絆
「許してくれなんて……言うつもりはないわ」
一条の傷の手当を終えた笹倉は、そう呟いていた。
一条は笹倉のなすがままに服を脱がされ、痛み止めの薬を飲まされ、
その後は彼女の顔を見ることも無くただぼんやりと地面を眺めている。
湿らせたタオルで身体の汚れが落とされていく。
これではまるで病人のようだ。一条はそう思いながら、しかしそれに対して何かしらの感情も抱くことはなかった。
何に対しても、感情を抱くことができなかった。
あんなにも憎かったはずの教師の一人――笹倉葉子が目の前にいるというのに、身体に力が湧き上がってこない。
立ち上がる気力もなく、腕を上げることもできない。
今の笹倉は無防備。いくらこちらが負傷しているとはいえ、一矢報いることは十分に可能だろう。
許せない。報復するべきだ。殺さないと。
そう思っていたはずなのに、なんで身体が動かないのだろうか。
「私はなにもできなかったんじゃない。しようとしなかっただけ……。正体のわからない相手に立ち振る舞うなんて、怖くてできなかっただけ。
結果として、自分の手で二人も生徒を殺した。教師として……いえ、人として失格ね。弁解はしないわ」
笹倉の自認する通り、彼女は悪だ。
一条はそう自分に言い聞かせる。悪を目の前にしたなら、動かなくてはいけないはずだ。
悪人は倒さなくてはいけない。
今鳥が好きだったドジビロンも、毎週のように悪の怪人を倒していた。
正義の鉄槌を彼らに。勇気の証を示せ。さぁ、行けドジビロンピンク――
――しかし、身体は動いてはくれなかった。不甲斐無い自分が悔しくて、涙がとめどなく流れてくる。
こんな弱いところを、笹倉なんかに見られたくはないというのに。
一条の意思とは関係なく、その流れを堰き止めることはかなわない。
「あなたが私を殺したいというのなら……いいわ、一条さん。好きにしてもらっていい。
でも、しばらくは待ってね。相手の正体が明確になった今、まだ私にもできることがあるかもしれない。
それが終ったら、後はあなたの好きにしていいわ」
自分は何がしたいのか。
それすらも今の一条にはわからなかった。
そもそも、自分に今まで何ができたのか。身代わりに今鳥を死なせ、無実の烏丸と西本を撃ち殺し、雪野さえも見殺しにした。
そして八雲さえ、自分の前からいなくなってしまった。
こんなに自分に、この後なにができるというのか。一条は、その答えを見つけることができなかった。
身体から血糊が拭き取られたとしても、血液の暖かい感触や生臭さの記憶が消えることはない。
こんな記憶を背負って生きていくのなら、いっその事――
「だから、生きるのよ」
「……え?」
顔を上げると、笹倉はもう立ち上がって去っていこうとするところであった。手にはシャベルを二本持っている。
引きとめようとするが、身体に力が入らない。心の問題ではなく、“本当に”。
徐々に視界がぼやけてくる。瞼も上がらなくなる。
「ちょっとだけ、用があるから。あなたはここで、今はゆっくり休んで」
「……あ……う」
急激に襲い来る眠気に、一条は抗うことができなかった。
これまでのこと、これからのこと。人が殺されたこと、人を殺したこと。
考えるべきことは色々とあるのに、それら全てがまどろみの中に溶け込んでいく。
でも、それもいいかもしれない。少し休んだら、頭がすっきりしていい考えが浮かぶかもしれない。
一条は瞼の重みに任せ、静かに目を閉じた。
それに……眠ったら、またあの人に会えるかもしれないから。
だから一条は、素直にその意識を手放した。
笹倉が去っていくのを意識の片隅で捉えながら、一条はしばしの休息を取り始める。
そうすることだけが、今の彼女の心を穏やかにする唯一の手段だった。
※ ※ ※ ※ ※
「お待たせしました。……あれ、拳児君も眠っちゃったんですか?」
