Not Good by
制服がいつもの倍以上に重く感じる。絞れば赤い雫が採れるかもしれない。
いつもつけていたお気に入りの香水の匂いはもうしない。
霧散してしまったか、八雲の血にかぶせられた播磨の血の香りにかき消されたか。
けれどそんなことはどうでもいい、と三原は首を横に振った。
刑部は殺さなくてはならない。殺し合いを強要した教師という存在であるから――否。
そんなことは問題にならない別の理由が三原にはあった。『俺のイトコ』。いうなれば恋人か。
塚本姉妹がそれを知れば悲しむだろう。播磨は意識しないまま騙されていたのだ。
諸悪の根源を殺す。それでこそ――そうしなくては、自らの正当性は証明されない。
「先生、どこ……」
だがその刑部の姿が見当たらない。
鬱蒼と並び立つ木々。腰ほどの高さのある藪。隠れることができそうな場所はいくらでもある。
まんまと逃げられたのだろうか?――違う。最初はともかく、三原はもうそうは思っていなかった。
トーン、と何かが落ちる音がする。石が足元に投げつけられた。
「そこっ!」
林の静寂を暴力的な轟音が蹂躙する。空薬莢が次々と噴出されて足元に転がる。
だがターゲットは長髪をなびかせながら、余裕を見せ付けるようにその姿を森の中に消していく。
「この……この……この!」
距離を離されないよう、あわてて走り出す。だがもう刑部の姿は見えない。
近くの茂みに向かって適当に打ち込むが、期待した効果は得られなかった。
「ああもう……!」
こんなことばかり繰り返してる。先程の挑発じみた行為はもう三回目。
校舎の周囲を少し走った後、誘い出されるようにこの付近にたどり着いた。
もちろんその間何度か攻撃を試みたが、銃弾は怨敵を捕えられない。
距離があるのはもちろんだが、両手にかかる負荷も馬鹿にならない。
片手で打てるほど強い腕はしていないし、傷ついた左手は支えるのが精一杯で銃把を握れる状態にない。
そのしわ寄せが右手に集まり、今ではもう内側から痺れるような痛みが時折走る。
マシンガンの利点である連射性も有効活用できてるとは言い難い状況にあった。
(……そろそろ弾切れ)
正確に数えられるはずもないが、感覚ではそろそろだ。
UZIとリュックを足元に降ろし、沢近から奪ったもう一つの機関銃を取り出す。
つかず離れずの距離をとり続け、高野に見舞った銃を使おうとしない刑部の狙いはわからない。
いや、おそらくこちらの消耗を待っているのだろう。
だが刑部とて疲労しているはずであるし、いつまでも逃げ続けられるはずがない。
せめて十。いや、十五メートルほどの距離まで近づくことができれば。
まだまだ状況はこちらに有利――
「三原君!少し話を」
「うるさい黙れっ!!」
振り向き様にトリガーを引く。スコーピオンの380ACP弾が枝を、地面を、樹木を、石を削っていく。
UZIよりも軽くシャープな音。三原はそれが少しだけ気に入った。
そして刑部が一際大きな木の陰に隠れたのも確認できた。髪の一部が見えたのだ。
(チャンス!)
指を離す。もう一度撒き散らすくらいの数は残っている。
両手に気合を入れて、負荷に耐えるよう強く命令する。次で終わる、と。
「刑部先生、どういうつもり!隠れてないで、姿を見せたらどうですか!」
適当な言葉を紡ぎながら、少しずつ歩き出す。
三原は足音を隠したかった。着実に近づいていることを知られたくなかったのだ。
闇雲に歩いていて、たまたま近づいているだけ――そう思うように誘い込み、隙を作る。
「どこへ消えたの!正々堂々と姿を見せなさいよ!臆病者、卑怯者!」
空回りに焦り、頭に血が上ってわめきちらしている。そういった人間を装う。
そしてすり足で少しずつ射程内に近づくことを忘れはしない。
「メモリなんて罠を張って!次に播磨君をたぶらかして!一条さんにも何か吹き込んだんでしょう!
そして今はこそこそ逃げ回って!そんなことしかできないってわけ!?」
適当に、適当に。こちらの意図を悟られないように。あまりその内容と意味を考えず、
思いついたことを次から次へと口にする。不思議と叫ぶたびに勇気が沸いてくる気がした。
だがその都度体力は消耗していく。ほどほどにしなくてはならない。
もう充分近づいたといえる。刑部が隠れているはずの太い木は射程内だ。
今頃気付かれないように必死で息を殺しているだろう。せいぜい恐怖しろと思う。
木が邪魔にならない角度までダッシュで走りこみ、即座に引き金を引く。
防弾チョッキを着ていても、逃げられなくなる程度にダメージを与えられれば御の字。
頭に当たると楽だな、くらいに三原は少しだけ笑った。
「見てなさい。殺してやる!私が先生から奪ってやる!」
次の言葉を最後に行動開始。そう思い三原は一呼吸置き、口を大きく開く。
「播磨君みたいに――笹倉先生みたいにね!!」
一気に距離を稼ぐべく、三原は両脚に力を貯めた。だがそれを爆発させようとした瞬間、
何かが頭の後ろを通り過ぎていった。耳に残る反響音。集中力が一気に奪われる。
「――え」
中途半端な勢いで体が前へ倒れそうになる。反射的に右足が動く。下手なステップを踏むように、体がふらふらする。
時間が止まったような気がした。思わず見上げた先には正に晴天といえる青空。
(……撃たれ……た!?)
