空も見えない世界で
ガシャン!ガラガラ!--金属がぶつかりあいながら地面にばら撒かれる音がする。
勢いのついたバケツがコロコロと回転したまま草むらへその姿を隠した。
意外と大きい音がしたが、この近くには誰もいないはずなのでさして問題ではない。
一条はひっくり返したリアカーをもう一度立て直す。
「食べものと刃物と……」
播磨が来る。この島で最後の男子が高野に騙されて自分達に襲い掛かってくるのだ。
こちらには武器があるが油断できない。少なくとも高野も知っているこの付近に留まるのは
危険と判断した二人は、このエリアから離れることを即決した。
播磨がこちらには向かっていないことを確認した後、リアカーを使い離脱の準備を計る。
「ノートパソコンは壊れないように、雪野さんが持ってください。あとこの銃も」
「……うん。でもバッテリーを入れると重そう……」
この場にある荷物全てを運ぶことはできない。全て積載できたとしても、それだけの力は残っていない。
リアカーにあった日用品はこの場に捨て、日本刀や薙刀、銃器といった明らかに渡してはならない凶器に絞って積み込む。
捨てていく荷物の中にはスコップや鉄パイプ等の鈍器があり危険だが、それらを隠す余力も当然ない。
不安ではあるが刃物と比較すれば仕方のないことに思えた。
地図の道なりに進んだのではすぐ見つかってしまうため、二人は視界を遮ってくれる障害物が多いであろう南の森を目指す。
「一条さん、どうしたんですか。もっと早く」
「は、はい、ごめんなさい。でも道がでこぼこしてて……薙刀の先がひっかかって」
雪野の足は不安に押されいつものそれより早い。しかしリアカーを引く一条は思うように進めなかった。
急がなくては、と試みているがいびつな地面がバランスを危ういものにして、暗い視界が辺りの様子をはっきり認識させない。
そして疲弊し注意力の落ちた一条では望むべく結果が得られるはずもなかった。
薙刀か何かがぶつかったのか、時折上から木の葉が舞い落ちる。
リアカーを雪野に支えてもらえば多少改善するだろうが、彼女の手は閉じたノートパソコンとバッテリーが占めている。
パソコンと接続したまま両方ともリュックにしまい込むのは危険であるし、配線を絶った場合元に戻せるかわからない。
そもそも二人のリュックには大量の食料が詰まっているのだ。
「このあたりでいいんじゃないですか?」
やがて、雪野がしびれをきらす。歩き続けて約一時間。今自分達がどこにいるかもはっきりとしない。
その上速度は並以下と時間と体力の無駄にしか思えない有様だった。腕の疲れも大分溜まっている。
もはや何も喋ることなく、ただ無心にリアカーをひっぱっていた一条は雪野より早くその場に座り込んでいた。
周囲に軽く注意をやるが、少なくともどこからか丸見えということはない。視線を上にやっても星は葉々に閉ざされている。
森の濃密な闇が二人を歓迎している気がいた。
「ここ、どこ……」
肩で荒い息をしながらこれからのことを考える。逃げることはできただろうか?
明かりが漏れることは気になるが、使わないわけにもいかない。藪や雑草などで少しでも光が遮られる位置を探して、
雪野は持っていたノートパソコンとバッテリーを地面に降ろし、スイッチを入れた。
ペットボトルを一本空にしていた一条もそれを注視する。
「高野さんと播磨さんが合流してる……!」
「やっぱり……あの人、順子を守れなかっただけじゃなく人殺しに引き込まれたんだ……」
ノートパソコンで確認した地図には想像通りの結果が記されていた。
自分達のいるF-03とはE-03を挟んでいるため、すぐさま取り乱すようなことにはならない。
結果、二人の播磨と高野への憎悪や不信感だけが高まっていく。
続いてメールの着信があったことを一条が思い出しその確認を行う。
『ごめんなさい、意味が分からない。一体どうなっているの?』
「!っ……この人は!」
予想していた内容ではあったが、かといって納得できるものでもない。
こちらが危機的状況に見舞われていることをもう少し理解して欲しかった。
高野が騙していたことは前のメールで伝わっているはずなのに。
のんきすぎる相手に対し、雪野は今度こそ理解できるように乱暴に文字を打ち込む。
『雪野です。放送と機能はさっきのとおり。こちらについてわかってないようなのでもう一度。
高野が順子を殺して烏丸が岡君を殺して一条さんが烏丸と西本君を殺した。高野は嘘がばれて逃げた。
私を騙して、銃を隠し持っていたくせに。状況は更に悪化して、今度は高野が播磨を騙した。二人の合流も確認。
二人は皆殺しにしようと動いている。私達は逃げた。一条さんもいるけど、とても不安。
他の人達にそうしたみたいに、早くこの二人を片付けて』
