疑問に対する一考察






「大丈夫みたいだぜ、誰も居ねえ」

インカムから播磨の連絡が発せられ、高野は慎重に林から道路へと姿を現す。
念の為耳を澄ますが聞こえるのは風のざわめきだけだ。
先に進んでいた播磨は既に道路の真中に立ち、落ちている様々な道具を調べていた。


二人は南下し、高野の案内で一条、雪野と別れた場所を目指したが近付くに従い一層の警戒が必要だった。
何せ向こうには自分達の位置が解るパソコンが有る。
突然の銃撃によって同時に撃たれない為に互いの距離をとり、インカムで連絡しながら一人が先行してもう一人が後ろを進む。
そのように奇襲や待ち伏せに備えて慎重に前方を探りながら進んだ結果、どうしても歩みは遅くなってしまった。

しかし幸いな事に今に至るまで銃撃による出迎えは無かった。
高野が数時間前休憩を取っていたその場所に辿り付いた時は二人の姿は何処にも見えず、
リヤカーに積まれていた様々な雑貨品が道路に散らばっているだけだった。

「ま、さすがに何時までもここに居るはずがないわね」

予想の範囲内だったのか特に落胆した様子も無く高野が呟く。
高野が姿を現す前から立ち続けている播磨に対して何のアクションも起こらない以上、
二人が選んだのは待ち伏せでは無く逃亡と判断して間違いは無いだろう。
荷物の散らばり具合を見る限りかなり慌しく行動したのではないかと高野は印象を受けた。

なら少なくともこの場所は安全という事だ。

「使えそうな物があれば持っていきましょう、そのぐらいなら構わないわね?」

休憩も兼ねて播磨に提案する。
警戒しながら歩き続けた事は播磨も疲労を感じているらしく軽く頷く。

「好きにしやがれ、ただし言っておくが荷物持ちはしねえぜ」
「あら?貴方の分も見つけてあげようというのよ、どうせ大した武器も無いんでしょう?」

馬鹿にするような口調で高野は言う。
播磨が持っているのはナイフ程度の短い武器だ。
銃器に対抗できるものは無いだろうが今よりマシな物を持たせておけば自分の生存確率も上がるだろう。

しかし月明かりを頼りに探してみるが薙刀や日本刀など目ぼしい物は持ち去られているらしく見当たらない。
落ちているのは当面は役に立ちそうない鉄板やポリバケツ、ブルーシートなど雑貨品ばかりである。
よくもまあこれだけのものを運んできたと高野は呆れた。

「全く……必要な物とそうでない物の区別ぐらい付けなさい」

愚痴の一つも言いたくなるが冬木達の気持ちもわからないでも無い。
先が見えない状況では人は何にでも縋ろうとするものだ。
いつかこれが役に立つ、という望みを持って運んできたのだろう。
ただ彼らには運が無かった。
無事西本達と合流し、大人数の集団が出来ればこの品を生かす局面も生まれたかもしれなかったがそうは成らなかった。
しかし結果的には判断ミスである事に変りはない。
自分はそんな間違いを犯すまいと必要な物だけを探す事にする。
すると自分の物だったリュックがガラクタに混ざっているのを見つけ出す。

食料や水は持ち去られていたがさすがに捨てていく気にはなれなかった。
中身ごと他の誰かから奪えるかもしれないが皮算用は禁物だ。
どうせ大した重量でも無いと身に付ける。

すると高野の目が何かを捉えた。
リュックを取り上げた下から金属質のものが月光を反射してキラリと光る。
何かと思ってガラクタを除けると現れたのは鎖。
その正体に気付き、力を込めて引っ張ると雑貨品を掻き分け、鎖に引かれて三日月状の鎌が出てきた。
恐らく急ぐあまり持ち去るのを忘れたのだろう。
或いはガラクタに埋もれて見失ったのかもしれない。
岡の血が所々に付着するそれを高野はゆっくりと手の中に収めた。

「拾いモンだな、そんな物があったなんてな」

播磨は特に動じた様子も無くそんな高野に言葉を掛ける。
しかし高野は無言のまま道路から別の何かを拾い上げる。

「……何だそりゃ?」
「岡君の靴下。雪野さんが持っていた武器だけど捨てられたみたいね」

拾われたのは高野が今持っている物と対となるブラックジャックだった。
岡が池の近くで二人の為に作った即席の武器。
それが無造作に投げ捨てられていた。
ふと、これを渡してくれた時の顔を赤らめる岡の様子が思い出される。

「銃が手に入ったんだし無理も無いか」

そんな独り言を呟くと播磨が「ああん?わかんねえ、説明しろよ」と横から口を出してきた。
隠しておく理由も無い、高野はポケットから自分が持っているブラックジャックも出して由来を説明する。
何か話をしたい気分だったのだろうか、岡との出会いの顛末からそれを作ってくれた時の様子まで思わぬ長話をしてしまう。

