クラスの男子は馬鹿ばかり






待望の連絡が来たのは教師達に語り終えて間もなくだった。
装着していたインカムから播磨の声が聞こえた途端、高野は緊張して耳に神経を集中する。

『……誰か聞いてんのか?俺だ、播磨拳児だ。聞いてんなら返事をくれ!』

昼過ぎにホテル跡近くで別れてから数時間ぶりに聞く声。
声の調子からいって元気そうである事に駒としての利用を考えていた高野は安心する。
同時に、今まで何をしていたのかと問い詰めたくもあったが辛うじて堪えた。
これ以上の失敗は許されない。
うまく言いくるめる為には言葉を選ぶ必要があった。
だからこそ「今まで心配してました」と聞こえるような声を作って返事をする。

「こちら高野、播磨君ちゃんと聞こえてるわよ」
『……おう高野か?俺は無事だ、そっちは今何処に居る?』

何故か名乗ってから返事が来るまで一瞬だがタイムラグがあった。
それが僅かに高野の警戒心を刺激したものの気にする事無く会話を続行する。

「遅かったじゃないの、あまり女の子を待たせるものじゃないわ」
『悪りぃ悪りぃ、今まで通信するのを忘れていた』

---忘れてたですって!?

その言葉に高野は苛立つ。
通信を待つ間、自分が感じた恐怖や焦りを思い出して怒りが込み上げた。
落ち着け、と自分に言い聞かせて高ぶった感情を落ち着かせる。

「いかにも播磨君らしいわね、こっちは大変だったのよ」

平静に、と思ったが最後の方は声が強くなってしまった。
そう、本当に大変だったのだ。
再び謝る声の後、今度は播磨の問い質す声がインカムから発せられる。

『さっき西達の死体を見ちまった。一体何があったんだ、話を聞かせてくれ!』

どうやら播磨は既にE-03にまで移動しているらしい。
とりあえず山中に取り残されているのではない事には安心する。
何せ、これから自分の駒として動いてもらわねば困るのだから。



「播磨君、正直私は怒ってるわ。私達はあの後西本君と一条さんと合流して烏丸君と向かい合ったのよ」
『一条?お嬢の間違いじゃないのか?』
「違うわ、一条さんという別の女子、愛理は別行動をとって南の方に向かったそうなの」

その理由であるフラッシュメモリと首輪番号についてはあえて言及しなかった。
どうせそんなものはすぐに役に立たなくなるのだ。

「とにかく、私達は西本君と協力して烏丸君を討とうとした。西本君達が足止めして私が狙撃する役目だったわ」
『……続けてくれ』

高野は一旦言葉を切って軽く深呼吸する。
肝心なのはここからなのだ。
インカムの向こうでは播磨が続きを促していた。

「結論から言えば失敗した。私が撃った弾は砺波さんを殺してしまった」

高野の告白に播磨が息を呑む。
姿は見えなくともその様子が十分に分かった。
一呼吸の後で高野は続きを口にする。

「それで激昂した烏丸君は岡君を殺し、西本君に襲い掛かったの。その時思わぬ事が起きたわ」
『なっ!!』

驚く播磨に対して高野は尚も言葉を続けた。

「西本君の後ろに居た一条さん、彼女がショットガンで西本君ごと烏丸君を射殺した。これがあの場所で起こった事よ」
『一条が!?アイツがそんな事をしたのか?』
「本人は恐怖に駆られて撃ってしまったと弁解していたけど、撃った後の様子からして普通じゃなかったわ」

誤射とすれば動揺するのが当然だ。
しかし彼女は表面上落ち着いているように振舞っていた。
そう、まるで自分が正しい事をしたかのように。
自分の感じた事、と前置きして播磨にもその事を伝える。
するとインカムからは動揺した声で播磨が聞き返してきた。

『ちょっと待て、ひょっとして一条は今近くに居ないのか?』

どうやら今までの言葉から違和感を感じたらしい。


「ええ、今は私一人しか居ないわ。砺波さんを殺してしまった事、それに隠していた銃が二人に見つかって逃げ出したのよ」
『銃か、前会った時は言ってなかったよな?』
「ごめんなさい、内緒にしていたらどうしても言い出せなくなっちゃって……」

