闇夜の出撃
タガが外れた管理室では、相変わらず一部教師達の高笑いが響いていた。
笹倉が送信したメッセージの戻りを待つ間、
一日目からの沈黙を巻き返すかのように話し合いが続く。
「わざわざワシらが出向かなくても、放送で脅すとか方法はあるんじゃないですかのう」
「ハハハハハ!郡山先生、そんな不確かな手は使えませんよ」
郡山と比較的話しやすかったはずの加藤がきっぱりと否定した。
反対するのは結構だがいちいち付け足される笑い声は余計だと何人かが苛立ちを覚える。
「塚本八雲の首輪を爆発させちゃえばいいんじゃないですか?」
「……姉ヶ崎先生、残り人数も少ないですからあまり過激な手を使っては」
底抜けに明るい声に対し、刑部はいつもの静けさを持ってたしなめたつもりだった。
そうでした、アナタの賭けの対象でしたねと煽るような返事を最後に姉ヶ崎は口を閉ざす。
その露骨な態度に精神を削られたのか刑部の拳が震えていた。
もはや対面すら取り繕うとしない、いつ炸裂するかわからない不発弾のような雰囲気が管理室を支配する。
「……我々がいくら言っても意味はありません。おとなしく」
ピーー!
これまでのように谷の発言で締めくくりを迎えようとしていた場面に機械音が飛び入る。
発信源は笹倉のパソコンであり、本人がいち早く反応していた。
「どれどれ…………ふうん」
距離があるため詳細までは読めないが、これまでの主催側からのメッセージとは
比較にならない長さなのは明らかだった。笹倉が一人読みふけり、何やらぶつぶつと呟いている。
指令内容の保存もプリントアウトもすることなく、彼女はそれを閉じて破棄した。
「皆さん、例の件について指示が出ました。簡単に説明しますね」
ホワイトボードの前に立ち、黒の油性ペンを片手に笹倉は一気にそれを走らせた。
『ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取又は破壊を目的とする場合に限り外出許可。
ただし放送盗聴等ゲームの運営に支障の無いように。
人員が決まったら要報告。ノートパソコンの探知機能からの一時解放。
単独行動は禁止。兵隊達に協力を求めることも禁止。
ゲームの趣旨を守るため、参加者の生命維持に関わるような行為は極力避けること。
旧体育館倉庫A棟使用許可。フラッシュメモリはそのまま持ち帰るのが望ましい』
「フ、ハハハ、ずいぶん生徒達にお優しいことです」
「なんじゃい一体何のための軍人じゃい!」
「何かあったんでしょうかね」
思い思いのことを口々にするその様は、授業中でも平気で騒ぎ出す子供達のそれと大差なかった。
そういうことですので、と笹倉がてきぱきと話を進める。すなわち--誰が行くか。
「これはチャンスです。誰か立候補はいませんか?推薦でもいいですよ?」
保身を考える者が手柄をたてることも、自らの潔白を証明することも。
生徒達への協力者が証拠隠滅を図ることも工作することもできるあらゆる意味での好機。
だが魅惑の果実を守るのは殺人をも厭わない獣と化した生徒達。
教師達は戸惑いながら、互いの顔や表情を伺う。
「ハリオに会いたいけれど、私は次の放送がありますからね〜加藤先生、郡山先生元気なようですし
どうですか?こういうとき頼れるのが男の人ですよね?」
「は!?ちょ、ちょっと待」
人数が減った今、盗聴や放送は四人もいれば事足りる。単独行動が禁止となれば、選出される数は二人。
「気が合いますね姉ヶ崎先生。私と笹倉先生、谷先生も睡眠不足で疲れています。妥当な判断かと」
先程の緊迫した空気などなかったかのように刑部が相槌を打つ。それが決定的だった。
これもまた好機と見たのか更に谷、笹倉もそれに賛同する。
