第六回放送
管理室は奇妙な沈黙に包まれていた。
放送に備えてお喋りを止めるのは過去五回にわたる放送時と何ら変わらないはずなのに何かが違う。
今この場に居るのは姉ヶ崎、谷、加藤、郡山の四人。
刑部と笹倉は未だに戻っていない。
だが、異変の原因は人数の過多ではなく空気にあった。
少し前までとはうって変わって放送が待ち遠しいとばかりに笑顔を浮かべる姉ヶ崎がそこに居た。
そしてそんな彼女を戸惑った様に見詰める谷の姿。
加藤は押し黙って気難しい表情を作り、郡山といえば普段矢神でしていたように愛用の竹刀を弄んでいる。
先程、谷に連れ立って姉ヶ崎が戻ってきた時には好色そうな視線を向けた加藤と郡山だったが
その口から発せられた提案に谷も一緒に驚いた。
彼女が何を考えてあんな事を言ったのか、その真意が解らないのか三人は責めるでも呆れるでもなく
とにかくこれから行われる放送への対応を各人それぞれ考えていた。
一方、椅子に座った姉ヶ崎妙の様子は一見普段と何ら変りない。
大抵の男子が見ただけで傷の痛みを忘れるという笑顔を放送の機械へと向けている。
液晶にデジタル表示された時刻は着々と放送までの時刻が減ってゆく事を知らせており
やがてその時刻がゼロに切り替わった瞬間、自動的に矢神高校と同じチャイムが島内全域へと流れ始めた。
すぐさま椅子に座った姉ヶ崎はマイクに向かって口を開く。
「こんばんわ〜っ!保険医の姉ヶ崎です、皆元気でやってるかな? う〜ん、どうやらそうでも無いみたいね。
寝不足、夜更かしは健康の大敵です。しっかり休んで英気を養いましょう。
まずは、死んだ人の名前を呼ぶから良く聞いてね!
男子10番 奈良 健太郎
女子12番 砺波 順子
男子 5番 岡 樺樹
男子11番 西本 願司
男子 6番 烏丸 大路
女子 4番 城戸 円
以上六人です。
もう七人しか生き残っていないんですね。皆この調子で終わらせましょう。
続いて禁止エリアです。1時にH-03、3時にD-03、5時にE-05が対象になります。
これで終わり……と言いたいのですが今回の放送はまだ続くのでそのまま聞いててね〜!」
ここで姉ヶ崎は一旦言葉を区切った。
数秒の間を置いた後、息を吸い込み再びマイクに向かって語りだす。
後ろからは男性陣が一言も聞き漏らすまいと耳を澄ました。
「さて、生き残っている皆さんはよく頑張りました。
おめでとうと言いたいところだけれど生き残れるのは一人だけ、次の放送にはまた人数が減っていると思います。
それとも優勝が決まってるかな? ですから今の内に先生達は残った皆を励まそうと思います!」
生徒への励まし。
それが管理室に戻った姉ヶ崎の提案だった。
当然ながら加藤はたちまち顔を顰めて「そんな事許されるはずないでしょう、何を考えているんですか?」と姉ヶ崎に詰め寄った。
谷も余計な事はさせるまいと言葉を選びながらも姉ヶ崎を止めようとしたのだが、当の姉ヶ崎はすぐさま受話器を取って連絡を始め、
「OKでした、それと励ますなら皆さんも一緒にやりなさいという事です」と受話器を三人に向けてニッコリと笑ったのである。
結果、こうやって姉ヶ崎が何を言い出すかと谷は注視しているという訳だった。
「みんなかなり疲れているみたいね。中には怪我人もいるかもしれないけど先生今は手当てしてあげる事ができないの、ごめ〜ん!
でも楽になる方法は簡単です、それはゲームを終わらせる事。
そうすれば思いっきり休めちゃいま〜す。でも生き残る自信が無い人だっているかもしれないわよね。
それなら銃を自分に向けましょう!楽になれてお友達とも会えちゃうよ!苦しむ暇も無いから怖くない!
先生達も殆ど眠っていないので早く休みたくてたまらないの!」
「な……!」
その言葉に谷は絶句した。
加藤も言葉が出ないらしく目をしばたたいている。
少なくとも谷が先程見たあの弱弱しい姉ヶ崎の姿は今は別人の様に生き生きとしていた。
「まず播磨君、ううんハリオ。
贔屓はマズいんだけど私はハリオの事応援しているからね!