決して悪気は無かった、そう訴えるような声を出す。
さて、播磨はどう反応する?
自分を警戒するか、それとも信じようとするか。
反応を探るべく神経を耳に集中して返事を待つ。
やがて発せられた声は追及では無かった。

『……つまり、そのせいで一緒に居れらなくなったって事か?』
「そう、あのまま一緒に居たらきっと殺されていたわ」

これは一種の賭けだった。
パソコンに通信機能がある以上、今頃は愛理だけではなくE-03の生き残りにも一条達から情報が伝えられているかもしれないのだ。
この場で播磨相手に砺波への誤射や拳銃を隠し持っていた事を繕えたとしても、やがて情報の食い違いから不信感を持たれる可能性は無視できない。
また、播磨は一条達と同様砺波の説得を聞いているかもしれない。
むしろ先手を打ってこちらから事実を伝え、非を認めた上で播磨の信を得るのが上策だと判断したのだ。
それに播磨は殺人の肯定している。
愛理や西本と一緒になって既にハリーを殺している。
そんな彼ならば過失で人を殺してしまった自分を責めづらいという計算も入れての告白だった。

互いの距離で離れている今しかそれは出来ない。
播磨が自分を敵とみなせば更なる危機に陥ってしまう。
とりあえず第一の賭けには勝てたようだ。
インカムから発せられた播磨の声は罵倒でも非難でも無く、合流を求めるものだった。

『わかったぜ、とにかく一度会えないか?』

自分は受け入れられた、そう思って高野はホッと安心した。
声の調子からして自分を油断させようとする演技は考えにくかった。
播磨にそんな事が出来るはずがない。

まだ危険がゼロになった訳では無いが合流するのは悪くないと高野は結論づける。
丸腰同然の自分には播磨の装備が必要だ。
それにこの動きはパソコンによっても把握されてるに違いない。
ならそれを逆手に取ろうと考える。
こうして自分達が接触すれば一条達にとっても播磨は敵と疑わざるを得ないだろう。



「こちらもそれは望むところよ、今D-03だから北の方に行けば私が居るわ」

ここでようやく高野は自分の居場所を播磨に伝える。
少々疑問は残ったがはっきりとした敵意は感じなかったからだ。
わかった、という声と共にインカムの音声が途切れる。
播磨の方もこれ以上の話は直接出会って話したいという事なのだろう。

緊張が解け、体から力が抜ける。
喉の渇きを実感したが水の手持ちが無いのがもどかしかった。
用心の為、道脇の茂みに隠れて播磨を待つ事にする。
時計を見るとパソコンの更新タイミングが迫っていたが合流まではここに居ようと決めた。

草の上に座りながら今が冬で良かったと思う。
夏ならばきっと藪蚊など虫に悩まされていただろう。
じっと動かないでいると自然といろんな事を考えてしまう。
そう、例えば今の自分について。

まさか自分が男、しかも播磨が来るのを真剣に待つ日が来ようとは夢にも思っていなかった。
普段ならそれは愛理か八雲の役目、そして私は横から見てからかうのがいつもの光景。
ほんの数日前だというのに今はずっと昔の出来事に思えた。
修学旅行で大騒ぎした事、愛理や天満達と一緒に眠った事もはっきりと思い出せる。
私には解っている、二度と戻らない事を理解してるからこそ遠くに感じるのだと。
だからこそ忘れてはいけない、その為に私は勝ち残る。
それが私の生きる目的なのだから。

播磨はまだ来る気配が無い、ふと顔を上げると見事な星空に浮かぶ月が見えた。
人が死んだら星になる、なんて話を信じてる訳ではないが何故か天満の笑顔を思い出した。

---天満、貴方はこの島でも笑っていたの? <

そんなはずが無い、と思いながらも心の中で問い掛ける。
見ていて飽きなかった親友が殺し合いで何か出来たとは思えない。
烏丸や愛理に美琴、そして自分とも会う事ができないまま誰かに殺されたのは確かなのだ。
きっと泣きながら死んでいったのかもしれない。

