閃光と銃声
二人でゲームに乗ると決めてから、鬼怒川と斉藤は平瀬村と呼ばれる集落を目指し南進していた。
自分達が元居た海岸の近くには二箇所の集落があったのだが、東部の鎌石村よりは近いとの判断からだ。
途中にあった川で水を飲み、さらに南へ進むこと数十分。二人は菅原神社の入り口にまで辿り着いた。
「さて、これからどうしようかな…」
鬼怒川はリュックを下ろし、斉藤が開く地図を覗き込む。
その何気ない仕草に斉藤は胸を高鳴らせていたのだが、相変わらず鬼怒川は気にしていないようだ。
「このまま南の村に入るか、すぐ傍の神社に入るか…ま、どっちでも変わんないけどね。
これからゲームに乗る以上、人がいれば殺して――」
と、鬼怒川が銃を構え前を見据えた。斉藤の視線がようやくそれに追い付いた時、そこには一人の男が走ってきていた。
二人でゲームに乗る。そう決めてから最初の遭遇者は、普段殆ど喋る事が無かった男。
暴走族を潰した、ヤクザと戦争をした…そんな噂が耐えなかった男。
ある意味二人にとっては幸いな相手だ。恐ろしく強いだろうが、それを殺すためらいは他の者よりは遥かに薄い男…
播磨拳児。
天満や沢近を探しひたすら走り続けていた播磨は菅原神社の入り口に迫っていた。
「天満ちゃんをお嬢より先に探さねーと!…それか、お嬢を捕まえてちゃんと誤解を解いて…ん?」
すでに夕日はかなり沈んでいる。ただでさえ薄暗い中、サングラスをかけていた播磨は気付くのが遅れてしまった。
前方にいた二人の男女。しかも、二人ともかなり大きな銃を携えている…そんな二人に不用意にも近づいたのだ。
見知らぬ女から銃を向けられ、こちらに来いというジェスチャーをされる。播磨はなす術も無く手を上げた。いくら彼でも銃に勝てるはずがない。
「お、おめえらなんで…」
こんな言い方をしているが、播磨は鬼怒川も斉藤も覚えてなどいない。名前はおろか顔すらもだ。
「そ、そうだ!なあ、お前らてん…塚本を見なかったか!?あと、お嬢…沢近も!」
「播磨君、あなたは今から私の質問にだけ答えて」
銃を構えたまま鬼怒川は言い放つ。折角走り疲れて息が上がっている播磨を休ませる訳にはいかないのだ。
「まず、あなたの支給品を教えて頂戴」
「あ?…催涙弾が一つと、あとは水と食い物と地図と…」
「…もういいわ、ありがとう。じゃあ、あなたは今までに誰と会った?」
「…最初に向こうの村で梅の死体を見つけたんだ。で、そこにお嬢…沢近ともう一人女が入ってきて…」
場所の話になり、斉藤が銃を降ろしリュックから地図と鉛筆を取りメモを取り出したようだ。
その姿は完全に無防備だったが、鬼怒川には相変わらず隙がなかった。一瞬でも隙を見せれば無事で済む相手ではないのだ。
「梅…という事は梅津君か。服に返り血があるし、あなたが彼を殺したのね?」
「ち、違う!俺が見つけた時にはもう死んでたんだ!血は転んだ拍子について…お嬢達も、俺がやったって誤解してんだ!」
梅津、という単語に斉藤は一瞬表情を強張らせる。さりげなく伝えられる級友の死。それがこのゲームの現実だ。
「…まあいいわ、要するに梅津君を殺した人間がいるかもしれないのね。それで、沢近さん以外にもう一人いた女の子は誰?」
「…分かんねーよ。俺はクラスの奴の名前はほとんど覚えてねえんだ…で黒くて長い髪だった。ちっとは背もあったかな…」
「嵯峨野…かな?まあ、その二人ならゲームには乗ってなさそうね」
いつしか訪れる静寂。尋問の終了、即ち最期の時の到来を意味していた。
銃を構える鬼怒川、地図を広げたままの斉藤、両手を上げたままの播磨…いずれもひたすら沈黙に耐えていた。