何しろ他に残っているのはか弱い女の子ばかり!ハリオの力なら負けないわよ!
そうゆう訳だから他に残っている人は大人しくハリオに殺されてね!
怪我させたら先生怒るよ!
高野さん、沢近さん、あの世で仲良くしてね、お友達も待っているわよ!
一条さん、早く好きな人に会いに行ってあげましょう!恋のライバルはもう同じところに居るんだからね!
塚本さん、もう少しでお姉ちゃんに会えちゃうよ!
三原さん、お肌を焼くのは美容の敵。先生関心しないな〜。でも死んじゃえば心配いらないね!
雪野さん、今の気持ちは愛情の裏返し? 死ぬ前に自分の本当の気持ちに気付いてね!
励ましといっておきながら殆どハリオの応援になっちゃいましたね、ごめ〜ん!
さすがにまずかったので他の子に先生からアドバイスです。
これを聞いている皆の隣には誰がいるかな?
その人の顔を良く見てみましょう、これから貴方を殺す怖い人かもしれないよ!
それともこれから殺される可哀想な人かな?
その人が最後に見る他人の顔になりたくないのなら何はともあれ先手必勝!
隣に居るからといって相手が信用できるとは限らないんだよ!
じゃあここで一旦他の先生に代わるね!」
ハキハキとした調子で喋り終えた姉ヶ崎は笑顔で谷に交代するよう促した。
(次、谷先生の番ですよ)
(え、ええ……)
促されるままに谷は姉ヶ崎と席を替わる。
席に付く瞬間、姉ヶ崎が谷に向かってウインクした。
(姉ヶ崎先生はな、何故あんな事を!?)
軽い混乱に陥っているのかなかなか言葉が出てこない。
わざと酷い事を言って自分の疑いを晴らしている?
いや、ならば最初から大人しくしているはずだ。
生徒達への隠れたメッセージ?
少なくともそんな印象は感じなかった。
ひょっとして自分達が何を喋るか知りたいのか?
ありえる、内通者を炙り出すのが目的か?
なら何と喋るべきか?
しかし考える時間はもはや無かった。
横では姉ヶ崎が急かすような仕草を谷に見せている。
考える事を止め、空気に飲まれるままに谷は口を動かす事にした。
今は姉ヶ崎に合わせよう、そう自分に言い聞かせる。
やがて谷は乾いた声を搾り出した。
「担任の谷だ、六時間ぶりか。
もう夜も遅いよな、修学旅行では注意したが今は存分に夜更かししてくれて構わない。
少し話を聞いて欲しい、俺はお前達の担任になれて本当に良かったと思っている。
担任らしい事なんてあまりしてやれなかった俺が言うのもなんだが、お前達は本当に素晴らしい生徒だった。
逆に俺の方がお前達から沢山の事を教えられた。
播磨、先生はお前が最初から悪い人間じゃないと信じていたぞ。
成績の方は……まあ多くは言わないが今お前はクラスの男子トップになってるんだ。
競争する相手が居なくなったんだからそうなるよな。
まさかお前が成績トップになる日が来るなんて想像もしてなかった。
今のお前はどんな気持ちだ?もし悪い気分じゃなかった場合、生き残って勉強頑張れよ。
高野、文化祭の時からお前には随分と驚かされてきた。
卒業したらどんな活躍をするんだろうな、と先生は期待をかけていた。
でも将来の夢とかはまだ教えてもらってなかったな。
優勝したら相談に乗るぞ。
希望が叶うよう俺も精一杯努力する、約束してやる。
一条、今のお前はお前らしくないな。いつも一緒だった嵯峨野が居ないから無理もないかもしれない。
でも一人じゃないも出来ない程お前は弱くないだろう?もっと普段の自分を思い出してみろ。
そうすればきっと道は開ける。
雪野、大事な友達が死んでお前も辛いんだろうな。楽しそうにしているお前達を見ていると先生も楽しい気分になっていた。
なあ雪野、担任として言わせてくれ。友達の気持ちを大事にしろ、以上だ。
沢近、お前は何処でも目立つ生徒だったよな。修学旅行に文化祭、体育祭でのお前の姿はとても印象に残っている。
教師としてお前は手の掛からない優秀な生徒だった。お前みたいな生徒とは二度と会えないだろうな。
