Find the Way






「くそったれ……!」
 鬱蒼と生い茂った薄暗い森の中を転がるように走りながら、麻生広義は
吐き捨てるように呟いた。
 木の幹や枝に何度も引っ掛けた制服は破れ、身体のあちこちにできた裂傷が
熱と痛みを伴って麻生に立ち止まるように告げている。
 だが、まだ休むわけにはいかなかった。
 もっとだ。
 もっと遠くへ離れなければ。 
 まずは生き残ることだ。
 全てのことはそれから始まるのだから。


   そう、彼は今逃げていた。


 何から?
 ――半日前までクラスメイトだったはずの少女から。
 どうして?
 ――彼女が自分を殺そうとしたから。


   ◇    ◆    ◇


   今から30分ほど前のこと――。
 麻生はこのゲームが始まって以来、ようやく一人目の級友に出会うことが
できた。
 彼女の名前は高野晶。
 明晰な頭脳と冷静沈着な判断力を併せ持つ寡黙な少女だ。
 確かに普段から何を考えているのかわからない一面はあった。
 だが、この常軌を逸した状況の中で彼女の傑出した能力は、事態の打開に
向けて有効な武器になるはずだと麻生は考えた。
 だから、まずは他のクラスメイトを捜そうという彼女の提案にも麻生は黙って
従ったのだ。

 二人は見通しの良い平野を避け、森の中を移動することを選んだ。
 直接目にしてはいないが、遠くに響く銃声は何度も耳に届いていた。
 万に一つ、自分達の中にこのゲームに乗った生徒がいたとしたら平野では
突然の襲撃に対応できない――そう晶が進言したからだ。

「私は後ろを見張るわ。麻生君は先行して前を歩いてもらえるかしら」

 そう言った彼女の言葉にあえて反対する理由もなく、手頃な木の枝を見つけて
藪を切り拓きながら麻生は用心深く進んでいた。
 それから20分程歩いただろうか。
 藪を抜けた麻生達の前方に小さな空き地が現れた。
 植生の違いによって生まれる、取り立てておかしなところのない自然の空間。
 だが、その中央にはあまりにも信じたくない光景があった。


   そこに一人の少女が横たわっている。
 見慣れた矢神の制服に、地面に広がる長い碧の黒髪。
 彼女が決して眠っているのではないことは、その胸に滲んだ深紅の染みが
惨たらしく物語っていた。

「永……山?」
 麻生はクラスメイトの名を呼んで絶望的な思いでゆっくりと少女に歩み寄る。
 永山朱鷺。
 おとなしく控えめな彼女は個性派揃いの2−C内ではどちらかと言えばあまり
目立たない存在だが、穏やかで思慮深い人柄はクラスの誰からも愛されていた。

「おい……? 嘘だろ? ……永山!」
 麻生は朱鷺の上体を抱き起こし、目を開けてくれることを願って激しく
揺り動かす。 
 だが、すでに冷たくなっていた彼女からは何の反応もない。
 その代わりに答えを返したのは、淡々とした冷たい声。

「……無駄よ。急所を至近距離から撃ち抜かれている。もう生きてはいないわ」
 麻生に続いて空き地に入ってきた晶はそう言って、彼に朱鷺の死を受け入れる
ように促す。

 その彼女の声を聞いた時、級友を失った哀しみとは別のところで、麻生の中の
何かが囁いた。

(何かが、おかしい……?)


 それは晶の言葉に感じた漠然とした違和感。
 確かに朱鷺の傷それ自体は晶の言う通りのものに見えた。
 だが、麻生が抱き上げている朱鷺の胸の傷口は真後ろにいる晶からは
到底見えるはずのないものだ。
 違和感の正体が次第に確かな形となった時、ぞくりとした冷たいものが麻生の
背筋を走り抜けた。
 体中の皮膚が粟立つようなおぞましい感覚――。

