生まれる気持ち
静かな森の中に、膝元ほどの高さで土の山が築かれていた。
辺りには空気を吸って膨らんだ土や乾いた砂、掘り出された大小様々な石が散乱しスコップが二つ転がっている。
傍目にはただの土遊びの跡に見えるかもしれない。だが子供の遊び場にしては少々山は大きく、丁寧なつくりだった。
そしてそこから数歩分引いて、手を合わせ頭を下げている一組の男女と座り込んでいる黒猫が一匹。
やがて男女はどちらからということもなくその場を後にする。
「……一条の奴を連れてこないとな。ちっとは落ち着いてるといいけどよ」
「そう焦るな。まだ先程から大して時間は経っていない」
播磨の後ろで刑部はもう一度振り返り、八雲の墓前をじっと見つめる。そこには播磨が用意した墓石が二つ。
大きな石が一つに、それより一回り小さなものがもう一つ。
播磨なりの手向けなのだろう。何を意図したのか聞くつもりはない。
だが不謹慎であると自らを叱責しつつも、刑部は八雲が恵まれていると思えてならなかった。
(丁重に埋葬され、誰かに見送られた生徒がどれだけいただろう)
自分は多くの死を知っている。一日目はともかく、進行に従ってやがて野ざらしも増えていった。
武器を回収したときも無残な肉の塊になった生徒を見ている。
中には小動物による食物連鎖に組み込まれたであろう者も少なくないだろう。
自然の掟とはいえそれは不憫に思えて仕方ない。
「……拳児君、歩きながらでいい。私の話を聞け」
「ん、何だよ」
ここに来る時、親友は自分達教師も参加者であると言った。確かにそうだろう。
だが管理側の人間でもある。ならば知っている限りのことは伝えるべきだ。
現在、自分は播磨と争うことなく行動している。
情報が漏れて困るというのなら、筆談を考えないわけはないので、接触そのものが警戒すべき危険行為。
だが現実には何もない。自分が何を伝えたとしても取るに足らないと姉ヶ崎は判断しているのかもしれない。
むしろ『必死なあがき』として姉ヶ崎にとって高評価を受けるかもしれない。
一条のように無気力になったり、高野のように生徒を自分の手で狩ろうとする行為のほうがはるかに危険なのだろう。
理屈では――リスクは低い。しかし相手は感情で動く人間。
言わないに越したことはない。念のため筆談をしたほうがいいのは明らかだ。
しかし警戒のあまり何をするにも慎重を期していては間に合わないこともあるだろう。
どこかで生死のラインを線引きをしておく必要もあった。
そして何より、彼につきあうと言った以上自分だけ安全圏にいることはできない。
八雲のように、彼の心に残りたいと願うのならば。
「まず管理サイドの人間と、この殺し合いの黒幕について教えておく」
黒幕、という単語に播磨の足が止まる。刑部は少しだけ間を置いて口を開いた。
背後にいる存在はわからないが、『真の敵』と言える存在は姉ヶ崎妙であることと彼女の話した過去。
教師の首輪にも爆弾があり、播磨ら生徒より危険な状態であること。
放送の順番を考えると加藤に何かあったのかもしれないこと。
姉ヶ崎以外の教師がどう動くかはわからないこと。
島の外への監視体制や学校にいる兵士達等。盗聴器を懸念しあわてる播磨を無視し刑部は話し続けた。
「おい、いいのかよ!そんなことペラペラ喋って!その……」
「知ったところで今はどうにもならんことさ。ただ、私の命は君よりずっと軽い。
気まぐれ一つで失うだろうし邪魔と判断されれば最後だ。……だから今のうちに、な。
まだまだ話していないことはあるが……何かここまでで質問は?」
飄々と話す従姉の姿が播磨には驚きだった。
姉ヶ崎が黒幕であることや、警備の強硬さに肩が重くなるのを感じたが、
それを平然と話す目の前の彼女がまず理解できない。だが彼女の額や頬に浮かんでいる汗の粒を見て声を止める。