三原、お前は遊ぶのが大好きな奴だったな。学生としては無理ないが勉強も頑張って欲しかった。
当たり前だが死んだら遊ぶ事も勉強する事もできないんだよな。だから生きる為に頑張ってみろ。
塚本、俺はあまり君の事を知らない。でも君のお姉さんの事はよく知っている。
天満君はとてもいい子だったよ。私だけじゃなくC組の皆が天満君の事を好きだったと思う。
まあ成績の事では苦労させられたけど天満君が居てくれたからこそC組の担任は楽しかった。
だからありがとうと言わせて貰う、天満君には本当に感謝しているんだ。
さて、後あまり長く離せないのが残念だ。
俺はC組の皆を良く知っていたと言える訳じゃない、それでも皆いい奴だという事は解っていた。
そんなお前達が本当に殺し合うなんて残念だ。
あのまま来年皆一緒になって卒業式を迎えるんだと当然の様に思っていたがそれも出来なくなったんだよな。
せめて担任として最後まで見届けてやる。
そしてゲームが終わったら全員をしっかりと供養するし、必ず毎年墓参りする。
それが俺のしてやれる事だ」
そんな事をマイクに向かって喋り続ける。
一言一言を口に出すうちに谷の胸に込み上げるものがあった。
(何故俺はこんな事を言わないといけないんだろう……)
自分の教え子を殺し合わせ、あまつさえ放送で生徒達の心に追い討ちを掛けている今の自分が惨めで堪らなかった。
知らず知らずのうちに谷の感情は高ぶっていき放送に涙声が混じりだす。
「……本当は先生だってお前達が死ぬのは悲しいんだ」
鼻水をすすり上げる音が響く。
涙を袖で拭いながら谷はそれでも放送を続けた。
「お前達をこんなゲームに参加させて本当にすまないと思っている。
でも世の中にはどうにもならないことがあるんだ……
つらいよな、悲しいよな……
毎日楽しくやってきたはずなのに、なんでこんな事になったんだろうなぁ……」
もはや自分を取り繕う事が出来ず、谷は涙声で生徒に詫びた。
するとこれ以上は無理と見たのか姉ヶ崎が笑顔でOKのサインを作った。
鼻汁をすすり上げながらフラフラと席を立ち、顰めっ面の加藤と交代する。
「D組の加藤だ。我クラスの精鋭、東郷、ハリー、天王寺、ララは残念ながらC組の皆にしてやられた。
悔しいがC組の諸君らが優秀だった事は認めてあげよう。
ライバルとは互いの力を認め合うものだ、そして私も諸君らC組をライバルと思っていた。
D組の担任として君達のクラスが羨ましかった。
矢神高校に戻ったら私は寂しく思うだろう。
それでも私はD組の生徒を教えていかねばならない。
だから君達の分まで残された生徒の教育に情熱を注ごう」
加藤は淡々と言葉を紡いだ。
恐らく言っている事は本心だろうと涙を拭きながら谷はそう考える。
普段は嫌味の多い苦手なタイプと敬遠してきたが加藤も教師だったのだと谷はこの時認識した。
「さて播磨、私は君の事を問題生徒だと思ってきたし今もそれは変わらない。
正直一番優勝して欲しくない生徒だ、姉ヶ崎先生の様な甘い声は掛けられん。
しかしこの放送は励ましだ。
自分がやってきた事を反省し、他人からどう思われているのかよく考えろ。
それだけを言おう。
高野、一条、沢近、雪野、三原、塚本。
私は特定の生徒を贔屓したりはしない。
一つアドバイスをしよう。
悪い芽は早い内に摘み取るのが基本だ。
そうだな、一人でも殺した人間は二人目以降は躊躇わないだろう。
人殺しは信用しない事だ。
特に自分が正しいと思っている程タチが悪いものだ。
思い当たる人物には気を付けたまえ。
きっとこの忠告が役に立つだろう。
私は諸君らの事を忘れない。
C組の諸君、ありがとう」
加藤の言葉はそこで途切れた。
谷も良く聞かされてきたアドバイスは生徒達にどう受け止められるのだろうと漠然と思う。
加藤はそのまま無言で郡山と席を替わる。
途端管理室内に体育教師の怒鳴り声が響き渡った。
「聞いとるかっ!体育の郡山だ!まさか寝とる奴はおらんじゃろうな!
