Sister's Ten-Million Power






キキキキキキキ…………ギギィ……

 自転車の上げる悲鳴に眉をひそめて、一条かれんは自転車を止めた。
冬木と東郷の元から別れておよそ4時間、無茶なペースでずっと自転車を漕ぎ続けたのだから無理のないことだった。
(ここまで、誰にも会わなかったな……)
 自転車を借りてから西へ向かい、それから海沿いの道を南下してきたのだが、目当ての今鳥はおろか誰一人とも出会わないことに些かの寂しさを感じていた。
「今鳥さん……海岸で寝てるかと思ったけど、アテが外れちゃったかな」
 そう呟きながら地図を取り出し、休憩がてら現在地を確認する。
どうやらここは冬木達の基地からはほぼ島の反対側にあたり、もう少し先で街道に合流すると、すぐに灯台へと続く道があるようだ。
「灯台、か……」 
 行き止まりである以上、ここに彼が居なければ大きな無駄足になってしまう。
だが空を見ると陽も傾き始め、そろそろ夜を越すことを考えなければならない頃だろう。
当然、野宿よりは屋根の下で眠りたいのだが、このあたりの建築物といえば少し前に通り過ぎた廃村か、この先の灯台になる。
(そのついでに探すのなら、見つからなくても大きなロスにはならないよね)
 そう考えをまとめて顔を上げると、海岸近くを歩む人影に気が付いた。
(あれは……、たしか塚本さんの妹の……八雲ちゃん?)
 だがその顔は憔悴して青白く、よく見ると衣服に赤黒い血のような物が付いている。
(っ! あの娘、もしかしてケガを!!)
 気づくと荷物も自転車も放り出して、全速で駆け寄って行った。

――時間は少し遡る。

 塚本八雲は恐怖に震えていた。
 狂人の襲撃から辛くも難を逃れ、一刻も早く離れようと駆けてきたが、ようやく海岸が見えたあたりが限界だった。
ゲーム開始直後、焦ってこんなところまで来た無理が祟り、疲労で足を縺れさせ倒れてしまったのだ。
 すぐに起きあがって再び走ろうとしたが、一度倒れたことで緊張の糸が切れてしまったか、立ち上がることさえも出来ない。
疲労以上に先程味わった恐怖が、彼女の心と身体を竦み上がらせていたのだった。
 どうにか這うようにして物陰に身を潜めたが、身体の震えは一向に治まらない。
自分に向けられる異性の心を読める彼女にとって、欲情した心を見せられるのは慣れたつもりだった。
が、あれほど直接的に、禍々しい行動に出られたのは初めてだったのである。
なによりも、仕方がなかったとはいえ、その相手を自分の手で傷つけたのだ。手斧を振り下ろした時の肉を、骨を砕く感触はまだ手に残っている。
 それらを思い出してはいつまでも、いつまでも八雲は自分の身体を抱きしめ震え続けていた。

 「姉さん…… サラ…… 大丈夫かな……?」
 どれだけの時間が過ぎただろうか、ようやく少し平静を取り戻した八雲は、ふと無意識に漏らした呟きにハッとする。
このゲームには自分の親しい人達が幾人も参加させられている。
その多くは播磨を筆頭に身体能力が高く、そう簡単に滅多なことがあるような人達ではないのだが、最も親しい二人はそうではないのだ。
姉が、サラがあの狂人に襲われる様子を想像して、八雲は血の凍るような恐怖を感じた。
(いけない! 二人を探さないと!)
 二人を見つけて、せめて危険を伝えないと。そう自分に言い聞かせて、なけなしの気力を振り絞って再び歩き出したとき、
「八雲ちゃん!!」
自分に猛然と迫る人影を見つけ、一瞬恐怖に身構えそうになる。が、
(あの人は……姉さんの友達の……)
そう、何度か会ったことがある。たしか名前は……


