To be or Not to be...
郡山・通称ゴリ山。
彼は、その呼び名すら滑稽に思えるほど、檻の隅で鞭を怖れて縮こまる猛獣よろしく体を震わせていた。
姉ヶ崎による、突然の“主催者”宣言。加藤の暴走。
そして……先ほど眼前で起こった惨劇。
彼は、不気味なほど普段通りの姉ヶ崎や、どこか達観したような表情の谷とは良くも悪くも対照的だった。
普段、強面の外見に合わせた形で濁声を使ってはいるものの、それは言わば気弱で卑屈な内面を隠すための“殻”。
そして、ある程度察しの良い人間にかかれば、“殻”はいとも簡単に外されてしまう。
彼自身が文化祭で冴子に手玉に取られていたという事実は、その顕著な例と言えよう。
もっとも、郡山自身は、そういった人間的弱さを別にすれば、ごく普通の男であった。
主催者側に気に入られる為に不必要に媚びを売った訳でもない。
ましてや、滞り無く進むゲームを心の底から歓迎していた筈もない。
ただ、命を危険に晒してまで己の主張を押し通す勇気を持ち合わせていなかっただけのこと。
だが、生徒たちからすれば、それだけで教師失格……いや、人間失格の烙印を押されるには充分過ぎたのだが。
「――そういえば、姉ヶ崎先生」
加藤の命を奪ったサブマシンガンを抱えたまま、谷は姉ヶ崎の背中に向かって声をかける。
「ん、なんでしょうか?」
相変わらず、天使の微笑で振り向く姉ヶ崎。
表情と行動のギャップが激しい方が女性はより魅力的に映る……谷はそんな話をどこかで聞いた気がした。
「先生は、確か夏休み後に矢神高校へ転入してこられたんですよね」
「ええ、そうですけど?」
屈託のない笑顔で質問に答える姉ヶ崎。
本当に、彼女がこんなゲームの主催役を買って出たのだろうか――
谷にとって、先程の彼女の告白は未だに彼自身の理解の範疇を超えていた。
「……ええと、僕がこんな変なことを聞く……ってのも何なんですが」
心の内での戸惑いが、ためらいがちな口調にそのまま映し出される。
「ああ、何のことかと思ったら、さっきの話のことですか?」
「……ええ、まあ」
「そうですねぇ……じゃあ、向こうに動きがあるまでの間、ネタ晴らしでもしましょう!」
ポン、と手を合わせ、まるで子供が面白い遊びを思いついたかのように椅子をグルッと半回転させた後、
姉ヶ崎は膝の上に組んだ両手を置いた。
「郡山先生も、どうせなら一緒にお聞きしません?」
「え……は、はぁ」
突然話題を振られたせいもあり、それまで半ば放心状態だった郡山は、反射的に頷くことしかできなかった。
※ ※ ※
「……ってことは、あの時に理事長代理と話しておられたのは――」
「そう、実は今回に向けての打ち合わせでしたー!」
「そういうことでしたか……」
「あ、別にナンパされたとか、そーいう話じゃないですよー♪」
「え、あ、いやその」
「でも、結構ハンサムだったかなー? まあ、ハリオには敵わないけどね」
「はあ……」
この二人の会話だけ聞いていれば、その異常性に気付く人はまず居ないだろう――そんなことを考えながら、郡山は呆然と話を聞いていた。
丸々一クラス分以上の人間を拉致するだけの行動力を持っている時点で、主催者側にとてつもない力があることは判っていた。
だが、まさか理事長の息子と姉ヶ崎が最初からグルだったとは。
今回の舞台そのものが彼女の望んだ“ご褒美”であったこと、そのためにわざわざ教師として派遣されていたことなどは刑
部や笹倉とのやり取りで既に明らかだったとはいえ、さすがに動揺は隠せない。
――だが、直後に姉ヶ崎から発せられた言葉は、郡山や谷の予想だにしない衝撃の事実だった。
「あ、そうそう。修学旅行が京都行きに変わったのも、実は私達のちょっとしたプレゼントなんですよ?」
「「……え?」」
『――オフコースじゃねぇよセンセッ!! 夜遊び反対!!』
『し……仕方がないんじゃ、理事長代理(ジュニア)の意向でのう……向こうの方が立場が強いんじゃ』
『そ、そんなっ!!』
『それになぁ、マックスたらいう不良が好き勝手――』
――ほんの一週間ほど前、赤髪の少年と交わしたやり取り。
あの時の留学生らによる身勝手極まりない行動は、生活指導担当としての自分の立場を見事に潰してくれた。
