不器用な二人






平瀬村分校近くの林では未だ二人の少女が身を潜めお互いを伺っていた。
もうまもなく放送が流れる時間が訪れようとしていた。

焦っていたのは城戸の方だった。
城戸にとって今回の放送は非常に重要だったのだから。
残り人数も10名前後となっていることであろう。その名前の確認は必要であったし、禁止エリアの聞き逃しは生命の危機すらもたらす。
何より、城戸は今回の放送の前に盗聴器の存在を示すものを絶ったことを伝え、放送で何らかのご褒美となる情報を得る予定であったからだ。

対して沢近は放送をチャンスと考えていた。
相手の装備と自分の装備を考えると五分での勝負は不利であることも承知であった。
しかも城戸は女子の中でも高い身体能力を持っている。
そうなると城戸を倒す機会は相手が油断をした時に限られてくる。
沢近はこの放送がそのまたとないチャンスだと知っていた。

沢近にあって城戸にないものそれは、『仲間』
もしも放送を聞き逃しても沢近には西本が一条が、合流したであろう高野が・・・そして播磨がいる。
必ず携帯に連絡をくれるであろうと信じていた。最悪の場合はこの場所にいれば必ず迎えに来てくれると信じていた。

放送まで残り時間がわずかとなり、城戸はこの場を離れることを決意した。
今の自分には充分な装備があり、ご褒美も貰えればいつでも殺すことが出来る。
城戸は銃を構え、辺り一面に乱射し走り出した。
突然の発砲に驚き、普通は体がすくむもの。その隙に得意のダッシュで逃げ切ろうという考えだった。

--バンッ!
走り出した城戸に対して1発の銃声が響いた。
「きゃあっっ!」
沢近の放った一撃は直撃は避けたものの、その威力は凄まじく城戸は吹っ飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた衝撃でスコーピオンは城戸の手から離れていた。
城戸の放った銃弾は相手をひるませることはなく、自分の居場所を示すだけだった。
--バンッ!
銃を拾おうと体を起こそうとした時に、沢近の次の1発がまた近くの木を粉砕した。
パラパラと砕け散る木を見ながら、城戸は這ったまま銃に近づいていく。
必死に体を引きずり、ついに手が届くかというところまでに来たところで
「これで終わりよ」
沢近の冷たい声が頭上から聞こえた。
銃を城戸の頭上に構え、その表情はいつもの沢近とは程遠いほど憎しみに歪んでいた。


「ふう、失敗しちゃったな」
そう呟いた城戸に対し、沢近は怒りながら言葉をぶつけた。
「あんたが、嵯峨野さんや東郷くんを殺したんでしょっ!」
「そのせいで私たちがどれだけ苦しんだと思ってるの!」
感情のままにぶつけた沢近の問いに城戸はサラリと答えた。
「だってそういうゲームじゃない」
何の悪びれもしない城戸の態度に沢近は爆発寸前だった。
「だからって簡単に人を殺していいと思ってるの?!しかもみんな友達だった人じゃない!」

「だって茂雄が殺していいって言ったから」

そう呟いた城戸の一言に沢近は一瞬戸惑った。
茂雄・・・?梅津くん!!
沢近にはその後の出来事が大きかったために、忘れていた城戸による最初の犠牲者の名前、そして--城戸の恋人の名前。
「嘘よ!だって梅津くんもあなたが殺したんでしょ!」
そう投げかける沢近に対して、少し驚いた表情をしながら城戸は返した。
「そうよ、茂雄は私が殺したの」
「じゃあ梅津くんが殺してくれって言ったの?」
「違うよ。私がいきなり茂雄を刺しただけ」
そう答える城戸に沢近はますます戸惑った。城戸の言っている意味が分からなかった。
「だけどね茂雄笑ってたんだ・・・私が茂雄の分まで生きるからって言ったら、凄く満足そうな顔してた」
梅津の眠っているF-02の方を見つめながら、語る城戸はとても嬉しそうな表情をしていた。
「好きならなんで殺したのよ!何で一緒に生きようとしないの」
さっきまでの怒りだけの言葉とは違い、悲しみを含んだ声で沢近は叫んだ。
「だって茂雄は無理だよ。こんな状況で生き残れる訳ない。それに・・・」
「それに最後に二人で生き残ったらどうなるかなんて分かってるから」
その答えは沢近にも簡単に分かった。梅津は城戸を生かすために自ら命を絶っただろう。


「だったらなんでちゃんと話さなかったの?梅津くんだって伝えたいことがあったはずよ」
「茂雄のことは私が一番分かってるから、いつもそうだよ私が何してもそう」
「そんなの分かんないじゃない!ちゃんと言葉にしないと伝わらないことだってあるでしょ。梅津くんだってきっと・・・」
沢近の悲しみを込めた言葉に城戸は少しうつむいた。
「なら沢近さんはそうなった時にどうする?」
「私は・・・」
沢近は答えることが出来なかった。今までみんなで脱出することしか考えなかったから。
もちろんアイツも含めたみんなで・・・

