SとMが揃うと何になる?






「……はぁ、どうしたもんかな」
 一定のリズムを刻む細波(さざなみ)が聞こえる。
 海に面した岩場の影で、支給品の大きな銃を抱えたまま、鬼怒川綾乃は本日何度目かの溜息をついた。
「この殺人ゲームに、乗るか、反るか、かぁ」
 眼前に浮かぶ島をぽけーっと眺めながらかなり長い時間考えているが、未だに答えは出ていない。
 まだ死にたくない。やらなきゃ殺される。でも、嬉々としてみんなを殺して回ることもしたくない。
 せめて支給品が役に立たないハズレであったなら、あっさりと反る側に回れただろう。
 だが、支給された武器は大当たりだった。
 スパス15。イタリア製の軍用ショットガンである。
 鬼怒川にはそんな知識はなかったが、なにやら強力な銃であることだけは理解していた。

「あー、やめやめ! 考えたってどうしようもないわ、こりゃ」
 考えても考えてもどっちつかずな自分の思考に飽き飽きし、鬼怒川は立ち上がった。
 うーん、と一つ伸びをして身体のコリをほぐすと、ポケットから財布を取り出す。
「ここはもう、コレで決めるしかないわね」
 取り出したのは10円玉。
 指を組んで即席の発射台を作り、10円玉をその上に乗せる。
「表が出たら、仲間を集めて脱出する道を探す。裏が出たら、殺し合いに乗る。……よし!」
 ピン、と10円玉を上に弾く。
 ゴクッと唾を飲み込んで、鬼怒川は10円玉の軌跡を追い、
 ――パシッ
 手の平と手の甲で受け止めた。
 そっと、抑えた手の平をどけていく。そこには――
「……裏」
 つまり、自分のスタンスは殺し合いに乗る、ということ。
 そのまましばし動きを止め、一つ大きく深呼吸。
 今までの学園生活を反芻すると、一度心の中を空っぽにし、気持ちと覚悟の整理をつけた。
「じゃ、行きましょうか」
 自分自身に対して号令をかけると、スパスとカバンを手にして振り向こうとする。が、その時――
「動くなっ!」
 突然、岩場の死角から飛び出してきた影に、側頭部に銃口を突きつけられて固まった。


「え……?」
 一瞬のことで、反応など出来るものではなかった。
 視界の端に映った鈍く光る銃口、それが自分の頭に至近距離から狙いをつけている。
 サーッと血の気が失せていくのが分かった。
(え? うそ、なに? せっかく一大決心までしたっていうのに、ここでお終い!?)
 嫌な汗が全身から吹き出る。
 クラスメイトを殺す選択をした矢先にこれだ。
 いわば裏切りの選択をした直後に終わりとは、あんまりではないか。
(どうせ終わるなら、せめて表が出てればよかった……)
 脱力感が一気に襲ってきた。
(天罰かな)
 もうどうにでもなれと流れに身を任せようとしたその時、突きつけられていた銃口がスッと下がった。
「え?」
「き、鬼怒川……?」
 思わずその方に振り向いた鬼怒川の目に、驚愕の表情を浮かべる斎藤末男の姿が見えた。

「な、なんでだよ……」
 斎藤は一瞬だけ泣きそうな表情になり、そして完全に両手をだらんと下げた。
 彼はそのままうつむき、自嘲気味に「ハハ」と笑う。
「斎藤くん……?」
「せっかく、人が必死こいて悩んでゲームに乗る選択したってのに……どうして最初に鬼怒川に会っちまうかなァ?」
 一つ溜息をついて斎藤は場所を移動し、道を開けた。
 ひらひらと手の平を振って、行けというジェスチャーをする。
「悪ィ、行っていいよ。てゆーかもう、撃たれたっていいや」
 岩に背中を預けて疲れたような苦笑いを浮かべるその姿を見て、鬼怒川は思った。
(あ、同じだ)
 裏切りの選択をして、そしていきなりそれをぶち壊す事態に直面してしまった時の顔だ。
 撃たれたっていいという言葉の通り、今の彼は全くの無防備だ。
 自分は銃を持っていてこちらの銃も見えているはずなのに、みんなへの罪の意識でもう何もかもどうでもよくなっている。
 ついさっきの自分と全く同じ。
 なんとなく、斎藤に少し親近感が沸いた。

「なんで助けてくれるの? 斎藤くん、ゲームに乗ってるんでしょ?」
 鬼怒川の問いに、斎藤は視線を泳がせた。
 心なしか顔が赤いような気がする。
「あぁ〜……つまり、その……」
 悩む。言っていいものだろうか。
 ポリポリと頬を掻きつつ、ちらっと鬼怒川の顔を盗み見る。
 こちらは別に頬を赤らめてもいなければ、思い詰めた表情もしていなかった。
(やっぱ相手にされてねー)
 ちょっとだけ期待したが、やはりアウトオブ眼中らしい。
 答えあぐねていると、鬼怒川の方から話を続けてきた。
「私もね、乗ってるわ。ゲーム」
「そ、そうか」
(じゃあ、やっぱここで終わりか……他の連中の後で耐性付けばと思ったけど、今はさすがに鬼怒川とはやり合えねぇよ)
 再び脱力して、背後の岩にもたれかかる。
 鬼怒川に撃たれるなら本望かなとか最後だし告っちまうかとか、
ぐるぐるひっきりなしに思考が回る斎藤の耳に、鬼怒川からの予想外の言葉が届いた。

「だから、私と組まない?」

「は……? えぇ?」
 間の抜けた顔で疑問を返す斎藤に、鬼怒川はさらに続ける。
「だから、1人でやるより2人で協力した方が有利でしょって話。単純に数の上で有利だし、
男女の2人組でゲームに乗ってるなんて普通思わないだろうから、みんな油断してくれると思わない?」
「そ、それは……思うな」
「でしょ?」
 気圧されたように言葉を返す斎藤に、力強い頷きを返す。
「でも、最後に助かるのは1人だけだぜ?」
「その時は、その時で考えた方がいいわ。最後まで生き残れるって決まったわけじゃないし。
だからそれまでは、私と斎藤くんとで協力していかない?」
 恋愛感情は皆無にせよ、じっと自分を見つめる鬼怒川にどぎまぎしながら斎藤は考えた。
 いや、考えるまでもなく答えなど出ていた。
(2人で……これはつまり、俺と鬼怒川の運命共同体!?)
 しかも命を懸けた、だ。
 斎藤には、そんじょそこらの恋人同士などよりも遥かに強固な結びつきなんじゃないかと思えた。
「OK、やる! 任せてくれ、俺達2人なら誰にも負ける気がしねぇ!」
「そ、そう? それじゃよろしく」
 いきなりやる気になった斎藤に少しびっくりしながらも、ここに2人の運命共同体は結成された。

【午後:14〜16時】


【鬼怒川綾乃】
【現在位置:D-01】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 ショットガン(スパス15)/弾数:6発
[行動方針] :斎藤と協力してゲームに乗る。


【斎藤末男】
【現在位置:D-01】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:50発
[行動方針] :鬼怒川と協力してゲームに乗る。



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