従姉とて恐れているし、怯えもある。口に出せば睨みとともに否定するだろうが、
その実いつもの彼女らしくふるまおうとしているにすぎないのだ。ならばその意に乗ったほうがいい気がした。
「……禁止エリアに囲まれちまったけど、何とかならねえのか?」
首輪と並び、これも頭を悩ませる大きな問題だった。仮に高野を説得し、
一条が気力を取り戻し三原が自分達を信頼してくれたとしても出られないのでは意味がない。
首輪を外せるのが一番だが、それを知ってるなら彼女がとっくにやっているはずである。
「禁止エリアの仕組みをもう少し詳しく教えておく。マニュアルからの受け売りだがね。
空の上の衛星がこの島を細かく区切って管理している。首輪が禁止エリアに接触すると
信号が発せられ、30秒にも満たないが、警告音が鳴る。それがすぎると爆発だ。
逆に言うとリミットまでなら禁止エリアに接触していてもいい。何がいいたいか、わかるかな?」
言わんとすることを理解する。播磨は無言で頷いた。
G-04とH-03の境界を見つけて、H-04へ抜けることができるということだろう。
自分は一度うっかり踏み入れそうになったが、禁止エリアへの接触を試みる人間など普通はいない。
リミットが設けられていると知る機会など誰にもなかったのではないか。
「だがあくまで理屈だ。簡単に聞こえるが実際は正確な現在地の認識と優れた方向感覚や距離感、何より勇気がいる。
過去、それを試したが恐怖にかられ失敗した例もあるらしい。それよりもう一つ確実な方法がある。
今は持ってないようだが、ノートパソコンがあるだろう。
あれの追加機能は当然管理側も知っているわけだが、今回が確か」
* * * * * * * *
『パンパカパーン!今回の追加はなんと禁止エリア解除機能でーす!』
三原はあっけにとられながらノートパソコンのディスプレイを見つめていた。
メールの内容を確認しようかと思ったところ、突然甲高い音が鳴ったのだ。
そしてカウントダウンが始まり、今に至る。
追加機能の話は聞いていたが実際見るのは初。
やがて状況を理解するに従って、姉ヶ崎の能天気な声が怒りの源泉をふつふつと湧き上がらせる。
『ゲームも進んで、大分進める場所が限られてきたんじゃないかな?そんなときはコレ!
どこか一箇所だけ、禁止エリアを解除できます。やり方は簡単、お世話になってるマップ機能で
禁止エリアをダブルクリック!成功するとメッセージが出るよ!その瞬間からそこに入ってもへっちゃらだからね!
一人で逃げるもよし、皆で逃げるもよし、嘘ついて罠にするもよし!』
この機能は使わない。三原は即座にそう判断した。これは逃げるための手段だ。
自分は奪う側に回ったのだから、こんなものに頼ってはならない。
おかしなことを言い出さないように播磨達にも黙っておくべきだろう。
『あ、便利だけど注意点はあるからね。まだ禁止エリアじゃないところは指定できないよ。
あと先生達のいるエリアを解除してもいいけれど、それは歯向かっていいっていう意味じゃないからね!
隅っこを通り道に使うくらいなら見逃してあげるけど、学校に来るなら覚悟してね。それじゃバイバイッ』
投げキッスとともに姉ヶ崎の映像がかき消える。元に戻った画面をじろりと睨みつけて、地図を立ち上げる。
いいかげんに播磨と一条が戻ってきてもいい頃だ。むしろ遅すぎる感もある。
確認すると、二人は少しだけこちら側に移動しているようだが、一条は播磨から若干離れていてやや見当違いの方向にいた。
「あーもう。何やってんの二人とも」
そろそろ高野を迎え撃つための指示を出さなくてはならないのだ。どういう手をとるにせよ二人なしでは勝ち目が薄い。
だが何やら勝手な行動をとりはじめているではないか。これではいけない。
