復活
――こんな異常な島から逃げ出すために、私達ができること――
沢近先輩が眠る直前に呟いたこの一言は、私の頭の中から離れる事はなかった。
本当にぐっすりと眠る沢近先輩の顔を見る度に思う。一体、先輩は何をしようとしていたのだろう?
こんなにボロボロになって、血塗れで、疲れ切って。それでも、何かがあったからここまで来たのだと私は思っていた。
先輩は今までに誰と出会ったのだろう? どんな出来事があったのだろう?
アンバランスな長さになってしまっている金髪や、目の下に出来たクマは、どうやって刻まれたのだろう?
聞きたい事は沢山あった。だけど、こんなに深く眠っている先輩を起こしてまで聞こうとは、私には思えない。
先輩だって、護るべき人に違いないのだから。だからせめて次の放送までは、三原先輩や伊織と一緒に寝させてあげたかった。
しばらくして、沢近先輩は寝返りをうった。
三原先輩なら今までに何度も寝返りをうっていたけれど、沢近先輩の寝返りは始めて見る光景だった。
でも、そこで私がする事は変わらない。三原先輩にもしていたように、背中についた落ち葉を落としてあげるだけ。
地面に直に寝ていれば、どうしても落ち葉や土がついてくる。すでに制服は皆汚れていたけど、それでも少しでも綺麗にしてあげたい。
乾燥した落ち葉は、軽く触れるだけで簡単に落ちていく。沢近先輩の背中を触って起こしてしまわないように、注意しつつ私は手を動かす。
……背中についた中で一際大きい落ち葉を落とした時、私は気付いた。
沢近先輩のスカートのポケットから、何かの紐が飛び出している事に。
その紐は、携帯電話のストラップのように見えた。外から軽くスカートを触れてみると、確かに固い物がある事も分かった。
私の携帯はこの島に来た時から無くなっていた。他の人達も自分の携帯が無いと言っていたので、きっと先生達に取られたのだろう。
でも、沢近先輩は携帯を持っている……ひょっとしたら、これが先輩の支給品だったのかもしれない。
いつしか私は先輩の携帯を見たくなってしまっていた。
沢近先輩が何をしようとしているのか、何を知っているのか、これを見れば分かるかもしれないから。
勝手に覗くのはいけない事だと分かっている。だけど、こんな状況ではそうも言っていられなかった。
沢近先輩を起こしてしまわないように、私はゆっくりとポケットから携帯を引き抜いた。
ストラップの、そして携帯の全容が見えてくる。無機的なデザインのそれは、やっぱり沢近先輩の物とは思えない。
……私物でないなら、覗き見るのもいくらか罪悪感は薄いと思い、私は切られていた携帯の電源を入れた。
ピーッっという音が鳴って起動したので私は少し焦ったけど、幸い沢近先輩も三原先輩も起きる事はなかった。
メインディスプレイを開くと、そこには殺風景な壁紙と時計表示だけの画面が映し出された。これから、何を見よう?
多分だけど、外とは電話は出来ない気がした。だって、これはきっと先生達が用意した携帯なのだから。
簡単に外部と連絡が取れる筈がない。多分、メールもそうだ。
……でも、メールはどうだろう? 一条先輩が探しに行ったノートパソコン。もし、あれと通信できるなら――?
私はメール画面を開く事にした。するとそのメールフォルダには、確かにいくつかのメールが届いていた。
やっぱり、他の支給品と通信ができるのだろう。沢近先輩だって、もしかしたらその通信の結果ここに来たのかもしれない。
だったら、通信をした相手の事が分かると思って、私はメールの中で一番新しい物を開いてみた。
……もしかしたら、一条先輩や播磨さんが相手なのではないかと信じて。
『放送の事を考えると、三原さんは人を殺した可能性があります。気をつけて下さい』
……え? 三原先輩が? 何を書いているの?
差出人は誰? それに、どうして三原先輩が人殺しだなんて考えるの?
……沢近先輩は、これを見たの? じゃあ、先輩は何をしにここまで来たの?