銃声だと気付いた瞬間に、当たり前の不安が三原の体と心に押し寄せてくる。
殺すはずだったのに。自分が勝つはずだったのに。だらんと手がぶら下がり、銃が転がる。絶望が目から零れた。
頭をかくんと下げる。血に汚れた体が見える。『見る』ができるなら目や頭は大丈夫な気がした
腹部も胸部にも痛みはない。手足に異常はなし。左手は――もとから。心も元々。
じゃあどこだろう?全身を覆う疲れはあるが、特に何処が痛いというわけではない。
(!……)
当然撃たれたのだと思っていた。自分は殺すつもりでいたのだから。
互いに直線武器は届かない位置にいる以上、今撃っても意味がない。
殺す覚悟は勇気を与えてくれた代わりに、そんな当たり前の理解も許さなかった。
更に、身体に問題がないことを認識するまでに数秒もの浪費を求めていた。
そして数秒間の間に――三原が混乱の最中にある間に、二人の距離は劇的に近くなる。
刑部は隠れていた木から飛び出していて、迷うことなく三原のほうへ駆けていた。
三原が気付いたときはもうすぐ傍にその姿があった。瞬間移動などと突拍子もないことを考え出す。
――あ
刑部が迫る。撃て。撃たねば撃たれる。やらなきゃやられる。
無理だ。安堵と畏怖で体がすくんで動かない。銃も落としてしまった。
殺される。死の恐怖が迫り来る。刑部は氷の瞳に炎を宿していた。
走っている人間の表情を読み取ることは難しい。なのにとても容易く理解できる。
一瞬が何時間にも感じるとはこういうことなのだろうか。
だったら人の体は残酷だ。さっさと終わればいいものを長く感じるようにできてるから。
――こんなことだったら
――どうせ死ぬんなら
――ニャオ
――?
力強く地面が踏まれる。乾いていたのか、うっすらと砂埃が舞い上がった。
刑部は三原の目の前にまで近づいていた。動きが一瞬だけ止まる。
刹那をとても長く感じていた三原さえ、一瞬と思うほどの間だけ。
手が振り上げられ、そのまま顔に向かう。
ただしそれは銃を握っていた右手ではない。左手だった。左手が開かれた状態で――平手の状態で、三原の頬を打っていた。
銃よりはるかに小さく、乾いた、しかし耳に残る音が鳴り響く。同時に三原の体が後ろに崩れた。
視界が前後左右に揺れて方向感覚がおぼつかなくなる。それが安定した頃、視線はもう一度空を捕えていた。
もう一秒一秒を長く感じることはなかった。バクバクと心臓の鼓動が加速している。頬がとても痛く指先が混乱と緊張で震える。
口の中も喉の奥も熱くなり、死が目の前にまで来ていたことが分かった。
――自分は殺されなかった。生きている。それを三原は理解した。
空が滲む。体中で目が一番熱い場所になる。この三日間で何度この感情に捕らわれただろう。
けれどもこの涙は悪いものではないような気がした。
(そういえば、さっき一条さんにもぶたれたっけ)
少し前のことを思い出しながら肘を支えに上半身を起こす。頭の中のくらくらを無理矢理押し込めて、辺りを見回した。
「……刑部先生」
逃げずにその場に立ち尽くしている事が意外だった。
これまで逃げに徹していた相手が突如攻撃にまわってきて、なのに自分を生かしているのだから。
座ったまま刑部を見上げる。彼女は一条のように涙を流してはいない。けれど戸惑いの表情が見えた。
そして何か考え事をしているようにも。叩いた左手をじっと眺め、閉じたり開いたりして時折目を瞑っている。
「続き、やりませんか?」
たった今自分は生きていることに喜びを感じた。代わりにマグマのような憎悪を犠牲にしたような気もするが、
そんなものはいくらでも取り戻しが効く。今までのことを思い出すだけでそれは容易い。
刑部は一連の出来事に思うところがあったようだが関係ない。一連の行動には疑問だらけだが、
殺されても文句の言えない人間であることは違いないのだ。
「それもいいが……せっかくだ。話をしないか?」
それは三原があり得るかと思っていた返答だった。近くに落ちているスコーピオンを拾ってもいいけれど、
既に銃を携えている相手のほうが絶対有利。そんな理由をつまらないと思いながら、三原は静かに頷いた。
いつ湧き上がるとも知れない憎悪を押さえつけながら。
* * * * * * * *
「……今の件については感謝しますけど、くだらない言い訳だったらすぐに殺します」
「好きにするといい」
地面に転がっている暗視ゴーグルやヘッドライトを軽く蹴飛ばす。左手にはまだ熱くて鈍い痺れが残る。
スコーピオンを握り締めながらの三原の警告に、刑部はそれに特に迷うそぶりも見せず答えた。
自身の銃は腰に戻してある。状況は圧倒的不利になったが、その代償として話し合いに応じてくれた。
木と木の間を縫ってそよいでくる風が汗ばんだ体を冷やす。開いた胸元やはみ出たシャツの裾から熱気が逃げる。
「……少し前を最後に銃声が聞こえなくなった。高野君と一条君だ。決着がついたと思っていい」
あと一人で全てが終わる。三原にとっては悪くない情報だろう。
「一条君が生きているなら、話だけでも聞いてくれないか。すぐに殺されるようなことはされないはずだ。
もし一条君を疑う理由が私にあるなら、それを教えて欲しい。私が播磨君をたぶらかしたというのは何だ?」
本題に入る。それが三原を凶行に向かわせている理由だと思えて仕方ない。