案の定、問い掛けても月は何も答えを返さない。
ただ降り注ぐ光が自分を照らすだけ。
ならそれでいい、空の上から私の戦いを見てくれれば十分だ。



---私が貴方の分まで生きてあげる

そして高野はまだ生きている親友の事を思い浮かべた。
出来る事なら自分の手で天満や美琴の所へと送りたい。
そう考えていると闇の彼方から足音が聞こえて来た。
誰かが近付いてくる。
すぐさま思考を中断して息を潜めた。

播磨か、それとも一条や雪野なのか。
確認しないうちには安易に姿を見せる訳にはいかない。
じっとしていると自分を呼ぶ声が遠くから投げかけられた。
間も無く、月明かりによって大柄なシルエットが道路上に映し出される。
待ち人の出現に高野は軽く安堵した。

やって来たのは播磨一人だった。
しかし高野は尚も無言のままその場を動かない。
播磨は本当に安全な存在なのか慎重に見極めようと思っていた。
表情が見えるには距離が遠いが高野は播磨の走る姿にとある変化を感じた。

放送の前に見た時は播磨はどこか急いでいた。
死んだ天満の影を追いかけているような焦りが確かにあったはず。
それが今はしっかりした足取りで落ち着いたように見える。
心境に何か変化でもあったのか。
距離が縮まるにつれ播磨の表情もおぼろげながら見えてくる。
闇夜に対応するためなのか、トレードマークのサングラスを外していた。

殺気立ってはいない、疲れはあるようだが深い絶望や悲しみに沈んではいないようだ。
探し人を求めて周囲を見渡しては時折高野の名を読んでいる。
その声にはしっかりとした意思が感じられた。

---天満の死を乗り越えたの?

少なくとも自分への害意は感じられない。
だから高野は姿を現す事にする。
目の前を通り過ぎた播磨に背後から声を掛けた。

「ここに居るわよ、播磨君」

予期せぬ場所から声を掛けられて播磨は驚いたように振り返った。
高野も敵意が無い事を示すように手を上げてゆっくりと姿を見せる。


「脅かすなよ高野、気付いていたならもっと早く出てこいってんだ」
「悪いと思ってるわ、でも少しぐらい用心してもいいでしょう?」

播磨は警戒する素振りを一瞬見せたものの直ぐに近付いて来た。
互いに戦う気は無い事を認めるとようやく二人は腰を落ち着けた。


       ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※


「さっきも言った様に私は逃げ出してきたから荷物が無いの、せめて水を分けてくれる?」

合流した高野と播磨はひとまずはこの場を動かない事を決めた。
播磨は体を休める必要が有り、高野は高野で播磨の信頼をより高めたいと思っていた。
まず高野が欲したのは水だった。
播磨が差し出したそれに口を付けながら高野は話題を振る。

「播磨君、これからの事だけど何か考えはあるの?」

一応聞いてみる。
彼が復讐に拘るのならばそれを利用するのも悪くない。
播磨はデニッシュパンを齧りながら返答した。

「わからねえよ、とりあえずは吉田の野郎を探すつもりだ」
「吉田って吉田山君?何言ってるの、彼はとっくに死んでいるわ」

一体何を言っているのか、高野は思わず播磨の正気を疑った。
いや、単に放送を聞き逃しただけかもしれない。
播磨はその言葉を聞いて驚いた。

「死んだ?アイツが?冗談はよせ、名前は呼ばれてねえじゃないか」
「あのトンガリ頭は吉田じゃなくて吉田山君、最初の放送でしっかりと呼ばれたわ」

騒ぐ播磨を高野は強い調子で言い聞かせる。
今は正確な状況を理解してくれないと駒としても使い出が悪すぎる。


「よしだ……やま、そうかアイツそんな名前だったのか……」

なかなか信じようとしなかった播磨だが説得を繰り返すうちにやっとその死を受け入れたようだ。
播磨の他者に対する関心の薄さは知っているが、この状況でのトンチンカンな遣り取りは神経に障る。
クラス全員とは言わないまでも普段接する事の多い人のフルネームぐらいは知っていなさい、と思う。
いきなりこんな事でこの先うまくやっていけるのか、高野は溜息を吐きたくなる。

