次号に続く
夢ってのは何回同じ夢を見ても覚えられないんだよな。
この手の夢はもう星の数ほど見てきた。
天満ちゃんとイチャイチャしてる夢を見ると、決まって天満ちゃんが別な奴に変わる。
それは花井だったり、マカロニだったり、吉田だったり。天王寺だった事もあった。
そんな事は分かりきってるってのに、夢を見ている最中は忘れちまうんだ。
案の定今回もそんな感じだった。
天満ちゃんを抱きしめていたら、彼女は突然俺から離れて走っていってしまった。
俺もそれを追いかけるが追いつかない。天満ちゃんはこんなに足が速かったか?そんな疑問が沸く。
その内に、天満ちゃんは光の中へと走り去ってしまった。
「天満ちゃん!行っちゃダメだ!」
そう叫ぶと俺も光の中へと入った。天満ちゃんはすぐに見つかった。あの後ろ姿、見間違えるはずは無い。
「天満ちゃん!」
俺はその背中を抱きしめる。天満ちゃんはゆっくりとこちらを振り返り…。
「何だ、播磨じゃないか」
何と俺が抱きしめているのは花井だった。
何でだぁぁぁぁ!…と、ここでこれはいつも通りの夢だとようやく気付く。どうやらまた忘れていたようだ。
「ちょ、おま、違……や……やめろ……花井……」
慌てて腕を解こうとする…が、花井の方から腕を解いてきた。
おかしい。いつもの夢では「実はお前が好きなんだ、播磨」とか言ってキスを迫ってきたりとかするのに…。
少し呆然と花井の顔を見る。
花井は何も言わず、僅かに笑みを浮かべる。そして俺に背を向け歩き出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
声をかけるが、花井は聞こえてないかのように黙って去っていった。
どうなってやがる…。これは今まで見たことの無いタイプの夢だぞ?
そうだ、そんな事より天満ちゃんを…!と辺りを見回すと、そこにいたのは…。
「烏丸…!」
最も憎むべき相手、烏丸大路がそこに立っていた。
「人の夢にまで出張とはいい度胸じゃねえか!ここで決着付けてやるよ!」
夢の中で決着なんぞ付けてもどうしようもないが、それでもこいつは一発やらねえと気がすまねえ!
「喰らえ!播拳蹴!!」
俺はわき上がる感情を足に集中して渾身の蹴りを放つ…しかし、烏丸はいとも簡単に俺の蹴りをジャンプでかわしやがった。
空中で回転を決めると、静かに着地する。
「野郎…」
唾をペッと吐き、ファイティングポーズを取り直す…が、烏丸の方は全くの直立不動だった。
なめてやがんのかこいつは…と思った時。
「後は任せたよ。ハリマ☆ハリオ君」
烏丸がそう言うと同時に、目の前が光に包まれる。夢が覚めるんだ、と俺は思った。
くそ。俺は夢の中ですら、こいつに一撃を喰らわせられないのかよ…!
「烏丸ぁぁぁぁーー!」
播磨はそう叫ぶと同時に勢いよく起きあがった。
「ん…?」
やや朦朧としながら頭をさする。
「そうか、夢を見てたんだな…いつもとはちょっと違う感じの…」
そうだ、烏丸の野郎は…!と播磨は立ち上がって辺りを見回す。
烏丸は夢にも出てきてはいたが、意識を失う前にも対峙していた。
意識を失う前のことははっきり覚えていない。という事は自分は烏丸に負けたのだろうか?
だが戦って負けたにしては、体に傷や痛みは見当たらない。
--放送が流れたのは、その時だった。
放送を聞いた後、播磨は近くに放置してあった自分の荷物を回収し、辺りを彷徨った。
放送で呼ばれた名前の中には自分のライバルとも言うべき花井や、目の前で死んだハリーといった面々の名前もあった。
実は天満の仇である斉藤の名前もあったのだが、幸か不幸か播磨がその事に気付くことは無かった。
だがそういった名前を聞いても、播磨には何の感情も沸いてこない。
彼の心は、烏丸への憎しみで一杯だった。
「そうだ…あの野郎だ…全部あいつのせいだ…!」
俺と天満ちゃんの仲が進展しないのも。こんなふざけた殺し合いに巻き込まれたのも。天満ちゃんが死…
「くそっ…」
そうだ、烏丸だ。全部あいつが元凶だ!あいつを殺せば全部終わるんだ!
