或いは一つの可能性
「……なあ葉子、やっぱり応援を頼んだ方がいいんじゃないか?
兵士を何人か、無理ならゴリ山か谷あたりに来てもらえれば相当助かるんだが」
捜索の為に手に持っていた金属探知機を動かしながら刑部は笹倉に愚痴る。
もうかれこれ一時間は草を掻き分け、茂みを切り開いて地面に視線を這わせているが目的の物は未だ発見には至っていない。
暗視ゴーグルの換えてヘッドライトを装着した頭を上げると視界一杯に草むらが広がり、何度目かになるかわからない溜息を吐いた。
とにかく人数が欲しかった。
この森の中から指先程のメモリを見つけ出すなど砂漠から針を拾うようなもの。
人海戦術が取りうる最善の方法に違いない。
しかし笹倉は相変わらずの調子でその提案を却下する。
「ダメです。今さら誰かに来てもらうなんてのは情けないじゃないですか。
ここまで来たら二人で最後まで頑張りましょう!」
離れた場所を捜索する笹倉はウンザリした様子も無く木の根元を探している。
その表情には何故か焦りは見られない。
かといって熱心そうにも見えないのは刑部の気のせいではないだろう。
「おかしいぞ葉子、何故そんな顔していられるんだ? 本部の連中もそうだ、何故私達に何も言ってこない?」
引っかかるものを感じながらも笹倉に主導権を預けている刑部だったが
さすがにここまで納得できない事が続けば疑問は募るばかりだ。
それは目の前の笹倉だけではなく本部に対するものも多分にある。
幸いな事に教師用の首輪は管理室で居残りしている姉ヶ崎達に音声を返さない。
上の連中の出方は不明だが刑部はあえて藪を突付く事にした。
「今回の事は始めから茶番なんじゃないのか?」
突然の言葉。
気のせいです、と言いかけた笹倉の口が途中で止められる。
しかし余裕の態度には変りない。
何を言っているんですかと言いたげな視線を刑部に向けながら続きを聞く構えを見せている。
「始めから? それって何処から何処までの事を言ってます? 絃子さんが中身を疑っているのは聞きましたけど」
「メモリの存在から今に至る全てだよ、私達がこうしている事自体も含めてだ」
笹倉もここで捜索の手を止めて刑部に向き合った。
刑部は観察するような視線を親友に向けながら返答する。
「あまり聞き捨てならない言葉ですね絃子さん。その心は?」
「いや、葉子の様子を見ていてそんな気がしただけだ」
空気が僅かに張り詰める。
聞く構えを見せる笹倉に対して刑部は尚も言葉を続けた。
「第一に葉子のその態度だ。時間稼ぎとしか思えない行動はいろいろ考えられるが―――それ以前に危機感がまるで無い」
そう、当初から違和感はそこにあった。
危ない橋を渡っているという感覚を笹倉には見出せなかった。
下手すると反逆者と見なされる恐れさえある行動の遅滞を笹倉は平然と行っている。
そして第二の違和感も言い放つ。
「私達が学校を出てから何時間になる? 既に六時間近く経過している、なのに恫喝どころか催促の一つも届いてない。明らかに異常だ」
刑部は何時本部から警告が来るのかと心配していたのだが全くそれが無い事に逆に不信感を感じた。
笹倉の行動と本部の態度、この二つの違和感が重なるのは偶然とは思えなかった。
「そういえばそうですね。でも、それは時間が掛かると割り切ってくれてるんじゃないですか?」
しらを切っているのか本気でそう思っているのか、とにかく笹倉はあくまで今の態度を崩すつもりは無いらしい。
なら、と刑部は更に藪の中に踏み込む事を決意する。
「だから言わせて貰う、葉子はあのメモリが何か知っているんじゃないのか?
