送受信






なおも止まらぬ涙を拭い続ける雪野の横で、一条はパソコンの電源を入れた。
あれから彼女は何度も雪野を慰めようとしたのだが、結局それが通じる事はなかった。
雪野はただ嫌々と首を振り、そして泣き続ける。
目の前で砺波に死なれ、大勢に死なれ、挙句高野が銃を隠し持っていた。
それだけの出来事が立て続けに起きたとあっては、か弱い彼女ではどうにもならないのだろう。
……しかし何より、一条にはそれなりの慰めの言葉こそかけられど、肝心の雪野の質問には一切答える事ができなかった。
人殺しか、何もせず死ぬか。自分は唯一今鳥のお陰で汚れる事が許されているとはいえ、一条には決して答えられない命題。
一条はそのうち慰める事を諦め……いや、その質問から逃げた。
そして状況の確認をしようと一人呟き、パソコンを起動させたのだった。

砺波救出作戦開始と共に、一旦落としていたパソコンの電源を入れる。
見慣れた起動画面が出た後、殺風景なデスクトップが姿を現し……次に、妙な機械音が鳴り響いた。
画面には数字が浮かび、一つずつ減っていく。どうやらカウントダウンらしい。
「……追加機能?」
西本から聞いていた、放送ごとに追加されるというパソコンの新機能追加が始まったのだと一条は気付く。
いつしか一条の横には目を赤くした雪野が並んでいた。画面の青白い光が、暗がりの二人の少女を怪しく照らし出す。

『こんばんわー! これから二度目の夜だけど、みんな頑張ってる?』

そして、これも西本から聞いていた通り、姉ヶ崎が映るムービーが始まった。……格好は、普段の白衣だが。
とはいえ、いつも通りの笑顔をこの状況で振り撒く姉ヶ崎に、一条が好感を抱く筈も無かった。
機能追加等の具合を説明していく画面上の姉ヶ崎に、蔑みと怒りに満ちた睨みをぶつける。

『今回はお洋服はシンプルだけど、追加機能はすごいよ!
 ジャーン! なんと、今パソコンにある地図で、どこに誰がいるのかが名前付きで分かるようになりました!
 今まではただ点があるだけだったけど、これからはどこに誰がいるかが一目瞭然だよ!
 これなら、大好きなあの子がどこにいるかもすぐに分かるね!
 あの子が他の子に殺されちゃわないうちに、自分の手で……なーんて事も全然OK!
 じゃあみんな、6時間後にまた会おうね! それまでに大好きなあの子を殺せる事を祈ってるね!』

「ふざけないで!」
姉ヶ崎が消えると同時、響き渡った雪野の叫び。一条はそれを慌てて抑えたが、内心では雪野と同じ気持ちだった。
終始笑顔を浮かべ、それであれだけの事を平気で言った姉ヶ崎に対し、一条とて怒らない筈がないのだ。
まして"大好きなあの子"と言われた時、一条の頭の中には彼が……今鳥恭介の笑顔が過ぎってしまっていた。
彼女にとってはもはや最後の支えである彼を思い浮かべたとあっては……
「……そう言えば、学校にあるこの点って、先生達ですよね?」
地図画面を開き、一条は真っ先に学校があるD-06を睨む。そこには種田と塀内の名が添えられた点の他に、6つの点があった。
これまで誰もそれについて口に出さなかったが、内心では分かっていた事だ。
何せ自分達をこんな目にあわせた教師達の数は、丁度6人なのだから。
「わざわざ、ここにいるんだと私達に見せ付けて……そういう事ですよね?」
絶対に、許さない--こうして一条による断罪の対象は、更に増える事となった。

しかし、さすがに教師達の点にはそれぞれの名前が添えられてはいなかった。
最も、教師達全員をいつかは裁こうと決めた今の一条には、個人の名前などどうでもよかったが……
それよりも、名前は死者にも添えられる物らしい。学校のすぐ上のエリアには大塚の名があった。
烏丸や砺波の主張により、高野の行動により、結局、誰の手で殺されたのか分からない大塚の名は、一条にとっては複雑な存在だ。
……もしも、殺したのが烏丸ではなかったのだとしたら。烏丸や砺波の言う通り、犯人が高野だったのなら……
いや、高野の行動を思えばその可能性は低くない。そうなれば、砺波救出作戦は、そこで自分がとった行動は--
そこで一条は思考を止め、再び視線を地図へと戻した。何せこれ以上考えれば、自分自身が正当化できなくなってしまうのだから。

