招待状






一条と雪野から離れるために高野は走っていた。

いつしか激戦が続き凄惨となったE-03から離れ、物静かなD-03に達していた。
そして誰も追ってこない事を確認すると近くの木陰に腰を下ろした。
もう一度インカムを見つめたが、そこからは何の音も聞こえてこない。

烏丸と砺波が無事なまま現れた事から播磨が敗れた事は明白だった。
播磨を言いくるめて手駒にしようとしていても、彼が連絡を取れるようになるまで時間が掛かるかもしれない。
「それまで、どうやって・・・」

これからの打開策を考えようとしたとき、近くの木の陰から「ガサッ」という物音がした。
突如、発せられた音に高野は驚き、腰が砕けるような体勢を取っていた。
どう考えても人が出てくるはずのない状況。おそらく風か小動物。
それは分かりきったこと、それでもこんなことになってしまう。

「フッ」
高野はあまりに無様な格好をしている自分に笑いが込み上げてきた。
こんな危機感を覚えるのはゲームが始まってから初めてかもしれない。
思えば自分は強力な武器を与えられ、駒を得て、常に優位な立場に立っていた。
あまりの危機感の無さから高野は自分が死ぬということを考えなかった。
あまりにも自分の思い通りに事が運ぶので、今度はどう楽しもうかと考えるようになってしまった。

そこへ初めて訪れる『死』への恐怖。
それを前にして高野は改めて自分の死というものに向き合った。
---私が死んだらどうなるの? このゲームはヘどうなる? 誰が優勝するの? 一条さん?愛理?播磨くん?・・・
ダメ、アイツらには無理。殺す事も忘れない事も生きる事も
このゲームは私が優勝しないといけない。だから皆死んでいった。

少しゲームを楽しみ過ぎたのかもしれない・・・
そう、それに麻生くんや烏丸くん・・・そしてあの馬鹿が死んで、強者がいなくなって少し気が緩んだだけ。
これは私に優勝しろって言っているようなもの。
これからは遊び心も感傷もいらない。
そう自分に言い聞かせ、改めて播磨からの連絡があるまでどうやって過ごすかを考え始めた。


連絡を待つまでの間、一番厄介なのはパソコンの存在。
現在の自分の位置を相手に知られてしまうのは、非常に痛い。
更新は15分間隔・・・更新される時間も大体は記憶している。
更新された瞬間にランダムに移動を続け居場所の特定を避け、播磨からの連絡を待つことにするとしよう。
しかし播磨を味方に付けてもパソコンがある時点で相手にイニシアティブを取られてしまう。
出来れば使用不能にしてしまいたい。
その時、高野の目にあるものが映った。

もしかしたらパソコンを使用不能に出来、さらにもう一つの懸念を片付けられるかもしれない。これを利用しない手はない。
そして高野は首輪に口を近づけていった。


「こんばんは・・・高野です」
そう始めると、高野はフラッシュメモリに入っていた情報のこと、盗聴器のことを事細かに語った。
「フラッシュメモリの情報によって、残りの参加者のほとんどがまとまっています。盗聴器を警戒しているのでそちらには伝わっていないと思いますが」
もちろんそれは嘘。それを信じて必死に動いているのは知る限り沢近だけ

「私自身が処理をしてもいいのですが、現在そのような余裕がないこともお分かりだと思います。そこで先生方にパソコンの処理をお願いしたいと思います。
このままゲーム不成立という事になったら誰の責任になるのでしょうかね? それでは・・・」


報告を終えて高野はフッと一息つき、笑みを浮かべた。
実際に報告はしたもののパソコンに関しては、あまり期待はしていなかった。
高野の真の目的は主催者側から脱出の芽を摘み取ることと・・・・


フラッシュメモリに入っていた情報について聞いた時、それに対し明らかに希望を見出した皆の表情を見た時、高野は教師達に激しい嫌悪感を覚えていた。
---何故、こんなゲームをやらしておいてこんなものを与えるのか?
後に絶望に叩き落すためのものかとも思ったが、教師達のいつもの姿を思い浮かべると本物だと悟った。

生徒達に希望の光を与えて満足ですか?
自分は悪くないと言いたいつもりですか?