スコップを持ってきた笹倉の声で、刑部は播磨の頭を撫でていた右手を背中に隠し軽く咳払いした。
笹倉はにっこりと微笑んで、持ってきたスコップの一つを刑部の傍らに置く。
「け、拳児君“も”ってことは、一条君も眠ってしまったのかい?」
笹倉はそれには答えず、その場にしゃがみこみ播磨の顔を覗き込む。
「あーあ、涙の跡が顔についちゃって。で、どうでした? 励ませましたか?」
「……さて、どうだろうね。一応は檄を入れておいたが、後はコイツ次第といったところだ」
呟いて、服の袖で播磨の涙の跡を拭う。
顔をしかめて嫌がる播磨の表情がやけに懐かしく思えて、思わず口元が緩んでしまう。
自分にできることは、もうないのかもしれない。
立ち上がらなくてはいけないのは播磨自身だ。手を差し伸べては一人で歩けなくなる。
彼は子供ではない。子供として扱ってはいけない。
もう自分は、いついなくなってしまうかわからないのだから。
「大丈夫だと思いますよ。なにせ拳児君は、先輩の従姉弟なんですから」
「なんだい、その根拠のない理由は」
笑いながら、立ち上がる。
スコップを持ち、播磨から離れ、八雲のための穴を掘るために適当な場所にスコップを突き立てた。
その横で、笹倉も穴堀りに参加する。
思ったよりも地面は柔らかい。これなら比較的早く作業は終りそうだと、刑部は思った。
「拳児君は、先輩の後姿を見ながら育ったんですよ。そんな彼が、弱いわけがない。
……それに、弱いと私達が困ってしまいます。彼には、これからも私達抜きで頑張ってもらわないといけないんですから」
「……私の後姿、ね。そんなに立派なものじゃないよ」
実際、この島で自分が何かできただろうか。そしてこれからなにができるだろうか。
そう自分自身に尋ね、答えは怖くて出せずじまいだ。
今はただ、生きられるだけ生きている。明確な方針はなく、これからの道を模索しながら。
自分は生徒達と――何も出来ず死んでいった子供達と何も変わらない。
そんな自分の、どこが立派だというのか。
「結局は、少女一人も救えなかった。今にも首輪が作動して命を奪われるかもしれない。
私ができることといったら、眠った子供達の変わりに穴を掘ることだけだ」
「そんな自虐的なことばかり言って……。いつもの先輩らしくありませんよ」
「私らしい? 私らしさというのはなんだ? 上辺だけを取り繕って、冷静に振舞うことか?
何もできないということをわかっていながら、それでもいつかはチャンスがくると自分に言い聞かせて無駄に生き延びることか?
教えてくれよ、葉子。私は拳児君に偉そうなことを言ってしまった。
しかし私にそんな資格はあったのか?
自分自身の力をも疑い、言い訳で本能を抑え、ここまでただ生きてきただけの自分は誰かを諭す器を持っているのか?
なぁ、葉子――」
そこまで一気に言い放って、刑部は笹倉の瞳を見つめた。しかし彼女は何も言わず、ただただ微笑むのみ。
その顔には蔑みも、同情の色も浮かんではいない。笹倉は普段通りの表情で、刑部に笑いかけていた。
「――わかっているさ。こんなことを君に聞くのは間違っていることくらい。
これは、自分の中で解決しなくてはならない問題だ。
誰かから与えられた解答では、決して納得することなどできない。
……でもね、葉子。私だってたまには弱音くらい吐いてみたいんだ。
君もそれくらいは聞いてくれるだろう? なんたって君は……私の友だからな」
「まさか先輩の口からそんな言葉が聞けるなんて。今日は記念日にでもしたい気分ですね」
「茶化すんじゃないよ。まったく、気を抜くといつもこうだ」
「そうですよ。だから気を抜かないでください。最後まで足掻いてください。諦めないでください。
いつもの先輩なら、そうするでしょう? 自分を否定しないでしょう?