「高野……お前、今、何て言った?」
 麻生は俯いたまま、絞り出すような声で背後の晶に問う。

 見えていないはずの晶が何故、それを知っているのか?
 その答えは初めから一つしかない。 

「あら……失言だったみたいね。もう気づいてるんでしょう? 
そう、――正解よ」
 晶は別段慌てた様子もなく、どこか余裕さえ感じさせる口調で麻生に
平然とそう告げた。
 同時にわずかに晶が動いたような気配がした。
 見えなくてもわかる。
 彼女は今、シグ・ザウエルの銃口を麻生の背に向けて正確に狙いを定めて
いるのだろう。

「……どうして、俺をここへ連れてきた?」
 朱鷺の身体をそっと地面に寝かせ、晶に背を向けたままゆっくりと
立ち上がって麻生は問い続ける。

「あなたに選んでもらうためよ。彼女のようにゲームの犠牲者の一人となるか、
それとも私に力を貸してこのゲームを生き残るか」
 相変わらず淡々とした口調で晶は麻生の質問に答える。


「――何故、俺に?」

「総合的に判断した結果よ。――柔軟な適応力、鋭い洞察力、的確な判断力、
迅速な行動力、そして、高い身体能力。
……うふふふ、あなたはとっても頼りになりそう♪」
 麻生からは見ることはできなかったが、晶はそう言いながらすっと目を細めて
楽しそうに笑って見せた。
 場合が場合なら見とれてしまいそうな、気品のある魅力的な微笑み。
 だが、その目の奥には狡猾で冷酷な光が宿っている。
 晶にとっての生殺与奪の基準は、彼女の道具として役に立つか否か
――ただそれだけなのだ。

「……」
 晶の言葉を聞きながら、麻生は黙って朱鷺の顔を見つめている。
 最後の瞬間、彼女は苦痛こそ感じていなかったようだが、その表情はとても
哀しげで、そしてその顔にはまだうっすらと涙の跡が残っていた。

「……俺が何て答えるか、お前にはもうわかってるんだろう?」
 麻生は目の前に横たわるクラスメイトの無惨な姿から視線を逸らさぬまま、
毅然として拒絶の意を込めた返答を返した。
 だが、それさえも晶にとっては想定の範囲内の一つだったようだ。

「その場合、私がどうするかもわかってるはずよね。……残念だわ。
さよならね、麻生君」
 にこやかな笑顔のままで、わざとらしくフッと小さなため息をついてから、
晶はシグ・ザウエルの引き金に掛けた指に徐々に力を込めていく。

 と、その指があることに気づいてふと止まった。
 同時に彼女の顔から張り付けたような笑みもすうっと消え失せる。


 不意に晶の耳に呟くような人の声が聞こえてきたのだ。
 声の主は――目の前にいるこの男。  

「……Trick or treat. Trick or treat♪」
 何の前触れもなく唐突に、麻生が歌を口ずさみ始めたのである。

「……」
 晶は警戒を緩めることなく麻生をじっと見つめている。
 麻生が何かを企んでいることは間違いない。
 しかしそれが何なのか、晶の中に徐々に興味が湧き始めていた。
 相手の思考が読めないというのは彼女にとっては久しく忘れていた
新鮮な感覚だったのだ。

「〜〜♪」
 歌いながら麻生はちらりとある地点に視線を走らせる。
 麻生から見て右斜め前方数メートル、森と空き地との境の辺り。
 そこの下草が先ほどからわずかに小さく揺れ動いていたことに麻生は
気がついていた。
 晶の位置からは木の陰になって見えていないはずだ。
 「それ」はまるで何かに怯えて隠れているような様子であった。
 その大きさからして人間ではない。
 かといって、リスのような小動物でもない。
 「それ」が役に立つ生き物なのか、また麻生の意図した通りに動いて
くれるかどうかは全くわからない。
 だが、それでも今の麻生には「それ」に賭ける以外になかったのだ。

   麻生は尚も歌い続け、そして――。

「――And I won't play a ……『trick on you!!』」


 最後の1フレーズを歌い終えようとした時、麻生は突然大声を張り上げて
叫んだ。
 晶に、ではない。
 麻生の右斜め前方、森の中の一角の何もない茂みに向かって。 
 それと同時にその場所にある下草がガサガサと大きな音を立て、そこから
何かが飛び出してきた。