そう考えている内に耳障りなチャイムが響いてきた。
『こんばんは、谷だ。・・・女子16番結城つむぎ、男子7番・・・』
「また7人も・・・」
さらに少なくなっていくクラスメイトに愕然としながら、沢近は城戸を睨んだ。
「言っておくけど今回は私は誰も殺してないから」
死亡者を聞いても悲しみの一つも見せない城戸に対して、沢近は決意を固めた。

「もういいわ、あなたには何を言っても無駄みたいだから。もう誰も殺させないわ」
そう言って沢近は引き金にかけた指の力を強めた。
城戸は何も言わずにジッとしているだけだった。
「なんでそんなに冷静なのよ!これから自分が殺されるっていうのに」
その態度に沢近はイラついていた。
ハリーや教師たちもそうだったように、人殺しのはずの彼らはとても冷静だった。
このゲームが始まってからクラスメイトを殺していく奴は、どこかおかしくなってしまった人間だと思っていた。
しかし彼らはいたって冷静な人間だった。まるでこれが普通であるかのように。
沢近はおかしくなっているのは自分達であるかのような錯覚に陥りそうだった。
そして、それを振り払うかのようにさらに引き金に力を強めていった。


沢近の言葉に城戸は自分でも驚いていた。何故自分は死の寸前まで冷静なのか?
これはそういうゲームだって覚悟してたからかな?
自分の中で答えを探してもはっきりとしたものが見つからなかった。
訳が分からなくなったので、死んだらどうなるのかな?と城戸は考えた。
すると浮かんできたのは梅津の姿だった。
いつものように少し困ったような表情でこっちを見ている。
またあの顔してる・・・・・
城戸が他の男と喋ったり、遊んだ時に見る表情。嫌なら嫌、寂しいなら寂しいって言ってくれればいいのに。思い出すのはそんな顔の梅津ばかりだった。

何故だろう自分は梅津を殺したはず、そして別れも告げたはずなのに彼の姿が浮かんでくる。
いつしか梅津は笑顔を浮かべていた。いつも自分が無茶しても、何も言わず迎えてくれる温かい笑顔。
彼女が一番好きな表情。
それでも少し不満がある。彼は何にも言ってくれないから。もっと自分の気持ちを言ってほしい。
そして城戸は答えを見つけた。
--私が殺されそうになっても平気だったのは粕゙が待っていてくれるって分かっていたから。
梅津を殺した本当の理由は、梅津に待っていて欲しかったから。そして怒ってほしかったから。
みんなを殺したのは梅津が自分を怒らなかったから。あそこで梅津が怒ったり、悲しんだりしたら後を追っていたかもしれない。
一番弱かったのは私。全部、彼のせいにして暴れてただけ。ただもっと構ってほしかっただけ。
我ながら身勝手だなと思いながらも、少し体が軽くなった気がした。


向こうで彼にあったらなんて言うのだろう?怒るのかな?また寂しそうな顔するのかな。
そうだ聞いてみよう、いつも何て思ってるのかって?
迷惑かけたみんなにも謝らないとね。もちろん二人で!
そしたら、たまには愛の言葉でも囁いてあげようかな。沢近さんも言葉にしなきゃ伝わらないって言ってたしね。
彼はどんな顔をするんだろう。驚くだろうな、もしかしたら泣いちゃうかも。
どっちにしろ情けないものしか思い浮かばない恋人の顔に思わず城戸は苦笑した。
「茂雄、愛シテ」

-バンッ
そこで城戸の意識は途切れた。
「何で笑ってたのよ・・・」
沢近の問いに、城戸はもう何も答えなかった。

--私が笑っているのは、あなたが待っているbゥら
--今回のことは流石に叱ってくれるよね
> --ごめんねが、いつも言いたかったんだよ

アナタを愛していたいから


【午後:18〜19時】

【現在地:G-03 分校跡付近の林】

【沢近愛理】
[状態]:疲労。精神的疲労・不安定。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(水2,食料5)、デザートイーグル/弾数:2発、携帯電話
[行動方針]:1.西本たちと連絡をとる。
           2.南方面の人間(死体含む。八雲>他)を捜して首輪を調査、西本に連絡する。一条を心配。
[備考]:播磨を信用しはじめている。フラッシュメモリの可能性を強く信じる。烏丸が大塚を殺したと認識。盗聴器に気付いています。
     一条が嵯峨野の死体を見つけたと勘違いしています(一条は死体の顔を確認していません)


【城戸円:死亡】

--残り7名


※城戸の荷物(支給品一式(食料4、水4)、紙袋(葉書3枚)、スピーカー)、金属バット、vz64スコーピオン/残り弾数20発は城戸の遺体の側にあります。



前話   目次   次話