これからワシのありがたい言葉を贈ってやるので心して聞け!
いいか!お前らは何故自分達が選ばれたのかと思っとるんじゃろう?
言ってやろう!お前達が問題ばかり起こしてきたからに決まっとる!
真面目にやってきた奴はそのとばっちりで大変じゃな!
特に播磨!お前のような問題児がまだ残っとるとはな!いい加減観念しろ、骨はちゃんと拾ってやるぞ!
戻ったら問題児どもが居なくなってようやく学校が静かになるな。
高野!お前は前から茶道部なんかにしておくのは勿体無いと思っていたぞ!
気持ちをもっと落ち着けろ!お前の弱さは茶道なんかにうつつをぬかしているからだ!戻ったら運動部に入れ!
一条!もっとしっかりせんか!アマレス部でのお前はもっとやる気を見せていたじゃないか!ララの奴が今のお前を見たら暴れだすぞ!
お前が最初から頑張っていれば納得できる結果を残せたんじゃないのか!根性を見せろ!
雪野!残っている奴で体育の成績が一番悪いのはお前だな、しかしだからといってお前が不利とは限らないぞ!
要はやる気だ!本気になった奴には勝利の道が開けるぞ!
沢近!お前には特に言う事も無い!体力が落ちているようだが他の奴も似たようなもんだ!
いつもの調子なら優勝は近いぞ!あと一頑張りだ!
三原!お前はいつも俺の話を聞いてなかったな!体育の成績は良かったが先生には敬意を払え!
日焼けがしたいなら運動部に入れ!もしお前が優勝したらみっちりとしごいてやるからちゃんと先生の言う事を聞くんだぞ!
塚本の妹!一年にしては頑張った!姉貴もきっと喜んでいるぞ!優勝したらもっと喜んでくれるんじゃないか?
さあ姉貴を喜ばせてやるんだ!お前にも十分可能性はあるぞ!
気の利いた事が言えなくてスマンのう!問題児どもとばかり向き合ってきたからこういうのは苦手なんじゃ!
皆疲れ取るようだが最後まで全力を尽くせ!最後に決めるのは根性じゃ!
全く、体育の授業を真面目にやらんからこんな事になるんじゃ!
生き残った奴はしごいてやるから覚悟しておけ!」
郡山が一気に言葉を吐き終えても放送はまだ終わってはいなかった。
通信回線が切り替わり、ここに居ない刑部の肉声が無線を通じて流される。
「刑部だ、ゲームは順調の様で何よりだ。
今回のテーマは『励まし』か。
ふむ、難しいな。
では播磨君、君が優勝したら特別に今月の家賃はタダだ。
どうだ、やる気が出たか?
つくづく私の顔に泥を塗るような真似はするなよ。
高野君、塚本君、ここまで茶道部の有望な部員が二人も残ってくれて私は誇りに思う。
しかしサラ君は本当に残念だった。
そうだ、君達のうちどちらかが優勝したらお茶会を開こう。
サラ君ともう一人の楽しかった思い出を語りたい。
沢近君、君には中村さん共々お世話になったな。
君が優勝したら一緒に遊んで嫌な事は忘れよう。
一条君、雪野君、余計な移動は体力の無駄だ。
じっとしていた方が賢明な判断だな。
三原君、生き残れるのは一人だけだ。その為に自分が何をするべきか良く考えろ、以上だ。
まあ頑張れ」
刑部、笹倉の二人には決定事項だけが無線で伝えられた。
谷は一悶着あるかと思ったのだが、「わかった」と特に説明を求める声もなくあっさり了承の返事が返ってきたのだった。
少しの間があり、続けてスピーカーからは笹倉の声が発せられる。
「最後は私ですね、他の先生方の後だと難しいですね。
皆は自分が死んだらおうちの人がどうなるか心配?
安心してね、事故で死んだという処理がされるから親御さん達には見舞金が出ます。
保険金も払われるだろうからむしろ親御さんは喜ぶかも。
そしていいお知らせ。
優勝した人は事故の生き残りという事になるので慰謝料という形でお小遣いが貰えるかもしれませんよ。
ちゃんと頼んでいるから安心してね。
パーッと使えば嫌な事だって忘れられます。
お金が有るのはいいものよ?