播磨が三原を殺そうとしない以上、よほどのことがない限り三原もまた播磨を殺す理由がない。
殺すぐらいなら高野に向かわせたほうがはるかにマシなのだ。目を少し泳がせた後、三原が口を開く。
「それはこっちが聞きたいくらい。播磨君、ゲームを壊すとか言って息まいちゃって。
あげく『俺の絃子』だって。まさか色仕掛けでもしたんですか?」
「……は?」
今出た声が自分のものなのか一瞬迷う。だが……そういうことなのだろうか。
「笹倉先生のことも刑部先生のことも信じちゃって。まさか先生達が何をしたか忘れるはずないのに」
「……」
なんともいえない感情がわき上がって来る。くだらない。実にくだらない。
播磨拳児という人間は元々誤解されやすい存在だと思っていたが、まさかこれほどとは。
そういうこと、なのだろう。笑いそうに、或いは叫びそうになる感情を無理矢理抑えて伝えるべきことを整理した。
大声を出すとわき腹に響いて辛い。泣き出しそうになる。
「先生……?」
「……とりあえず聞いて欲しい」
一言断りを入れてから話を続ける。彼女は事実を受け入れてくれるだろうか。
信じてくれるだろうか。わからないが、その機会は今しかない。
落ちている木の棒を拾って、ガリガリと地面に字をなぞる。
話し合いでは途中で割り込まれてしまう。文章で伝えるのが確実だ。
『従姉の名は絃子』
「……は?」
地面に描かれた文字の意味を理解したのだろう。今度は三原から、先程と同じような声が発せられる。
「私の母と、彼の父が兄弟なんだ。昔からつきあいがあってね。
はり……いや、拳児君が私を信頼してくれたのはそういうことだよ」
だが血縁関係というだけでは説得力に乏しい。諸所の事情を簡潔に説明する。
播磨の中学時代や家庭の事情、同居生活とそこから発生する信頼があったことや笹倉とも旧知の仲であること。
面倒毎を避けるため学校にも知らせていないことを教える。
「な……何よそれ。俺の絃子って……俺の従姉ぉ!?」
想像の範疇を超えた事実に三原が叫ぶ。全ては誤解だった。
そんな答えは期待していなかったのだろう。理由付けがただの誤解では納得は得られない。
「……そ、そんなのわかるわけない!そんなのを信じろって!?証拠はあるんですか!?」
「確かに……証明はできないな。何を言っても、それのウラを取ることがこの島ではできない」
三原は唖然と立ち尽くしていた。必死で言い繕おうと、必死で空気を食べている。
燃え盛る感情の高ぶりを戸惑いと驚嘆が抑えているようだった。
「本当だとしても……年上のお姉さんとか、同居とか……まるっきり恋人じゃん!それこそ俺の絃子じゃん!
何よ、播磨君天満ちゃんが好きとか言っておいて……八雲ちゃんだって、だから」
「違う。違うんだ」
それだけは絶対に違う。思わず叫びそうになってしまった。播磨拳児に限ってそれはない。
彼が愛したのは塚本天満ただ一人。それだけは信じて欲しかった。
けれどもう彼はこの世にいない。誤解されてしまっても、それを本人は否定できない。
ならどうするか。決まっている。まだ命ある自分がそれを正しく伝えねばならないのだ。
「怒鳴ってすまない。……これも何の証拠も無い話だが、塚本君達は私と拳児くんの関係を知っている。
どちらも私の家に来たことがあるんだ。事情はきちんと話したはずだ。理解してくれたよ」
「んな……!」
ぶるぶると三原の拳が震える。それは更に認めたくない言葉だった。――これまでのことが全て真実なら。
「……認めない。じゃないと私は……八雲ちゃんのために、やったことは……」
それ以上は考えたくなかった。それはあってはならないことだ。
誤解で、くだらない誤解で、大事な親友の大事な人を――
「君はいい子だと思う。……こんな状況でも友達の八雲君のことを考えてくれているのだから」
「と……と、当然よ。だって親友だから。聞きなさい、八雲ちゃんと私は――」
飛びつくように、誇らしげに三原は話す。
その反応は、三原が八雲のことを大事にしているからこそのもの。少し嬉しくなる。
「知っているよ。花井君とサラ君と麻生君の死。辛かったんだろう。
君は逃げ出さず、マシンガン相手に慣れない拳銃で立ち向かったんだ。本当に強い娘だと思う。皮肉じゃない」
「え……」
何故知っているのか。盗聴器があるからだ。それはすぐに気付いたらしい。
「そのことを知っていたから……私は思い留まることができた」
あと付け加えるならふいに聞こえたあの鳴き声。だが空耳かもしれない、それは黙っておく。刑部は更に続けた。
「君を殴った時、本当は殺してやると思ったんだ。拳児君だけでなく、葉子まで……大事なものが壊されたことが
ただただ許せなかった。今更何を言っているのだろうね。私にそんな資格はないというのに。
葉子が覚悟していたのは知っていたはずなのに……とても自分が嫌な人間に思えてきた」
「……すまない、くだらない話をした」
「だから、だから何!いい子?強い娘?だから?
高野さんや一条さんと協力しろって!?罠かもしれない先生の言うことを信じろって!?」
一日も経ってないはずなのに、刑部に言われた事件の記憶は遠い遠い過去の出来事のように感じていた。
思えば、あの希望に満ちていた頃とは随分変わってしまった気がする。けれどもそれは仕方ないこと。
「誰も、誰も信じられない!誰も私なんて見ようとしないし、大事な人は皆死んじゃった!