「どこにいやがる!烏丸っー!!」
もう体も精神も限界だった。多少睡眠を取ったからといって簡単に回復するような疲労ではない。
そんな播磨をかろうじて動かしているのが、烏丸への憎しみだった。
烏丸を倒そうという意識だけが、播磨を突き動かしていたのだ。
どれくらい歩いたのか。どれくらい進んだのか。もしかしたら同じ所をウロウロしているだけかもしれない。
地図を見る事も忘れ、播磨はひたすらに歩いていた。
「烏丸…烏丸ぁぁ…!」
その姿はもはや、高校に入って幾分か丸くなった播磨には見えない。
手が付けられない不良と恐れられていた中学時代の…いや、それ以上に凶暴に見える。
サングラスで分からないが、その目はとても重い憎しみに歪んでいただろう。
そして彼の足は、ある地点へと次第に近づいていった。
そこには、惨劇の痕があった。
手を胸の前で組まされ、仰向けに並べられた四つの死体。
播磨はその死体の顔を一人づつ見ていく。
まず最初に入ったのは、首の辺りを切られた男の死体。
確か高野と一緒にいた…岡だか小山?そんな名前の奴だ。
その隣には、随分と巨大な体格をした男。
「西…」
少しの間だが共に行動し、沢近と自分の確執をまとめ、自分のわがままを理解して単独行動をさせてくれた男。
「お前も死んじまったのかよ…くそが…」
さらに隣りに目を移すと、首から上が吹き飛んだ死体があった。顔は分からないが、体から女だと分かる。
さすがの播磨も思わず目を剃らしてしまうような酷い有様だった。
辺りに僅かながら残った髪の毛を見ると、金髪の持ち主だったようだ。
(金髪…まさかお嬢か!?…いや、あいつはもう少し背が高かったような気が…)
他に金髪の女生徒はいたかと播磨は記憶を探る。
(そういえば、烏丸の野郎と一緒にいた女が確か金髪だったような…)
烏丸と一緒にいた女が死んだって事は…。
播磨は一番端に安置された最後の死体を見る。
「烏丸…」
烏丸大路の死体が、そこにあった。
播磨は力無くその場に座り込んだ。
「はは…死んだか…ざまあねえぜ…」
最も憎むべき相手である烏丸大路は、自分の知らないところで死んでいた。
自分で手を下せなかったのは残念だが喜ぶべき事の筈だ。
それなのに。
(何で…何も思わないんだ?)
播磨の心にはそういった感情が沸いてこない。心を満たしていくのは虚しさだけだ。
「…まあ、そんな事はどうでもいい。烏丸が死んだ今、天満ちゃんを捜すことが俺の使命…」
そうだ。俺がやらねばいけない事はまだある。天満ちゃんを探して守らなければ。
あんな放送は嘘っぱちだ。そうでなければ手違いだ。天満ちゃんが死ぬわけない。
きっとどこかでまだ震えているはずだ。早く行って俺が守らなければ…。
それなのに。
「何でだよ…」
播磨は立ち上がる事が出来なかった。
「早く…天満ちゃんを…」
頭はそう言っているのに、体が言うことを聞かない。
「天満ちゃんを捜さなきゃいけないのに…」
思いとは裏腹に、播磨の体は固定されたように動かなかった。
「何で立てねえんだよ!チクショォォォっっっ!!」
本当は分かっていた。
死体となった人物の名前が呼ばれ。目の前で死んだ人間の名前が呼ばれ。
この殺し合いが始まって二日間、極限の状況を生き抜いてきて。
今さらあの放送が嘘だったんて。間違いだったんて。そんな事があるわけが無いと、とっくの前に分かっていた。
「天満ちゃん…天満ちゃぁぁん…」
認めたくなかった。あれ程愛して、あれ程想った人物がもうこの世にはいないという事を。
どこか諦めていた気持ちもあった。だがそういった思考を隅に追いやり、烏丸への憎悪で心を満たすことで何とかここまで来れた。
しかし烏丸が死んだ今、播磨が憎悪をぶつける場所はもう無い。
抑えていた感情が蓄積された疲労と一緒に爆発し、播磨は地面に突っ伏して号泣した。
目的は見失った。
ここまでは烏丸を倒し天満を守るという目的があったが、最早それは不可能になってしまった。
「俺にはやる事が無い…」
もう播磨と関係の深かった者はほとんど死んでしまった。
強敵『とも』だった天王寺も。
同じ女を好きになり(播磨は知らないが)拳と拳で争った東郷も。
一緒に海やキャンプに行くなどつるむ事が多かった今鳥も。
年末宿が無い自分に寝る場所を提供してくれた周防も。
自分と名前が似ていたり、体育祭のリレーで激闘するなど因縁が多かったハリーも。
何故かよく分からないまま戦うことの多かったライバル花井も。
そして烏丸も。
天満も。
みんな死んでしまった。
もう播磨を立ち上がらせる目的が無かった。
もう播磨を立ち上がらせるものが無かった。
「疲れた…」
何もかもがどうでもいい。そうだ、もう俺は疲れたんだ。何もしたくないんだ。
もういいんだ。休ませてもらう。
そんな事を思いながら仰向けに大の字になると、何かが右手に当たった。
「ん…?」
右手を見ると、腕の下にズタズタになったリュックが置いてあった。
開いた口から紙のような物が見える。