二人の男性教師はあっという間に包囲網に捕らえられた。
* * * * * *
「今隊長さんと話をしてきました。倉庫を開けてくれるそうです。さあ行きましょう」
未だに納得できない表情で加藤と郡山は笹倉を睨むが、当たり前のように受け流されてしまう。
背後からの三人が銃器をいじっているらしい音と、扉の傍でこちらを睨んでいる
胸の星がひとつ多い兵士のプレッシャーに耐え切れず、二人は観念し足を動かす。
これは裁きなのだろうか?加藤と郡山の喉がゴクリと鳴った。
沈黙が戻った管理室で、残された三人は黙々と作業を続ける。
そろそろ彼女が戻ってきてもいい頃だろうか?そうしたら主催らに連絡を、と
刑部が考えていた矢先。約一日ぶりに、室内に設けられていた電話から呼び出しがかかった。
まさか、と沢近愛理の盗聴をしていた姉ヶ崎が特にいぶかしげな視線をそれに向ける。
「誰だ……!よ……笹倉先生?は?それは一体……待ちたまえ、説明を」
倉庫から連絡してきたのだろう。何やら刑部はぶつぶつ言うと、あとは頼みますと告げて
そのまま管理室を後にする。残された二人は顔を見合わせるが、
分かるのは互いが何が何やらわからないことのみ。
やがて安堵の表情で戻ってきた郡山と加藤を見て、二人は更なる疑問に見舞われることとなる。
外の空気はやや肌寒かった。新鮮であったし冷静な思考も取り戻させたが
身を切る冷たさは耐え難い。それが内心の苛立ちを加速させる。
倉庫前に兵士達と立っている同僚兼友人の姿を確認し、私生活の口調で問い詰めた。
「どういうことだ、葉子。何故私を呼んだ。ゴリ山と加藤はどうした?」
「まあこれを見てから言ってください。オープンザドアー!」
倉庫の壁に備え付けられた数字キーが順番に押され、ダイオードの光が赤から緑に切り替わる。
するとどこからかモーターの回転音がしてギシギシと重そうな鉄の扉が上がっていった。
ハンガー内から漏れる光が二人を照らす。中は何かの整備工場のようにも見えたが、
その中にあった一際目立つ、砂漠色の軍用車には否応なしに関心を注がれた。
「ジープ……というか軽装甲車か?……まさかこれで」
「これを見た瞬間ひらめいたんです。深夜ドライブと行きませんか?」
そのためだけに加藤と郡山を帰らせ、自分をわざわざ呼び出したらしい。
刑部は親友の正気を疑った。緊張のあまり気がふれたのかと本気で心配する。
矢神に帰れればいくらでもできるのだ。
こんな無骨な車で妥協しなくても、燃え立つNSXが待っているはずである。
心配をよそに、笹倉はキーを手にして車に飛び込む。すぐにエンジンがかかり、車体を揺るがす。
強化ガラス越しに手招きする彼女と、倉庫番らしき兵士達。
刑部は今度は自分が逃れられない立場にいると自覚した。
「……やれやれ。で、このまま行くつもりなのかい?」
運転席の開いた窓から確認する。手持ちの銃器だけでは遂行するには難しい任務だ。
やるならば工場内にあるもので充分装備を固める必要があるだろう。
「ああ大丈夫です。兵士さんが必要なものは用意してくれました。色々後ろに積んであります。
対弾対刃繊維のセキュリティウェアとか暗視スコープ。制圧用に威嚇弾とか……あ!
モデルガンもありましたよ!絃子さんはそっちのほうがいいですか?」
微に入り細にわたり、用意周到なことだと刑部は感心せざるを得なかった。
兵士と言えば、あれだけ大勢いたはずの彼らの数が明らかに減っていたことを思い出す。
校舎に残っている兵士は警備レベルの高い管理室側ですら十名前後。
煙のように消えてしまっていた。
(可能性としては外か?何かが起きているのか?……それともこれから?)