私は首を振って、更に一つ前のメールも開いた。今のメールが誤って作成された物だと信じて。
『一条です。今は雪野さんと一緒に居ます。
先程の放送では、結城、斉藤さん、ハリーさん、鬼怒川さん、サラちゃん、花井さん、麻生さんの名前が呼ばれました。
禁止エリアは19時にI-09、21時にF-05、23時にE-02が予定されています。城戸さんの番号はハズレでした。
こちらは先程の放送後にパソコンの機能が追加されて、どこに誰がいるのかが分かるようになりました。
H-03には花井さん、麻生さん、サラちゃん、塚本さん、ララさんの遺体があります。生きているのは八雲ちゃんと三原さんだけです。
それと、放送が終わってすぐに烏丸君と砺波さんがこちらに近づいてきたので、私達は砺波さんを助けようとしました。
でも、高野さんが狙撃銃で間違えて砺波さんを撃ち殺して、その後烏丸君に岡君が殺されました。
そして私は烏丸君を撃ちましたが、その時に西本君も一緒に撃ってしまいました。
そしてその後、高野さんが拳銃を隠し持っていた事が分かりました。
今、彼女は私と雪野さんから北に逃げています。もしかしたらあの時砺波さんを撃ったのもわざとかもしれません』
……あれ?
頭がどうかしてしまいそうだった。一体、何がどうなっているの?
このメールを送っているのは、一条先輩だった。……どうして、こんな内容のメールを送るの?
だったら、三原先輩が人殺しだと送ったのも一条先輩? 高野先輩の事を書いたのも一条先輩?
あれ? そういえば一条先輩、どうしてH-03に誰がいるのか知っているのかな? これはノートパソコンの機能?
……ああ、一条先輩はノートパソコンのある場所に辿り着けたんだ。そういえば、フラッシュメモリの中身は何だったんだろう……
メールの中身から逃げようとしても、私の頭はうまく切り替わってはくれなかった。
高野先輩が間違えて砺波という人を殺して? その後で烏丸先輩が岡という人を殺して?
それで一条先輩が烏丸先輩を撃った? 西本という人も一緒に?
理解できない。一体、何があったらそんな状況になるの?
姉さんがあんなに好きだった烏丸先輩が、人を殺した? でも、砺波という人を一条先輩達は助けたかったようだった。
じゃあ、烏丸先輩は砺波という人に何かをしたの? この島で、罪を犯してしまっていたの?
高野先輩も砺波という人を"間違えて"殺して、しかも拳銃を隠し持っていて一条先輩達から逃げた?
……それは、事実なの?
見なければよかった。知らなければよかった。
私の中で、急に不安が広がっていく。人が信じられなくなっていく。
それでも、沢近先輩は変わらない寝顔を見せてくれていた。……全身、血に塗れて。
……そういえば、そ れ は 誰 の 血 な ん で す か ?
私の気持ちが落ち着かないうちに、携帯の画面が突然切り替わった。
Eメール受信中というメッセージが中央に浮かぶ。……今度は、どんなメールが来たのだろう?
着信音が鳴る前に、受信した瞬間にボタンを押す。他の人の……特に沢近先輩の表情を窺いながら、私は新たなメールを見た。
『雪野です。放送と機能はさっきのとおり。こちらについてわかってないようなのでもう一度。
高野が順子を殺して烏丸が岡君を殺して一条さんが烏丸と西本君を殺した。高野は嘘がばれて逃げた。
私を騙して、銃を隠し持っていたくせに。状況は更に悪化して、今度は高野が播磨を騙した。二人の合流も確認。
二人は皆殺しにしようと動いている。私達は逃げた。一条さんもいるけど、とても不安。
他の人達にそうしたみたいに、早くこの二人を片付けて』
今度は雪野という人からのメールだった。
でも、内容は一条先輩の物と同じ。しかも、それに嫌な情報が追加されていた。
播磨さんが高野先輩に騙されて、二人で皆殺しにしようとしている。
それで一条先輩達は逃げている。そして、沢近先輩にこの二人を殺してと言っている。
ついでに沢近先輩は、他の人達をすでに"片付けて"いたらしい。
心臓の音が寝ている二人に聞こえそうなほど鳴っているのに、私の頭はどこか落ち着きを取り戻してしまっていた。
血の気が引いて、それでも体が熱い。言いようの無い不思議な感覚。
でも、今のメールを見た事で、私の中で結論が出せた気がした。
メールは嘘かもしれない。だって、何の証拠もないのだから。
一条先輩の名を騙って、高野先輩や烏丸先輩達を陥れようとしている人がいる。そう考えれば辻褄が合うと思う。
……でも、沢近先輩は? ……もしかしたら、メールはやっぱり本当なのかもしれない。
どうして先輩がボロボロで、血塗れになっていたのか? その答えは、メールの内容を考えれば自ずと分かる。
……矛盾している。冷静なつもりだったけど、やっぱり私はかなり混乱しているみたいだった。
メールの事は信じたくない。一条先輩が人を殺して、播磨さんや高野先輩が皆を殺そうとしているなんて考えられない。
でも、沢近先輩の血塗れの姿はどこか納得できてしまう……どうすればいいんだろう?
