夕焼け
「放送になったら起こしてあげるから……」
三原は眠る八雲が寒くないようにと上着を掛け、頭をリュックの枕に乗せて楽な姿勢を取らせる。
死者に囲まれる中、八雲の静かな寝息で起きる様子が無い事を確かめた三原はゆっくりと動き出した。
間も無く日が落ちてしまう。
暗くなる前にやるべき事をやっておこうと並んで横たわる麻生とサラの遺体に歩み寄る。
血に染まったそれは酷いものだった。
三原はとてもその顔を見れずに輝きを失った目でUZIを拾い上げると肩に掛ける。
麻生の矢を抜いてあげたかったのだが、完全に頭蓋を貫いて後頭部から先端が飛び出したそれを触る気にはとてもなれなかった。
ごめんなさいと心の中で詫びつつ瞼を閉じさせるのが三原に出来る事だった。
「せめて、三人で仲良く眠ってください」
涙ぐみながら離れた位置にあった花井の遺体の腕を組ませ、足を引きずって麻生とサラの横へと運ぶ。
一度洗った制服がまた血と土で汚れてゆき、悲しみも同じように三原の心を染めてゆく。
「天国で……仲良くしてください」
並んで横たわる三人にそれだけを言うと三原は嗚咽して崩れた。
八雲を励まさないと、とずっと堪え続けた涙が次々に溢れてくる。
(どうして!どうして麻生君も花井君も、サラちゃんそしてクラスのみんなが死ななきゃいけないの?)
ほんの一昨日までは死なんて自分達には遠い事だった。
毎日をどうやって楽しく生きようかと友人と話し合って笑っていた。
それが何故壊れてしまったのだろう。
せめて泣き声で八雲を起こさないようにと三原は声を殺して泣き続けた。
その涙が遺体の頬に落ち、まるで一緒に泣いているかのようだった。
「うう……ひっく……ぐすっ……」
三原は尽きることの無い悲しみの奔流に飲み込まれようとしていた。
希望、生きる自信、そういった前向きな気持ちを失いかけたその時、小さな影がゆっくりと近付いて三原に重なる。
すると暫しの後で嗚咽する声が止まった。
「伊織…?」
影の正体は猫だった。
ゲームが始まって最初に出会った人が連れていたはずの猫。
半日にも満たない時間だったが一緒に行動した存在で殺伐とした自分の心をちょっとだけ癒してくれた。
真夜中に別れて以来18時間ぶりの再会。
その猫の伊織が今、ペロペロと顔を舐めてくれている。
頬を濡らしていた涙がたちまち舌で拭われ、そのくすぐったさに三原は思わず笑ってしまった。
「ふふっ……慰めてくれるの?」
すると伊織は答える代わりに胸の中へと飛び込んでくる。
そのまま懸命に顔を舐め続けられると何時の間にか三原の涙は止まっていた。
腕の中にあるその命に温かさと重みを感じ、次第に胸にあった悲しみが薄れてゆく。
「ありがとう、もう大丈夫……」
その声はまだ弱弱しかったものの三原はようやく顔を上げた。
伊織を優しく撫でた後に地面の上に降ろし、そして立ち上がる。
それを見上げる伊織は三原がもう泣いてない事を喜んでいるのかニャーと一声鳴いた。
こんばんわ、三原梢です。私はようやく泣く事を止めました。
悲しい事には変わりありませんがほんの少し、本当に少しですが楽になった気がします。
助けてくれたのは伊織でした。
元々は天満ちゃんの飼い猫です。
何故かララさんに支給されてベントウと呼ばれてました。
……あれから一日も経っていないはずなのにとても昔に思えます。
天満ちゃん、そしてララさんの名前が放送で呼ばれた時、当然伊織の事も考えるべきでしたのに私は心配もしませんでした。
少しの間ですが一緒に行動したというのに酷いですね、罪悪感がこみ上げてきます。
でもそんな薄情な私を伊織は慰めてくれました。
ありがとう伊織、そしてごめんなさい。
涙は止まりましたが問題は次にどうするかです。
八雲ちゃんは眠ってますので当然移動は出来ません、そしてみんなをこのままにしてもおけません。
だから私はみんなのお墓作ってあげる事にしました。
冴子の酷い姿は今思い出してもぞっとします。
麻生君達をあんな風にカラスの餌にさせない為にもここは頑張りが必要でした。
でもちゃんとしたお墓はとても無理です。
朝、冴子を埋めた時に穴掘りが大変という事はよく分かっていました。
ですから、カラスから隠れる程度に麻生君達に土を掛けてあげようと思います。