信じてください、自分自身を。貴女の中にある、強い貴女を。私の友人は……そんな先輩なんですから」
「……君は、どうなんだい? 不安になったりはしないのかい?」
スコップを動かしながら、刑部は尋ねた。
ゲームが始まってから、まったく動揺の色を見せない友人は一体何を考えているのか。
どうしてこうも、平然としていられるのか。
確かに普段から、笹倉は些細なことではびくともしないタフな――というより不可思議な――人であった。
長い付き合いであるはずの自分ですら、時々把握しきれないところがある。
「ずっと疑問だった。君の行動、そして言動。不自然なほどに余裕が見えて、それで、私は……」
「『もしかしたら主催者側の人間ではないか』と疑ってしまった、と」
「ああ、そういうことだ。怒るかい、葉子? 君を信用しきれなかった私を」
「いいえ、先輩。それはお互い様です。私も先輩を信用しきれなかった。
だから、試すようにわざと車を遅らせたりもした。それは当然です。私達は、人間ですから。
脆く、弱く、足元を確かめながらでないと歩くこともできない、そんなもんですよ、実際のところ」
「……君も、不安だったのかい?」
穴を掘り進めながら、刑部は問いかけ続ける。
笹倉の顔を見ることはしない。今、彼女の顔を覗き込むのは卑怯だと思ったから。
「今でも不安ですよ。いつ、この首輪が音を立てて爆発するのか。このまま何もできないまま、死んでいくしかないのか。
考えればきりがありません。それでも私は……私達は、気丈に振舞わないと」
「なんとも辛い立場だね、教師というものは」
「ええ、そうですね。でも、嫌な役ではないでしょう?」
「……ああ、まったく。まったくその通りだ。馬鹿みたいだがね、葉子の言う通りだよ」
苦笑しつつ、刑部は手を動かし続ける。
自分達に、もう未来は残されていないのだろう。
その命は敵の手に握られている。生徒達と違い、自分達の命は姉ヶ崎の気分しだいでどうとでもなるような軽いものに過ぎない。
その状況は酷く絶望的。泣き叫んでも、震えても文句を言われる筋合いはない。
けれども、刑部はそんなことをする気にはなれなかった。
自分の考えていることが幼稚で愚かしいことはわかっている。子供なら誰でも持つようなヒロイズムだ。
自分達の命と引き換えに何かを残そうだなんて、独善的な考えなのだろう。
「こんな気分は久しぶりだよ。まるで学生時代に戻ったみたいだ」
「先輩。その言い方だとまるでおばさんみたいですよ。まだまだ若いんですから、そんな台詞言わないでください」
真剣な眼差しでそう告げる笹倉に、刑部は笑いかける。目の前にいる友人が、なんとも頼もしく見えてきた。
一人ではこんなマネできなかったかもしれない。
でも自分には、馬鹿なことを一緒にやってくれる友がいる。
そう思うと、刑部は少しだけ不安が薄れてきた気がした。
「ああ、そうだね。まだまだ生徒達に負けるわけにはいかない。
私達にもできることはある。……いや、できなくてもしないとな」
空は雲で覆われ、月明かりは見えない。
それはまるで今の自分達を表しているようで……しかし、絶望を感じることはなかった。
雲はいつか晴れる。強風が吹き、陰鬱な空気を吹き飛ばしてさえくれれば、光はいつでも顔を出す。
だから自分達は雲の下を駆けずらなくてはならない。そうして、少しでも風を起こす。
それが今の刑部にできる唯一のことであり、そして、しなくてはいけないことであるから。
※ ※ ※ ※ ※
『……晶、よね?』
インカムから発せられたのは、とてもよく聞き慣れた声。
それはちょうど高野が休憩を終えて、荷物の整理をしようとしていた矢先のことであった。
沈黙を保っていたインカムが突如反応し、そこから少女の声が聞こえてきたのだ。
播磨のものとは似ても似つかない、透き通った、可愛いという形容がふさわしい声。
「その声は、愛理だね。インカムからの連絡ってことは、もう播磨君達とは合流したんだ」
『……うん』
「フラッシュメモリはどうなったの?もしかして、先生達に奪われた?」
『ううん。フラッシュメモリは無事に手に入ったわ』
フラッシュメモリを奪い、皆の希望を打ち砕く。小細工を仕掛けた教師の内の誰かを、絶望へと叩き込む。