一条の視線は、多くの黒字の名前が混在したエリア……今一条達がいるE-03に入った。
多くの遺体の名前に囲まれた一条と雪野の名前。そして、それからやや北に高野……
更に、東には播磨の存在もあった。どうやら移動を再開していたようで、場所にしてE-04、ホテル跡の近くまで来ているようだ。
「播磨君、生きていたんですね」
「……そう、ですね」
雪野もその事に気付いたらしいが、彼女の目は一条の怒りに染まったそれとは違い、随分と冷ややかな物だった。
「あの人、今まで何をしていたんでしょうね? ……順子や烏丸君を放って置いて、一体何をしていたんでしょうね!?」
……が、それも一瞬だった。たちまちに雪野の目がつりあがっていく。
「……そうだ。あの人がちゃんと順子を助けてくれていれば……順子は……!」
姉ヶ崎の件でただでさえも荒れた雪野の心は、怒りの矛先を播磨へと向けたようだった。
最も、そこまで彼女の心情を予測できていながらも、一条は特に止める事はない。
彼女とて播磨はハリーを殺した殺人者の一人と認識しているし、だからこそそういった怒りを浴びて当然の存在だと思っているのだから。
……ハリーを殺した人物を考えるにあたり、一条には更にもう一人の人物の存在を思い出した。
地図にしてG-03の南部にある、一つの赤い点。そこには沢近の文字が添えられていた。
「……沢近さん。また、殺したんですね」
最後にパソコンを見た時には、G-03……分校跡にあった二つの点は、確かに両方とも生きていた。
だが、現在は片方が黒点となり、そこに城戸の名が添えられている以上……そういう事なのだろう。

沢近への侮蔑を強めた時、更に一条は気付いた。沢近が携帯電話を、メールを使用した可能性に……

メール画面を開いた一条の眼前に、新着メールを示すアイコンが現れた。
開いてみれば、当然ながら沢近からのメールが届いていた。一条はそのアイコンをクリックする。

『さっき分校跡で城戸さんと戦って殺した。
 首輪の番号はSRBR-8P8GUJR-E。今からH-03に向かうけど、その辺の情報をお願い。
 あと、戦っていて放送も聞けなかったので、それも教えて。
 それと、そっちは今どうなってる?』

先に地図を見ていたから予想はできていたが、やはり彼女は城戸を殺したらしい。
荒れた呼吸と裏腹に冷めた表情の雪野の横で、城戸の首輪の番号を打ち込む一条の表情も、やはり硬い物があった。
そして城戸の番号もハズレと分かれば、彼女のこれまでの数々の怒りの矛先は、まずは身近な"殺人者"へと向けられる事になるのだった。

『一条です。今は雪野さんと一緒に居ます。
 先程の放送では、結城、斉藤さん、ハリーさん、鬼怒川さん、サラちゃん、花井さん、麻生さんの名前が呼ばれました。
 禁止エリアは19時にI-09、21時にF-05、23時にE-02が予定されています。城戸さんの番号はハズレでした。
 こちらは先程の放送後にパソコンの機能が追加されて、どこに誰がいるのかが分かるようになりました。
 H-03には花井さん、麻生さん、サラちゃん、塚本さん、ララさんの遺体があります。生きているのは八雲ちゃんと三原さんだけです。
 それと、放送が終わってすぐに烏丸君と砺波さんがこちらに近づいてきたので、私達は砺波さんを助けようとしました。
 でも、高野さんが狙撃銃で間違えて砺波さんを撃ち殺して、その後烏丸君に岡君が殺されました。
 そして私は烏丸君を撃ちましたが、その時に西本君も一緒に撃ってしまいました』

沢近と同じように簡潔にこれまでの惨事をまとめた事は、彼女への罰のつもりだった。
一条は打ち込みながらも少し酷かと思ったが、姉ヶ崎のメッセージをきっかけに生まれた更なる怒りによって、その躊躇いもすぐに消える。

『そしてその後、高野さんが拳銃を隠し持っていた事が分かりました。
 今、彼女は私と雪野さんから北に逃げています。もしかしたらあの時砺波さんを撃ったのもわざとかもしれません』