「…なあ、鬼怒川。この地図だと…さ、梅津を殺した奴はどこにいそうだ?」
「さあ…播磨君が来た方向だと…やっぱり南の平瀬村にまだいるかも…」
鬼怒川が播磨を撃とうと決断するより早く、沈黙に耐え切らなかった斉藤は声を上げてしまった。
鬼怒川が地図を覗き込む。その時こそ、播磨にとって唯一最大の好機だった。
「播拳蹴!」
播磨の右足が斉藤の顔にめり込み、体が吹き飛ぶ。ほんの一瞬の隙で、3mはあった播磨との間合いを詰められたのだ。
鬼怒川は慌てて銃を播磨に向け直したが、すでに彼はポケットから何かを取り出していた。
「…催涙弾!」
言うや早く、鬼怒川はスカートのポケットからハンカチを取り出し鼻と口に当てる。
それに遅れながら播磨も左腕の裾を鼻と口に当て、ピンを抜いて放り投げた。
直後、閃光が走る。煙を想像していた鬼怒川と播磨の目を容赦なく光が襲った。
「ああっ!?」
鬼怒川が両手で目を押さえて呻く。そして播磨は…何事も無さそうに立ち上がった。
「何だ、閃光弾だったのか…ま、だったら俺には関係ねえ」
愛用のサングラスに感謝する播磨だったが、彼の前で一人の男が銃を手に取ろうとしていた。…斉藤だ。
「オラァ!」
斉藤の頭を踏みつけるように蹴りを加え、播磨はそのまま走り出した。
「ふざけんな!てめえらに構ってる暇はねえんだよ!」
先ほどよりもさらに早いスピードで播磨は駆け、見る見るその姿は小さくなっていった。
「ま…ちなさいよ!」
かなり視界がぼやけていたが、構わず鬼怒川は銃を発射した。
反動は小さくなかった。射撃音と共に鬼怒川は地面に腰を打ちつける。だが、播磨の動きには少しも変化が無いようだ。
「全然、届いてないの?…しかも、たくさん弾が出た…」
腰がジンジンと痛む中、彼女はようやく自分の銃が散弾銃である事を知ったようだ。
銃声はもちろん播磨にも聞こえていた。だが幸いにも距離があり、弾が届かなかったようだ。
「冗談じゃねえ…丸腰でやってられっか!」
吐き捨てるように彼は北に走る。そのまま後ろを振り返ることも無く。
幾度となく死闘を繰り返してきた播磨でさえ、銃は恐かった。別物だった。
尋問中、そして尋問後…いつ撃たれるか分からない状況は、彼をかなり追い込んでいた。
事実、早くも彼は疲労が溜まって来ていた。精神的な不安が肉体までも蝕んだ結果だ。
結果だけを見れば播磨の勝ちだ。だがその姿は、敗軍の兵も同然だった。
【播磨拳児】
【現在位置:E-01】
[状態]:健康、かなり疲労
[道具]:支給品一式(水と食料二人分)、アイテム不明×1
[行動方針] :1.天満を捜すそのために北へ移動 2.沢近の誤解を解く 3.適当な河川で血を落とす
「お…おキヌ、大丈夫…か?」
「ええ、私は何とか…それより斉藤君こそ」
播磨の姿がすっかり見えなくなり、鬼怒川は今だ倒れている斉藤に近づいた。
「酷い鼻血…今、これしか無いけど我慢して」
そう言うと鬼怒川は斉藤の鼻に自分のハンカチをそっと当てる。
「で、ででででででで!?」
「あ、大丈夫?でも血を止めなきゃだめだし、我慢して」
…別に鬼怒川がSの本能で虐めている訳ではない。そっと当てているのに痛がっているのだ。
「…あーあ、情報は聞けたけど逃げられたか。やっぱりもっと早く撃つべきだったなあ…」
右手でハンカチを固定し、鬼怒川は一人で反省会を始めた。
(…あ、でもこのハンカチってさっきおキヌが口に当ててた奴…)
その横で、痛みの中でどこか幸せそうな斉藤が仰向けのまま頷いた。
「…それにしても、播磨君は最初に塚本を見なかったかって聞いてきたよね?