勝手な期待ばっかり残して、押し付けて!できるわけない、皆の期待に応えるなんて絶対無理!」
一通り叫び、荒い息をしながら吐き捨てる。心の溜まっていたものを一気にぶつけた。
これ以上の問答は要らない。時間の無駄だ。殺してやる、とつぶやいてスコーピオンを構える。
目の前の人間を殺せば、自分の正しさが証明――――されるのだろうか。
誤解である可能性を知ってしまった。もう殺しても何も解決しないような気がする。
心の奥深いところから、怒りと憎しみと無念が涸れない泉のように湧き出てくる。
これをどうすればいいのか。心の中を埋め尽くしつぶれてしまえ、心壊れてしまえというのか。
「『誰も私なんて見ようとしない』か。けれど君は彼らを捨てずに心に持っていた。
優しい娘だ。君位の歳のとき、私は自分とすぐ近くの数人にしか興味が無かった」
「違……!何でそういうことに」
「八雲君については、拳児君が全て受け止めた。今すぐ背負おうとしなくていい。
それよりもこれからのことを考えてくれ」
一方的に話す刑部に苛立ちが募る。自分の立場がわかっているのだろうか。
憎悪に火をつけようと刺激を与え始める。だがどうにも火がつかない。
乾燥していたはずの心が、いつも間にか少しだけ湿りを帯びているようだった。
「生き残った一人とどうするか、もう一度考えて欲しい。拳児君のことを信じて欲しい。
あと――できれば、君の友人達を解放してやって欲しい。私の話は以上だ」
最後の意味は分からなかった。だが刑部はそのまま隙だらけの背を向ける。一体どこへ。思わず口にした。
「もう一人と会って来る。……高野君だったら話し合いの余地すら許されない。
ノートパソコンはおそらく体育館にあるのだろう?」
いいのだろうか。逃がしてしまって。いいのだろうか。殺してしまって。
迷っているうちに、刑部が一歩だけ進む。だが二歩目はない。
「あ、そうそう。君は言っていたね。八雲君のために拳児君を殺したと」
心臓を直接つかまれたような気分になる。せめて八雲との絆は失いたくなかった。
それを指摘されるのは耐えられない。静かに、隠したまま忘れ去りたい傷跡だ。
「ふ、ふふ……あはは、ほら、先生だって本当は私のこと許さないって思ってる!」
「……言ったろう。私に君を責める資格はない。それだけのことをしてきたからね。
だが君がそう思うのなら、気がすまないというのならあえて言おう」
それは、三原の理解の範疇を越えていた。
内心刑部の言うこと――『俺の従姉』の意味を知ってしまったからこそ、信じ難いものだった。
「彼の命を奪ったこと。彼のイトコとして、君を許そう。忘れることはできないが、責めないことを誓うよ」
何故そんなことが、平然と言える。もうわけがわからない。刑部がそれを言ってどうする。
けれどまた目が少しだけ熱くなる。さっぱりわからない。だから次を最後に終わらせることにした。
最後の言葉を刑部の背中にぶつけることを選んだ。
「もしかして……播磨君のこと……?」
向けられた背中が完全に止まる。風になびく木々も耳に残った銃声の響きも煩いと感じるほどここは静かだ。
先程、死を意識したときと同じ感覚。ほんの一秒にも満たない間、世界がとてもとても長く感じる。
「――まさか」
結局トリガーを引くことはできなかった。手を垂らし膝をつき、三原は考える。
自分は生きる。生きるためには高野であっても一条であっても殺すしかない。
その意思はもう揺らぐことはきっとない。
辛いのは、自分の歩むと決めた道に大事な人達が誰もいないこと。音篠達とは永遠に交わらないこと。
けれど、その選択は安易に飛びついたものではなく、考えて考えて考えぬいた結果だとしたら。
親友達が望まない道だから、もう誰の笑顔も思い出せないのだと思っていた。
それは--違うのかもしれない。歩む道や選んだ扉が違ったとしても、受け入れられないものだとしても
認めること、認めてもらえることはできるのではないか。
音篠や、今鳥や、八雲がもう笑わないのは、笑顔が思い出せないのは自分が彼らを隠れ蓑にしているからではないのか。
もう解放して欲しい、と刑部は言った。それはつまり自分が八雲や天満を利用するのは止めて欲しいという意味なのだ。
選んだ手段がどれだけ汚らしいものだとしても、その決意をしたのは自分。それを認め、受け入れる。
誰のためでも、誰のせいでもなく自分のために信じると貫き通した道ならば、
その先にはきっと大事な人達が、追い求めていたものが--
(……何ていうんだろ。こういうの……)
過ちがあった。悩んだ末の決断もあった。許せないことも多い。どれも認めなくてはならない。
三原はゆっくりとその場を立ち上がった。生きるため、全てを終わらせようと固く誓う。
生存者が一条なら、銃を突きつける前に過ちを詫び、決意を伝えよう。
そして刑部にも言わなくてもならないことがある気がした。
渦巻いていた狂おしい感情は消えていない。けれどもそれに振り回されてはならない。
これまでの自分は憎しみにつき動かされていた。自分で決めたと言いつつ、ただただ憎しみに操られていたのだ。
相手は誰でもよかった。笹倉でも播磨でも刑部でも一条でも高野でも。
(行こう……行かなきゃ!)
