超進化には遠すぎて






「もう日が暮れちまうぜ」
先頭を行く天満へと最後尾から叫ぶ吉田山、その顔は苛立ちに満ちている。
1時間以上も同じ場所を回っていれば、そりゃ顔立ちも変わるというものだ。
(クソ!だから塚本と一緒に行動なんかしたくなかったんだ!妹の方なら大歓迎だけどよ) 
そんな彼の顔を見て頷く奈良、さすがに彼もいかに愛しの塚本天満が一緒とはいえど疲労していた。
で、先頭の彼女はといえば…。
「あ、また桜の木発見〜たくさん生えてるね」
迷子になっていることを未だ自覚していなかった。

「それは30分前と同じ木だよ…」
「ついでに言っておくと1時間前にも見かけたな」
奈良はともかく、つきあいきれない、そんな顔で不満をありありと口にする吉田山。
「えーそっかな、でもこの枝とか付き方がちょっと違うと思うんだけど」
「ああ、そうかい、そうかよ…で、どうすんだ?」
吉田山はもうこれ以上は歩かない、と言わんばかりに地面に腰を下ろし、荷物も放り出す。
天満と奈良も同じようにする。
「これから山登りはいくらなんでもキツイぜ」
「うん、そうだね…もっと早く着けると思ったんだけど」
お前がいなけりゃ今頃は頂上だ、そう言いたいのを飲み込む吉田山。

で、非難の槍玉に挙げられてる天満は、先ほどからなにやらもじもじとしている。
「ちょっと…下までトイレ行ってきていい?」
「はぁ!通った時に行っとけよ!」
吉田山は道の遙か向こうに目をやる、ここから公衆トイレまでは道なりに10分の距離だ。
「そのへんの草むらでちゃーってやっちまえよ」


吉田山のその一言には流石の天満といえどムッときたらしい。
「女の子にそんなコトいうなんてデリカシーなさすぎ!女の子はいつでもキレイでいたいんだからね!」
憤慨を隠そうともせずに吉田山に言い放つと、そのまま山を下っていく天満、そして振り返ってさらに一言。
「そんなんだからいつまでたっても女の子にモテないんだよ!」
「なっ…テメェ!」
真っ赤になって天満に掴みかかろうとする吉田山を奈良が止める、その間に天満は急ぎ足で山を下っていった。

「ったくよぉ」
道端の石ころを蹴り飛ばす吉田山、かなりゴキゲン斜めといった感がする。
そんな彼におずおずとした仕草で声をかける奈良。
「僕も行くよ」
「はぁ、だからどこへ?」
「トイレ…」
その言葉を聞いて奈良を睨む吉田山、本人は殺意を込めているつもりだが、背が低いので迫力がまるでない。
「テメェこそ茂みでやりゃいいだろ!」
「その…」

奈良は赤面しながら恥ずかしげに応じる。
「大きいほう…だから」
「ああもう、わかったよどこにでもいきゃいいだろ!そのまま帰ってこなくてもいいぞ!」
そこまで行ってから、不意に寂しげな目になる吉田山、奈良よぉ…と問いかける。
「そんなに俺と一緒がいやか?水着ずもうだって上手く逃げやがって…」
「僕もう行くから、漏れそうなんだ」
吉田山の言葉には応じず、天満の後を追うように道を下る奈良、その背中にさらに辛らつな言葉がかけられる。
「そういやお前、夏休みに沢近や周防とかと海に行ったんだってなぁ」
それについては言いたいことがあった、奈良は口の中でだけ答える。
「でも、播磨君も一緒だったんだよ」


「つきあってらんねぇな」
2人が完全に見えなくなったのを確認して、おもむろに荷物を纏める吉田山。
「奈良の奴、オレのリュックと間違えやがって…」
スピーカーを手に吐き捨てる吉田山、まぁいい、これで連中もスピーカーがなけりゃ自分から的になるような真似はしないだろう。
「トンズラさせてもらうぜ」
だが、言葉とは裏腹に彼はその場から動けなかった、トラブル続きの数時間だったが、
それでもやはり1人は不安だった。
「いいのか?いいのか?オレ行っちまうぞ」
誰もいない道へと叫ぶ…ここらへんが小さい男の所以だ。
そんな風に無駄な時間を過ごしていたから彼は気が付かなかった、自分たちが通った道とは違う間道から、
危険が迫っていたことに。