居眠り運転だけはやめてくれよと忠告を交えながら助手席に乗り込む。
備え付けのカーナビに目をやると、島の地図に印があった。これにも首輪の探知機能があるらしい。
「ところで今更だが……フラッシュメモリなんてアテになるのかね」
「へえ……その心は?」
「主催者らも我々も高野君も、この島の大勢がまんまと踊らされてるわけだがそれがフェイクじゃないかと思ってね。
別に中身がからっぽでもパスワードが首輪の番号と全然関係なくてもいいんだよ。
私達ならいざしらず、生徒達には全員の首輪を調べるなんて実質不可能だ」
しかし何らかの手段で--今回は密告だったわけだが、それを知れば自分達も動かざるを得ない。
管理側の人間を舞台に引きずり出すことそのものが目的だったとしたら?刑部はそう続けた。
ちらりと隣の人物を伺うが、いつの間にやら外に向けられた顔と垂れた髪、そしてリボンがそれを隠す。
「メリットはそうだね、単なる破滅主義者とか。……真面目なところでは時間稼ぎや
管理体制の脆弱化か。何より動きを見せれば尻尾もつかみやすくなる。微細な事だが重要だよ」
「あははーなるほど。いやらしいイタズラですね。……絃子さんが好きそうな手です」
「むしろ誰かさんの得意分野じゃないかと思うがね」
若干の皮肉にも動じないまま、二人のどこか乾いた声がエンジン音にまぎれて響く。
やがて彼女のアクセルに添えた足に力がこもった。
メタリックボディの塊が一際大きな爆音を鳴らし、ゆっくりと動き出す。
「ああそうだ。ドライブを長く楽しむ意味もこめて、南回りで行ってくれないか?
灯台か診療所かあのあたりに色々武器が落ちてる。拾っていこう」
余計なお世話では、と口にしそうになる笹倉だったがその前に言葉の意図に気付く。
「……そうですね。ただメモリかパソコンを奪うだけじゃ面白くないですから。
何か一つくらい、『置き土産』があってもいいですね」
ゲームの円滑な運営のために、一切の努力を惜しまないこと
主催者から通達されていた文章の一部が脳裏をよぎる。
希望を絶たれた生徒達に、優しくそっと終わらせるための道具を渡してやる。
それが自らに向けられる可能性をあえて排除して、笹倉は親友の考えに賛同した。
「早く矢神に帰れるよう頑張って、いつもの生活に戻るとしましょう」
「そうだね。あの暮らしが懐かしいよ」
もう戻らないあの頃が。記憶の中の存在となった彼らの笑顔が。何もかもが懐かしかった。
感慨にふけるほど、獣の檻に飛び込むことへの恐れが薄れていく。
何故なら、それより辛いことがあるのだから。
--待っているのは、空っぽの教室だけだから
【午後21〜22時】
【姉ヶ崎妙】
【現在位置:D-06】
[状態]:精神的疲労
[道具]:自動式拳銃(H&K USP)/弾数 16発、9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジン1つ
[行動方針]:不明
[備考]:なし
【加藤】
【現在位置:D-06】
[状態]:精神的疲労
[道具]:小型短機関銃(イングラムM10)/弾数 30発、.45ACP弾30発入りマガジン2つ
[行動方針]:生き残りたい
[備考]:なし
【郡山】
【現在位置:D-06】
[状態]:健康
[道具]:アサルトライフル(AK-47)/弾数 27発
[行動方針]:不明
[備考]:なし
【谷速人】
【現在位置:D-06】
[状態]:多少の睡眠不足
[道具]:P90(サブマシンガン)/弾数 50発、5.7x28mm弾50発入りマガジン1つ
[行動方針]:不明
[備考]:なし
【笹倉葉子】
【現在位置:D-06】
[状態]:多少の睡眠不足
[道具]:リボルバー(S&W M686Plus)/弾数 6発、.357マグナム弾20発
[行動方針]:南回りに移動。ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊
[備考]:軍用車を運転
【刑部絃子】
【現在位置:D-06】
[状態]:多少の睡眠不足
[道具]:自動式拳銃(ワルサーP99)/弾数 16発、9mmパラベラム弾15発入りダブルカラムマガジン1つ
[行動方針]:南回りに移動。ノートパソコンかフラッシュメモリの奪取/破壊
[備考]:なし
軍用車には、二人分の様々な荷物があります。
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