信じられないほどに体が軽い。両腕もまだ動く。膝に力を込めて、体を起こした。もう周囲に動くものは何もない。
「……伊織?」
どこかで見られている気がした。先程鳴き声が聞こえたから。見守ってくれているのか、見届けようとしてくれているのか。
この島で出会った大事な友達はまだいた。それが三原にまた勇気を与えていた。
* * * * * * * *
「はい……はい」
森の中に淡々とした声が小さく響く。独り言のように見えるが、それにしては口調がはっきりしすぎている。
「そうですか、わかりました」
直後に鳴った小さな電子音を最後に声が途絶える。携帯電話を握っていた少女は液晶の画面を白けたようにじっと見つめていた。
そしてほどなくして大きめの警告音が鳴る。充電をするよう持ち主にメッセージを発しているのだ。
高野はそれを無視し、携帯電話をリュックの中に放り込む。
「先生は気楽でいいわね」
盗聴器のことを承知の上で、わずかな皮肉を込めて呟く。
一条を殺した。残りは一人になった。だが生きているのはまだ二人いる。
刑部の存在が気がかりだった。三原が殺してくれれば問題ないが、正直なところ期待できない。
そんなことを考えながら一条の荷物を奪い、銃の動作確認や荷物の整理をしていたときのこと。
ふと携帯電話が気になった。メールくらいにしか利用していなかったが、本来の用途はどうなのだろう。
まさか外部と連絡できるはずもないが、圏外というわけではない。
試しに時報にかけてみた結果は予想していたうちの一つだった。
その折、せっかくの機会なので笹倉や刑部の存在について問い正した。
一条の荷物からわかったことだが、刑部は管理側の情報を漏らしている。
そして先程自分は銃撃を受けた。
けれども電話の相手である姉ヶ崎からの返事は『そっかあ』『大変だねえ高野さん』といった類のもの。
それがどうしたといわんばかりの態度を隠そうとしない。
おまけに背景から漏れてきたのは、菓子が割れたりお茶のようなものをすする音。
唯一の収穫は殺しても問題ないということただ一点。
(……)
手早く荷物と考えをまとめる。三原の武器は機関銃。麻生の持っていたUZIかもしれない。
刑部ならばそれなりに浪費させてくれるだろう。
情けないことだが、それにかけている期待はかなり大きい。
必要なのは情報だ。ノートパソコン。沢近がまだ生きていた頃、三原は体育館にいた。
本人が刑部を追っている今、バッテリーとともに三原のリュックにあるとは考えにくい。
体育館へ行って見る価値はある。
腹に溜まらない程度に水分を補給して、地面に捨てる。
カロリーの高いジャムパンを半分だけ食べた。
残りの食料と即戦力にならない道具は置いていく。ただし教師に連絡できる携帯電話だけは別だ。
ドグラノフ狙撃銃を握りしめるが、その重量に腕が震える。
疲弊した体に容赦なく負担が要求される。
けれども置いて行くことはできない。数少ないUZIに対抗し得る武器なのだ。
あと一人--あるいは二人。それを支えに、高野は地獄に幕を下ろすべく歩き出した。
昼までに決着はつくだろう。乾いた空気を吸いながら終末を予想する。
空は青空が広がっていて、天気だけで言うならピクニックと変わらない。
うららかな日差しが制服の上から肌を刺す。
雲がないので、高いところの風の流れは分からない。
そう思っていたら小さな雲が視界の隅に映る。ほどなくして細かく散った。
凧はとても高く揚がりそうだった。
* * * * * * * *
重量のある金属の扉が軽く軋む。つい膝をぶつけてしまい、ゴゥンと重い音が響く。
太陽はだいぶ高い位置にきていたが室内にはまだ熱が伝わりきっていないのだろう。
ここまでの行程で汗ばんでいる体に、冷えた空気が若干の鉄の臭いとともにまとわりつく。
触覚からは高揚感、嗅覚からは不快感を感じ取る。
「……私が一番乗りか」
目的の道具はすぐに見つかった。そして少しだけ離れたところにあるのは血の塊。異臭の発生源。
その中心には男子生徒が倒れていた。それが誰なのか、確認するまでもない。
「……残念だったわね、播磨君」
意味のない一言をつぶやいて、高野は歩を進めた。ノートパソコンの前に立ち電源を入れる。
起動するまでは入り口のほうに銃を構えて警戒を続けた。
「三原さんは、と」
島の地図に点在する数多の黒印。大勢のクラスメイトの名前。自分が殺した沢近愛理。
知らぬ間に殺された親友の塚本天満と周防美琴。慕ってくれた後輩二人。それにまとわりついていたバカ。
自分が見逃した男に殺された大馬鹿者だ。そして、今またその男の武器を警戒している。
(……三原さんは、知っているのかしらね)
あの男の最期を。最後まで自分の前に立ちふさがるはずだった存在を。
追い払っても追い払っても食い下がってくる、国外追放しても戻ってきた非常識な人間。
意味のない思考を無理矢理打ち切る。三原はまだ生きている。そして体育館とは若干の距離があった。
自分同様に、ノートパソコンを求めて体育館にやってくる可能性は高い。逆にそれが好機だ。
体育館の入り口は一つしかないのだから、見計らって狙撃してやればいい。
ドグラノフ狙撃銃をリュックにしまいこみ、両手を自由にする。ノートパソコンを閉じてバッテリーを上に積む。
中の電解液がこぼれおちないよう注意しながら、高野は入り口に向かって歩き出した。
体育館への入り口は一つ。ただしフロアに出るまでの扉は二枚あった。一つ目の扉は薄汚れたガラス張り。
外からやってくるとまずそれを通る。近くには下駄箱があり、トイレや教員室、器具室につながる廊下もある。
おそらく生徒達はここで靴の泥を落として上履きに履き替える。そして廊下を挟んだ向こうに二つ目の扉。
こちらは金属でできていて、どこかさび付いているのか開きにくい。それを越えて初めてフロアを見ることができる。
高野がやってきたとき金属扉は開かれていた。硬くて三原には閉じられなかったのだろう。
通り抜けられる程度のスペースはあったため、そこに身をすべりこませる形で中に入ったのだ。
そして今、高野はノートパソコンと体の位置関係を横にずらし、無事に通過できるよう体を動かしていた。
視界が赤銅の扉に覆われる。リュックを足で引きながら、横歩きで狭い隙間を通り抜けた。
その直後にキィ、と何かが開く奇妙な音。疑問と共に正面を向いた高野が見たものは。
外からは中の様子が見えない程の有様を見せるガラスの扉。そこを丁度通り抜けた刑部の姿だった。
----!