あれ、やっぱり一年の八雲ちゃんかな…昔付き合ってたみたいだし」
「あ、ああ…そういえばそうだったな」
「沢近さんより先に探してたって事は、人殺しって誤解されたから元カノに走ったって事かな?」
「くそっ、沢近さんがいながら八雲ちゃんに浮気かよ!羨ましい奴め…!」
口ではそう言いつつも、何だかんだで今の状況も満更ではないと思う斉藤だった。
【鬼怒川綾乃】
【現在位置:E-01】
[状態]:腰が痛い、まだ目がかすむ
[道具]:支給品一式 ショットガン(スパス15)/弾数:5発
[行動方針] 1:斉藤の手当てをする 2:斉藤と協力しゲームに乗る
[備考]:播磨が八雲、沢近を探していたと思っています
【斎藤末男】
【現在位置:E-01】
[状態]:鼻骨骨折(鼻血が止まらない)
[道具]:支給品一式 突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:50発
[行動方針] 1:鬼怒川と協力しゲームに乗る
[備考]:播磨が八雲、沢近を探していたと思っています
「…今の銃声、何…あれもヒゲなの?」
菅原神社の本殿で休んでいた沢近と嵯峨野は不安を隠せなかった。
本殿に入ってからまだ30分も経ってはいない。それなのに、もう追い付かれてしまったのだろうか。
足の疲労は取れなかった。そればかりか、気を抜いた途端に一気に溜まってしまった様に感じられる。
「あいつ、武器はナイフだったんじゃ…あっ、あの後梅津君の武器を奪って…!」
「どうする、沢近さん?誰が襲われたかも分からないけど、逃げる…?」
答えるまでもない質問だった。今から逃げた所で、足が疲労し切った状態では大した距離も稼げない。
「…それより、ここに隠れてましょう。もしかしたら他の場所に行くかも知れない。それに、ここに来たって…」
沢近は嵯峨野の持つ拳銃に目をやる。これは本堂に入ってから嵯峨野がリュックから見付けたものだった。
「でも沢近さん、私に本物の銃が撃てるかな…」
「大丈夫、私クレー射撃をやってるの。いざとなったら私に貸して頂戴」
「…分かった。もしもの時はお願いね」
「任せて!…さあ、来るなら来なさいヒゲ。そのバカ面に思いっきり撃ち込んでやるわ!」
沢近は精一杯の笑顔を見せたが、嵯峨野にはやはり強がりにしか見えなかった。
いつ来るとも知れない恐怖。ますます周囲が暗くなる中、少女達は更なる戦いを強いられる。
【沢近愛理】
【現在位置:E-02、菅原神社本殿】
[状態]:落胆+憎悪、足に疲労、強がり、肩に傷(片方のツインテールをばっさり切られています)
[道具]:支給品一式(水一食分消費) 金属バット
[行動方針] 1:神社に潜伏、様子見 2:天満らを捜す(播磨がゲームに乗ったと思ってます)
【嵯峨野恵】
【現在位置:E-02、菅原神社本殿】
[状態]:健康、沢近を心配、足に疲労、肩に傷
[道具]:支給品一式(水一食分消費) デザートイーグル/弾数:8発
[行動方針] 1:神社に潜伏、様子見 2:天満らを捜す(播磨がゲームに乗ったと思ってます)
【午後:16〜18時】
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