『ブヒッ! ブヒブヒィッ!』

 そのピンク色をした丸い生き物は恐慌状態で晶に向かって突進し、そのまま
彼女の横を駆け抜けて再び森の中へと姿を消した。  

「何……?」
 動揺することこそなかったものの、さすがの晶もほんの刹那の間そちらに
注意を奪われた。
 だが、それは麻生にとっては千載一遇の好機であったのだ。

「!」
 晶の注意が逸れた一瞬の隙をついて、麻生は一気に反対側の藪の中へと
飛び込んでいた。

「そう――いうこと!」
 晶の反応もすさまじく、次の瞬間にはその場所に銃口を向け、正確に照準を
合わせていたが――しかし、彼女は引き金を引くことはしなかった。


 見逃したのではない。
 結果として、確実に殺せるシチュエーションで晶は麻生を仕損じた。
 すぐに麻生を追えばおそらく彼の命を奪うことはできるだろう。
 だが、そのために貴重な弾丸を無駄に消費してしまったのでは今後の自分の
行動にも支障が出てくる。 
 麻生の銃のマガジンに銃弾が支給されているか否かもわからない以上、
可能な限りリスクは下げなければ。

「ち……命拾いしたわね、麻生君」
 茂みに向けていた銃口を上げて、晶は小さく舌打ちする。
 何故、すぐに麻生を撃たなかったのか――。
 認めたくはなかったが朱鷺の時と同じように、少しでも級友との会話を
惜しみたいという思いが自分の心のどこかにあったのかもしれない。

「……私もまだまだ甘い、か」
 そう自嘲気味に呟くと晶は麻生が逃げた方向とは反対の方角にくるりと踵を
返して、後ろを振り返ることなくそのまま真っ直ぐに歩き出した。


   ◇    ◆    ◇


「うわっ! ……っ痛!」
 下草に覆われて見えなかった森の中の小さな斜面を転げ落ちて、麻生は
小さく声を上げる。
 すぐさま上体を起こして身体の異常をチェックし、どこにも捻挫や
骨折などがないことを確かめてから、ようやく麻生は安堵の息をついた。
 だが、その後に思い起こされるのは先ほどまでの自分の姿。


「くそ……情けねえ」
 麻生はうなだれながら悔しげに呟いた。

 ――何もできなかった。
 級友の死体を目の前にして、その娘を殺害した相手を目の前にして。

 同胞の死、そして裏切り。
 逃げることしかできなかった無力な自分。
 弱い自分。

 だが、それでも――まだ自分は生きている。 

「……落ち込んでる暇はねえ、な」
 麻生は自らに言い聞かせるように声に出して呟くと、強く頭を振って
気持ちを奮い立たせる。 
 自分にはまだやるべきことがあるのだ。
 何があろうと立ち止まることなどできない。

 麻生はゆっくりと立ち上がり、薄闇の空を見上げる。
 日没まではまだ時間がありそうだ。

 彼はこのゲームが始まった当初より二人の人物を捜していた。

 一人は彼が好意を寄せている女性――周防美琴。

 そしてもう一人は本来この場所に決しているはずのなかった人物。
 後輩の留学生の少女――サラ・アディエマス。


 彼女達だけは何があっても護らなくてはならない。
 例え、何と引き換えにしても。

「――必ず見つけ出してみせる」
 決意を宿した眼差しで、麻生は力強くそう言った。


   ◇    ◆    ◇


 捜すといっても当てがあるわけではない。
 地図とコンパスだけを頼りに自分の目と足で見つけるしかないのだ。

 晶の前から逃走してすでに一時間以上が経過している。

 麻生はあれから島の中心から南部に掛けてひたすらに走り続けていた。
 もうすぐ、陽は落ちる。
 夜になれば捜索は困難になり、襲撃者達にとっては格好の狩りの時間が
やってくる。
 そう――襲撃者『達』だ。