世界が弾ける。反射的にノートパソコンを投げつけた。刑部は即座に横に跳び、それを避ける。
扉が砕け、数多の破片が一瞬の芸術を描く。けれどもそれが二人の目に留まることはない。
跳ねた鋭い硝子の切っ先が地面に落ちるより、希硫酸の異臭が下駄箱回りに立ち込めるより早く両者は跳ねた。
距離が詰まり、そして止まる。互いの全てを見通すように、素手のままにらみ合いが続く。世界が安定を取り戻すまで。
じわじわと足元の波紋が広がっていく。硝子の粒子がその海に浮かび朝日を反射させ瞬く。
「……三原さんは?」
「知ってどうする?」
「殺します」
互いの喉を、目を、動脈を、心臓を見つめる。二人の間だけ、世界から忘れ去られたような静寂に包まれた。
その場の空気に血も凍るような冷気が立ち込める。
「それは無理だな」
刑部はにべもなく言い放ち、空気より冷ややかな口調でゆっくりと続けた。
「三原君は近くにいない。そして君に会うこともなさそうだ」
「……理由を伺ってもよろしいでしょうか」
再び沈黙が舞い戻る。視線と視線が交差してお互いの意思がぶつかり合う。
返答を予想し、その先まで考えていそうな高野をじらしながら、刑部は当然のことのように話す。
「私と先にあったからさ」
「ノー・プロブレム」
君は
あなたは
--ここで死ぬから
刑部はワルサーP99を。高野はシグ・ザウエルを。同じタイミング、同じ速度で互いの眉間に突きつけた格好をとる。
二人は言葉でなく態度で示した。嘲るように、互いの手の内を見透かすように。
「パーン」
くだらないはったりにも動じない。銃は沈黙したままだ。高野はにらみ合ったまま考える。
相打ちなど最も意味がないこと。しかし自分が撃てば刑部も撃つ。自分が引かねば刑部も引かない。
「ふ」
意地をはらず素直に銃口を下げる。そして勝負の場を改めて設けることにした。
そしてそんな面白い見世物を姉ヶ崎は邪魔しないだろう。奴は面白ければいいのだ。誰が残ろうがどうでもいい。
勝手に首輪が爆発してラッキー、という展開は自分なら絶対やるまい。
刑部は最後の最後で立ちふさがる強烈な障害なのだ。本来その役を背負うべき者はもういないのに。
額からこぼれる汗をぬぐって考える。もう弾数も体力も限界に近い。吐息には乾いたものが混じっている。
唐突に訪れた緊張に足が笑いそうになる。一条との白兵戦は予想以上に心身を疲弊させているようだ。
時間が経てば三原がやってきて完全に追い詰められてしまう。
(どうしよう?)
ガラにもなく、思考が詰まる。多分、見逃してはくれない。下手な隙は見せられない。
(どうすればいい?)
答える者は誰もいない。当然だ。誰も声をかけてくれるはずもない。
この難問にも自分で答えを出さなくてはいけない。心で軽く笑った。
--刑部があの男の代わりだと言うのなら。忘れ齠セぬ思い出の一つを借りることにする。
一歩分の距離を取る。拳銃を握ったままその手を高く掲げ、手の中で回転させてスカートに戻す。
空になった右手で銃を形作り、そのまま突きつけた。
「早撃ちで勝負」
バーン、というしぐさと同時に、高野の宣言は凛とした声で告げられた。
「気付いてないのか?私は君と違って」
「顔を狙いますから大丈夫です」
刑部の声がぴしゃりと遮断された。
やや熱気が増してきた体育館の中央で、背中合わせに二人の人間が並ぶ。
刑部は体育館の入り口を、高野は小さな縁談を正面にして立っていた。
「ルールは、」
「あいつらと一緒でいいだろう」
背後から言い返される。その声が少しだけ低くなっていることに高野は気付く。
肩越しに首だけを動かして彼女を見上げた。
刑部の視線は正面ではなく、そこから斜めに。もう動かなくなった播磨のほうに向けられていた。
「播磨君のことは残念でしたね」
「別に。君こそどうなんだい?」
「まさか」
互いの利き手は軽く広げられつつも、各々の獲物が握られている。
それさえ除けば、二人の関係は普段の茶道部での会話と遜色なかった。
「私が播磨君で……君が花井君になるのかな、これは」
「却下」
「そうか……じゃあ、そろそろはじめようか」
----1
勝者には未来、敗者には死。この地獄の縮図のような決闘方法。
限りなく分かりやすく、非情な世界の理。両者はそれを噛み締めながら、最初の一歩を踏み出した。
----2
忘れまいとした誓いも意味を持たない。いくら誓ってもそれで勝敗は決まらない
----3
ごめんなさい。誰ということなく囁く、今だけは全てを忘れよう
----4
天満も美琴も八雲もサラも愛理さえも消えていく。なのに、どうしても消えない影が一つ。邪魔だ。
----5
----ち
----6
葉子。種田君のこと、すまなかった。だが私はせっかくの気遣いを無にしてしまうようだ
----7
私は無力だったのかもしれない。けれども、出来る限りを尽くしたよ
----8
拳児君。ほう、幸せそうな顔をしてるな。君は頑張った。誇っていい
----9
君がまた私を信じてくれて、本当に嬉しかった。大事なときに傍にいられなくてごめんな
----10
今はただ、この勝負に勝つ!
