孤独の代償






空気は重く、どんよりとしていた。
地図の上では氷川村と呼ばれるその場所に今活気は見られない。
殺し合いの舞台として提供された為に家屋からは住人が消え、静まり返った通りの間を潮風が抜けてゆく。
更には診療所付近に横たわる三体もの無残な遺体が世界の異常さを主張していた。

もし住民と呼べる存在を探すとしたら---呼べるかはわからないが滞在数時間の訪問者一人がそれにあたるだろう。
過疎によるものなのか朽ちた廃屋がぽつぽつと目に付く集落の中を銃を手にした少年---奈良健太郎は探索していた。

「やっぱり誰も居ないや」

生活の匂いが消えた空虚な住宅の中でそんな結論を出す。
広瀬村が禁止エリアとなった現在、ここは人が隠れるにはもってこいの場所だ。
斉藤や鬼怒川の様な他者がまだ村に居るかもしれないし銃声を聞きつけた誰かがやって来るかもしれない。
そう考えて捜索を行ってみたのだが自分以外には犬一匹すら見つけられなかった。

「まあいいや、とりあえず休もう」

銃を置き、古びた床の上で大の字に寝転がりながら奈良は思う。
がっかりした反面、心のどこかで安堵している自分が居る。
その原因も判っている、勝ち残ると決めたはずなのに何かが喉元の小骨の様に引っかかっていた。
やっぱり所詮自分は平凡な少年、殺人者になんてなれないのだろうか?
自分に銃を撃てなかった鬼怒川の姿、そしてその最後が思い浮かぶ。

「ああもう!僕は強いんだ!みんなを殺して勝つんだ!」

奈良はその考えを振り払うように声を荒げる。
殺人という禁忌を犯した興奮が徐徐に収まってくると何ともいえない気持ち悪さが纏わりついてきた。
無視しようとしても嫌で嫌で堪らない。



どうすればこの酷い気持ちを解決できるのだろう?
このままではビクビクしていた最初の頃と同じじゃないかと苛立ちながら考える。

「やっぱり一人じゃ足りないんだ!もっと殺せば楽に成るんだ!」

奈良の出した結論、それはさらなる殺人を重ねる事だった。
鬼怒川を殺した直後のあの興奮---あれをまた味わえば忘れられると自分自身に言い聞かせる。

「そうだ、僕はもう弱い僕とは違うんだ」

奈良は弱い自分が嫌だった。
チャンスは何度かあったにも関わらず結局塚本に告白できなかった事。
特にこの島では開始直後に出会えたというのに---最後を看取る事さえ叶わなかった。
個性豊かなクラスメイトの影で地味に埋もれた学校生活。
勇気の無い過去の自分が思い出される。

---でも今の僕は播磨だって簡単に倒せる、躊S躇い無く引き金を引ける
---僕は強くなったんだ

そのはずなのに、ちっともそんな気がしなくて苛立ちが募った。
奈良は体を起こすと銃を掴んで立ち上がる。
玄関で靴を履き、外に出ると大股で診療所へ向かう。
土足のまま上がれなかった事実が弱い自分を思い起こさせて一層苛立ちが強まった。

冬の日没は早い。
既に日は大分傾き夕日が影を作っている。
数時間も経たないで夜の帳が降りる事は昨夜の経験から判っていた。

奈良には大きく二つの選択肢があった。
村に潜んで誰かを待ち伏せるか、奈良が村を離れるかだ。
これについては既に結論を出していた---待ち伏せである。

理由は簡単だった。
単に野宿をしたくなかっただけである。
今から動く場合、どうしても途中で日が落ちる。
そうなれば移動が難しくなり何処か草むらを寝場所にしなければいけない。
体力に自信の無い奈良にとっては少しでも楽な方を取りたいと思っていた。



荷物の置いてある診療所に近付くにつれ、奈良の頭上を何やら黒い影が通り過ぎてゆく。
最初は意に介してなかった奈良だったのだが次第に大きくなるカラスの鳴き声と耳障りな羽音が気になり始めた。
カラスが居るのは全く自然な事のはずだが先程は全然見なかったのだから。
原因がわからないまま先へと進む。
あとはこの家の角を曲がれば診療所---
そこで奈良は見た。

「うわあぁぁぁぁぁ!!」

無人の村落に絶叫が響き渡る。
その声に驚いたのか何匹かのカラスが群がっていたものから飛び立った。
黒山の隙間から見えたのは結城、斉藤、そして鬼怒川の遺体。
何処にこれ程の数がいたのだろうと思える程の大群がクラスメイトだったそれを貪っている。
その光景の惨さに奈良は動く事さえ出来なかった。

