ある晴れた夜の話
月明かりだけが、あたりを照らす。
そういえば、狙撃銃のスコープは赤外線探知機能付きだった。
あれがあれば、夜の戦闘は相当有利になっただろう。
そんな考えがふと高野の頭に浮かんだが、それは最早適わぬことである。
高野と播磨は、林のど真ん中で何故か立ち往生していた。
パソコンのもとへ向かうため突き進もうとしていた勢いはどこへやら。
播磨の顔には苛立ちの色が浮かび、高野はそれを半ば呆れて見つめていた。
「……で結局は何も考えてない、と」
「うるせぇな。守られてる身で文句言ってんじゃねぇよ」
「誰も守って欲しいなんて言ってないし。貴方が私を誘っておいて、何を言っているの?」
播磨は、高野を連れたままでパソコンの所持者――一条と雪野のもとへ行こうとしていたらしい。
流石はクラスで一、二を争う超絶馬鹿。
駆け引きや策略などという言葉は、彼の辞書にはないらしい。
そう結論づけ大きく溜息をつく高野を、播磨は恨めしげに睨みつけた。
「口の減らねぇ奴だなお前は。何でお前みたいのと塚本は仲良かったんだ?
烏丸のことといい、本当に塚本の交友関係だけは理解し難いぜ」
「そう?」
否定はしない。もともと、友人作りが得意な方ではないから。
天満と交友関係を持ったのは、沢近が彼女や周防と仲がよくなったのがきっかけ。
自分一人なら、天満のようなタイプの友人を持つことは無かったかもしれない。
……否、そうではないだろう。
もしも沢近という架け橋がなかったとしても、塚本天満という娘に自分は惹きつけられていたに違いない。
クールに振る舞い人が寄り付きづらい空気を纏っていた自分が、だ。
塚本天満独特の魅力が、彼女の周りに人を集めていたのだ。
もちろん、その魅力が何なのかは高野でさえ理解し難いのだけれど。
「あの娘の理解し難いところは、交友関係だけじゃないと思うけど」
「確かに、な。でも、塚本はいい奴だった。本当に、最高だった」
播磨の拳に力が入っているのを、高野は視線の端で捉えた。
感情を抑えようとしているらしい。それは果たして成長なのか、それとも単なるやせ我慢なのか。
興味本位の高野の視線に気付いたのか、播磨は手を開き、慌てて話題を変えた。
「まぁ、んなことは今はどうでもいい。今の問題は、どうやってパソコン持った一条達と合流すっかってことだ。
誰かさんがインカムの子機を持ってきちまったせいで、連絡もとれねぇし」
「それは災難ね。ホント、心から同情するわ」
「……その誰かさんは、さっきから俺をいらつかせることに余念がないしよ」
高野にとっては、よくも悪くもない状況。
最早、播磨を懐柔はできまい。ならば、猫撫で声で媚を売る必要も無い。
彼は彼自身の勝手な決意のもとで動き、なんと無償で高野のことを守ってくれるらしい。
だから高野は好き勝手言うことができた。
よっぽどストレスが溜まっていたのか、次から次へと言葉が浮かんでくる。
「いえ、そんなことないわよ。いらつかせる以外にも、からかうこととか、馬鹿にすることとか、色々」
いつも沢近や周防をからかっていた要領で、播磨に対しても思いついた言葉を放つ。
「全部たいして変わんねぇじゃねぇかっ! ったく、今さらだけど自分の決意に嫌気がさすぜ」
「なら、今からでも別行動をとるのは遅くないわよ」
「それはできねぇ! 男はな、一度言ったことには責任を持つもんなんだよ」
「だったら、文句を言う前に良い手段を考えたらどう?」
「ぐっ……」
口では負ける気がしない。
あまりにも殺し合いの殺伐とした雰囲気からかけ離れたやり取りに、高野は違和感を抱きつつも不思議と嫌な気分ではなかった。
ブツブツと、何か考えをまとめるためなのか呟き続けている播磨の姿があまりにも普段通りすぎて、なんだか気が抜けてくる。
「面倒くせぇなぁ。普通に俺から先に一条達に会いに行って、その後でお前が合流すればいいじゃねぇかよ」
「さっきも言った通り、それは無謀。私達の位置は向こうに筒抜けなわけだから、合流した時点で貴方が私に懐柔されたと向こうは思ったはずだし」
「んなもん、理由を話してやりゃあいいだけの話だろ」
「話す前に、問答無用で撃ち殺されると思うけど?」
肩をすくめつつ、簡単に予想できる事態を淡々と説明する。
この男が、今まで生き残っていたこと自体が奇跡なのかもしれない。
元が不良ということもあり、もしかしたら過去の彼に戻り積極的に殺し合いに参加しているのではと思った時もあったが、それはまったく見当外れの推測だったようだ。
あまりにも人を信用しすぎている。もちろん、それは自分を傍に置いている現状がもっともよく表していることなのだが。
そこに色々と付け込む隙がありそうだ。
高野は後々播磨をどう出し抜こうか考えつつ、いまだうなり続ける播磨に投げやりな一言を与えた。
「ま、信じるも信じないも貴方の自由だけれど」
どちらにせよ、最終結果は同じだ。
例え今、播磨が一条や雪野に撃ち殺されようとも。
例え今、播磨が一条や雪野に信用されようとも。
最後に、全ての人を殺して全てのことを忘れないのは自分の役目だから。
そのために、殺し続けてきたのだ。それはこれからも変わらない。
播磨には、そんなことは無理だ。ましてやこの殺し合いの島から逃げ出そうなど、夢想するにもほどがある。
だから高野は、少しだけ現実を突きつけることにした。
「……一つだけ、手があるわ」
「な、なんだよそれは? そんなもんがあるんならもったいぶってねぇで早く言えよ!」
播磨の顔に、僅かだが希望の光が灯った。
高野は心の中でそれを嘲笑い、しかし表情には出さずに淡々と続ける。
「貴方が私を殺して、雪野さん達のところに行けばいい。
もしかしたら、歓迎されるかもよ」
「……」
播磨の顔から、光が消える。
高野は声を上げて笑ってやりたかった。
けれどその衝動を必死で押し殺し、
「まぁ、パソコンでは個人の名前は特定できないから、
逆に私が貴方を殺して貴方になりすまし、雪野さん達に近づくって手もありなんだけどね。
貴方に素手で勝てる気はしないから、やめとく」
そう告げて、播磨の反応を待った。
「……」
「さ、どうする? 時間はないわよ。私を殺してみる?