このゲームが終った時、きっとあなたは言うでしょう。
『自分も精一杯、生徒達のために努力した』
そんな訳ない。あなたが与えたのは希望の一歩手前にある絶望。
あなたは知らないだけ、希望を持ったまま死んでいく事がどれだけ辛い事か。

だからあなたもこちら側に来て頂きます。
自らの手で自ら与えた最後の希望を消してください。



---誰かが綺麗なままでいることは許せない。B

※ ※ ※ ※ ※


高野の密告により管理室の空気は一変していた。
「どっ、どうするんですか!早くパソコンの機能を停止しないと・・・」
ひどくうろたえた様子の加藤が周りに呼びかける。
「パソコンは独立した機械ですので、ここからどうにかすることは出来ませんよ」
刑部がそう言うとと加藤は更に焦り始めた。
「とにかくどうにかしないとゲームに支障が出てきますよ。
ただでさえマーダーが減ってきている中でこのまま残った参加者に結託されたら。」

「何事ですか?」
加藤の叫び声に思わず飛び起きていた郡山が加藤に尋ねた。
「どうもこうもありませんよ」
加藤は今起きた事態を大げさなリアクションを交え、郡山に伝えた。
「まずは連絡をした方がいいので・・」
郡山がそう言いかけたところで加藤の恫喝に遮られた。
「何を言っているんですか!!
 元々はこちらから出たモノなんですよ。それも対処出来ないなんて分かったら私達の立場は・・・」
他の教師の冷たい視線を集めたのを感じ、加藤は少し気まずいような思いがしたが、平静を装いながら続ける。
「それに内容は伝わっているはずですし、何も言ってこないのは私達で解決しろということでしょう」

「何もしないでいいんじゃないんですか?」
熱くなる加藤とは対照的に、刑部は関心がないようなそぶりでポッと呟いた。
「このままでいいわけないじゃないですか!!」
それに対しても加藤は激しく抗議した。
「もしそれが本当に脱出に繋がるものだったら責任は私に、いや私達に来てしまうんですよ!」
加藤の自分しか考えていないような言葉に刑部は顔をしかめた。


「でもその情報ってフラッシュメモリに入ってたんですよね。ゲーム前に生徒の支給品に触れる人間なんて限られてくると思いますけど。」
そんな加藤に対して笹倉が冷たく、そして強く言った。
その一言に教師達の視線は加藤に向けられた。
「な、なんですか、確かに私は生徒の支給品に触れる機会はありましたけど・・・私だけじゃなかったですよ」
不安そうな顔で周りを見渡す加藤に姉ヶ崎がさらに追い討ちをかけた。
「そういえば加藤先生、開始前にやたらリュックをあさってましたよね。」
自分への視線が一層強くなったのを感じ、加藤は思わず話をそらした。

「それより問題はパソコンのことでしょう。一刻も早く対処しなければ・・・」
しかし懐疑心に包まれた管理室では対処法など出るはずも無く時間が過ぎていった。

部屋にはどうすることも出来ない空気が流れ、誰もがこの問題の解決案から目を反らそうとした時だった。
それまでヘッドホンをつけ、画面を見つめたままだった谷の一言で事態は思わぬ方向へ向かうことになった。



「誰かが回収に行けばいいんじゃないんですかね」


【午後20〜21時】


【高野晶】
【現在地:D-03】
[状態]:疲労(精神面は多少持ち直している)。警戒態勢。
[道具]:支給品一式(食料0)、薙刀の鞘袋(蛇入り) 、インカム子機
     雑誌(ヤングジンガマ)、ブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
[行動方針] :播磨からの連絡があるまで身を隠す。播磨を言いくるめる。
[最終方針] :全員を殺し、全てを忘れない。反主催の妨害。出来れば教師達にも罰を与えたい。



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