三人共眼球は既に食い尽くされたのか、死体の眼窩はただ真っ暗な穴だけが見えていた。
そこにカラスが嘴を突っ込んで真っ赤な肉片を千切り取る。
結城や鬼怒川の腹腔に穿たれた穴にも多くのカラスが頭ごと突っ込んで内臓らしきものを引きずり出していた。
ふと嘴を血に染めたカラスと奈良の目が合う。

例え様のない恐怖と込みあがる吐き気を感じて奈良はその場から逃げ出した。
駆け込む様に診療所内に戻ると既に整理してあった荷物を取る。
一刻も早くこの場所を去りたかった。
足が縺れて転びかける。
強くなったはずの奈良は何処にも居ない。
もはや先程自分に言い聞かせた言葉は消え去っていた。

あの光景がそのまま自分の罪として襲い掛かってくる気がしてただひたすら恐ろしかった。
弾切れと知らない散弾銃とリュックを背負うと死体を見ない様に横をを向きながら建物を飛び出す。
聞こえてくる羽音と鳴き声は必死で頭から追い出した。
停めてある折りたたみ自転車に乗ると夢中でそのペダルを漕ぐ。

---いやだ、あんなになりたく無い。
---違う、あれは僕のせいじゃ無い。

> 所詮奈良は奈良だった。
例え銃を持っていたところで心が強くなった訳ではない。
クラスで大した自己主張も出来ずに埋もれていたあの時から何も変っていなかった。
そして今、手を差し伸べてくれる仲間は居なかった。
奈良は急速に孤独を感じ始めていた。
いや、捜索で誰も見つけられなかった時から感じていたのかもしれない。



奈良の走り出した先は東だった。
この先にある灯台、そこが人が居そうな場所で一番近い---
そう思って力の限り自転車を先に進ませる。

だが奈良は知らなかった。
自分が選択を誤った事を。
向かっているのが他に参加者が居ない方向である事を。
そして、鬼怒川の置き土産となった自転車の状態を。

「誰か、早く誰かに会わないと」

そんな奈良には乗っている自転車が上げる悲鳴もまるで聞こえない。
禁止エリアの僅かな隙間を抜けてH-08に入り、尚も自転車を漕ぎ続ける。

遂にその時が来た。
一条に酷使され、鬼怒川に奪われ、そして奈良に止めをさされた自転車は走行中突如分解した。

---ええっ!?あれれっ!?

自分を支えていたハンドル、サドル、ペダルの手ごたえが無くなり、奈良の体は慣性に従って投げ出される。
その瞬間から激突までを奈良はスローモーションの様にゆっくりと見ていた。
アスファルトの道路が文字通り目前まで迫り、落ちている砂粒までがはっきりとわかる。
後ろや横にはバラバラになった自転車の部品が宙を飛んでいた。

---ど、どうしよう!僕、このままじゃ!?
見えていても何もできないまま奈良は道路に全身を叩きつけられ、その瞬間に意識を失った。
投げ出されたリュックと銃も自転車の様に周辺に投げ出されて散らばる。
やがてその場に静寂が戻った。
道路の少年は伏したまま起き上がらず、その口からはうめき声一つ聞こえては来ない。
だが、時折その腕や指先が痙攣を起こす事が奈良が生きている証明だった。
しかし彼の不幸はこれだけに留まらない。

奈良は気を失ったまま次の放送を迎えようとしていた。
そしてそれは絶対知っておくべき禁止エリアの情報が得られない事を意味する。
出会えさえすれば教えてくれるかもしれないクラスメイトから奈良は誰よりも離れていた。

皮肉にもそれは奈良と同行していた結城つむぎの経験した事であり、
奈良が殺した鬼怒川の自転車によってもたらされた事。

或いはこれが殺人という罪への報いなのかもしれなかった。



【午後17〜18時】

【現在位置:H-08】


【奈良健太郎】
[状態]:全身打撲、気絶中
[道具]:支給品一式(地図1、食料16、水4)  殺虫スプレー(450ml) ロウソク×3 マッチ一箱 突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:38発
     散弾銃(モスバーグM500)残弾0、スタンガン(残り使用回数2回) キャンピングライト(弱で残り2〜3時間)  診療所の薬類
[行動方針] :罪から逃げる為に灯台を目指す
[備考]:ハリーを警戒。播磨が吉田山、天王寺を殺し刃物を所持していると思っています。 散弾銃が弾切れとは知りません。


 ※防弾傘(ほぼ破損)は氷川村に放置してあります。余分な地図や水、リュックは診療所内に置いてあります。



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