そして上の連中も知っている、だからこそ回収が遅れても私達に何も言わない」
笹倉は僅かに口を開きかけるが刑部はそれを許さない。
畳み掛けるように潜ませていた切り札を親友に対して突き付けた。
「葉子もあの時見ていただろう? ―――開始前、メモリをリュックに入れていたのは加藤だ」
その瞬間、場の空気が変化した。
沈黙が流れる。
刑部は笹倉の様子を僅かでも見逃さぬように視線を向け、笹倉は―――僅かに眉を動かしたがそれだけだった。
その内情に果たして変化があったのかどうか、刑部もそれを見極められたのかそうでないのか、
お互いが無言で見詰め合う膠着状態を破ったのは誰でもない、機械の無機質な振動だった。
「……誰か近付いてきたみたいですね」
先に沈黙を破ったのは笹倉だった。
この振動は生徒の接近を知らせる警告、一度この場所から去った誰かが戻ってきたらしい。
話は終わりです、と言いたげに笹倉がS&Wを取り出す。
刑部も舌打ちしながらワルサーを抜いた。
嫌なタイミングだ、と思いながらも何とか頭を切り替える。
向こうからはヘッドライトの光で自分達の位置はまる解りだろう。
すぐさまスイッチを切ろうと手を伸ばしかけた時、闇の奥から声が聞こえた。
「刑部先生、笹倉先生、高野です! 是非お伝えしたい事があります!」
刑部にとっては聞き慣れた声、笹倉にとっても先程交わした声が耳に届く。
光の束が声のした方向へと伸びる。
笹倉のライトが浮かび上がらせたのは両手を掲げて無抵抗の意思を示している一人の少女だった。
「なんだ高野君か、驚かせるな」
現れたのがゲームに協力的な相手と解っても二人の警戒は緩まない。
銃はそのまま構えつつ、周囲の警戒も怠らずに生徒の元へと近付いてゆく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「すまないな、私達も警戒はしなければならないのでね」
「いえ、当然の事と思います」
高野に反抗の意思が無く、周囲に誰も潜んでいない事が確認されて後にようやく高野は両手を下げる事を許された。
そのお詫びのつもりか不明たが笹倉は三人分のコーヒーを軍用車から用意して皆に渡す。
キャンピングライトを囲みながらカップを傾けると高野は気持ちが落ち着いてゆく気がした。
―――そういえば温かい飲み物は数日振りね
島の南部から回収されたというツナサンドも配られ、高野は今までより少しだけ贅沢な食事が出来た。
一口ごとに失った体力を取り戻したような感覚を味わいながら雪野の意図とメモリの行方を目の前の二人に解説する。
脳裏に雪野の事が思い出されたがそれも高野にとっては心地良かった。
「……そういう事か、やってくれるな」
聞き終えて刑部は感心したように腕を組む。
口元が機嫌良さそうに笑っているのは先程の高野の様にしてやられたという気持ちの表れかもしれない。
「先生方は気付かなかったのですか?」
確かめるように高野が尋ねる。
もし気付いていながら見逃したのか、それを見極めるつもりだった。
「ああ、その瞬間は播磨君の方に気を取られていたんでね。 お陰で時間と体力を無駄にした」
刑部は何かを思い出しているのか苦笑した。
そして笹倉からも「飛んでいく物しか見えなかった」と否定の返事が返ってくる。
それが嘘か本当か、判断材料を持たない高野にはわからない。
内心で舌打ちしながらもそれを表に出すことなく思考を切り替える。
「なら早速行動を」
コーヒーを飲み終えて高野は二人に催促する。
だがそれを遮ったのは笹倉の陽気な声だった。
「まあまあ高野さんも疲れてるんだし、今はもう少し休みましょう」
二杯目を差し出されて高野は露骨に表情を歪めた。
「ずいぶん余裕がお有りなのですね」
受け取りながらも皮肉を込めた毒を吐く。
先程の到着も密告から随分遅かったという不満とそれによって二人を逃がした苛立ちが混じったかもしれない。
「心配無い、車なら直ぐに追いつけるだろう」
今度は刑部が高野をたしなめた。
事実徒歩の播磨らを追うのに十五分もかからない筈だ。
それよりも先程中断した話の続き、それを今のうちにしておきたいと刑部は思っていた。
そしてゲームの事を知りたがっている高野をその話に交える事は思わぬ効果をもたらす可能性がある。
「実を言うと、君が来る迄ちょうどその話をしていたところだ」
わざとらしく困ったような表情を浮かべて刑部が先程の話を繰り返す。
だが加藤の事は伝えない。
高野の首輪から会話は管理室に伝わっているはず、その事を留守の連中に伝えるのは時期早々だと刑部は思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