そして、沢近にとって親友である高野の事をあっさりと書き捨てる。これが一条が与える最大限の罰だった。

作成したメールを送信する間、雪野は黙って送信画面を見つめていた。一条はその表情まで窺う事なく、再び地図を確認する事にする。
一条達のいるE-03の隣、E-02に目を向けると、菅原神社の敷地内には一つの"嵯峨野"という黒字が刻まれていた。
「……やっぱり、あれは嵯峨野だったんだ……!」
思わず蘇る彼女との思い出。そしてそこが、あと数時間で禁止エリアになってしまうという現実。
可能なら首輪の番号を調べ……そして、埋葬したい。
だが、居場所がそう遠くない高野や播磨の事を考えれば、嵯峨野の元へ移動する事は困難を極めた。
まさか自分と雪野の二人だけで、パソコンやリヤカーなどを全部まとめて移動できる筈がないのだから。
「……分かってくれるよね、嵯峨野……ごめんね……」
かけがえの無い親友にもう何もしてやれない無力を詫び、一条は視線を地図へと戻した。
嵯峨野はきっと自分の行動を分かってくれると、彼女の笑顔を思い浮かべながら信じて……

現状での生存者は、これまでなぞった分で全てだった。
沢近が向かっているH-03で八雲が生きていてくれた事は嬉しかったが、そこに一緒にいた三原の存在が一条には気になっていた。
サラ、麻生、そして花井が相次いで死んだ以上、その場所で戦いが起きた可能性が極めて高い。
しかし、一体誰が? 誰が花井を殺したのか? 一条にはその状況をシミュレートする事が出来なかった。
H-03にいる者の中で、人殺しを望んで行う人間がいるとは考え難かった。……少なくとも、一条の頭の中で花井と八雲は有り得なかった。
二人は今鳥と行動を共にした、真の意味での一条の仲間だ。人を望んで殺すなど、彼女からすれば100%ないのだ。
となれば、殺しをしたとすれば途中で花井、八雲と合流した麻生やサラ、そして三原なのだろう。
特に、現在も生きている三原。彼女もまた、殺人者なのではないか。
花井と八雲は共に今鳥と行動したのだから、まず人は殺していないだろう。きっと花井は潔白のまま死に、八雲は今……三原と共に生きている。
一条には八雲がどのような状態で生きているかが、全く想像できなくなってしまっていた。
だが、どんな状況であれ、八雲もまた死んではならない存在には変わりない。
沢近を侮蔑しておいて明白に矛盾しているが、八雲も守って貰わなければならないのだ。

……一条は手早くメールを作成し送信した。例え真相が分からずとも、今鳥という絆を信じた上で考えた内容を書き込んで。

それからしばらくして、15分程度で更新される地図が新しい情報に更新された。
同時に新着メールを知らせるアイコンが点滅したが、一条はそれより先に地図を見据える。
すぐに返事が来たという事は、あくまでも事実確認なのだろう。それならば、地図の確認が先決なのだ。
地図上では八雲や三原の位置は変わらず、沢近の位置は先程よりやや南へ、高野は北へ、播磨は西へそれぞれ進んでいた。
その中でも、播磨の進度は他の二人に比べかなり早い物があった。どうやら高野と合流する事はなさそうだが、それにしても--
「……そういえば播磨君、動いているのに何も言ってこないなんて。インカムはどうしたんでしょうね?」
一条と同じように雪野も播磨が気になったのか、軽く吐き捨てる。しかしその言葉に、一条は戦慄を覚えていた。
「--そうだ……インカムの子機を持ってるのは、高野さんじゃ……!」
一条の脳裏に、メロンパンを食べながらインカムをいじっていた、ほんの数十分前の高野の姿が蘇った。
彼女はそのまま逃走したのだ。そう、インカムの子機を持ったままで。
「……じゃあ、播磨さんは高野さんに騙されているかもしれないんじゃ……」
高野と聞いて急にうつむいた雪野をよそに、一条は一人警戒を強め始めていく。
「もしかしたら、高野さんに誘導されているの? それで、急いでこっちに--?」
一条の頭の中で、"殺人者"播磨の存在が大きくなっていく。そして、彼女は無意識に自前のショットガンを手に取るのだった。

「何なのよ……どうなってんのよ!?」
携帯電話で打ちかけていたメール画面が消え、新着メール受信画面に切り替わり、思わず沢近は叫んだ。
砺波の救出に失敗し、砺波が、岡が、烏丸が、そして西本が死んだ。さらに高野が銃を隠し持っていて、一条達から逃げ出した……
最初にメールを送信してから結構な時間を経て帰ってきた一条からのメールの内容は、沢近の理解の範囲を軽く超えた物だった。
返事がなかなか来ず、一時は禁止エリアによって自分の首輪が爆発するのではないかと本気で怯えた。
その恐怖は杞憂に終わったとはいえ、ただでさえも沢近の精神の磨り減り具合は半端な物ではなかったのだ。
それだけに、彼女は一条からのメールの内容を信じる事ができずにいたのだが--
「ほら、やっぱり嘘なんじゃない。すぐにメールを送ってくるなんて……晶ったら、ちょっと悪趣味すぎでしょ……」
初期設定のままの殺風景な受信画面に向かい、沢近は一人悪態をつく。
分校跡よりいくらか南の草原地帯にリュックを下ろし、ぽつんと浮かぶ携帯の薄明かり。
やがてそこに、再び少女の叫び声が響く事になる。

