秘密基地開発計画






 冬木武一は、どちらかといえば身体能力に優れない側に属する人間だった。
体力には自信がないし、腕力・脚力も平均以下。運動会で活躍した覚えはない。
しかし彼は子供の頃から賢かったので、それらの欠点を補いながら友人達とつきあう術を
早いうちから身に付けていた。おかげで矢神高校では仏の西本と並び称されるまでの地位を
男子限定ではあるが築いている。西本軍団に属していながら、女子からの評判もけして最悪ではないのだ。
嵯峨野恵、結城つむぎという友人もいる。クラスメイトへの配慮も忘れないし、
さりげなく恋の後押しをするその姿勢は評価が高い。いうなれば、彼は対人関係のつくりが上手いのだ。

「はっ………はっ……」
 しかし、殺し合いの舞台に駆り出されて、最初に出会った相手が東郷雅一、というのが悪かった。
彼のこれまでの人生で築いた人との付き合い方の一切が通じない相手だったのである。
ゲームに参加しようとしない意思は嬉しい。反抗基地を作ろう、村の一角を拠点としよう。悪くないと思う。
冬木本人としては、適当に机を並べパソコンをセッティングしたらそれで終わるつもりだった。
パソコンを触りながら誰かが訪れるのを待って、チームを作っていくつもりだったのだ。
しかし東郷は違った。彼は自分より『本気』だったのである。

「………ぜえ、はあ……」
 村が見える。鎌石村だ。ああやっと戻ってきた……


 話は数時間前に遡る。一条かれんが東郷から自転車を受け取り出発。
その姿が見えなくなった後、村に設けた秘密基地に二人は戻った。
東郷は付近の様子を見てくる、と告げて去っていった。残された冬木はパソコンに挑む。
隠しファイル、隠しフォルダ、パスのかかったファイル等メッセージ性のありそうなものは皆無。
ハードディスクはほとんど空。特に妙なツールやアプリも見当たらない。
最新型のようだが、その中身は『業者がOSいれてセットアップだけはしました』というような状態である。
自分の知識ではここが限界、と詰まったところで東郷が戻ってきた。

「相棒、この建物には窓が多すぎる。スナイプされたら危険だ。村の奥に資材置き場があった。窓を板で補強するぜ」
 そうかもしれない。建物にいる、ということは決して安全とは限らないのだ。
幸い資材置き場はそう遠くなかったので、二人で板を一枚一枚運び、いくつかの窓に立てかける。
これで外からは見えないし、多少の衝撃なら守ってくれるはずである。
釘は板に刺さったままのものがあるので、大工道具でもあれば打ち付けることもできるだろうが手元にない。
これ以上は無理と判断し、一仕事を終えて冬木が椅子に腰掛けたところで、また声をかけられる。

「ストーブやポリタンクを探すぜ。灯油が入ってるやつがあるかもしれない」
 結論から言って、灯油の一滴も見つからなかった。C-03、C-04地点を探すが収穫はない。
特に郵便局や村役場には期待していたのだが。しかし、この二箇所を調べればこの島の位置や
脱出への手がかりが見つかるかもしれない。疲れを見せ始めた体を動かそうとしたところで、
また話しかけられた。

「おっと俺ともあろうものが大事なことを。水を補給しねえとな。南に川がある。
 倉庫にリヤカーがあった。いくつかのバケツも見つけたし、行こうぜ相棒」

 ……今度は一体何用だ、と思ったところでとんでもないことを提案される。
水だって?村に井戸か何かはないのだろうか。……ないらしい。
東郷本人はリヤカーに詰まれた幾多のバケツを見て満足気だ。
これをコロコロとひきずって、全部に水をくみ上げて、また戻るのか。
一人でやれ、ということはないだろうが『相棒』という以上、半分は期待されているのである。
冗談じゃない、自分は頭脳労働派なのだ。腰が砕けてしまうかもしれない。
だいたい、少なくとも今はここは安全なのに外に出るなんて…その旨をやんわりと
オブラートに包み、しかし拒否したいという意思を含ませ言葉にして伝えてみる。
「安心しろ相棒。俺はお前を信じているぜ。その信頼に応える力を持ってるってこともな!」

 ……まったく、話にならなかった。反りが合わず話にならないのではなく、
話が通じないから話にならないのだ。つきあってられないと逃げ出すにも、そんな場所はない。
やむを得ず冬木は彼の提案を受け入れることにした。
東郷の引くリヤカーを後ろから支え南を目指す。
帰り道のことを考えると、一条がいれば…と思わずにはいれなかった。