 二人を捜しながら通りかかった荒れ果てた神社にそれはあった。
 石段に打ち捨てられた二つの赤黒い塊。
 学生服からようやく矢神の生徒とわかるだけの、二人分の無惨な男子生徒の
死体だった。
 身元を示すものは何もなく、頭部をグシャグシャに潰されていて、それが
誰であるかを判別することは不可能だった。 
 その殺害方法は、明らかに晶の所持していたオートマチック拳銃とは別の
銃器によるものだ。
 それはすなわち――すでに薄々気づいていたことだったが――晶の他にも
このゲームに参加した者がいることを示唆していた。

  「バカヤロウが……!」
 強く唇を噛んで麻生は悔しげに呻いた。

 危険は急速に拡大している。
 もはや一刻の猶予もないのだ。

   だが、焦る心とは裏腹に時間は無情にも過ぎ去っていく。

 荒い息を吐きながら、わずかの休息も惜しむ麻生の心にも悪い予感が
広がり始めた。

 美琴は大丈夫だ、と思いたい。
 彼女には腕の立つ心強い幼なじみがいるし、クラスにも仲の良い友人は多い。
 それに自身も危険を回避できるある程度の術は心得ている。


 だが、サラは?
 彼女には塚本八雲以外に頼れる友人も、危険から身を守る方法もない。 
 それに――何より、高野晶を姉のように慕っている。 

 もしも――。
 もしも、麻生より先に晶が彼女に接触したら――?

 種田、塀内、永山、そして確かに顔見知りだったはずの二名の男子生徒……。
 すでに、この世にはいない彼らの姿が蘇る。

「……ざけんな!」
 自分の考えを打ち消すように言い捨てて、麻生は再び走り出した。

『神様はいつでも私達を見守ってくれているんですよ』
 サラの優しい微笑みと口癖のように言っていた言葉が心をよぎる。

(おいっ! 神様ってのがいるんなら聞いてくれ! 
アンタに多くは期待しねえ。だから、せめて――! せめて、あの女よりも
先に、俺にアイツを見つけ出させてくれ! 頼むっ……!)

 心の中で悪態をつきながらも、縋るような思いで今まで一度も
信じたことのない神に祈る。

 自分を兄のように慕ってくれる少女の笑顔を必死に捜し続ける。

 だが、その麻生を嘲笑うかのように太陽は西の稜線に消えていき、夕闇と
ともに彼の心を絶望が支配しようとしたその時――。

『ガサッ!』


 街道を走る麻生の右手に広がる森の中から、茂みをかき分ける音が聞こえた。
 弾かれたように反応した麻生は、瞬時に態勢を整えて手にしたウージーを
構える。
 音は次第にこちらに向かって近づいてくる。 
 やがて、緊張しつつ注意深く目を凝らしていた麻生のその前に森の中から
ひょこっと姿を現したのは――。

 茜色の残照に輝く金色の髪――。
 麻生の願いが神に届いたのであろうか。
 そこにいたのは、まさしく麻生が捜し求めていたその人だった。

「サラ……か?」
 信じられない思いで麻生はその人の名を呼ぶ。

「麻生先輩……?」
 やや遅れて麻生の姿に気づいたサラも驚きの表情を浮かべて彼を見つめた。

 夢でも幻でもない。
 その人が確かにそこにいることを知り、見つめ合う二人の目に温かな
光が宿った。

「――麻生先輩!」
 笑顔をぱっと輝かせて、明るく声を弾ませながらサラがこちらに
駆け寄って来る。 

「……」
 彼女の姿を映し出す麻生の瞳に熱いものが揺れる。
 溢れる感情を抑えきれなくて、麻生は右手のウージーも装備の入った
バッグも放り捨てて、無言で彼女を抱きしめた。


「きゃっ!?」
 いきなり抱き寄せられて驚きの声を上げるサラ。

「せせせ、先輩!? どうしたんですか?」
 普段からは考えられないような麻生の行動に真っ赤になりながらサラは
彼に尋ねる。
 だが、その問いは麻生の耳には聞こえていないようだ。
 代わりに彼の口から漏れた言葉は――、
「……生きてて、くれた」
 深い安堵と、心が震えるような切ない響き。

