Real






「なぁ、休もうぜ」
花井春樹は背中の声は無視して道を急ぐ。
「俺もう歩けないよ」
花井はその声も無視する、心なしか肩が震えている。
「2時間もあるきゃ街があるんじゃなかったのかよ」
…ぷちん。

「どうせ行くなら近道しようぜと言ったのはどこの誰だ!」
憤怒の形相で勝手ばかり抜かす今鳥に振り返る花井。
地図を持たせてやったのが間違いだった…少しはやる気を出したのかと思いきや。
単にこの男は登り坂を嫌がっていただけだったのだ。
「迷ったもんは仕方ねーだろ…で、どうすんだ?」
自分の責任なのにまるで他人事な今鳥、この場で見捨てたい心境だったがそれが出来る花井ではない。
「まぁ、待て…さっき池があっただろう…ということはここをまた南に進んで…」
「登るのはいやだな」
間髪いれずに言い返す今鳥…花井の顔がわずかに引きつるが。
「そうか…わかった」
そう一言言うと、今鳥の前に背中を向けてしゃがみこむ。
「オイ…何のつもりだ」
困惑する今鳥、だが花井はいたって真面目だ。

「歩けないのだろう?ならこうするより他にない、遠慮はいらんぞ」
「男におんぶなんかされてたまるか!気持ち悪い」
それにそんなとこを三原とかに見られたりしたら…さすがにそれは彼といえども恥ずかしい。
「なら、自分の足で歩くんだな」
「ちぇ」
うまく乗せられた気もするが…もっとも花井としてはどう転んでも構わなかったのだろうが、
ともかく今鳥は立ち上がると茂みの方へと一人で歩いていく。
「ションベン、すぐ戻る」
「ズボンのチャックくらいは自分で下げるんだな…だが何だったら」
花井の軽口に抜かせ、と振り返らずに答えると今鳥はがさがさと茂みを掻き分け手ごろな場所を探す。


「ふー、アイツも随分染まったもんだなぁ」
しょぼしょぼと排泄を行いながら花井のことを考えて呟く今鳥、
第一印象はなんて面倒くさい奴なんだと思ってた…今でもそれは変わりはないのだが、
それでもこの一年で随分と柔らかくなったように思える。
「楽しかったな…やっぱり」
その楽しいクラスメイトと最後は殺し合い、どんなマンガの世界だよと思わずにはいられない。
「ドジビロンでもありえねぇよ、こんな話」
そこまで呟いたところで、視線を下に移す…そこには…。

「うおっ!」
ズボンも下ろさず仰け反る今鳥、そこには…たった今まで自分が排泄をしていた茂みから、
いつの間にか人間の顔が覗いていたのだ。
どうやら茂みの下は人が登れる程度の傾斜の崖になってたようだ、それはともかく。
「お前…野呂木…うわわわっ!」
茂みから姿をあらわした野呂木を見て、言葉を失う今鳥、
野呂木の姿は無惨そのもの、肩に喰いこんだ手斧からはじくじくと血が滴って制服を濡らしている。
出血で体は血の気を失い、唯でさえつかみ所のない風体はまさにゾンビのよう、
ただ爛々と血走った目とそして張り付いたような笑顔だけが今鳥の目に焼きついていた。

「いま…どりか…へへへへ、てめーも前から気に入らなかったんだ」
笑い仮面の中から声がする、今鳥はのたうつように逃げようとするが、
おろしたままのズボンがじゃまで無様にも地面に転倒してしまう、
その拍子でズボンはおろかパンツまでもずり落ちてしまっているが、
それでものたうつように少しでも野呂木から逃れようとする今鳥。


そんな彼にのそのそと近寄る野呂木、別に余裕があるわけではない、
本人はまるで気にしていないが八雲の一撃による出血のせいで、もうその体は限界に達しているのだ。
「お、おまえ病院いったほうがいいぞ…ほらもうふらふらじゃんかよ、な、な」
ごろごろと地面に転がりながらなんとか逃れようと必死の今鳥、
「るせぇな」
野呂木が少しだけ表情を変える…その顔は怒りというよりは嫉妬に近い。
「おまえらを見てたおれの気持ちがお前らにわかるのかよ?」
そう言うと野呂木は己の肩にめりこんだままの斧を掴んであろうことか強引に体からそれを引き抜いた、
砕けた骨や肉片が飛び散り血の匂いが付近に充満する。

血濡れの手斧を構える、今鳥はもう何も出来ない…ガタガタと歯の根が震えてとまらない。
そして手斧が振り下ろされ…ようとして野呂木は膝をつく。
「あれ?あっれー」
さらなる大量の出血が彼の命の灯火を消そうとしているのだ。
今の彼は、とうに尽きた灯火を薬物というガソリンで強引に燃焼させてるにすぎない。

一方の今鳥だが、九死に一生を得たという思いが彼に正気を取り戻させていた。
すばやくスボンをあげると、自分の背後に向かって渾身の声で叫ぶ。
「…」
実際は叫ぶよりも早かった、すでに事態を察知していたのだろう。
まさに電光石火の勢いで飛び出した花井の蹴りが、野呂木の鳩尾にヒットする。
「野呂木君!これは一体どういうことだ!」
と、花井の声を聞いた野呂木の表情が一変する…その顔はまさに獣といってもいい。
「てめぇかああああっ、はないぃぃぃ!」
深い深い嫉妬の感情を隠そうともせず野呂木は、まだどこにそんな余力が残っていたのか、
また斧を構え立ち上がる。