「じゃあそいつはお前か持っててやれ」
「……何でよ」

聞き終えた播磨は有無を言わせぬ調子でそんな事を言い出した。
高野とはいえば余計な荷物は持ちたくは無い。
しかし播磨は高野の手にある二つのそれをそのまま持つよう執拗に迫る。

「わかんねーか?そいつには男の気持ちが篭ってるんだぜ?それを無駄にすんじゃねえよ!」

高野には男の気持ちなどわからない。
しかし、雪野の様にそれを捨てていく事は何故か躊躇われる。
播磨と行動する為には仕方ない、そう思って結局二つ共ポケットに収めた。

「これで満足?」

わざと不満げな表情を浮かべて播磨に向けた。
たが、播磨は相変わらず憮然としたままだった。

「それを決めるのは俺じゃねえ、お前自身の気持ちの問題だ」
「何よ、それ」

持っていろと言いながらお前の問題と押し付ける。
あまりに勝手な言い分に思え、高野は気持ちが苛立った。
しかしこれ以上無駄な論争をする気にもなれず、不満を抑えて黙り込む。

「じゃあ俺はこいつにするぜ」

一方の播磨は鉄パイプを拾い上げて高野に見せる。
単純な破壊力や利便性ならスコップの方が上だろう。
しかし疲労している今、持ち運びやすさが優先するのは当然だ。
特に不満も無く高野は頷く。

これ以上持っていくような物は無かった。
再度南を目指そうと高野が動こうとしたその時、突然播磨から声を掛けられて立ち止まってしまう。

「なあ高野、お前前からこのクソゲームの事を知っていると言ってたよな?」
「……そうよ」

今度は何を言い出すのかと高野は播磨の顔を見るがその表情は真剣そのものだ。
とりあえず喉まで出かかった文句を押さえ込み、続きを黙って待つ事にした。


「だったら教えろ、このゲームの目的ってのは何なんだ?何で俺達に殺し合いなんかさせんだよ!」

播磨の声には怒りが隠し切れなかった。
この理不尽な状況に対するもの、想い人を失った事、日常生活を壊された事に対する様々な怒りが入り混じった声だった。
そして高野も同じ疑問を持っていた。

「……結論から言うと私にも解らないわ」
「何だよそりゃ!?どういう事か説明しろよ!」

答えを迫る播磨に対し、高野はあっさりと回答不能だと言い放った。
納得できないのか播磨はさらに高野へと詰め寄る。

「単純な消去法よ。
 逆に播磨君に聞くわ、漫画家の発想でゲームの目的を考えてみて」

突然バトンが渡された播磨だったが言葉に詰まる様子も無くすぐ幾つかの仮説を唱える。
播磨自身、自分と出会う前からこの疑問を考えていたのだろうと高野は思った。

「在り来たりだがどっかの悪趣味な野郎どもの娯楽って事はねえのか?
いくら考えてもまともな連中がやる事とは思えねえ」
「それは無いと思うわ」

あっさりと高野は即断した。
播磨が不満げな表情を浮かべ、じゃあ説明しろ、と促すとやれやれといった表情で高野は解説する。
筆談の必要は無いだろう。
今さらそんな事で首輪を爆破するとは思えないし、第一筆談をするには暗すぎる。

「娯楽に飢えた権力者が存在する、そこで殺し合いを行わせて楽しむ事にした、ここまでは有り得るかもしれないわね」

淡々の語る高野の話を播磨は黙って聞いている。

「一つのクラス丸ごと選んだり、そのクラスと繋がりのある人物を参加させたのは殺し合いを面白くする為。まあ有り得なくはないわ」

友人同士の反目や葛藤を楽しむ為という目的があるのならD組のハリーや東郷、一年の八雲やサラが参加させられたのも説明が付く。
教師達にその管理を任せるのもその様子を眺める為かもしれない。

「その連中の間では誰が優勝するか賭けが行われているのかもしれない、でもこの説には決定的な問題があるのよ」
「何だ、はっきりと言えよ」

もったいぶるような高野の説明に播磨は続きを催促する。

「絵よ、これが悪趣味なエンターテインメントだとすると主催した連中が欲しがるのは殺し合いの映像、
 それも監視カメラや望遠カメラで得られるような迫力に欠けるものでは駄目、映画並に状況を見せてくれる絵が無ければ話にならないわ。
 まさか声だけを聞いて満足しているなんて思えないでしょう?
 播磨君の仮説なら、どうやって連中は島の何処かで行われるか解らない映像を撮れる訳?」

播磨が言ったのと同じ事を過去高野自身も考えた。
しかし現実に自分がゲームの参加者となって自説の欠点に気付いたのである。


「まさかこの島中に何百、いえ何千の監視カメラが仕掛けられているとでも?建物限定として、実際に観音堂の中をこっそり捜したけど一つも見当たらなかったわ」

平野のような見通しの良い舞台ならば定点カメラによる撮影も可能だ。
しかしこの島には林や茂みが有り身を隠す場所が多過ぎる。
反論されて言葉に詰まった播磨だったが、直ぐ何かに気付いたのか首輪を指で指し示した。
しかしそれでも高野は首を振る。