「大丈夫だった? 八雲ちゃん」
「はい……ありがとうございます。一条先輩」
 一条は八雲を連れて近くの浜辺へ移動し、彼女の服や身体に付いた血を落としながら事のあらましを聞いていた。
幸い彼女自身にケガはなく、返り血を浴びただけのようだ。
 幸い……と言うべきでは無いかも知れない。彼女はクスリによって正気を失った男子生徒に襲われたというのだから。
その男子生徒はおそらくは自分のクラスメートであり、そして彼は狂いながら、深手を負った身で島を徘徊しているのだ。
それを思うと沈痛な気分になる。狂ってしまった級友のことを考えると、ただただ哀しかった。
(でも……不謹慎かも知れないけど、今鳥さんじゃなくて良かった……)
 もしやと思いその男子生徒について尋ねてみたが、あまり面識のない相手で誰かは分からなかったらしい。
この娘は女子バスケ部を立ち上げる時に彼とチームメイトだったのだから、見間違えることはないはず。
そう考えると、ほんの少しだけ心が軽くなる。

 「あの……一条先輩、ここに来るまでに姉か、サラに会いませんでしたか?」
落ち着いたところで八雲は最も気になっていることを一条に尋ねてみる。
(そうか、この娘にも会いたい人がいるんだね)
そう思いながら、昼頃に冬木くんと東郷くんに会って以降、西側の海沿いを探したが、誰にも会わなかったと伝える。
「そうですか……。姉さん……サラ……」不安気な表情で遠くを見つめる八雲。
 一方、一条は自転車を折りたたみながら今後の方針を考える。
自転車はどうやら限界のようだ。無理に酷使したせいであちこちにガタが来て、このまま使い続ければじきに分解してしまうだろう。
ちゃんと修理すればまだ乗れるだろうが、その為の道具も技術も自分には無い。
(今鳥さんのことも気がかりだけど……この娘を放っておくことも出来ないよね。それに……)

「よし! 八雲ちゃん、もう陽も落ちてきたし、今夜はこの近くにある村で休も!」
「で、でも私は姉さん達を探さないと……」
「ダメよ!! 心配なのは分かるけど、こんな危ないところで夜に出歩くなんて、絶対にダメ!!」
 意外にも強い口調で窘められ、面食らう八雲。そこに笑顔で
「大丈夫。明日になったら、私も一緒に塚本さん達を探してあげるから」
思いがけない提案をされ、更に面食らってしまう。
「え……い、いいんですか!?」
「もちろんよ。会いたい人がいるのは私も同じだから。ね、一緒に探そ?」
「あ、ありがとうございます!!」
泣きそうな顔で深々と頭を下げる八雲。本当は心細かった、誰かに傍にいてほしかったのだ。
「それじゃ、本格的に陽が暮れる前に村まで行きましょ」
 そう言って移動を始めるが、すぐに八雲は足を縺れさせてしまう。
数時間に渡って震え、強張り続けていた身体は思いのほか消耗し、まだ回復していないのだ。

 「すみません、本当に。何から何まで……」
一条の背におぶわれた八雲が、何度も何度も謝罪の言葉を述べる。
「気にしないでいいよ、このぐらい平気だから」
そんな八雲の恐縮しきったような顔に眩しい笑顔で応える一条だった。

一方八雲は、自分と二人分の荷物を背負い、片手に自転車をぶら下げながら平然と砂浜を歩く少女に畏縮しきっていた。


【午後:16〜18時】

【一条かれん】
【現在位置:H-08から南西へ】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 ドジビロンストラップ(限定品)、折りたたみ自転車(東郷の支給品)
[行動方針] :今鳥を探す、天満を探す、サラを探す
(自転車が分解寸前、要修理)

【塚本八雲】
【現在位置:H-08から南西へ】
[状態]:体力消耗大
[道具]:支給品一式 256Mフラッシュメモリ1本
[行動方針] :天満を探す、サラを探す 、播磨さんに会いたい



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