それなら今の私にも出来るでしょう。
でも困りました、ここには何も道具がありません。
草を掻き分けても木の板一つ見つからないです。
早くしないとカラスがいつ群がってくるかわかりません。
途方に暮れかけたその時でした。
草を掻き分けた先に海が見えたのです。
そうです、海岸に行けば流木が打ち上げられているかもしれません。
私は海へと向かいました。
繰り返しすみません、三原梢です。今私は海岸で沈む夕日を見ています。
目の前には一面に広がる大海原、それが息を呑むくらいに赤く染まっていました。
太陽は水平線の上でゆっくりと沈んでいきます、本当に見事な夕焼けです。
そんな光景の中、私は波打ち際を歩いて流木を探しました。
何かとても感傷的な気分です。
いけません、また泣きそうになりました。
ふと横から猫の鳴き声がします。
伊織でした、どうやら私に付いて来たみたいです。
おかけでまた涙が止まりました。
海岸を歩く猫と少女、誰かが見たら絵になるかもしれませんね。
肝心の流木ですがなかなか良いものがありません。
大きすぎたり形が悪かったりと土を掘れそうなものは無さそうです。
それとゴミも結構打ち上げられているのですね。
正直気分が台無しです。
おや?
私の目に何かが止まりました。
ゴミに混じって棒の様な物が突き出ています。
引っ張るとそれは小型のオールでした。
見ればゴムボートらしい残骸が打ち上げられてますね、恐らく付属品だったのかもしれません。
水と土、本来の用途とは違いますがこれは使えそうです。
発見を喜んでくれるのか伊織が鳴きました。
そうですね、もうここに用はありません。
背中に夕日を浴びながら私は海岸を後にします。
そこで見たのは本当に素晴らしい光景でした。
海には何度も行きましたが夕日にここまで心を動かされた事はありません。
もしこの島に来たのがクラスのみんなで遊ぶ為だったら。
殺し合いなんかじゃなく思い切り遊んで、そして今鳥君や冴子と一緒にこの夕日を見れたら。
そんな事を思いました。
でも、もうそれは無理です。
二人は死んじゃいました、あの楽しかった日は戻りません。
そして私も明日夕日を見れるか分かりません。
不思議と悲しくありませんでした。
涙が枯れたのでしょうか。
私は海が見えなくなる前に一度だけ振り向きました。
そして見ました。
夕焼けの海で声を上げて笑う私達の姿。
ここに居る私がもう一人居ました、今鳥君が居ました、冴子、麻生君やサラちゃんも居ました。
みんな楽しそうな表情をしていました。
それは私の願望が見せた幻です。
気が付くと誰もそこには居ません。
夢、そう夢です。
おかしいですね、昨日からずっと昔の事を思い出したり夢を見ます。
その度に助けられましたね、本当に夢見る女の子です。
なら私はこれからも夢を見る事にします。
昔あった事、こうあって欲しかった事、死んだ皆の分も私が見ようと思います。
どんなに辛くても夢を見る事は忘れません。
そう決めると生きる気持ちが湧いてきました。
走ります、走って戻ります。
皆が居る場所まで伊織と競争をしました。
戻った私はオールをシャベル代わりにして早速お墓作りを行います。
掌が痛みますが歯を食いしばって我慢します。
土を掬って麻生君達の上に掛けました。
最初は花井君の制服を土で汚しただけですがまだまだこれからです。
土を掛けます、さらに掛けます、どんどん掛けていきます。
伊織も手伝ってくれました。
後ろ足で土を掛けてくれます。
一緒に頑張ってると麻生君達がなんとか土に隠れました。
パンパンと上から叩いて土を固めて落ち葉を掛け、頭の位置に石を置きます。
三つの石が並んでようやくお墓が出来ました。
私は両手を合わせて祈ります。
麻生君、花井君、サラちゃんごめんなさい。
今の私にはこんな事しか出来ません。
それどころかこれからどうするのか全然思い付かない状態です。
でも一つだけ約束します。
大丈夫、私はみんなの死を無駄にしません。
だから安らかに眠ってください。
そう私は誓います。
辛いですけど、何も分かりませんけど、立ち止まってしまっては三人に申し訳ないと思いました。
伊織も私の横で黙っています。
猫の考えはわかりませんが一緒にお祈りしてる気がしました。
私のする事を真似ているのでしょうか?
