が再び2-C生徒集団の中心に集まる。
そこには頭から血を流しながら倒れている少女と、それを必死に揺する羽根子の姿があった。
連鎖する悲鳴、そして吐き気。教室内は一瞬にしてパニックに陥った。
が、それも郡山のメチャクチャな銃の乱射と怒鳴り声で静まり返る事となる。
「せ、せっかくだから説明するけど、皆に首輪がついてるでしょう?」
静寂を取り戻し、姉ヶ崎は再び笑顔を作り説明を再会した。模擬なのか、自身の首にも同じ物をつけている。
「これはね、皆の心臓の動きを感知するセンサーや、居場所が分かる発信機がついてるんだ!」
姉ヶ崎が喋る間、生徒達は各々首輪に手をやった。そして、背筋を凍らせる。「そして、これが一番大事なんだけど…なんと!これには爆弾もついてるんだよ!」
爆弾。それが何を意味するのか、分からない者などいない。ましてや、それが首に密着しているのだから。
背筋が凍るどころではない。今すぐにも心臓が止まりそうな、どうしようもない恐怖が一同を襲った。

「もうやだ…もうやだよぉ!」
今度は頭から血を流している少女の傍にいたおかっぱの少女が泣き出してしまった。本当なら、他の者だって今すぐ泣きたい。
だが、教師達の説明の邪魔をしてはならないという恐怖心が、涙を止めていたのだ。
だが、一番近くで級友の死を見せ付けられた少女には、恐怖に耐える事などもはや不可能だった。
再び倉庫内に泣き声が響き渡る。必死になだめる他の女生徒達だったが…すでに遅すぎた。
「…その首輪が爆発する条件は、後で地図を配るけどゲームのフィールドの中にできる禁止エリアに入った場合。
そして、無理に外そうとしたり、24時間で誰も死ななかったり――ゲームの主催者に逆らおうとした場合…」
今度は止めてという間も無かった。笹倉が手に持っていたスイッチを押した瞬間、ボンッという軽い音と共に羽根子の首から血が吹き出た。
一瞬にして周囲は血に染まり、それは他の生徒達にも降り注いだ。
だが、もうパニックは起こらない。すでに彼らはまともな思考力を失ったのかもしれない。
「じゃあ、今から皆にリュックサックを配るよ!中には地図とコンパスと筆記具、それに食料と水と、それぞれに何か武器が入ってます!」
姉ヶ崎と笹倉がリュックを背負って見せた。矢神の制服にはあまり似合わない、ミリタリ色の強いリュックだった。
「禁止エリアは2時間毎に1つずつ追加されます!それはちゃんと放送するんで、皆しっかり聞いてね!
とりあえず最初はこの倉庫周辺が禁止エリアになるから、始まったらすぐにここから離れてね」
「放送は6時間ごとに行います。その時に死んだ人の名前も読み上げるから、あと何人いるかはちゃんと分かりますよ」
いつものやさしい笑顔で、姉ヶ崎と笹倉は一同に手を振って見せた。
そしてその先には、大量のリュックを乗せた棚があり、両端には谷と加藤がいる。
「おら、男女出席番号1番から行くぞ!男子一番、麻生広義!」
「…はい」
郡山が名前を呼ぶと麻生は立ち上がり、淡々と棚に向かっていく。それに対し、谷は傍にあったリュックを無造作に投げつけた。
「次ぃ!女子一番、一条かれん!」
「は、はい!」
麻生が呼び出されてから1分後、一条かれんの名前が呼ばれた。
嵯峨野恵や結城つむぎといった友人から別れ、彼女も谷から荷物を受け取った。
「さあ、、そのまま真っ直ぐ廊下に出るんだ」
加藤の指示に従い廊下に出た一条の前には、大勢の兵士達が並んでいた。
皆大きな銃を携帯している中、一人の兵士が近づいてきた。
「よし、貴様はこちらから出ろ!」
兵士が指差す先には、この倉庫の様な場所からの出口があった。
そしてどうやら、この出口は何箇所もあるようである。事実、先ほど麻生が出た出口は別の方向だった。
恐らく、簡単に生徒同士が合流できないように出口を分けたのだろう。
「ああ、そうだ。なるだけ急いだ方がいいぞ?禁止エリアは意外と広いからな」
いざ出ようとした矢先に兵士が呟く。恐らくこうやって、さらに生徒達を混乱させて合流を防ごうとしているのだろう。
だが、今は兵士達に従う他なかった。一条は全速力で飛び出していった。

そして、同じようにして一人、また一人と消えていった。2-Cの一面が居なくなってからは、2-D,1-Dの面々がやはり五十音順で番号を振られ、呼ばれていった。

教室には6人の教師と、2人の血を流した女子生徒の死体だけが残された。こうして見ると、この教室はかなりの広さだ。
少女達の死体からはなおも血が流れていた。その血一滴一滴が、もう二度と日常が戻る事は無い事を示していた…


【種田 芽衣子:死亡】

【塀内 羽根子:死亡】

            ――残り41人


【1日目 12:00】



前話   目次   次話