握った銃と、互いの足音に全身全霊を集中する。
銃口を向け、相手の瞳を覗き込む。引き金に指を掛ける。
何万分の一秒でもいい。相手よりほんの少しだけ速く。
世界が凍る音を一歩ずつ数えた。そして十溜まった今この瞬間--
パパパッと、体育館の中で光が弾けた。
* * * *
「がっ……ふっ」
食い破られたかのような痛恨に身をよじる。
灼熱の痛みが全身を焼いた。衝撃が順繰りに脳裏を駆けていく。
皮膚を焼き肉を貫き、銃弾が腹を後方へ突き抜けていくのがわかった。
膝が崩れて、前に、横に。世界が揺れる。大きな音がしたはずだが耳に届かない。
重しのようなものが体全体にのしかかる。
(あ……)
映ったのは体育館の暗い天井。睫一つ動かさず見つめる。凧などどこにもなかった。
(……ま……だ)
腹部は直接死につながるような箇所ではない。出血さえ抑えれば、胸や首に比べ長く保つ。
首を上げ、残った力を振り絞り、右半身に力を込めた。体を反転させ、這いずるような姿勢になる。
カッと目を見開き、結果を自身で確認した。
その先には同じような赤い染みが描かれていた。だが自分と違い、痛みに悶え動いているそぶりはない。
長く黒い線が円のように綺麗に広がっている。こちらの銃弾は、確実に刑部絃子の急所を捉えたと確信した。
「先生--!」
遠のきそうな意識は勝利の余韻を味わう余裕もない。だが獣のような絶叫に覚醒させられた。
最後の一人が現れたことが嬉しかった。この状態ではそう長い時間をかけてはいられない。そして策は尽きている。
なのでできることは一つ。引き金を引く。たったそれだけでいい。
歯を食いしばって最後の力を両腕に込める。震える腕を床に押し付け両手でグリップを握る。
三原は自分のほうにやってくると思っていた。だが彼女はより近くの、地に伏している刑部に駆け寄った。だから。
再び、閃光が体育館で爆ぜる。
「か……は……」
刑部同様に、三点バーストを隙だらけの体に遠慮なく打ち込む。
反動の痛みは口の中を噛んで無理矢理堪える。続いて、残りを容赦なく放つ。
「がっ……!ぐっ……!」
これで丁度終わりだ。奇跡的に全て三原の胸部や腹部に着弾したのを確認。
悶絶しながら、三原が刑部の隣に倒れる。
そして自らもそれが限界だった。感じたことのない疲労感と達成感が押し寄せてきて、
その流れに身を任せるように再び仰向けになり倒れこむ。
(これで……終わ……り)
腹部の痛みがより深刻になってきた。あとはもう救助が早く来ることを祈るのみ。
あっけない最後だったが現実はこんなものだろう。
この瞬間をどれだけ心で描いただろう。感慨深いものが胸を満たす。
……そう思っていた。けれども何も感じない。最後に心に残っていたものが消えた気すらした。
高野晶という人間が全く別のものになってしまったようだった。
手に入れたものは何もない。失ったものしかない。
けれどもこの終点にたどり着いて、ようやく過ぎ去った日々を省みることができそうだった。
--カタ
何かが動くような音がする。近づいてくる。風か小動物か、何かだろうか?