「どいつもこいつも死にやがって……」

播磨はやり切れない思いを口にした。
高野はこの場で落ち込んでもらっては困ると思ったが既に天満の死を乗り越えたらしい播磨はすぐ顔を上げる。

「しょうがねえな、じゃあ他に生き残っている男子は居るか?」
「男子で生き残っているのは播磨君の他は奈良君だけよ」
「奈良、ああアイツなら知ってるぜ。じゃあ奈良を探して……」
「それは無理ね、パソコンで確認したけどまだ生きているとしてもここから離れ過ぎてるわ」
「じゃあどうすんだよ!」

意見をことごとく却下されて播磨は苛立った声を出す。
高野は自分に話が振られるのを待っていた、早速決めていた答えを提案する

「暫くは二人で行動するしかないわね、まずは一条さん達にどう対処するか。でなければ南に行けないわ」
「お前と一緒かよ……、まあ仕方ねえな」

高野は暫くこの場に留まるつもりだった。
それ程期待はしてないがパソコンが時間が経てば使用不能になってくれるかもしれない。
せめて二時間程は様子を見たい。

「それよりちょっといいか?」
「何、播磨君」
「烏丸の事だ」

播磨が切り出した話題、それは高野が何時聞かれるのかと覚悟していた事だ。
銃を隠し持っていた事を告白した時から予測していた質問、もちろん答えも用意している。
果たして播磨はどこまで知っているのか、高野はそれを見極めようと言葉を待った。

「率直に聞くぜ、大塚を殺した本当の犯人はお前だろ?」

ストレートすぎる質問を播磨は口にした。
心なしかその場の空気は一層冷えたように高野は感じられた。




       ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※


違うわ、と言いかけた高野に播磨はメモを突きつけた。
播磨は目で読んでみろ、と言っていた。
その有無を言わせぬ迫力に押され、高野はゆっくりとメモを受け取る。
月光に照らすとびっしりと文字が書き込まれているのが高野にわかった。
かなり急いで書かれたものなのだろう、所々で文字が乱れている。

それは既に死んでしまった者が遺した遺書だった。
最初の部分は気を失っていたらしい播磨が目が覚めた時の対処方法、
今となっては意味の無い部分だが最大限播磨の安全を気遣った丁寧な文章は書いた人間をよく表していた。
そして次、恐らくここからが彼女が本当に伝えたかった部分だろう。
メモに目を落とす高野を播磨は無言で見詰めていた。


播磨君、これを読んでいる時まだ烏丸君の事を怒っているのでしょうか?
烏丸君は確かに塚本さんの事を守れなかったかもしれません。
でも播磨君は間違っています。
烏丸君は何もしていなかった訳じゃありません。
私、砺波順子は烏丸君に命を助けられました。
播磨君にはどうしてもその事を知っておいて欲しいんです。

まず言っておきます。
舞ちゃんを殺したのは烏丸君じゃなく高野さんです、播磨君は騙されているんです。
高野さんの目的は優勝する事、その為に烏丸君は罪を着せられたんです。


ここまで読んで高野はチラリと播磨の様子を伺った。
一体何を考えているのか、自分をどうするつもりなのか。
しかし播磨は何も語らず続きを読むよう促した。



高野さんとは観音堂で出会いました。
友達の美奈が高野さんを信じて、私も一緒に信じました。
今まで高野さんはクラスの為に努力してくれた、だから疑いませんでした。
烏丸君と会ったのもその時です、最初はちょっと緊張したけど烏丸君も私を信じてくれました。
舞ちゃんが殺されたのはその後です。
血塗れで倒れた舞ちゃんの側には高野さんと烏丸君が立ってました。
そして突然目の前が暗くなって気が付くと私は海に居ました。