私も、そう素直には殺されてあげないけど」
もちろん、播磨がそんなことしないであろうことは理解している。
だからこその提案だ。
「んなこと、するわけねぇじゃねぇか」
「そう? 優しいのね」
予想通りの返答に、あらかじめ用意した言葉を返す。
小馬鹿にするような口調で、煽るための台詞。
また睨み付けられるだろう。……そう思っていたが、今度の反応は違った。
「……本当なら、ここでお前をボコボコにしてやりてぇくらいだけどな」
そう呟いた播磨の顔に浮かんでいたのは怒りでも憤りでもなく、何故か憐れみ。
高野はそれに、苛立ちを覚える。
「奇遇ね。私もそう思ってたトコ」
吐き捨てるようにそう言って、高野は播磨から目をそらした。
憐れみなど欲してはいない。今の高野晶は、高野自身が選んだ道の上にあるものだから。
後悔すらもしてはいない。思うのは、過去ではなく未来だ。
過去を振り返り、「あの時はこうするべきだった」とか、「あの選択は間違いだった」などとぼやいても、何も得るものはない。
考えるべきは、これからどうするか、だ。そしてその問いに対する答えは、一つしかない。
「……お前は、何でクラスメイトを殺したんだ?」
その答えと、播磨の問いに対する答えが一致する。
「貴方に説明したところで、理解してもらえるとは思ってない」
表情を変えぬまま、高野は彼の問いに対して回答拒否の姿勢を見せる。
「確かに理解はできないとは思うけどな。知ることくらいはできるぜ。
お前が何で、クラスメイトを殺したのかってことをな」
知ってもらったところで、どうなるというのか。それで心が軽くなるわけではない。
自分の中の決意――クラスメイトを皆殺しにし、彼らのことを覚え続けるという方針を再確認するだけ。
そんなことをしたところで、何が変わるわけでもない。
「気が向いたら、ね」
食い下がられても困るので、曖昧な返答でお茶を濁す。
播磨はいかにも不満げな顔をして、口を尖らせながら愚痴を漏らした。
「……チッ。協調性のねぇ奴だな」
「それ、貴方にだけは言われたくない台詞」
「なんでだよ」
わけがわからないといった表情で、播磨が尋ねる。
高野は小さくため息をついて、
「自分の胸に聞きなさい」
そう言って、再び播磨の目を見据えた。
そして、高野は気付いた。さっきから、あり続ける違和感。
首を傾げる播磨の顔が、あまりにも普段通り過ぎて。いつの間にか、自分のペースを失い彼のものに巻き込まれていた。
それでは、いけないのだ。
自分はこの島では誰よりも冷酷に、そして冷静にならなくてはいけない。
皆を殺して生き残って、彼らのことを記憶に留め続け、その後は……、
「……しばらくは、つまらなくなるわね」
高野は播磨には聞こえないような小さい声で、そっと呟いた。
【午後:21〜22時】
【播磨拳児】
【現在地:E-03北部】
[状態]:疲労(精神面は多少持ち直している)。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料4,水2)、インカム親機、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)、
さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
[行動方針]:生き残りを協力させてゲームを潰す、生き残ってマンガを描き続ける
まずは一条・雪野との合流を目指す。
[備考]:サングラスを外しています。高野を殺人者と認識しています。
【高野晶】
【現在地:E-03北部】
[状態]:少し疲労(精神面は多少持ち直している)。警戒態勢。
[道具]:支給品一式(食料0)、薙刀の鞘袋(蛇入り) 、インカム子機
雑誌(ヤングジンガマ)、ブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
[行動方針] :とりあえず播磨と行動。
[最終方針] :全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。出来れば教師達にも罰を与えたい。
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