何故だろうか、刑部からメモリのもう一つの可能性を聞いた高野は湧き上がる怒りを抑えられなかった。
まだそうと決まった訳ではない、目の前の人物の誤解、或いは自分を騙そうとこんな話をしたのかもしれない。
でも。
もし本当に茶番だとしたらそれに振り回された自分達は何だったというのか。
命を賭けてまでそれを守り抜いた雪野のした事は無意味とでもいうのか。
―――許せない
無意識の内にカップを握り締める掌に力が篭る。
液面が震え、熱い雫が指を濡らしたが痛みすら感じられない。
「高野君、落ち着け」
刑部がそんな高野をなんとか静めようとする。
高野自身、今怒るのは早すぎる事は承知していた。
コーヒーを一気にあおって沸騰しかけた感情を無理に逸らす。
喉元の熱さに苦しみを覚えたがそれが過ぎ去った後、ようやく高野の震えはおさまった。
「では刑部先生の考えを聞かせてください。あのメモリは何の為にあるというのですか!」
落ち着いたつもりでも語尾は自然と荒くなってしまう。
喉の痛みを感じながら高野は強い口調で刑部に答えを促した。
「まあそう焦るな、元々あのメモリの中身は『思い出』という事になっていたらしい」
「思い出ですって?」
思わず高野が聞き返す。
「君達の入学から修学旅行まで、色んな写真や映像の詰め合わせだ。
死ぬ前に思い出に浸れという事か、誰かに見せて説得の材料にするのかもな」
「それは面白い支給品ですね、その方が良かったんじゃないですか?」
茶化すような声で笹倉も横から口を挟んだ。
思い出さえ道具、そんな設定に高野は再び感情が高ぶりかける。
きっとそれを見た参加者は思い出と現実のギャップに大いなる絶望を感じるはずだ。
「で、話を本題に戻す。私の考えでは今の中身も本質的にはそれと同じだ、
つまり参加者に心理的な影響を与えるのが目的じゃないかと思っている」
ここで刑部はチラリと笹倉の表情を伺うがその変化は読み取れなかった。
高野は黙って刑部の一挙一動を注視している。
普段の授業もこれぐらいの熱心さを見せてくれたらな、と刑部はつい思った。
「しかし、腑に落ちない部分は幾つもある。 そうだとしたら私達にも知らされるのが普通だ、これが一つ」
或いは一部の教師が独断で行った可能性もあるがそれでは二つの違和感の説明がつかなかった。
裏切り者を炙り出す餌だとしても副次的な目的だろう。
「二つ目はメモリが八雲君に渡った理由だ。君から伝えられた話では最初から渡される人物が決まっていたらしいがそれが何故八雲君なんだ?」
これがわからない、と刑部はいいたげだった。
「単なる方便ではないのですか? 誰に渡ろうと『目的の人物に渡らなかった』『用意した者の見込み違い』で説明が付くと思います」
沈黙していた高野が意見を述べる。
例え誰に渡ってもその人物が乗らないとは限らないのだ、自分自身がそれを証明している。
たまたま八雲の手に渡ったからといってそれがどうしたというのだろうと高野は思った。
「ははっ、『学校で大人しかった』高野さんが言うと説得力がありますね」
早速笹倉が噛み付いてくるが高野はそれを無言のまま受け流す。
刑部といえば妙に納得した表情を見せているがそれは少々癪に障った。
「そうだな、誰も絶対に危険が無いとは言い切れない。だがここで問題なのはメモリに込められた意図だ」
そう言って刑部は二人の顔をぐるりと見渡した。
笹倉も高野も次は何を言い出すのかと沈黙に陥る。
「こうは考えられないか? メモリの存在はイレギュラーではないとするとそれが八雲君に渡った事自体も狙い通りだ。
そして私達に知らされないのはそれがゲームの根幹に関わる事柄という可能性がある」
その言葉の意味を高野と笹倉はどう捉えたのかは解らない。
やがて可笑しそうな声が親友の口から発せられる。
「うふふふ、面白いです絃子さんの考え。 それでは目的は『八雲ちゃんをがっかりさせる事』ですか?
それとも期待を裏切った『八雲ちゃんが皆に恨まれる』事? 」
あまりにもナンセンス、笹倉はそう言いたげな声で笑う。
言葉の意味を考えていたらしい高野もやがて納得のいかない表情を刑部に向ける。
「……奇妙な話ですね、先生の言い方ですとまるでこのゲームが『塚本八雲に何かを期待する為』に行われているように聞こえます」
刑部の反論は無い。
むしろその解釈で正しいとばかりに高野の目を真っ直ぐに見詰めていた。
高野は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに口を開く。
「八雲の事は知っているつもりです。彼女には何か特別な物があると言いたいのですか? 彼女には『特別な存在』とでも!