運んでくれたのは烏丸君です。
あのまま居たら高野さんに利用されるだけだと烏丸君は言いました。
私は烏丸君を信じました。
だって烏丸君が犯人なら私は生きていないはずです。
人質にされた訳でもありません、判断は私に任せてくれました。
それからの私達は播磨君に出会うまで多くの事をお話しました。

どうしてもっと早く烏丸君と話さなかったのだろう、それが正直な気持ちです。
烏丸君はとても優しくて、それでいてとても傷付きやすい人なんだとわかりました。
そんな烏丸君が好き好んで人を殺すはずが無い、私を騙すはずが無い。
それは絶対間違いない、はっきりとそう言えます。
だから烏丸君は本当に誰も殺していないんです。

塚本さんの事ですが、きっと烏丸君は播磨君が守ってくれると信じていたのだと思います。
わかっていた、と烏丸君も言ってましたね、だからこそ塚本さんの事は心配してなかったのでしょう。
私の都合の良い考えかもしれません、でも的外れでは無いと思ってます。
だから播磨君、烏丸君を許してあげてください。

播磨君は言ってましたね、塚本さんのために動くって。
好きな人を失った気持ち、私はそれを知りませんがこのまま烏丸君と会えなくなったと思うと苦しくなってしまいます。
考えただけでこんなにも苦しいのですから実際に失った播磨君の気持ちは私には想像もできません。
でも塚本さんは決してそんな事を望んだりしないはずです。
播磨君が好きになった人はみんなが幸せになれる事を望んだんだと思います。

もう一度、高野さんも含めたクラスの皆が笑いあう姿を取り戻したい。
何故かはわかりません、でも塚本さんはきっとそう考えていたはずです。
殺す、殺されるなんかじゃなくて皆で助かる道を最後まで諦めなかったはずです。
だから播磨君、塚本さんの気持ちを考えて欲しい。
それが天国の塚本さんの為に出来る事だと思います。



ここで文章は途切れていた。
読み終えた高野は何か言いかけたが播磨の迫力に負けて声を出せなかった。
代わりに声を出したのは播磨だった。

「言いたい事はわかるぜ、その子も烏丸に騙されていたと言いたいんだろ?」

高野は無言で頷いた。
決してこの内容は認める訳にはいかない。
認めたら終わってしまう、それだけは避けねばならない。

「……だって証拠が無いじゃない」

そう、高野が犯人だという証拠は何処にも無い。
だが播磨は高野が犯人である事を間違いなく確認している。
何故そんなに信じられるのか、高野は疑問の視線を播磨へと向ける。

「言葉でも文字でもねえ、俺は砺波という子そのものを信じたんだ……」

そうして播磨は語りだした。
烏丸とやり合う寸前に砺波が両者を止めた事。
自分には彼女の姿が天満に見えた事を。

「思い出しても烏丸と一緒にいたその女は天満ちゃんに似てなんかいやしねえ、でもあの時は確かに天満ちゃんに見えたんだ」
「……それが、信じる理由?」

辛うじてそれだけ聞くと播磨が黙って頷く。

「何故なのかわからねえ、しかし天満ちゃんに見えたその女が俺にそう伝えてる。俺にはそれで十分だ」
「結局その子はお前に殺されちまったけどな」

高野はその理由に呆れると同時に自分が何を言っても播磨の心は覆せない事を理解した。
しかしまだ疑問はある。
それなら何故自分を警戒しない?
何故誘われるままに姿を現した?

「すると解っていて私に会いに来たという訳なの?」

罪を認めたような発言だがもう気にしてもいられなかった。
播磨の意図は一体何か。
一気に警戒心を高めて距離を取る。
だが播磨は全く動こうとはしなかった。


「もうお前が人殺しだろうがどうだっていいんだよ」

播磨の一挙一動を警戒する高野に向かって吐き捨てる。

「そこにある通り俺は塚本の為に動く、塚本が望んでいた事を実現させる」

言ってから播磨は立ち上がる。
高野と向かい合い、より強い調子で話し掛ける。

「その為にはお前や一条が人殺しだろうと構いやしねえ、一緒にこのクソゲームを潰してやる」
「……そんな事が出来るとでも思ってるの?」
「俺一人じゃ無理だ。でもお前が一緒なら出来るかもしれねえ」

