Selected Road
うっかりしていた、と思う。『獲物』の所有品を回収し忘れるなんて。信じられないミス。
ナイフは回収しようと努力したのに。小さいことにこだわって、より大事なことが盲点になる。
やはり動揺していたのだろうか。決意は固めたはずなのに。例え彼でも殺してみせると。
いや、実際それは実行した。けれど動かなくなった彼を見続けることは忍びなかったのだろうか?
…これ以上考えるのは止そう。城戸円は自らの恋人を刺殺した地区へ足を踏み入れた。
(!…誰かでてくる……沢近さんと、嵯峨野さん?)
離れた物陰から様子を伺ってみる。彼の死体を見られてしまったと思って間違いない。
こんな広い島で、殺害から一時間ほどしか経っていないのに見つかってしまうなんて!
何やら叫んでいるようだがはっきりとは聞き取れない。幸いこちらには向かってくることなく、
二人は反対方向へ走っていった。何かから逃げるように。
(……でも沢近さん、何かがヘン…何だろう、よくわからないけど違和感が…)
動揺した姿が初見だとか、嵯峨野と一緒にいることが珍しい等ではない。
もっとこう―外見上の『何か』が記憶の中と一致しない。まあいい。今大事なのは
物言わぬ恋人の所持品の回収だ。二人はリュックを余分に持っていなかったようだし、まだ無事のはず。
動揺し、大事なことを忘れるのは自分だけでないことがわかって妙な安心感を感じる。
中身だけなくなっていたら無駄骨だが―考えながら廃屋に近づく。人の気配がした。
窓から覗くと、男子生徒の姿が二つ。梅津茂男の亡骸と、それより一回り大きな体格の男。播磨拳児だ。
(……ケガ……ううん、転んだのかな?少し赤い…………ま、最悪ね……)
梅津の死体がらみで何らかの衝突があったのだろう。まあどうでもいい。
三人にはいくらかの同情を禁じえないが。城戸はすぐにこの場を離れることにした。荷物の回収は諦める。
おそらく播磨に回収されてしまう。彼の立場はわからないが、もしゲームに乗っていたらナイフだけで
相手をするのは危険すぎる。梅津にしたような奇襲が通じるとも思えない。
手を組める、などという甘い考えは思考から排除する。そもそも彼とは交流が無い。
足の速さには自信があるが、彼は体育祭のリレーでアンカーを飾り、逆転優勝したのだ。油断ならない。
このまま逃げるのがベスト。廃屋から離れ、来た道を戻り森に逃げ込む。
ふと、城戸は自分が思いのほか冷静に行動していることに気付いた。
(もうミスはしない。大丈夫……私は生き残る!)
この決意と冷静さを得たことだけでも、ここに戻った価値はあったと城戸は自覚した。
【午後:14〜16時】
【城戸円】
【現在位置:F-03】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 スペツナズナイフ3本(使い方を知りません)
[行動方針] :茂雄の分まで生き残る、冷静に慎重に行動する
腰の痛みは一分程で収まった。刃の無いグリップに恨みを込めて投げ捨てる。
急いで沢近らを追いかけ、誤解を解かねばならない。
今度は血に足をとられないよう足元に注意を払う。そこには血以外のものが存在した。
(……荷物……!…いや、それどころじゃねえ!)
一瞬よぎった考えを否定し、血の池を一気に飛び越え外に出る。全方向を見渡すが、誰の姿も見当たらない。
「ちくしょう……お嬢のやつ…人の話も聞かねえで…」
腹いせに地面を蹴りつけ廃屋の壁を拳で叩く。ベキ、と板が割れる音がした。少しだけ落ち着いた気がする。
その足は再び廃屋に向けられた。
「……悪いな、坊主。いや、えっと……ウメ、だっけか」
両手を合わせ、拝むようにしながらそっと梅津茂男のリュックを血溜まりから回収する。
すっかり血に染まっているが、中身は大丈夫のはずだ。
(食料よし、水よし、支給品…………こいつは……スプレー缶?いや違う…)
スプレー缶に消火器のピンのようなものはついていないはず。しかしこれと似たようなものを
以前どこかで見たことがあった。そうだ、絃子だ。中学時代、これを使われて遊ばれた。
ピンを抜いたら煙が出てきて悲惨な目に遭わさのだ。
『ホンモノは涙と咳がもっとひどいことになる。こんなオモチャしか手に入らなくてね』
といわれた覚えもある。確か、名前は……………………………………忘れた。
そして彼は読めなかったが、そのスプレー缶に記された文字は『flash bang』。
彼がサバイバルゲームで用いたものと同質であるのだが、形状の差からかそれには気付けなかった。
嗚呼、やはり英語成績男子二位の実績はまぐれであったのだろうか?