「……!」
 その一言が全てを物語っていた。
 彼がどんな思いで自分を捜してくれていたのか。
 ここへ来るまでに彼が何を見てきたのか。

(……心配してくれてたんですね)
 みんなを護るためなら自分の命など惜しくない――そう心に決めていた
サラではあるが、それでもやはり大好きな人が自分に向けてくれた優しさは
感情を抑えきれないくらいに嬉しくて――今はただ、温かな涙を湛えた
その瞳をそっと静かに閉じる。
 それは先ほどまでの思いつめた表情ではなくて、年相応の16歳の少女の
顔だった。


「生きててくれた……!」  
 もう一度、麻生が想いを込めて繰り返す。
 そこにある彼女の温もりを、彼女の存在を、彼女の生命を確かめるように
強く両の腕に力を込める。
 護りたい――。
 もう、あの日常には戻れなくても、いや戻れないからこそ、彼女だけは
無事に還って欲しいと願う。

 こんな時でなければ、永遠にも続いて欲しい穏やかな時間。
 しかし、今は状況が状況である。

「あ、あの……先輩?」
 先に我に返ったサラが麻生の腕の中でおずおずと彼に声を掛ける。

「……悪い。もうちょっとだけ……このままでいさせてくれ」
 サラの言いたいことは理解できたものの、やっと見つけた大切な人を
離したくないという想いには勝てなかった。

「……はい」
 もはやサラは恥ずかしさで限界であったが、麻生の想いが痛いほど
伝わって来るから――そして、それを今だけは受け入れたい自分がいるから、
彼女も赤くなった顔のままで頷いた。

 だが、さすがにこれ以上は第三者からのストップがかかる。

「コホッ……あー、ゴホンッ!」
 自分も真っ赤になって見ていた田中が、わざとらしく咳払いをして二人に
注意を促した。

「……田中?」
 顔を上げ初めて田中の存在に気づいた麻生はサラの小柄な身体を自分の
陰に隠すようにしながら、彼に警戒するような鋭い視線を向ける。

「あ、ああ! だ、ダイジョーブですよ先輩。田中先輩は悪い人じゃ
ないです!」 
 それを機に恥ずかしそうに麻生から少し離れたサラは、彼が放つ剣呑な
雰囲気に気がついて慌ててそう取りなした。

「……そうか」
 納得のいかない顔ながらも、無防備だった二人に田中が何も危害を
加えなかったこともあって、麻生は渋々サラの言葉に従う。

「――麻生、俺はサラちゃんに助けてもらった。『だから信用してくれ』とは
言わないけど、お前が彼女の味方なら、少なくとも俺はお前の敵じゃない」
 麻生の考えがわかったのだろう、田中は麻生がとり落としたウージーの
銃口を自分に向けて彼に返しながら、ニッと笑ってそう言った。

「そう、か。……悪い」
 銃を受け取りながら麻生はばつが悪そうに田中に謝った。
 それは彼を信じるには充分な理由であった。
 銃を返したことが、ではない。
 彼が麻生ではなく、あくまでもサラの味方であると言ったことがである。

「もういいって。……それより、良かったな」
 田中はチラリとサラの方を見て、彼女に聞こえないようにいたずらっぽく
麻生に囁いた。

「いや、別に俺はそんなんじゃ……」
 田中の意図を察した麻生は否定しようとするのだが、上手い言葉は
出てこない。
 それに自分がそう思っていることもまた紛れようもない事実なのだ。