『放送の事を考えると、三原さんは人を殺した可能性があります。気をつけて下さい』

再び一条が書いたと思われるメールは、三原がゲームに乗った可能性を示唆する物だった。
確かに、八雲達がいる同じエリアで3人も一気に死んだとすれば、生存者の誰かがゲームに乗った可能性は高いのだろう。
とはいえ、いざそんな情報を送られてきて、今の混乱気味の沢近が簡単に納得できるはずがなかった。
第一、一条から聞いた話では花井と八雲は共に行動していたはずだ。その八雲と、外部の三原が一緒にいるのはどうなっているのか。
無警戒で感動の再会、というのはまずできないだろうが、本当に危険な人物なのかは沢近には判断できないのだった。

『ごめんなさい、意味が分からない。一体どうなっているの?』

今度こそ親友から『また騙されたね』とバカにしたような返事が帰ってくる事を信じ、沢近は返信した。
気を落ち着けようと、リュックからホットドックを取り出し頬張る。一条の情報では他に人はいないのだから、この近くは安全な筈だ。
飲みかけだった一本のペットボトルの水も飲み干し、ホットドックも完食した。だが……一条から返事が来る事はなかった。
「……そうだ。私はこんな所で止まってる場合じゃないよね」
西本達が死に、高野が裏切った……そんなメールの内容は今も信じられない。可能なら一度、一条達の元へ戻り真相を知りたい。
だが、そんな事をしている時間はもうないのだ。時間が経てば経つほど更に禁止エリアは増えていく。皆の希望が消えていく。
死者の確認なら……最悪、次の放送で分かる。それに、首輪の番号を送るついでに確認だってとれる。
それよりも、今は番号の確認を急ぐべきだと沢近は判断したのだった。
「そうよ、私が行かないと……八雲達の番号を調べなきゃ」
皆を助けたい。そして、その為に動けるのは自分しかいないのだ。
沢近はリュックを背負い、月明かりの草原を再び歩き始めた。
歩いている途中で親友からのメールが来る事を信じ……いや、心のどこかでそれを望んで。
「そういえば、ヒゲの事は何も書いてなかったわね……別に心配してないけどさ」
ついでに、その時には播磨の状況でも書いてあればと……ほんの少しだけ願って。


【午後:19〜20時】

【一条かれん】
【現在地:E-03南部】
[状態]:疲労大、極度の精神不安定状態。人殺し、教師達に憎悪。
[道具]:支給品一式(食料0、水1)、東郷のメモ、ショットガン(スパス15)/弾数:4発、シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発) 
[行動方針]:1.高野、播磨を警戒。 2.人殺しを罰する。 3.教師達も罰する。
[最終方針]:生きる。何があったとしても。
[備考]:自分なりの正義の下に動く。

【雪野美奈】
【現在地:E-03南部】
[状態]:疲労、極度の精神不安定状態。高野への依存と憎悪が入り乱れる。播磨に怒り。
[道具]:支給品一式(食料0)、工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)
     雑誌(週刊少年ジンガマ)、ブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。脳震盪と嗅覚破壊のダブルパンチ)
[行動方針] :とりあえず一条と一緒にいる

【共通:盗聴器に気付いています。】

※薙刀、日本刀、ドラグノフ狙撃銃/弾数9発、パソコン(フラッシュメモリ、バッテリー付き)はリアカーの横におかれています。
 リアカー(支給品*2(食料11、水2)、雑貨品(スコップ、バケツ、その他使えそうな物))はE-03南部にあります。


【沢近愛理】
【現在地:G-03南部】
[状態]:疲労。かなりの精神的疲労、混乱気味。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(水5,食料8)、デザートイーグル/弾数:2発、携帯電話、vz64スコーピオン/残り弾数20
[行動方針]:1.南方面の人間(死体含む。八雲>他)を捜して首輪を調査
           2.一条ときちんと連絡を取りたい(西本達の事、高野の事、播磨の事etc...)
[備考]:播磨を信用しはじめている。フラッシュメモリの可能性を強く信じる。烏丸が大塚を殺したと認識。盗聴器に気付いています。
     一条が嵯峨野の死体を見つけたと勘違いしています(一条は死体の顔を確認していません)
     一条に不信感。メールの内容を一部信じていません。三原を(一応)警戒。



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