第一、八雲がここまでに死んでいたら全てお終いですよ?」
呆れたような物言いで刑部に言葉をぶつける。
これ程大掛かりな事柄を行ってその目的が一年の女子一人とは笹倉ならずとも笑いたくなる。
「その通りだ、恐らくだがその場合は結果が出るまで次のゲームが開催される」
あくまでも真面目に刑部が言い放つと高野は怒ったような表情を浮かべた。
「とても納得できません、先生のおっしゃる事は推理ですら無い」
無理も無い、と刑部自身思っていた。
この仮説が当たっている可能性は誰が考えても限りなく低い。
しかし今の刑部にはそれが自然な考えに思えた。
「単なる仮説だ、誰かさんが教えてくれないのでね。外れていても責任はとれないな」
そう言って笹倉に視線を向ける。
高野もそれに習うと二人分の注目を集めた笹倉はやれやれといった表情で立ち上がった。
「じゃあ確かめてみます? 絃子さんの考えが正しいかどうかを。 許可を貰えるか聞きますので待ってくださいね」
笹倉は手早く軍用車に乗り込むと何やら無線機を操作して話し出した。
高野は聞き耳を立てるが声が小さすぎて解らない。
刑部といえば平然と結果を待っていた。
やがて何らかの結論が出たのか笹倉がマイクを無線機に戻して車を降りる。
待ち時間はほんの数分だっただろう、しかし二人にとってはその何倍にも感じられた。
これまでに無い真剣な眼差しが笹倉の体に突き刺さる。
それを快感に感じているのか別の原因があるのか知らないが、笹倉の表情は上機嫌に見える。
と、いきなり笹倉が右手の親指と人差し指で丸を形作った。
「パッチリ許可が出ました、回収前にメモリの内容を確認しても構わないそうです。良かったですね二人共」
途端に緊張が解け、二人はホッと息を吐いた。
それが決まればもうここに用は無い。
言葉を交わす必要も無く一斉に三人が動き出す。
笹倉はそのまま運転席へと収まった。
刑部はキャンピングライトと荷物を回収して助手席へと乗り込む。
高野はリヤカーへと走り狙撃銃を入手する。
「情報の礼だ、乗れ」
銃を手に走り出そうとした高野の前で刑部はドアを開く。
高野は微かに笑みを浮かべると躊躇うこと無く車内へと転がり込んだ。
ドアが閉まると同時に大型の車体が猛然と動き出す。
「……何か楽しそうですね」
「まあな、本来ならこんな事をいえる立場じゃないんだが」
刑部の表情を見て高野はいかにも先生らしいと思った。
本来なら憎くてたまらないはずの教師達。
だが今はそれよりも一つの謎を突き止める事に何より高野の気持ちは向いていた。
【午前:2〜4時】
【高野晶】
【現在地:F-03北部】
[状態]:疲労大。
[道具]:支給品一式(食料0)、ドラグノフ狙撃銃/弾数9発、薙刀の鞘袋(蛇入り)、インカム子機
雑誌(ヤングジンガマ)、ブラックジャック×2(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
[行動方針]:フラッシュメモリの内容を確認する。
[最終方針]:全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。教師達にも罰を与える。 ゲームの目的を知りたがっています。
【笹倉葉子】
【現在位置: F-03北部】
[状態]:眠気は改善
[道具]:リボルバー(S&W M686Plus)/弾数 6発、.357マグナム弾20発、テーザー銃(使いきり。要カートリッジの交換)
暗視ゴーグル、ヘッドライト、金属探知機、セキュリティウェア
[行動方針]:フラッシュメモリの内容を確認する。
[最終方針]:ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊
[備考]:なし
【刑部絃子】
【現在位置: F-03北部】
[状態]:眠気は改善
[道具]:自動式拳銃(ワルサーP99)/弾数 16発、9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジン1つ 、 突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:37発
暗視ゴーグル、ヘッドライト、金属探知機、セキュリティウェア
[行動方針]:フラッシュメモリの内容を確認する。
[最終方針]:ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊
[備考]:なし
軍用車(詳細不明、ロック中、車内照明点灯、現在無人)には、二人分の様々な荷物、そして島の南部で回収した以下の品を積んでいます。
支給品一式(食料13、水4) 殺虫スプレー(450ml) ロウソク×3 マッチ一箱
スタンガン(残り使用回数2回) キャンピングライト(弱で残り1〜2時間) 診療所の薬類
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