気は進まないが、こちらから呼びかけに行って立場というものを再度理解させる必要がある。
傷ついた手にあまり負担はかけたくない。UZIとリュックだけを手に、他の荷物はマットの下に隠して三原は立ち上がった。
「わあ……いい気持ち」
体育館の外は新鮮な空気で満ちていた。思い切り息を吸うと胸に冷たい空気が一気に入り込んでくる。
やはり生きることは気持ちいい。先程受信したメールが頭をかすめるが、そんなものは後で確認すればいいだろう。
三原は朝の散歩を楽しみながら足を進めていった。
* * * * * * * *
「小麦粉、パン粉、卵、油、お鍋、包丁、着火材……」
一条は指折りながら何かをぶつぶつと呪文の様に呟く。
「……どれもない……」
がっくりと肩を落とし、ため息をつく。口からはふふっと笑みがこぼれていた。
見つけた子ブタは登場したときの勢いをなくし、転がったまま動かない。
最初会った時の大声が最後の力だったのだろうか。
今はもう倒れ伏し、小さな瞳で何かを願うようにこちらを見ているだけだった。
「冗談だから安心して。でもあなたはどうしてあんなところにいたの?」
動物に話しかける自分がどうにもおかしくて、再び一条は笑いをこぼす。
この現実逃避にも似た行為は妙に心地いい。
「よごれていますね。待っててください」
見れば子ブタは全身が埃や燃え殻、灰といったものにまみれていた。
最後の水を取り出してハンカチを湿らし、体全体を丁寧にふき取る。
純白のハンカチがみるみるうちに薄汚れていく。
両面を汚した成果かブタは少しずつ綺麗になっていく。だが背中の大きな汚れがどうしてもとれない。
「……あれ、これって文字?」
それが何かの文章であることをほどなく理解し、手を止めて読み取ろうとする。
「『豚を殺すと全員死ぬ』……え?何で?」
前後の文字が塗りつぶされているが、その一文だけは確かにそう読むことが出来た。
何故そういうことになるのか理解できないが、ブタがひどく弱っていることだけは事実。
片手で器を作り水を注ぐ。口元に近づけると小さな舌が動きチロチロと舐めた。
「おいしい?もっと欲しい?」
隙間から零れ落ちてしまった分を補うため、もう一度手の器に水を補給する。
直接口に注ぐことも考えたが、無理矢理飲ませるのも気の毒だろう。
水を全て使い切った頃、ブタが安らぎのようなものを浮かべている、と一条は思うことができた。
「よしよし」
その背はふわふわしていて感触が心地よく、ひんやりとして気持ちいい。
「きっと疲れてますよね、ゆっくり眠るといいですよ」
痛めないように優しく体を撫で回す。初対面のころに見せていた怯えはもうない。
自分を信頼してくれたのだと思えて一条は嬉しかった。
アマレスができないのなら動物の世話をするのもいいかもしれない、と突拍子もない将来を描く。
「ゆっくり、おやすみ」
「……ブヒ」
そして、小さくて白く丸い体が完全に動かなくなる。初めて一条に違和感が芽生えた。
ブタは本当に動いていないのだ。呼吸するしぐさも見せず、少しくすぐってみても何も反応を示さない。
元々冷たかった体が更に冷めている気がする。これは眠っている、と言えるのだろうか。
やがてその体に単なる汚れ以外のものが認められる。
「何これ……痣……!?」
城戸による暴力は子ブタ--ナポレオンにとりかえしのつかない大怪我を負わせていた。
殴打によって骨が砕け、臓器と混ざり合い体内に大小多くの傷を与えていたのだ。
そして不衛生な焼却炉跡に閉じ込められるストレスがナポレオンを一晩中蝕み続けた。
それでもなんとか脱出しようと度々行われた体当たりが更に症状を悪化させていた。
今まで生きてこられたのは単に飼い主である播磨に会いたい、という意思が支えになっていたに他ならない。
(……この子、殴られて……誰かに閉じ込められたんだ!)