「動くナ」
おもむろに背中に声…目だけで振り向くと整った顔に金髪…いけ好かない隣のクラスの留学生、
ハリー・マッケンジーだった。
冷たいナイフが首に触れる…ナイフは誰かの血で汚れていた…ということは?
「なぁ…頼むよ…助けてくれよ」
掠れる声で命乞いをする吉田山、それ以外に彼に何が出来るというのか。
「君を助けて何の意味がある?」
揶揄するような口調で応じるハリー、
「何でも役にたつからさぁ…」
それ以上言葉が出てこない、考えろ…どうすればいい考えろ?
「あ、お前…播磨さんのこと嫌いじゃなかったか?」
いい事を思いついた、こいつが播磨や花井に並々ならぬ対抗心を抱いているのは皆が知っていることだ、


そこにつけこめば…上手くいけば2人共倒れで…。
殺したいほど憎いわけじゃないが…自分と播磨どちらを優先するか、答えは自分だ。
「オレは播磨さんの第一の舎弟っスから、オレが油断させて今みたいにすりゃ楽勝っスよ」
立て板に水、そんな感じでまくしたてる吉田山、そんな彼の心は一つ、生き延びたい生き延びたい…、
「ソウか、わかった」
唐突に呟くハリー、吉田山が振り向こうとするその刹那。
「お前も豚か…」
言葉と同時にナイフが吉田山の喉に突き立てられた。
「ど…うして?」
自分の喉から噴き出す赤い噴水を眺めながら、やっとの思いで疑問を口にする吉田山。
「何でも役にたつソウ行った、だが君が私のために役に立てるコトなどそれくらいダ、死ネ」
じゃあ、他になんて言えば助かったんだよ、そう言い返したかったが、もうそこまでの力は彼に残っていなかった。

そして虫の息の吉田山は捨て置いて、道を下ろうとするハリー…しかし。
「…よ」
ハリーの足にしがみつく吉田山、もちろん死に行く彼の手など、ハリーには何の妨げにもならない、
だが、今や虫けら同然の彼の目を見て何か感じるところがあったのか、そのままハリーは間道の方へと戻っていった。


「遅くなっちゃった、また吉田山君に怒られちゃう」
てぺてぺと道を歩く天満、案の定道を一本間違えたりとかして、大幅に時間をオーバーしている。
見覚えのある例の桜の木が見える、あそこを曲がれば…。
「塚本…」
桜の陰から覇気のない声、思わず立ち止まる天満。
「なんだ奈良君かぁ…って、その顔どうしたの、具合悪いの?」
奈良の顔は夕闇の中であるにも関わらず青白くなっているのが、ありありと見て取れる。


何かよくないものから逃げてきた、そんな顔だ。
「行こう…ここにいちゃ危ない」
そう一言だけ言って奈良は天満の手を引いて元来た道を引き返そうとする。
「え、どうしてどうして?」
天満はまだそれでも先に進もうとする、
「ダメだったらダメだ」
奈良は天満の手を掴んだまま、強引に下へと戻っていく。
「やだ、奈良君なんか変だよ、離して、おーねーがーい」
天満を引きずってまま奈良は思う、
天満の性格はよく知っている、思い込みが激しい上に早とちり…自分は誤解されてしまうかもしれない。
それでも、女の子にあんな無残な光景を見せたくはない…。

(情けないな…本当に、どうして僕はこんなことしかできないんだろう?)
「ねぇ、奈良君どうしたの?どうして泣いてるの?何があったの?ねぇ」
彼女に悟らせてはいけない、いくらなんでも泣いてるのを見られたら何があったかわかってしまう。
でも…奈良の目から涙は止まることはなく、そして天満もようやく事態を悟ったのか、肩が小刻みに震えだす。
(泣いちゃだめ…奈良君がせっかく気をつかってくれているのに)
(ゴメン、本当にゴメン…)
とぼとぼと力なく歩く2人、夜はもうそこまで来ていた。

「今は見逃そう、最期の意地に免じテ」
吉田山の最期を思い出し、そして2人の背中を見送るハリー、
「1寸の虫にも5分の魂」
正しいのか正しくないのかよくわからないことわざを呟くと、ハリーは彼女らと逆の方向へと向かっていった。


【午後:16〜18時】

【塚本天満】
【現在位置:F-06】
[状態]:健康(不安&恐怖)
[道具]:支給品一式 弓矢(矢20本、全てゴム。ただし弓はしっかりしてるので普通の矢があれば凶器)
[行動方針] :不明、ここから離れる

【奈良健太郎】
【現在位置:F-06】
[状態]:健康(不安&恐怖)
[道具]:支給品一式 9ミリ弾200発
[行動方針] :不明、ここから離れる

【ハリー・マッケンジー】
【現在位置:F-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 ナイフ、スピーカー
[行動方針] :ゲームに乗る。

【吉田山次郎:死亡】 残り34人



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