「どうした!しっかりしろ野呂木君!いつもの君はそんなのじゃないはずだ!」
「いつも…のオレ…だと」
花井の言葉がまた逆鱗に触れたらしい、野呂木はためらわず斧を花井へと振り回す、
「ともかく落ち着きたまえ!」

常人ならば致命の一撃、だが花井は学院きっての武術の達人である。
その身のこなしに斧はかすりもしない、それが余計に野呂木の怒りを刺激するのか、
さらなる力を込めて彼は斧を振り回す。
薬物で鈍った頭に巡るのはこれまでの日々、それは華々しさのかけらもない屈辱と忍従の日々だった。
(美味しいところはみんなお前らが取っていきやがる!)
「てめぇにおれの何がわかるんだよ!」

花井はそんな野呂木を悲しげな目で見つめる…肩の傷は致命傷だ。
それに先ほどの一撃は手加減こそしていたが、寸分たがわず急所に命中、
起き上がれるはずがない。
(もう…戻れないのか君は…)
でたらめに振り回される斧はかすりもしない、もっともかすっただけでも致命傷だが。

「ならば…申し訳ないが君を討たせてもらう、悪く思うな」
野呂木が…彼が何らかの原因で正気でないことを承知で花井は初めて構えを取る。
それに呼応するように吼える野呂木だったが。

きっと彼の目には正面にいたはずの花井が消えたとしか思えなかっただろう。
そして気がつく間もなく、もう次の瞬間には懐に入った花井の肘が彼の肋骨を砕き、
さらなる追撃の脚が彼の顎を捉えていた。
受け身をとることも出来ずに地面に叩きつけられる野呂木、そしてそれを見下ろす花井、
あとはその拳を一撃入れればそれで終わる…だが。
握った拳が震える…迷うな、もう自分の知っている野呂木光晴はもういない。
ここにいるのは級友たちの命を脅かすだけの存在だ…倒すべき敵だ、討て、討つんだ。

だが…それでも、そんな彼でも自分が守るべき級友の一人であることに違いはないのだ。
(やはり…できない、ダメだ…)
力なく膝をつく花井、拳が緩んでいく。
(僕には出来ない)
野呂木が立ち上がる…手に斧を構えて…それをぼんやりと見つめる花井、その時だった。

「〜〜〜っ!!」
声にならない叫びが野呂木の背中側から聞こえる、と同時に彼の体が大きく痙攣する。
我に返った花井が首を伸ばすと、そこにはスタンガンを構えた今鳥がいた。
「やめ…」
何事かを言おうとする花井だが声が出ない、
それは今鳥も同じ彼は無我夢中でスタンガンを押し当てさらなる一撃を加える。
弱りきった野呂木の体は、その一撃を耐えることはできなかった。
こげくさい匂いを発しながら、ついに倒れ付す野呂木…そしてもう立ち上がることはなかった。


「放っててもアイツ…死んでたぜ」
うなだれる花井を慰めるように呟く今鳥。
「お前、サバゲーの時、ゲームだとわかってても結城を撃てなかったんだってな」
「ああ…」
野呂木の遺体を埋葬しながら答える花井。
「…いやな役目をさせてしまったな、すまない」
「じゃあよ」
今鳥は花井の肩に手を回す。
「街までおぶってくれ、コイツでチャラだ」

夕闇の中、今鳥を背負い主街道から離れた険しい道をいく花井…、
もうすでに足元は目を凝らさなければ見えなくなっている。
(ゲームだとわかってても結城を撃てなかったんだってな)
今鳥の言葉が胸を刺す、これはゲームなんかじゃない、そんなことはわかってた。
だが、それでも…級友たちの顔が浮かぶ、また彼らと出会ったとき、
そしてもしも彼らが自分に刃を向けたとき、
(僕は彼らを倒せるのか…止めることができるのか?…いやきっと…)
それ以上に…花井は背中に意識を向ける、
「すまない…」
自分の躊躇のせいで汚れ仕事を押し付けることになってしまったことを、
改めて今鳥へと謝罪する花井。
「気にするな…」
背中から返事、首筋に濡れるような感触を感じる。
「なぁ、夜が明けたら人を探しにいきたいんだけど…いいか」
「一条君か?」


花井の言葉に沈黙で応じる今鳥、
「お前もミコチンやヤクモンを探さなくてもいいのか?」
「そうしたいのは山々だが…一言言わせてもらおうか、人の背中で泣くな、
感触が気持ち悪くてたまらん」
言いよどむような気配、図星のようだ。
「てめぇこそ泣いてるじゃないかよ」
「そうだな…」
そう一言だけ答えると、また足下を気にしながら花井は南へと下っていった。

【花井春樹】
【現在位置:H-07北部から南下】
[状態]:健康(精神的に疲弊) 
[道具]:支給品一式 アイテム不明
[行動方針] :クラスメートを守る

【今鳥恭介】
【現在位置:H-07北部から南下】
[状態]:健康(精神的に疲弊) 
[道具]:支給品一式 スタンガン(残り使用回数3回)
[行動方針] :一条を探したい。

【野呂木光晴:死亡】 残り33人

【午後:17〜18時】



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