沢近の言葉は、そんな高野の策略が失敗したことを意味する。
フラッシュメモリは彼らの――パスワードの適合者としてもっとも有力な八雲達の――手に渡った。
『そして私達はそれを使った……。パスワードはね、八雲の首輪の番号だったわ』
「……それで、何が起きたの?」
済んでしまった事は仕方が無い。あれこれと過去を悔やんでも無駄だ。
今は情報が欲しい。フラッシュメモリを使ったことで、何が起こったのか。
先程の刑部の話も気になる。
この島からの脱出方法でも入っているのか。または黒幕の正体か。
八雲に送られた何者からかのメッセージかもしれない。
それとも、もっと意表をついてもしかしたら――
『八雲が死んだわ』
「……え?」
高野の頭の中を巡っていた様々な思考が、一挙に霧散し深く闇の底へと沈んでいく。
『八雲が死んだの』
理解が出来なかった。なぜ、八雲が死んだのか。
誰かが殺した? いや、そんなはずはない。今生き残っている人間に、そうする理由があるとも思えない。
彼女は希望ではなかったのか。フラッシュメモリは、起死回生のアイテムではなかったのか。
もしかしたら刑部か笹倉が、という考えも一瞬だけ頭をよぎったがすぐに否定される。
彼女達は、生徒に危害を加えられない。先程の一条にした様に一時的制圧くらいならするかもしれないが、殺すなんて事はしないだろう。
それに殺したとしても、首輪の番号が消える訳ではない。
「愛理? それってどういう……」
『首輪が爆発したのよ。私の目の前で、馬鹿みたいな音を立てて。八雲の血が服にこびりついてるわ。
パソコンにどんなメッセージがでてきたと思う? “おめでとう。これであなたは一人の命をこのゲームから救ったのです”だって。
馬鹿にしてるわよね。……馬鹿にしてるわよ』
インカムから漏れる沢近の声からは、意外なほどしっかりとしていた。
悲しみよりも、怒りや憎悪といった感情の方が強いのだろう。
強気な彼女らしいと、高野は思った。けれど同時に、そこが沢近の弱さである事も高野は理解していた。
悲しみをどこかで誰かに吐き出せなければ、いつか耐えきれなくて壊れてしまうというのに。
「愛理……」
『私、何の疑いもなく信じてた。皆で集まれば、何とかなるって。八雲のフラッシュメモリで、皆が助かるって。だから、私は自分の正義を信じてここまでやってきた。ハリー君と城戸さんを、この手で殺したのは私』
「……そう」
『それでね、播磨君から全部聞いた。晶がしたこと。しようとしていること』
高野は一瞬、言葉に詰まった。
策を弄していなかった訳ではない。沢近や八雲が播磨から一通り真実を聞いていた場合でも、心理的揺さぶりをかける為の台詞はそれこそ色々と用意していた。
例えば、「怖かった」。「殺されそうになったのは私」。「先生を油断させる為の演技だった」。「播磨君に騙されないで」。何でも言ってやるつもりだった。生き残る為には、何でも。
「……私は何もやっていない。愛理は騙されているのよ――」
しかし何故か、体が頭の送る信号を否定する様に口が開く。
気づけば、自分には似合わない不自然な笑みを浮かべつつ、最後に一言付け足していた。
「――って言えば、信じてくれる?」
これではまるっきり悪役の台詞だ。まったく、今時の三流映画でもここまでひどい台詞はない。
思わず苦笑しそうになりながらも、高野は沢近の返事を待つ。
しばらくの間があった後、沢近の声が再び聞こえた。
『私は、晶を信じたいわ。……でも』
高野にはわかっていた。沢近は、そんなに馬鹿な人間ではない。
『でも、事実なんでしょ?』
沢近の解答に、思わず口元が緩んだ。
こんな状況でも、沢近は壊れてはいなかった。それが少しだけ嬉しく思える。
「ええ、そう。私は殺した。最後の一人になる為に、今も貴女達の命を狙っている」
『訳くらい、聞かせてくれるかしら』
「そうね、貴女になら……」
言ってもいいかもしれない。もしかしたら、理解してくれるかもしれない。
喉元まで言葉が出かかる……が、すんでのところで飲み込んだ。
「いえ、止めておくわ」
理解してもらったところで、どうしようもない。言い訳がましく聞こえるだけだ。