携帯の電源を切り、私は沢近先輩のスカートのポケットにそれを戻した。
その時先輩は一瞬体をくねらせたが、私は特に気にはしなかったし、先輩だって起きてくる事はなかった。
再び月明かりだけの照明に戻った時、私は一つの解決策を見つけた。
次の放送……第六回放送で、答えは出ると。
本当に高野先輩が、烏丸先輩が、一条先輩が人を殺したのか? その答えは、必ず次の放送で導き出せるのだから。
そして、そこで私の取り越し苦労だと笑えればいい。……でも、もしもメールが真実だったら――?
三原から預かったベレッタを握る八雲の手の平は、いつしか汗ばんでしまっていた。
僅か10分にも満たぬ時間の間で、人の心はかくも変わるものだ。
そして、もはや八雲自身も気付いてはいなかった。彼女の心の中には、彼女が"悪魔"と呼んでいたモノが、再び巣食い始めていた事を――
不安、恐れ、不信感……たったそれだけのエサがあれば、悪魔は何度でも蘇る。
誰の心にも巣食うそれは、人の心がある限り永遠に死滅と復活を続けるそれは、この島では特に早い周期で死と新生を繰り返すのだった。
【午後 21時〜22時】
【現在位置:H-03】
【塚本八雲】
[状態]:かなりの混乱状態。
[道具]:支給品一式*2(食料3、水6)、(弓矢20本、全てゴム。ただし弓はしっかりしてるので普通の矢があれば凶器)
ボウガンの矢4本、アクション12×50CF(双眼鏡)、ベレッタM92(残弾16発)
[行動方針]:1.三原、沢近が起きるまで見張り(放送時間になっても起きなければ起こす)
2.放送を聞き、メールの内容の真偽を確認(もしそれが本当だったら……?)
[最終方針]:生きていて欲しい人間を助けるが、自分が最後まで残るつもりはない
[備考]:所持している荷物を天満の形見と認識。弓使用可だが精度に難あり。教師達も狙うという意味では反主催
所謂"悪魔の囁き"が再び聞こえ始めています(本人に自覚無し)。
沢近、雪野(顔も知らない)に不信感。一条、高野、播磨の行いについては信じていない。
【沢近愛理】
[状態]:睡眠中。身体、精神ともに疲弊。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(水5,食料8)、デザートイーグル/弾数:2発、携帯電話、vz64スコーピオン/残り弾数20
[行動方針]:1.H-03の人間(死体含む。八雲>他)の首輪を調査
2.一条ときちんと連絡を取りたい(西本達の事、高野の事、播磨の事etc...)
[備考]:播磨を信用しはじめている。フラッシュメモリの可能性を強く信じる。烏丸が大塚を殺したと認識。盗聴器に気付いています。
一条が嵯峨野の死体を見つけたと勘違いしています(一条は死体の顔を確認していません)
一条に不信感。メールの内容を一部信じていません。三原を(一応)警戒。
【三原梢】
[状態]:睡眠中、左掌に銃創(応急処置済み) 精神的疲労はやや回復
[道具]:支給品一式(食料1.5、水2) UZI(サブマシンガン) 9mmパラベラム弾(1発) 救命ボートのオール
9ミリ弾191発 エチケットブラシ(鏡付き) 、ドジビロンストラップ
[行動方針] :生きて夢を見続ける。UZIの弾丸を補充する。
[備考] :播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
[共通備考]:盗聴器に気づいています。
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