けれども妙だ。ここは確か森の中ではなくて体育館--
--ニャオ
猫か。だが遊んであげるだけの余裕はない。
ふと、何かに吊られるように目を開く。視界に入ったのは無機質な天井と--鋭く光る銃口。
「え」
「高野さん」
赤く染まった矢神高校の制服をまとった三原梢がこちらを覗き込んでいた。
「!……どし……て」
一瞬で全身が濡れた感触がする。四肢が硬直するが、歯は勝手にカチカチと音を立てる。
久しく意識したことのない感情が心臓を縛る。視界が溶け合いかすみそうになる。
腹の痛みはもう感じない。感じている余裕がどこにもない。
代わりに、とてつもない息苦しさに喉が詰まりそうになる。
「刑部先生がくれたの。防弾チョッキ」
制服には穴とコゲ跡がついていた。その周りは確かに赤黒く--いや、三原は元々全身血にまみれていたのだ。
「先生と戦って……その後、色々あって少しだけ話をして。そのとき最初にくれたの。
私を安心させるためだと思う」
「……そう」
かくんと首が曲がる。全てが終わったような目で、高野はぼそっとつぶやいた。
「あなたの勝ちね」
こんにちは、三原梢です。
私はとにかく進みました。自分の手で全部終わらせるために。
一条さんでも高野さんでも殺すつもりでした。私の選んだ道だから。
それは先生達の思う壺で、最悪で、今鳥君達が望まなかった方法。
最後が特にきつくて心が押しつぶされそうだった。そして私は自分以外の全てのせいした。
今思うと、一条さんはそれに気付いていたのかもしれない。きっとそーだ。
けれど私は播磨君を殺したことを責められるのが嫌でそこから逃げた。
だけど、刑部先生は許すと言ってくれた。
そんな資格はないと自嘲してたけど、私はとてもとても嬉しかった。
従姉っていうのはきっと本当なんだろう。最後に見た背中はとてもさみしそうだった。
播磨君にとっては従姉でも、刑部先生にとってはもしかしたら--なんてね。
八雲ちゃんにも申し訳ないことをしちゃったけれど、少しだけ待って欲しい。
いつか私が大人になって、自分の罪も皆の罪も悲しい事件も受け入れられるようになったら。そのときは。
その日のために私は生きる。殺すしかないなら殺す。矛盾してるみたいだけど、それが答え。
罪はある。だから全部受け入れて、とことん悩みぬいて苦しみぬいて生きよう。
今鳥君達がいつか笑ってくれる日まで。一生来ないかもしれないその日まで。
一条さんや高野さんが何が目的で戦ってるのかわからない。けど私達はお互いに譲れないものがある。
それを賭けて勝負だ。もし土壇場で殺せなくなったならそれは弱い私の負け。
私は刑部先生を追うために、ノートパソコンを求めて体育館を目指した。
途中で伊織が姿を見せた。やっぱり近くにいたみたい。近づいたら逃げるけど、離れようとすると寄ってくる。
危ないから離れていたほうがいいよ、と教えたその時。屋根が見えていた体育館から銃声が。私は駆けた。
--そして、刑部先生は死んでいた。胸の周りは赤くて少しも動いてなかった。
大切なことが言えなかった。播磨君のこと信じますって。この殺し合いを本当に止めようとしていた播磨君。
私より優しく強い心を持っていた。天満ちゃんが大好きな、『絃子の従弟』。
理解しようとせず、誤解で殺してしまってごめんなさいとせめて先生には謝りたかったのに。
ほんの少しだけ私の理性を取り戻させてくれた、この人に。
直後に高野さんに撃たれまくる。無茶苦茶痛かったけれど、こんなものは私が進むと決めた道の序の口に過ぎない。
転がっている先生の武器を借りて、ゆっくり立ち上がって--
「あなたの勝ちね」
今、私は高野さんに銃をつきつけてこうしている。手が震える。やばい、勇気が出ない。
やっぱり殺し合って、その上で罪を償う、背負うなんておかしいんだろうか。矛盾してる?
憎しみの支えはもういらない。何のせいにもしてはいけない。私の意志で、罪を犯さないといけない。
ふと思う。償ってどうなるんだろう。皆が帰ってくるわけでもないのに。
もしかしたら高野さんのほうがよっぽど立派な信念を持ってるんじゃないだろうか。自殺したほうがいい?
いや、迷うな私。それは逃げだ。見返りを求めているわけじゃない。例え戻ってくるものがなくったって--
「高野さん……」
ああ、でも願う権利くらいはあるかもしれない。全然リアルじゃない、突拍子もないものなら特に。
願いならある。私が願うのはただ一つ。三度目があること。
え、何で三度目かって?……なんとなく。C組、D組の皆。あと八雲ちゃんとサラちゃん。刑部先生と笹倉先生。
皆と一緒にいるのは最初じゃない。今が二度目。そんな気がしただけ。それに二度あることは三度あるってね。
だから自分の罪から逃げちゃいけない。覚えていないといけない。
最後まで、夢を見ていたいから。だから願います。一万でも二万年後でも構いません。ですからどうか
「……私は皆のことを絶対に忘れない。だから、またね!」
----皆とまた同じ世界に生きられますように
私は勝手な願いを込めて高野さんを撃ちました。
けれど、高野さんは少しだけ嬉しそうな顔をしている気がしました。
【午前:9〜11時】
【三原梢】
【現在位置:G-03北部、分校跡体育館内】
[状態]:疲労甚大。左掌に銃創(応急処置済み)、胸骨、肋骨にヒビ。返り血にまみれている、
[道具]:自動式拳銃(ワルサーP99)/弾数13発、UZI/弾数3発、9ミリ弾142発、ベレッタM92/弾数8発、vz64スコーピオン/弾数8発、セキュリティウェア
[行動方針]:そういえば一条さんは?
[最終方針]:生きて苦しんで償って、それでも夢を見続ける。
※三原の道具:支給品一式(食料4、水5)、エチケットブラシ(鏡付き)、ドジビロンストラップ、弓(ゴム矢20本、ボウガンの矢4本)
※播磨の道具:支給品一式(食料4,水2)、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
は、体育館の中に放置してあります
※高野の道具:支給品一式(食料12、水3)、殺虫スプレー(450ml)、ロウソク×3、マッチ一箱、インカム一組、デザートイーグル/弾数0発、
※一条の道具:支給品一式(食料5)、東郷のメモ、刑部のメモ。
はG-03北東部に放置してあります
シグ・ザウエルP226/弾数0発、雑誌(ヤングジンガマ) 携帯電話(残量約1/5)は高野の死体傍にあります。
ドラグノフ狙撃銃/弾数6発、ノートパソコン(バッテリー破壊、フラッシュメモリ付き)は体育館の入り口付近に放置。使えるかどうかは不明。
※刑部の道具:暗視ゴーグル、ヘッドライトはG-03北西部に放置してあります。
9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジンは刑部の死体の傍です
【刑部絃子:死亡】
【高野晶:死亡】
--優勝者:三原梢
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