そして播磨は手を差し出す。
だが高野はその手を取ろうとはしなかった。

「だからここは協力しろ。その代わり一条や他の連中から守ってやる」

尚も腕を戻さない播磨に高野は次第に苛立ってきた。

今さらそんな事をして何になる。
あの楽しかった日常は二度と戻らないのだ。

だからといって高野はその提案を拒めない。
今の状況がそれを許さない。
ここは見せかけの握手を交わすべき。
どう考えてもそれが正しい、なのに口から出たのは正反対の言葉だった。

「……無理よ、脱出なんて出来るはずがないわ」
「出来るんじゃねえ、やるんだよ!」

まだ解らないのか、このゲームは学生程度が打ち破れるものではないというのに。

「播磨君は何も知らないからそう言えるのよ」
「じゃあ教えろ!お前は何を知ってんだよ!」

言っても面倒になるだけだ、でも可能性を疑わないこの馬鹿に解らせてやりたい。



「私は前からゲームの存在を知ってたわ!」
「なっ!」

言ってやった。
驚く顔が愉快だった。
だから話した、私の知っている事を。
世界規模で何回も行われているという事実、にも関わらず秘密を漏らさない強大な力の存在。
一介の学生がどうやって逆らうのかと播磨に質問を突き付ける。

「関係ねえ!だからどうだってんだ!」

予想に反して播磨は何も解っていなかった。
相変わらずゲームを潰すだの言っている。
私はますます苛立った。

ならこれはどう?
私は愛理が信じる希望が間も無く消えるだろう事実を明かした。

フラッシュメモリの存在、そして首輪の盗聴機能を使ってそれを教師達に伝えたと言ってやる。

「希望なんて何処にも無いわ、そんなものに縋って本当に馬鹿ね!」

次の瞬間、乾いた音と共に私は頬を張り倒された。

---やった

痛かった、でも怒りに震える播磨を見て高野は勝ったと喜んだ。
これで播磨は絶望する。
馬鹿のそんな姿を笑ってやれるとこの時思った。
でも起こったのはまたしても予想外の事だった。
突然私の腕を掴んで播磨は南へと駆け出した。

「……どういうつもり」

引っ張られるままに足を動かしながら高野は尋ねる。
播磨は間違いなく状況を理解している、なのにその顔には絶望の色は表れない。
これは自棄になった行動でなければ何なのか。

「決まってんだろ!今すぐパソコンがある所に行くぞ!このままそのメモリという奴を使えなくしてたまるかよ!」

やっぱりこいつは馬鹿だ。
既にフラッシュメモリの存在を知られた以上、あらゆる脱出方法は一層警戒されるはずなのに。
しょうがない、とここは素直の播磨後を付いていく事にする。
なら今の状態を最大限利用するしかないと判断して。




一度走ってきた道をまた走って戻りながら高野は思う。

どうしてクラスの男子どもときたらこうなのか。
あの正義馬鹿といい麻生君といい、西本君に冬木君、自分を信じた岡君にこの単純馬鹿。
皆、脱出なんて出来るはずの無い事ばかり考える。
やっぱりうちの男子は馬鹿ばかりだ。



---でも、だからこそ忘れたくない

<
【午後:20〜21時】

【播磨拳児】
【現在地:D-03南部】
[状態]:疲労(精神面は多少持ち直している)。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料4,水2)、インカム親機、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)、
     さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
[行動方針]:生き残りを協力させてゲームを潰す、生き残ってマンガを描き続ける
[備考]:サングラスを外してます。高野を殺人者と認識しています。

【高野晶】
【現在地:D-03南部】
[状態]:少し疲労(精神面は多少持ち直している)。警戒態勢。
[道具]:支給品一式(食料0)、薙刀の鞘袋(蛇入り) 、インカム子機
     雑誌(ヤングジンガマ)、ブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
[行動方針] :とりあえず播磨と行動。
[最終方針] :全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。出来れば教師達にも罰を与えたい。



前話   目次   次話