加えて、一部の生徒からの報告によれば、そのまま留学生らに“お持ち帰り”されてしまった女子生徒もいたという。
事の真偽を確かめる間も殆ど無かったために確証は出来なかったが、彼らの振る舞いを考えてみれば
充分起こり得る事態でもある。
あの時は、指導教官としての己の無力さ・弱さを痛感したものだ。
……もっとも、数日後にはそれ以上に己の境遇を呪うことになるのだが。
それら胸糞悪くなる出来事が、姉ヶ崎曰く『生徒たちへのプレゼント』。
先程までの非現実的な気分から一転、眼前の彼女に対する嫌悪感・憎しみが一気に募っていくのを感じた。
「――『折角の美女揃いだし、後腐れ無さそうだし、どうせなら留学生たちに楽しんで貰おう』って言ってましたよ」
「――それに、ど う せ 死 ぬ ん だ っ た ら、せめてハンサムな男の子たちと素敵な“思い出作り”させてあげるって
のも素敵じゃないですか?」
――ズル、ズル
全身に穴の開いた加藤の亡骸を引き摺りつつ、郡山は考える。
もし、フラッシュメモリを渡す役目が自分に回されていたら。
もし、自分が渡した希望の証が、実は絶望の象徴であることを知ったら。
果たして自分は、彼のように振る舞えただろうか。
今、自分は“真実”を知った。
この腐った殺し合い自体が、ずっと前から計画されていたこと。
学校行事の急な変更も、様々なハプニングも、その大部分が彼らの嗜好を満足させるための一環だったこと。
彼は考えた。
なぜ、こんなことを姉ヶ崎は自分や谷に伝えたのか。
黒幕とまではいかなくとも幾らかの背後関係を明らかにする、あえて自分たちの怒りを買うような事実を、なぜ――
そこで出た、一つの仮説。
――『死人に口なし』
加藤の亡骸を管制室から出すよう指示した時の、姉ヶ崎の笑顔が脳裏に蘇る。
思わず身震いする郡山。
だが、教師との約束など始めから守るつもりが無いことがフラッシュメモリの件で明らかになった以上、辻褄は合う。
そうなれば……逃げることも、逆らうことも、生き残ることすら絶望的。
姉ヶ崎に反旗を翻そうにも、AK-47はもはや使えまい。
加藤が容赦なく殺されたことを考えれば、今後、あれを手にした時点で蜂の巣になる可能性は極めて高い。
しかし――郡山は苦悩する。
このままでは、あまりにも生徒たちが不憫だ。
女子にとっては留学生との一夜が、男子にとっては姉ヶ崎のサービス映像が、事実上の『末期の楽しみ』。
どちらも、命の代価としては軽すぎる。
それだけではない。叶わぬ希望を目の前にぶら下げられ、生徒達はそうとは知らずに破滅への道を突き進む。
日常を壊され、友情をズタズタにされ、命の奪い合いを強いられ。
それでも縋りついた希望が絶望に変わった時……生徒たちは何を思い、どう行動するのか。
――そして、理不尽極まりない取引を強いられた自分自身は、今、何を思い、どう行動すべきなのだろうか。
羽田と堀内が安置されている場所へと続く道中、ただひたすら自問自答を繰り返す郡山。
そんな彼には、先程“出撃要員”として駆り出されかけた時よりも兵士の数が更に減っていたことなど
知る由もなかった。
【午前:3〜4時】
【郡山】
【現在位置:D-06】
[状態]:健康、精神不安定。姉ヶ崎ら主催者に嫌悪感。
[道具]:竹刀(愛用品。多少汗臭い)
[行動方針]:どうすべきか迷っている
[備考]:アサルトライフル(AK-47/弾数27発)は管制室に置いています。
【谷速人】
【現在位置:D-06】
[状態]:多少の睡眠不足。主催者側(姉ヶ崎除く)に若干の嫌悪感。
[道具]:サブマシンガン(P90/弾数38発)、5.7x28mm弾50発入マガジン1つ
[行動方針]:殺し合いを円滑に運営。姉ヶ崎を護り続ける。
[備考]:なし
【姉ヶ崎妙】
【現在位置:D-06】
[状態]:?
[道具]:自動式拳銃(H&K USP/弾数16発)、9mmパラベラム弾15発入ダブルカラムマガジン1つ
[行動方針]:バトルロワイヤルの管轄。島中の機能・ゲームの方針は、彼女の指令の通りに動く。
[備考]:なし
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