「首輪というのも考え難いわ。単独行動している参加者の接写は諦めるしても男子はガクランが邪魔でまともな映像が撮れないわよ。
 顎が邪魔になるし、そんな貧弱な映像がゲームに掛けた手間と費用、そしてリスクに見合うと思う?」

言われるまでも無く見合わないだろう事は播磨にも解った。
高野はさらに言葉を続ける。

「まだ有るわ。それは支給品よ、殺し合いの様子を楽しみたいのなら銃器を大量に渡して銃撃戦でもさせた方が絵になるわね。
 わざわざハズレアイテムを支給してどうするの?ハンデを付け、結果行われる駆け引きを楽しむ?
 そんなマニアがこのゲームを行える程大勢居るとでも?」
「……ありえない話じゃねえ」

今度は播磨が反論した。
確かに確立は低いが有り得なくも無い。

「いいでしょう。そんなマニアが大勢居る。
 では前回は英国の高校が選ばれた、今回は日本。
 その駆け引きを楽しむ人は通訳でも雇うのかしら?それとも全員バイリンガル?」
「うっ……」

反撃され播磨が沈黙する。
さらに高野は追い討ちをかける。

「矢神高校がそいつらに賭けの対象にされた、客には詳細な参加者のデータが渡される。
 でも途中経過は音声と地図に示された位置情報、そして有るかわからないけど貧弱な映像。
 賭けた対象の表情も戦いの様子も少ししか解らない。
 しかもゲームは数日がかり、とてもリアルタイムで楽しめない。
 播磨君ならそんなものに大金つぎ込む?娯楽としては失格よ。
 西本君だったらきっと『ワスを馬鹿にするダスか!』と怒るわね。
 フットボール、アメフト、アイスホッケー他色々、世界一流の娯楽に満足できなかった連中がこの内容で満足するとは思えないわ
 それに単純な殺し合いだけならホームレスや家出少女、密航者みたいに居なくなっても騒がれ難い人物でも集めた方が遥かに楽よ。
 クラス丸ごとというのはリスクも比べ物にならないわ、失うものも大きい連中程慎重になるものよ」

ここまで言うと播磨もやっと観念した。
「まいった、俺の負けだ」と素直に自説を撤回する。
しかしすぐさま次の仮説を搾り出す。

「じ、じゃあ何かの実験か儀式って事は?」
「実験ね、なら聞くけど何の実験?儀式って何処のカルトがこんな大掛かりな事を行えるのかしら?」

冷ややかな視線を播磨に向ける。
仮説を出すにしろ、単純な思い付きでは説得力が無い。

「そ、それは極限状態の人間観察とか、特別な人間を見つけ出す為とか」
「なら矢神高校を選んだ理由は?その説なら何処の誰でも良いんじゃない?」

冷静な声で高野は反論する。
非常にリスクの高いクラス全員+αの誘拐を行う理由を説明できない限りその仮説は成り立たない。

「そんなの俺に解るかよっ!」

とうとう播磨はさじを投げる。

「ならこの話を続けてもしょうがないわね、時間が惜しいからもう行くわ」

高野は話を打ち切って自分一人で先に歩き出した。
播磨はブツクサ言いながらその後に続く。


それでも播磨は考える。

――――わかんねぇ、このゲームの目的は一体何なんだ?

自分の仮説は指摘された通り穴だらけだった。
このゲームを思い付いた連中がまともな考えを持ってないにしろ何かを求めているのは間違いない。
だが、それが何なのかどうしても思い浮かばなかった。



そして高野も冷静なように見えて内心は播磨と似たようなものだった。
ゲームの目的と黒幕の正体は自分が巻き込まれる前から考え続けてきた事だった。
しかし組み立てた仮説はゲームを進めている内に破綻した。
それでも優勝が第一として余計な事を考えないようにしてきたのに播磨が言い出して再び頭が動き出す。
今の時点でゲームの目的は高野の想像の外にある可能性は低く無いだろう。
皆を覚え続けるという目的に変わりは無いが、さらに付け加えるべきか考える。


――――優勝すれば何か解るかもしれないわね


【午後:22〜23時】

【播磨拳児】
【現在地:E-03南部】
[状態]:疲労(精神面は多少持ち直している)。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料4,水2)、鉄パイプ、インカム親機、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)、
     さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
[行動方針]:生き残りを協力させてゲームを潰す、生き残ってマンガを描き続ける
       まずは一条・雪野との合流を目指す。
[備考]:サングラスを外しています。高野を殺人者と認識しています。 ゲームの目的を知りたがっています。

【高野晶】
【現在地:E-03南部】
[状態]:少し疲労(精神面は多少持ち直している)。警戒態勢。
[道具]:支給品一式(食料0)、鎖鎌、薙刀の鞘袋(蛇入り) 、インカム子機
     雑誌(ヤングジンガマ)、ブラックジャック×2(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
[行動方針] :とりあえず播磨と行動。
[最終方針] :全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。出来れば教師達にも罰を与えたい。 ゲームの目的を知りたがっています。



前話   目次   次話