お祈りを済ませた私達はお墓を後にしてまだ寝ている八雲ちゃんの元へと戻ります。
伊織は一足先に飛び出すと八雲ちゃんに寄り添いました。
そういえば伊織が天満ちゃんの飼い猫という事は八雲ちゃんの飼い猫でもあるんですね。
本当は八雲ちゃんと一緒に居たかったのかもしれません、なのに私の側にいてくれた事は感謝してもし足りません。
せめてのお礼にリュックから水とパンを取り出して伊織に与えます。
今まで喉が渇いていたのでしょう、水を夢中になって飲んでました。
取り出したパンはレーズンパンです。
それを千切って差し出しました。
猫にパンを出して食べてくれるのか心配でしたが他に食べ物はありません。
しかし伊織はちゃんと食べてくれました。
私も一緒にと思いましたが八雲ちゃんに黙って食べるのは悪い気がしたので残りはリュックに戻します。
後は八雲ちゃんの横に座って放送を待つ事にしました。
ここから海は見えませんがどうやら日没みたいです。
夕焼けもだんだんと暗くなってきました。
間も無く夜になるのでしょう。
完全に暗くなったら前に弾の補充が出来ません。
ですから今の内に急いでしなければなりません。
説明書を見ながら早速作業にかかります。
でもなかなかうまくいきませんでした。
お墓作りの後ですので傷の痛みを我慢しても手が震えてしまいます。
あっ、弾がポロッと落ちてしまいました。
慌てて手探りで探します。
……なんとかベレッタの方は終わりました。
次はUZIですがここは一旦休憩です。
私は伊織の背中を撫でながら隣の八雲ちゃんの方を向きました。
殆ど動かずに寝息を立てている彼女のその泣き腫らした目元を見て思います。
さっきは私の不用意な答えでこの子を苦しめてしまいました。
起きた時、八雲ちゃんが何らかの答えを見つけているかもしれませんがそうでない場合の事を考えなければなりません。
だとしてもどうこうしろとは言う気は無いです、やっぱり答えは自分で出して欲しいから。
もう一度聞かれた場合私に言えるのは自分の事だけです。
生きて夢を見続けたいと決めた事、それしか言える事は無いと思います。
八雲ちゃんも夢を見ているのでしょうか?
だとしたら起こすのは気の毒ですがそうもいきません。
それを聞かないと私も八雲ちゃんも前に進めないのですから。
まもなく放送です、私は八雲ちゃんを起こす為にそっとその体を揺すりました。
【午後 17時55分】
【現在位置:H-03】
【三原梢】
[状態]:やや疲労、左掌に銃創(応急処置済み) 精神的疲労はやや回復
[道具]:支給品一式(食料1.5、水2) UZI(サブマシンガン) 9mmパラベラム弾(1発) 救命ボートのオール
ベレッタM92(残弾16発) 9ミリ弾191発 エチケットブラシ(鏡付き)
[行動方針] :八雲を起こして放送を聞く。生きて夢を見続ける。UZIの弾丸を補充する。
[備考] :ハリーを警戒。結城が心配。 播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
【塚本八雲】
[状態]:精神衰弱、疲労のため睡眠
[道具]:支給品一式*2(食料3、水6)、(弓矢20本、全てゴム。ただし弓はしっかりしてるので普通の矢があれば凶器) 、ドジビロンストラップ
壊れたボウガン(M-1600、現在一本装填) ボウガンの矢3本(サラのリュックの中) アクション12×50CF(双眼鏡)
[行動方針]:起きたらどうしよう…
[備考]:所持している荷物を天満の形見と認識。弓使用可だが精度に難あり。反主催までは思考の外
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