「何だこりゃあ?」
バッグから紙を取り出す。他の荷物はボロボロなのに、その紙だけは何故か何かに守られたように綺麗で。
見てみると、マンガが描いてあった。
絵柄には見覚えがある。いや、見覚えがあるどころではない。絶対に頭から離す事の出来ないこの絵柄。
二条丈--烏丸の描いたマンガだった。
あいつはこんな状況でもマンガを描いてやがったのか。おめでたい奴だ。本当にマンガが好きなんだな。
『いや、君は漫画を好きだ。好きじゃなければ、あんな物語を書けはしない』
烏丸の台詞がフラッシュバックする。
-俺は別に、マンガなんかどうでも良かったんだ。
『それでも、君は漫画を好きだ。それだけは、僕も譲らない。……僕も漫画が大好きだから、それだけはわかるんだ』
-うるせえんだよ。
もう俺がマンガを描く理由も無いんだ。俺のマンガを読んで欲しかった人は、もうこの世にはいないんだから…。
何ともなしに播磨はそのマンガを読み始めた。
-面白い。
そう思った。当然だ。
正体が烏丸だと分かるまで、播磨は二条丈の大ファンだったのだから。
彼にしてみれば不本意だろうが、マンガを描き始めたのは二条丈の影響もあったのだ。
読んでいくうち、播磨は知らず知らずの間に夢中になっていった。
続きを読もうとどんどん紙をめくっていく。
…終わりは唐突だった。中途半端な所でマンガは途切れていた。恐らくここまでしか描けずに彼はこの世を去ったのだろう。
「何だよ、ここで終わりかよ。これからが盛り上がるって所じゃねえか…」
無念だっただろうな。
話がこれからという所で強制的に打ち切られたのだから。自分の描きたかった話を描けない。マンガ界とは厳しいのだ。
描きたかった話が描けないつらさは、同じマンガ描きとしてよく分かる。
「俺のマンガは…」
ふと、自分のマンガの事を思い浮かべる。
「俺のマンガは、どこまで描いたっけかな…」
たしかあんなキャラを出して。
そこでこういう台詞を入れて。
そうだ、それからああいう展開に持っていって…。
播磨の頭の中で、マンガの構想が作られていく。
「…」
涙が出てきた。
「そうか…」
今気付いた。
「天満ちゃん…やっぱり生きてるじゃねえか」
彼女は生きていた。
播磨の中に。
播磨が思い描く、マンガの中に。
いなくなってしまった彼女は、そこにいた。
死んでしまった彼女は、間違いなくそこで生きていた。
--播磨君!
だから。
天満を生かすには。
マンガの中にいる彼女を生かすには、方法はただ一つ。
「それは、俺がマンガを描き続ける事…」
もう一度烏丸のマンガを読む。
彼は死んだ。
この続きはもう描かれることは無い。
それでも、これは烏丸の生きていた証…ここにいたことの証。
ならば、俺も彼女が生きていた証を刻もう。
--君は漫画を好きだ
そうだな。俺にはやっぱこれしかないみてえだ。
不器用な俺が、唯一彼女にできる事だ。
俺がマンガを描き続ける限り、天満ちゃんは生き続ける。
だから俺は死なない。絶対に。
生きて、マンガを描き続ける。
播磨は再び立ち上がった。
強い意思と共に。
決意を固めた播磨は考えた。生き残る手段を。
先程の放送を思い出す。
恐らく今生き残っているのは、男子では自分の知る限り吉田くらいだろう。
女子ではお嬢に妹さん、高野、高野と一緒にいた女、一条…このくらいか?
まずは吉田を探すか?
あいつの事だ、俺が命令すれば俺に協力するだろう。少しくらいなら役に立つかもしれない。
「そういえば…」
播磨は自分のリュックをみる。
自分はインカムを持っている。子機は西に渡しておいた筈だが、西が死んだ今は誰が持っているんだ?
「連絡してみる価値はあるな…」
もしかしたら、この惨劇を引き起こした張本人が分かるかもしれない。
そう思って自分のリュックからインカムを取り出そうとした時。
「これは…?」
リュックの中から、明らかに自分が書いたものでは無いメモを発見した。
「トナミジュンコ…?誰だそりゃ?」
【午後:19〜21時】
【播磨拳児】
【現在地:E-03】
[状態]:精神的、肉体的に疲労。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料5,水3)、インカム親機、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)、さくらんぼメモ、烏丸のマンガ
[行動方針]:1.さくらんぼメモを読む
2.インカムを試す
3.吉田山を探して自分に協力させる
4.生き残ってマンガを描き続ける
[備考]:サングラスをかけ直しました。この期に及んで吉田山が死んだとは思っていません。
生き残る為の手段が最後の一人になる事か、主催に対抗する事かはまだ不明。
上記の内容はメモを読んだことによって変わるかもしれません。
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