 やがて無事D-03の川に到着し、二人で水を汲んでいく。リヤカーが傾いて汲んだ水がこぼれたときは
泣きたくなってきた。
「…な、なあ…そろそろやめないか?運ぶのがつらいぜ?な?」
「余計な気遣いは無用だぜ。いくらこぼれようが、まだまだ俺の闘志は燃え尽きちゃいねえ!」
 やはり、話にならなかった。水の入ったバケツでリヤカーが一杯になり、まずはどちらかが引く側となる。
冬木は辛いことはさっさと終わらせようと、諦め気味に立候補した。
こぼさないよう気を使いながら、バランスを維持し、力を込めて少しずつリヤカーを引いていく。
手首、足、腕、腰と負担がたまっていく。ぐらり、と傾きそうになる度に冷や汗が流れた。
今襲われたら逃げられるのだろうか。嫌な汗が吹き出てくる。
後になって気付いたのだが、この状態では前後の役割を交代する機会などない。どちらかが離れたら
その時点でバランスが崩壊し、文字通り水泡に帰す。
かくして冒頭の通り、冬木はここまでの過程で精神と体力をすり減らすこととなるのであった。


 村が夕日に照らされて、全体が赤く染まっていく。しかしその美しさに恍惚とする余裕はない。
今は壁を利用して、リヤカーを支えなければならないのだ。東郷がバケツを運び終えるまで。
残り少ない体力の全てを注いでいるため、周囲への注意力が散漫になる。
リヤカー上のバケツが半分ほどに減ったところで、それは訪れた。

「……ふ、冬木?……何やってんだ?」
「……!え?ええ??だ、誰だ!?」
 急に声がかかり、思わず両手を離してしまう。気付いたときにはもう遅く、周囲に轟音が鳴り響く。
リヤカーが倒れ、バケツの中の水が地面にぶちまけられる音だった。
「どうした相棒!敵襲か!」
 東郷が両手に空のバケツを持った奇妙な格好で駆けてくる。そこにいたのは『相棒』冬木と…
「……誰だい、お前さんは?」
 今まで鎌石村をさまよい歩いていた、三沢伸だった。


「へえ〜パソコンかあ。冬木、これに何かゲームとか入ってる?」
「いや…特にそういうのはないみたいだ。使い道は……まあいまのところ記録をつける、くらいかな」
 互いに敵意がないことを確認し、秘密基地内に三人はいた。残った水で喉を潤しながら情報交換をする。
といってもそれを行っているのは冬木と三沢の二人のみで、東郷は三沢の支給品vz64スコーピオンをいじっていた。
どうやら相当お気に召した様子。

「烏丸が…?へえ…ちょっと会ってみたいかな」
「よせよせ、あいつなんだか薄気味悪いぜ。やることがあるって何なんだか…」
「休んだら、後で行ってみるよ。俺、彼とバンド仲間だしさ。詳しい場所教えてくれ」
 一通りの情報交換を終え、冬木はそれらをパソコンに打ち込んでいく。もし自分達に何かがあっても
誰かがこれを読んでくれるかもしれない。疲労はほとんど限界にきており、すぐにでも
運んできたソファーで休みたいが仲間に会えた安心感が彼に少しだけ体力と気力を与えていた。

「で、三沢はこれからどうする?どこか移動するのか?」
「…もう夕方だしな…お前達は今晩ここにいるんだろ?じゃあ俺もそうするよ」
 少なくともここには水がある。支給された自分のものに手を付ける必要がないならそれだけでも利点があると
三沢は思った。東郷が銃を返しもらいたいという理由もあったのだが。

「さて、お前さん達。そろそろいいかい?」
 これまで沈黙を保っていた東郷が、突如立ち上がって冬木達に向かってくる。銃口を向けて。
「お、おいこっち向けんなよ…撃たないっていうから渡したんだぜ?」
「…大丈夫、三沢。…多分だけど東郷はそういう奴じゃない」
「フッ…ありがとよ、相棒。コイツを手に入れて少々熱くなっちまったようだ。悪かったな」
 スコーピオンは別にあげたわけじゃないのだが―と三沢は喉まで出かかった言葉をそのまま飲み込む。
先ほど冬木と話してる時、東郷には適当にあわせておいたほうがいいとこっそりアドバイスを受けたからだ。


「これまでで、砦を築いた。補給もした。仲間と武器を得た。……となれば次は何だ?そう、反撃サ。…だが」
 東郷は壁の方角をじっと睨み付ける。真剣な表情で。いや、いつも彼は真剣なのかもしれないが…
少なくとも冬木と三沢にはいつもより真面目に見えたのだ。その視線の先は室内ではなく外―鎌石小中学校。
「どうやらあちらさんが先に動きそうだな……」


――――まもなく18時、第一回放送が開始される―――


【18時】
【冬木武一】
【現在位置:C-03】
[状態]:疲労大
[道具]:支給品一式 ノートパソコン
[行動方針] :1.休みたい 2.烏丸に会ってみる

【東郷雅一】
【現在位置:C-03】
[状態]:やや疲労
[道具]:支給品一式 vz64スコーピオン/残り弾数40
[行動方針] :反主催、反撃の手段を考える

【三沢伸】
【現在位置:C-03】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式
[行動方針] :夜が明けるまでは東郷達と一緒にいる。それからは不明。スコーピオンは返して欲しい



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