「ひどい……!」
このかわいらしい生き物が何をしたというのか。そう思ったところで一条はふと気付く。
今の自分の燃えるような感情は何なのだろう。心を探り、正体を認め、息を呑む。
--それは壊れ砕かれたはずの、自身の正義感bセった。
* * * * * * * *
「さて次は何を話そうか」
「いや、もういい……」
森を抜けるとそう遠くない位置に分校跡が見えた。森の外は朝日がより強く、その違いに思わず目の周りをしかめてしまう。
そして播磨はこれまでの会話を断ち切った。
「あ〜一条の奴、どこまで行ったんだろうな。俺探してくるから、ちょっと絃子は隠れて休んでろ」
わざとらしい話題の逸らし方だった。やはり辛いか、と刑部は走り去る背を見て思う。
彼の言葉に甘え、少し薄暗い木陰に身を寄せる。ここに来るまでに互いに数多くの話を交わした。
そして播磨が最もショックを受けていたのはやはり塚本天満のことだった。
『状況と盗聴内容から判断して、彼女はH-03にそのまま放置されていると見て間違いない』
その事実はいたく心を刺激したようである。傍にいた伊織も播磨に何か話しているらしかったが、
所詮猫なので伝わらないだろう。というか話すら理解していない……はずである。
途中の会話で、自分が生徒を傷つけられない、戦闘になれば役に立たない存在であることは伝えてある。
高野や三原と遭遇すればただではすまないことも。
『だが私には責任がある。もし私の力が必要だと思ったなら遠慮はいらない』
盗聴されるとまずい部分は筆談で伝えたが、紙は握りつぶされた。
播磨はクラスメイトはもちろん自分の死も望んでいない。それはありがたいことだと思う。
そのせいで更に意地を張ろうとするだろう。
しかし自分は大人だ。そして大人は時に子供に冷たく厳しい。
大事なものを簡単に捨てたり壊してしまうことだってある。子供が望まないことを平気でするのだ。
(だが子供が嫌いなわけではないんだよ。君は果たしてそれを理解してくれるかな……)
腰の拳銃に手を伸ばしその存在を確認する。戦いはそう遠くない。
高野は当然として、話を聞く限り三原もどうやら怪しい。
だが播磨や一条が戦えるかは疑問だった。とはいえ自分では最良でも相打ちにしか持ち込めないのだが。
そして親友は未だに戻ってこない。言葉一つ残さず消えて、未だ連絡一つよこさない。
懸念していた可能性。やはり『そういうこと』なのだろうか。一条や播磨に言った言葉がむなしく感じる。
「大人とは損なものだ。なあ葉子」
甘えたり誰かによりかかることができない。辛い時に泣くことも許されない。
首を傾け、眩しさのあまり目を逸らしていた朝日を我慢して見つめる。
この島でのドライブで見た夜景もなかなかだったが、こちらのほうが上に思えた。
「わかっているよ。君に言われたからね。みっともないところを見せるつもりはない」
思い出すのは親友と見た初日の出。何かに誓うように、刑部は一人そう呟いた。つもりだった。
「ナーオ」
「……聞いてたのかい?」
【午前6〜8時】
【播磨拳児】
【現在位置:G-03中部】
[状態]:全身血まみれ
[道具]:支給品一式(食料4,水2)、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
[行動方針]:一条を探す。立ち止まらない。しかし具体的なことはまだ何も決めていない。
[最終方針]:生き残ってマンガを描き続ける。
[備考]:サングラスを外しています。高野を殺人者と認識しています。ゲームの目的を知りたがっています。リュックの一部が破損してます。
刑部から管理側のことについて色々聞いています
【一条かれん】
【現在位置:G-03中部】
[状態]:肩を負傷(止血)、かなりの精神不安定状態。
[道具]:支給品一式(食料5)、東郷のメモ
[行動方針]:この豚さん(死後)どうしましょう。
[最終方針]:???
[備考]:何をすればいいのかよくわかってません。活力が少し戻りましたが、やはりトンカツは嫌いではありません。
【刑部絃子】
【現在位置: G-03中部】
[状態]:疲労大、両手の皮が剥けてかなりの痛み
[道具]:自動式拳銃(ワルサーP99)/弾数16発、9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジン1つ
、暗視ゴーグル、ヘッドライト、セキュリティウェア
[行動方針]:笹倉を心配
[最終方針]:反主催
[備考] :高野を危険人物と認識。三原を警戒。笹倉についてはもしかしてもう……と思っています
【三原梢】
【現在位置:G-03北部、分校跡体育館外】
[状態]:身体的疲労軽減、精神面回復。左掌に銃創(応急処置済み)、返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料4、水5)、UZI/弾数50発、エチケットブラシ(鏡付き)、ドジビロンストラップ
[行動方針] :播磨と一条を探して言うことを聞かせる
[最終方針]:天満や八雲の名の下に全員を利用して優勝する
[備考] :自称『塚本八雲の親友』。教師らを激しく憎悪。高野を危険人物と認識
【ナポレオン:死亡】
スコップ*2は八雲の墓近くに放置してあります。
ベレッタM92/弾数16発、vz64スコーピオン/弾数20発、9ミリ弾142発 シグ・ザウエルP226/弾数14発
ノートパソコン(バッテリー、フラッシュメモリ付き)、弓(ゴム矢20本、ボウガンの矢4本)は分校跡体育館内に隠してあります
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