「?」
 その二人のやりとりをサラはきょとんとした表情でただ眺めていた。


   ◇    ◆    ◇


「とりあえず移動しようぜ。夜営するにしてもここじゃ危険すぎる」
「そうだな」
「はい」
 改めて周囲を見回し麻生が言い、他の二人もそれに従って歩き始めた。

「……他の連中は今頃どうしてるんだろうな」
 答えは期待せずに田中が独り言のようにポツリと呟いた。

「さあ、な。人によって色々だろ。仲間を捜す奴、仲間を傷つける奴……」
 それを聞いていた麻生が表情を変えることなく答える。

「そう言えばさ、お前もサラちゃんも初めからお互いを疑ってなかったよな」

『え?』

 ふと思い出したように何気なく田中が言った言葉に麻生とサラは互いに
顔を見合わせる。
 言われてみれば確かにその通りだ。
 二人とも、相手が自分を傷つけることなど考えてもみなかった。
 急にそのことが何だかとても嬉しく思えてきて、にっこりと微笑むサラに
麻生はただ照れくさそうに頬をかいてみせる。

「なあ、ところでさ麻生、お前永山に会わなかったか?」
 歩きながら話を変えて、田中は一番聞きたかった質問をようやく麻生に
投げかけた。

「――! いや俺は……見てない」
 その問いに麻生は一瞬表情を強張らせたものの、すぐに努めて冷静な口調で
答えた。
 今になってようやく、麻生は田中と朱鷺の関係を思い出したのだ。
 ……いずれはわかってしまうことだ。
 だが、自分の口からそれを彼に告げることは麻生にはできなかった。

「そうか……無事だといいんだけどな」
 明らかに落胆した様子ながら、田中は二人に無理に笑ってみせた。

「そうだ! 情報に強い高野先輩に合流できれば何かわかるかも……!」
 田中を元気づけようとしたのだろう。
 今度はサラがポンと手を叩いて意識的に明るく笑って言う。

 だがその言葉は麻生に背筋が凍るような衝撃を与えていた。


「高野、は……」
 思わず口をついて出た言葉。
 だが、その後を続けることができない。
 晶を信じきっているサラに真実を伝えることなど、とても不可能であるように
思えたのだ。
 何よりも麻生自身、彼女が傷つく姿を決して見たくはなかった。
 それならば――。

「先輩? 高野先輩がどうかしたんですか?」
 サラが怪訝そうに麻生に尋ねる。

「いや、何でもない。……それよりもサラ、お前俺のことを信じてくれるか?」
 答えの出せないサラの問いに、麻生は別の問いで彼女に答えた。

「? はい?」
 何を当たり前のことを訊くのだろう――とでも言いたげな表情ながらも
サラは素直に頷く。

「そうか……ならこの先、何があっても、決して俺のそばから離れるな。
お前は――俺が護るから。いいな?」
 麻生はサラの瞳を真っすぐに見つめて、力強くそう告げる。

「……はい! 離れません♪」
 彼の心からの言葉にサラは眩しいほどの笑顔で、嬉しそうに大きく頷いた。


「……」
 聞きようによってはまるで告白のようにもとれる二人のやりとりを
聞きながら、田中だけが赤くなった顔を隠すようにあらぬ方へ視線を
泳がせていたことなど、当の二人には知る由もない。

「よし」
 サラの素直な返事に麻生は小さく微笑むと、視線を星の輝き始めた
空へと向ける。


  (――高野、俺ももう逃げ回っているわけにはいかなくなったぜ)
 夜空を見上げる瞳に強い決意を宿し、麻生は心の中でそう呟いた。


【高野晶】
【現在位置:E-07】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発)
[行動方針] :ゲームに乗る。パーティー潜伏型。
      麻生と敵対。(ただし優先して排除しようとは考えていない)


【麻生広義】
【現在位置:I-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 UZI(サブマシンガン) 9mmパラベラム弾(50発)
[行動方針] :サラを護る、周防を捜す、高野に敵対。
      他に出会った相手は警戒。


【サラ・アディエマス】
【現在位置:I-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 M-1600(ボウガン/装弾数8本)
[行動方針] :反主催・みんなを守る。
[備考]:麻生を信頼、高野を信頼


【田中一也】
【現在位置:I-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 アクション12×50CF(双眼鏡)
[行動方針] :永山を捜す、みんなで脱出。
[備考]:サラを信頼、麻生を信頼


【午後:16〜18時】



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