延々と打ち込まれる文字を一条は不安げに見ていた。親友の砺波は別として、高野や烏丸まで呼び捨てなのだ。
その意味を推測し、『一条』と自分の名前がタイプされたところで手が止まったのを見て、彼女の緊張は一段と高まった。
そして雪野は何かしら考えたそぶりを見せた後、『さん』を付け足す。
よかった。自分は許されている。その証拠に播磨はそのままだ。
そう思うことで一条は罪の意識から逃れ、正当性を高めていく。
メールの後半部分はやや思い込みが過ぎる気もしたが、今の安堵の前にはどうでもいいことだった。
「これでまたはぐらかされるようじゃ、この人も本当は望んで殺しをしてると思ったほうがいいですね」
メールを送信すると同時に雪野が断言する。一条はそれは困ることだが否定するつもりはなかった。
今は八雲を守ってもらう必要があるが、沢近が罰せられるべき人殺しであることは変わらない。
そんな人間をフォローするより、自身のほうが気になっていた。
心も体力も限界を迎えている。今日も幾度か休憩したが、疲労のほうがはるかに大きい。
今もなお播磨と高野の脅威に晒されてそのストレスは確実に体を蝕んでいる。
「雪野さん。移動したし、ノートパソコンがあるから高野さん達が近づいてもわかります。
だから一人は眠ったらどうかなって思うんですが」
「……こんな状況で?私はいいです。一条さんどうぞ。何かあったら起こしますから」
どこか棘が感じられる態度ではあったが、それよりも休息をとれる喜びがはるかに勝る。
一条は雪野に礼を言って、少しでも柔らかそうな草地に身を横たわらせた。
耐えていた目の奥がずんと重くなる感覚をそのままに受け入れ、意識を飛ばす。
もう一度今鳥や嵯峨野に会えることを祈りながら。
肌に触れる空気が一気に冷たさを増した気がした。かいた汗が肌を冷やすせいか体が震える。
定期的にノートパソコンを開き地図をチェックする以外、することがない。
そのため自然と思考は一人の人物に向かう。もう顔も見ることができない砺波順子に。
同じ見張りでも昨日の夜は楽しくお喋りしていればよかったことが、なおさら雪野を感慨に浸らせていた。
(順子、どうして死んじゃったの?傍にいてよ。ここはとても怖くてすごく寒いよ)
自らを抱擁し体を撫でる。掌、肘、肩……人殺しでもない、嘘吐きでもない心を許せる誰かに支えて欲しい。
両手が鎖骨のあたりをとおりすぎ、やがて首まわりの冷たいそれに触れる。その存在に手が凍りついた。
(嫌……なんでこんなものがあるの)
そのせいで恐怖に怯え、クラスメイトは狂い、結果として親友は死んだ。
しかも首から上を吹き飛ばされ顔の判別すらつかないという状態で。
改めて高野への憎悪がつのる。今度会ったら何をするかわからない自信すらあった。
手元にある、高野が落としていった銃を使うかもしれない。
だが死の輪から手を離した時、積もった感情は一瞬だけ別の考えにかき消される。
(?……順子の首輪はどうなったんだろう。顔がなくなっちゃったから……あれ?)
【午後:20〜22時】
【一条かれん】
【現在地:F-03北部】
[状態]:睡眠中。疲労大、極度の精神不安定状態。人殺し、教師達に憎悪。
[道具]:支給品一式(食料5、水1)、東郷のメモ
[行動方針]:1.寝る 2.高野、播磨を警戒。 3.人殺しを罰する。 4.教師達も罰する。
[最終方針]:生きる。何があったとしても。
[備考]:自分なりの正義の下に動く。
【雪野美奈】
【現在地:F-03北部】
[状態]:疲労、極度の精神不安定状態。高野への依存と憎悪が入り乱れる。播磨に怒り。
[道具]:支給品一式(食料6、水1)、シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発)
雑誌(週刊少年ジンガマ)、パソコン(フラッシュメモリ、バッテリー付き)
[行動方針] :放送、接近等何か変化があるまで様子見。誰かが近づいてきたら一条を起こす
【共通:盗聴器に気付いています。】
※薙刀、日本刀、ドラグノフ狙撃銃/弾数9発、ショットガン(スパス15)/弾数:4発、工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり) はリアカーにあります。
リアカーは一条・雪野の傍にあります。
リアカーにあった雑貨品(スコップ、バケツ、その他使えそうな物)とブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。脳震盪と嗅覚破壊のダブルパンチ)
はE-03南部に放置してあります。
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