逃げ道を作るつもりはない。生き残りたいから殺す。それが本質だ。そう思っていてさえくれればいい。
『そう』
「意外と諦めが早いのね。播磨君は何度も尋ねてきたんだけど」
『晶が変なトコロ強情なのも、私わかってるから。だって私達、親友でしょ?』
予想していなかった言葉に、高野は目を見開き、自分の耳を疑った。
彼女は――愛理は全てを知っている。高野が犯した罪も、それを重ねようとしていることも。
これが彼女にバレた時、散々に責めたてられるに違いない。高野はそう思っていたのに。
「……強情なのは貴女でしょ、愛理」
『晶もそれなりのもんよ。親友の私が保証するんだから、間違いないわ』
それなのに、沢近はまだ高野のことを親友と呼ぶ。
本当につい数十時間前まではそうだったのに、今では酷くそれが懐かしい関係のように思えた。
「……そうだね。私達は親友。天満も、美琴さんも。四人で仲の良い親友同士だった」
しかしその内、もう二人が死んでしまっている。
自分が手を下したわけではない。けれども、もしも遭っていたら彼女達のことでさえも自らの手で殺してしまっていただろう。
「ああ、そうか」
高野は理解した。
親友だったのに、ではない。
親友だったから、だ。
『どうしたの?』
「ううん、何でもないわ。……ところで愛理。貴女、今どこにいる?」
『F‐03、かな。一人でいるわ。晶を説得してこいって、三原さんに言われちゃった』
明るい声で、沢近はそう告げた。けれど高野にはわかった。彼女が無理をしているということが。責任でも取らされたのだろうか。
パスワードを探しにいったのは、沢近。彼女がその存在を告げなければ、八雲が死ぬこともなかったのかもしれない。
もちろん、そんなことは馬鹿げている。騙されたのは彼女だけではない。
きっと三原にだって、そして八雲本人にだって責任はある。
高野は思う。三原は、自分は悪くないとでも思っているのだろうか、と。
それでは、三原の価値など死ぬ寸前の雪野にすら遠く及ばない。
怒りにも似た感情を深呼吸で抑えつつ、高野はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「説得しても、無駄だよ」
『……でしょうね。なんか、わかっちゃった』
なぜだろうか。高野は自分に問いかける。
沢近と話していると、まるで日常に戻ったようで。高野は安心して振舞うことができた。
感情を表に出さず、トリッキーな振る舞いで皆を煙に巻いていた自分。
でも、そんな自分を理解してくれていた数少ない親友が、沢近であった。
何も話さずとは、何かをわかってくれる。そういった存在がいるということがとても嬉しく、そういった存在を消さねばならないということが少し口惜しい。
『晶はこれからどうするの?』
沢近の問いに、返す言葉は一つしかなかった。
それはもう決意したこと。麻生を逃したその時から……甘い考えは棄てると、そう決めたのだから。
「……何も変わらないよ。今まで通り、貴女達の命を狙い続けるだけ」
向かってきたら殺す。逃げるものも殺す。
それは揺るいではいけない。揺るげば、今まで血に染めた自分の来た道を否定することになる。
『私も、やる事は一つよ。八雲は助けられなかったけど、まだ他の皆がいるから。だから私……』
言いよどむ沢近が言いたいことも、高野にはわかっていた。
彼女もまた、今まで来た道を否定するわけには行かないのだろう。
助け舟を出すように、一言だけ言い放つ。
「私を、殺しにくる?」
『……ええ、行くわ。それしか手段はないんでしょう?』
インカム越しに聞こえる力強い返答に、高野の精神は躍っていた。
親友が、自分を殺しに来る。そんなシチュエーション、まったくのイレギュラーだ。
「私を止めるには、そうするしかないかな」
『貴女は私が止めるわ。刺し違えても、必ず。……親友だからね』
何故だろうか。高野は何度も自分に問いかける。
沢近は自分を殺しにやってくる。けれど今は、それがとても待ち遠しく感じてしまう。
インカムの通信が途絶えた後も、高野の心が静まることはなかった。
しかし、ただぼーっとして待っているわけにもいかない。考えること、しなくてはいけないことは色々とある。