(絃子、か……ちっ。考えても仕方ねえ。…きっと、元々そういうヤツだったんだ…)
……教師達はどういうつもりだ。何が目的でこんなことをするのか。
教師という肩書きを快く思っていなかった播磨だが、谷、絃子、葉子、姉ヶ崎の四人は少なくとも
信頼に足る人物だと思っていた。それが裏切られ、思うことがないわけでもない。
けれど、どうしようもないのでこれ以上は考えないよう努めておく。
(さ、どうする。天満ちゃんを探す。お嬢の誤解と……血もなんとかしねえとな)
地図を広げ、コンパスを見る。位置は掴んでいる。方角もわかる。漁船経験のおかげだろうか。
転んだ弾みで体がやや血で汚れている。気持ちのいいものではないし、臭ってきたら厄介なので
いずれは洗い流したい。村の井戸や貯水場は既に枯れていて使えないが。貴重な飲料水には手を出せない。
(落ち着け、俺!……まずは天満ちゃんだ。先に見つけて話せればお嬢なんざどうでもいいさ。
天満ちゃんはどこにいる…………西は海で行き止まり、東は山で天満ちゃんにはきついだろ。
じゃあ北か南…お、北には川があるな。そうだ、水のそばに人は集まるって言うしな!)
適当でいいかげんな考察の後、播磨は北を目指すことにした。廃屋を出る前に、
もう一度だけ梅津の死体に向かって両手を添える。
背のリュックにある、二人目の荷物に対し感謝と謝罪の意を込めて。
【午後:14〜16時】
【播磨拳児】
【現在位置:F-02】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(水と食料二人分)、閃光弾×1(本人は催涙弾と誤解)、アイテム不明×1
スペツナズナイフのグリップは捨てました。刃は壁に突き刺さったままです。
[行動方針] :1.天満を捜すそのために北へ移動。2.沢近の誤解を解く 。3.適当な河川で血を落とす
ほぼ同時刻、播磨拳児の視界から、遠く離れた地点。二人の少女の荒い息が聞こえてくる。
「!…はっ、はっ、はっ……!…」
数多くの要因により体力がいつもより早く削られていく。焦り、不安、恐怖、緊張、焦燥―
「……播磨君、はっ……追ってこないね……っ、諦めたのか、な?」
後方からは人がやってくる気配はない。前後を確認し街道から森に入り、そこでとうとう動けなくなる。
肩で息をしながら腰を下ろし、ペットボトルで喉を潤す。生ぬるい水がこれほど美味しいとは。
補給が完了し息が安定し始めると、少しずつ落ち着きがもどってくる。周りを見る余裕もでてきた。
「ふう……あ、ねえねえむこうに鳥居みたいなのがあるよ。神社かな?行ってみない?」
「………そうね。天満達がいるかもしれないし…アイツが追いかけてくるかもしれないし、ね」
「……」
「安心して。アイツが来たら、今度は絶対…」
『彼』に触れないのはやはり不自然すぎた。バットを強く握り締める沢近を見て、嵯峨野は目をそらす。
(かわいそう…)
修学旅行の一件で、二人は恋人同士になったはずなのに。何故播磨拳児はゲームに乗っただけでなく、
恋人を油断させだまし討ちしようとまでしたのだろうか?前者はともかく、後者だけは絶対納得できない。
何しろ躊躇すらしなかったのだから。そんな程度の気持ちだった、ということか。
沢近とつきあうことにしたのも、遊び程度。あの髪のように、いつでも切り捨てていいというレベルだったのか。
悪い人間ではないという自分達の認識が甘かったのか。それでは、恋をした沢近が悲惨すぎる。
多くの恋人達を支援してきた自信があった。亀裂の入った仲を修復したことも少なくない。
が、原因が殺人未遂という経験はさすがにない。何を言っても洒落ではすまないのだ。
先生達がおかしくなったように、播磨もおかしくなってしまったのだろうか?言葉が出てこない。
「…嵯峨野さん、肩は大丈夫?血は止まった?」
「え?あ、うん…私は平気。沢近さんこそ…」
「私も平気よ。なんてことないわ。……さ、あそこの神社までとりあえず歩きましょう。立てる?」
目の前に沢近の手が差し出される。顔には優しさ、そしてこちらへの気遣いがあった。
けれどバランスのとれない不自然な髪と、その気丈な振る舞いがたまらなく痛々しい。
「あ、あの……沢近さん…」
「?……どうしたの?早く行きましょう?」
元々気丈に振舞っているふしがあった彼女だが、つくづくその強さに恐れ入る。
きっと自分のためだ。きっと一人なら泣いてる。きっと、自分のために耐えてくれている。
その優しさに今だけは甘えることにした。その優しさを頼りに、心を強く持たせてもらう。
「……天満ちゃん達、早く見つかるといいね。……それまで頑張ろう!」
必死で考えてもこれが精一杯。嵯峨野は立ち上がりながら笑顔で話した。
(皆が見つかって、強がらなくてもよくなったら……泣いていいんだよ?沢近さん…)
二人の少女は歩き出した。涙をこらえ、心が壊れないよう支えあい、この先を信じて。
【午後:14〜16時】
【沢近愛理】
【現在位置:E-02、菅原神社近く】
[状態]:落胆+憎悪、強がり、肩に傷(片方のツインテールをばっさり切られています)
[道具]:支給品一式(水一食分消費) 金属バット
[行動方針] :神社へ移動、天満らを捜す(播磨がゲームに乗ったと思ってます)
【嵯峨野恵】
【現在位置:E-02、菅原神社近く】
[状態]:健康、沢近を心配、肩に傷
[道具]:支給品一式(水一食分消費) アイテム不明
[行動方針] :神社へ移動、天満らを捜す(播磨がゲームに乗ったと思ってます)
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