バイトと思えばお得かも。
それでは皆さん頑張りましょう!」
笹倉の声が終わり、これで六人全員が励まし終えた事になる。
すると直後に姉ヶ崎がパチパチと拍手した。
その表情は谷や加藤とはちがって罰の悪そうなものは含まれていない。
そういえば郡山だけは姉ヶ崎の放送を聞いても動揺はしていなかったと谷は気付いた。
だがその事を深く考える事はできず、先程自分が喋った言葉の内容を思い出し気持ち悪くなってしまう。
「聞こえましたか〜?以上、先生達の励ましの言葉でした!」
再び椅子へと腰を落ち着けながら姉ヶ崎が再び喋り出す。
谷は後ろで力無く座り、加藤は腕を汲みながら機械をじっと見詰めるだけだ。
そして郡山は仁王立ちしつつ竹刀を弄んでいた。
「さて、短い間でしたけど矢神高校に来て皆に出会えた事はとても良い経験でした。
皆元気一杯で、私も貴方達のような学校生活が送れたらなぁって本当に羨ましかったです。
怪我した子を治せたり、心の悩みの相談に乗れて皆の助けになれた事は私の誇りです。
まさかこんな形で貴方達と別れる事になるなんて思っても見ませんでした。
でも人生は厳しいものです、皆もこのゲームでそれがよく解ったんじゃないかな?
負けちゃった人、これから負ける人に言っちゃいます。
私は精一杯努力した皆の姿を忘れません。
そして、そんな姿を見せてくれた皆さんと出会えて本当に良かったと思います。
一番印象に残っているのは―――そうね、女子バスケ部を立ち上げた時の事かしら。
三原さんは良く知らないだろうから他の人に聞いてね。
あの時は本当に楽しかったわね、私のチームは俵屋さん、嵯峨野さん、一条さん、周防さん、ララさんで
相手チームがハリオ、東郷君、今鳥君、塚本さんとお姉さん。
もう一度やりたかったけど無理になっちゃって残念だね。
素晴らしい思い出ありがとう。
天国に行ったら皆で楽しくバスケをしてね!」
姉ヶ崎は過去を懐かしむようにしみじみとした口調だった。
穏やかな表情で今までの学校生活が楽しかった事を告げている。
谷は姉ヶ崎の心の内がわからなかったが加藤と同じく本心なのだろうという予感がした。
「……少し話が長くなっちゃいましたね。
今回のお話はここまでです。
それではまた会いましょう」
それは次の放送の事か、やがて決まるはずの優勝者に対して向けられた言葉なのだろうか。
或いは違った意味があるのかもしれないが谷には判断できなかった。
「以上です、鎌石小中学校より愛を込めてこの放送を送りました」
長い放送が終わり姉ヶ崎は指を伸ばしてスイッチを切った。
そしてくるりと椅子を回して男性陣の方を向き直る。
「おかげで素敵な放送が出来ました、皆さんありがとございます」
笑顔のままお礼を言う姉ヶ崎に谷と加藤は「ああ……そうですね」「ありがとうございます」といったありきたりの返事でお茶を濁した。
そのまま監視作業に戻ろうとした谷の耳にポツリと姉ヶ崎の小声が届く。
「これであの子達元気を出してくれるといいんですけど」
ひょっとしたら独り言なのだろうか。
しかし谷はその言葉をどう受け止めていいのか解らなかった。
「大丈夫ですわ!あいつらのしぶとさはワシが良く知ってますわ!」
突然横から郡山の声が響く。
意見が合ったのか知らないが二人共ウンウンと頷いていた。
放送前とはどこか違った雰囲気のまま監視作業も再開される中、谷に生じた戸惑いは解消されずに残っていた。
数時間前に見たあの弱弱しい声と涙の跡。
それが放送で正反対のテンションを見せて自分や加藤を飲み込んでしまった。
郡山だけは何故かその変化にあまり驚いていない。
何が彼女の本当の姿なのか。
思えば矢神でも幾度となく姉ヶ崎には振り回されてきたのである。
距離が縮まったかと思えば目の前で播磨に仲良くする。
そう、いつも谷はそんな役回りだった。
女は嘘を付くもの。
古来より言い古されてきた言葉だが
果たして男は道化か否か―――
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