とくにフラッシュメモリについては、もう一度よく考えなければならない。
刑部や笹倉が、フラッシュメモリの回収にきたのは事実だ。
けれども実際のメモリの中身は、明らかに主催側が用意したトラップ。
それでは、刑部や笹倉の言動や行動は全て芝居だったというのか。そうだとしたら、まさに迫真の演技だ。
もしかしたら、教師達の間でも何か問題が起こっているのかもしれない。
――だとしたら、付け入る隙はあるかもしれないわね。
明確なことは何一つない。
けれども高野の中で少しずつではあるが、新たな状況へと対応するための何かが徐々に出来上がってきている。
本人のわからぬところで、その気持ちは、ゆっくりと膨らみつつあった。
【午前:4〜6時】
【沢近愛理】
【現在位置:F-03】
[状態]:かなりの疲労。返り血にまみれている。極度の精神的不安
[道具]:支給品一式(水4,食料8)、デザートイーグル/弾数:2発、携帯電話(残量約半分)、インカム親機、アクション12×50CF(双眼鏡)
[行動方針]:高野と合流。
[備考]:教師らを激しく憎悪。一条が嵯峨野の死体を見つけたと勘違いしています(一条は死体の顔を確認していません)
所謂"悪魔の囁き"が聞こえ始めています(本人に強い不安)
高野に親友として接する。播磨に対し……?
【播磨拳児】
【現在位置:G-03中部】
[状態]:睡眠中。全身血まみれ
[道具]:支給品一式(食料4,水2)、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
[行動方針]:???
[最終方針]:生き残ってマンガを描き続ける。
[備考]:サングラスを外しています。高野を殺人者と認識しています。ゲームの目的を知りたがっています。リュックの一部が破損してます。
【一条かれん】
【現在位置:G-03中部】
[状態]:睡眠中。肩を負傷(止血)、極限の精神不安定状態。
[道具]:支給品一式(食料5、水1)、東郷のメモ
[行動方針]:???
[最終方針]:???
[備考]:何をすればいいのか完全にわかってません
【笹倉葉子】
【現在位置: G-03中部】
[状態]:疲労、両手の皮が剥けて痛み
[道具]:リボルバー(S&W M686Plus)/弾数 6発、.357マグナム弾20発、暗視ゴーグル、ヘッドライト、セキュリティウェア、スコップ
[行動方針]:八雲の埋葬
[最終方針]:反主催
[備考]:なし
【刑部絃子】
【現在位置: G-03中部】
[状態]:疲労、両手の皮が剥けて痛み
[道具]:自動式拳銃(ワルサーP99)/弾数 16発、9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジン1つ
暗視ゴーグル、ヘッドライト、セキュリティウェア、スコップ
[行動方針]:八雲の埋葬
[最終方針]:反主催
[備考]:なし
軍用車(詳細不明、ロック中、車全体に傷・へこみ)には、二人分の様々な荷物を積んでいます。
突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:37発、テーザー銃(使いきり。要カートリッジの交換)、金属探知機2は車内にあります。
一条から少し離れたところにおいてあります
高野晶】
【現在地:F-03北部】
[状態]:疲労(中)。
[道具]:支給品一式(食料13、水4)、ドラグノフ狙撃銃/弾数9発、薙刀の鞘袋(蛇入り)、インカム子機
雑誌(ヤングジンガマ)、ブラックジャック×2(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
殺虫スプレー(450ml) ロウソク×3 マッチ一箱、スタンガン(残り使用回数2回)
キャンピングライト(弱で残り1〜2時間) 診療所の薬類
[行動方針]:沢近と合流。
[最終方針]:全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。教師達にも罰を与える。 ゲームの目的を知りたがっています。
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