漢の生き様
「ところで、お前自身はなんか具体的な脱出案は持っていないのかよ、西本。地図を見る限りここって孤島だろ。舟でもありゃあ脱出できるだろうけど」
仲間を探す道のりの途中で、菅は西本に何気ない質問をぶつける。
先頭を歩く西本は振り向くこともせず、菅の問いかけに淡々とした答えを返した。
「甘いダスな、菅君。おそらくそんな脱出方法はすでに敵が消しているに違いないダス。もしくは海に出たとたん……ドカンッ、とやられる可能性も否定できない」
「そ、そうかな? もしかしたら運よく脱出できるかも」
希望的観測を棄てたくない石山がそう話しかけたところで、西本は初めて脚を止めて振り返った。
こんな状況だというのにその目にはいつもどうりの穏やかな光が宿っていて、動揺の色は見えない。まるでこんな状況を前にも体験したことがあるように見えた。
「君も甘いダス、石山君。君達はもう忘れたんダスか」
「な、何をだよ西本。こんな状況、俺達は初めて……あぁっ!」
突然何かを思い出したように、石山は目を見開いて声をあげた。
それを満足そうに眺めてうなずく西本。
菅はそんな二人の異様な光景を怪訝そうに見つめていた。
「どういうことだよお前ら。俺にもちゃんとわかるように説明してくれよ」
そう懇願する菅を見て西本と石山はため息をつき、それから西本はもう一度その口を開いた。
「大垣菜々主演の『君とふたりっきり』シリーズ外伝と言ったら、君は思い出せるダスか?」
「『君とふたりっきり』シリーズ……って、もしかしてあのっ!?」
「そうダス。2001年に、もう落ち目となっていた大垣菜々が、AVマニアック系女優としての二度目の華を咲かせるきっかけとなった大人気シリーズ。
その中でも、大垣菜々初の海外収録作品として作成された外伝は、ストーリー性を重視しすぎたせいで収益が伸びず、今では扱っているビデオ屋も少ないダス。
しかしその中で大垣菜々が見せる一瞬一瞬の表情は、AV通算収録数が当時四十本を超えていた大女優の看板に偽り無く、並みの女優など相手にならんダス。だからこそ、ワスのコレクション閲覧会の際に皆にも見せた筈なんダスが」
「待てよ……そうか思い出したっ!『君とふたりっきり』シリーズの外伝って言えば、ちょうど第七巻と第八巻の間に収録した、『真夏の孤島で自然にもどろっ♪』のことだなっ! た、確かにあの状況は、今の俺たちの状況にそっくりかもしれないっ」
「やっと、思い出したようダスな。そう、あの作品の中でも、大垣菜々はボートで脱出しようとして相手男優の罠にかかってしまった。今の状況はまさにそれダス」
そう言って微笑む西本の後ろに、菅は後光が差しているように思えた。
今までAVの神、仏の西本として西本を尊敬し続けてきた。
しかしまさかこんな状況で、こんな死と隣り合わせの状況でまで彼はAVを行動指針としている。
彼こそはまさに漢の中の漢。
菅は改めてそう確信した。この漢に着いていけば、絶対になんとかなるような錯覚さえ覚えた。
「ワスの予想が正しければ、相手の黒幕はワス達のことをただの高校生としてなめてかかっているダス。
だからこそ、ワス達は己の経験の中から常に相手を分析して付け入る隙を探らなくてはならんダス。
そしてワス達には、今まで疑似体験してきた……いや、実際に体感してきた、数々の物語が、あるダス」
力強く握られた西本の握りこぶしに、石山の握りこぶしが合わされる。
「それも共通の、な」
「俺のことも、忘れないでくれよ」
菅の握りこぶしも一つに重ねられたことで、男達の結束は再び高まった。
多くの物語を鑑賞し、その一つ一つをかみ締めてきた自分達なら、そして西本軍団のその他団員なら、こんな状況を抜け出す解決策をきっと見出せるという確信が、彼らの中に生まれたのだ。
そして無事帰った暁には、AV鑑賞祭を三日にわたって開催するということも、彼らの中ではなぜか共通目的として確立していた。
「ありがとう西本。なんだか俺、勇気がでてきた。さぁ、はやく誰かと合流できるように急ごうぜ」
「うむ。菅君、君の言うとおりダス。そこで提案なんだが、ワスはこのまま西に向かって、ホテル跡まで向かおうと思うんダスが……」
「ホテル跡? 何でだ?」
「そこなら、何か食料が確保できるかもしれんダス。それに、こういった大きい建物のほうが皆が集まってくる可能性が高い気がしないダスか?」
「そ、そうだな。それに屋上からなら周囲を監視できそうだし」
「夜になったら禁止エリアが増えるから、その前には到着したいな。ここからなら、あと歩いて三十分ってとこか?」
「よし。それじゃすぐ行ってみるとするか」
そう言って駆け出そうとする石山を、西本が手をかざして引きとめた。
「いや、焦ってはいけないダス。周囲を監視できそうな屋上があるということは、そこに既に誰かいる可能性も否定できないということダス。
だからまず近くまで行き、それから視界が不明瞭になる日の入り後まで待つのが最善ダス。それにホテル跡に食料が必ずあるとは限らんダス。
幸い、いまワス達が通っているのは山道。ここで石山君の支給品の出番ダス」
「こ、これか?」
石山はカバンを開けて、中から「山の植物図鑑」を取りだした。
これが彼に与えられた生き残るための武器である。三人は先ほど、自分達の戦力を確かめるためにも互いの武器を確認していた。
「そうダス。まずはこれを使って山に自生している食料を確保。それからホテルの近くの川で水を補給して、陽が落ちたらホテルに入る……ということで、どうダスか」
「に、西本っ。今日のお前、格好良すぎだぜ」
「それほどまでに、例のビデオはお前の心を奮い立たせるものなのか……」
「あれは、ワスが半年以上待っていた、今年度最高傑作ダス。あれを見るためなら、ワスはどんな困難にも打ち勝って見せるダスッ!」
そう行って歩き出した西本の背中を、頼もしげに見つめる菅と石山。
どうやら彼らの士気は、しばらく衰えそうもない。
【西本願司】
【現在位置:E-05】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 アイテム不明
[行動方針]
1:ホテル跡へ移動
2:他の仲間を集める
3:食料と水の確保
最終方針:帰ってから皆でHビデオ鑑賞祭
【菅柳平】
【現在位置:E-05】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 アイテム不明
[行動方針]
1:ホテル跡へ移動
2:他の仲間(特に麻生)を集める
3:食料と水の確保
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭
【石山広明】
【現在位置:E-05】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)
[行動方針]
1:ホテル跡へ移動
2:他の仲間を集める
3:食料と水の確保
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭
【午後14時〜15時】
前話
目次
次話