燃えよ剣
皆さんこんにちは、隣k――ゴホッゴホッ。
スミマセン、むせちゃいました。
気を取り直してもう一度――。
皆さんこんにちは、順子です。
私は今、烏丸君と一緒にホテル跡へと歩みを進めています。
道中、言葉少なながらも烏丸君と2-Cでかつて起こったことの会話をしていました。
その会話の中で見えてくる、私が知らなかった烏丸君像、塚本さんのありのままの魅力、播磨君の意外な素顔など、並べていた言葉は数少なかったのですが私にはとても充実した内容が含まれていました。
その中でも播磨君と烏丸君が漫画仲間であったことなどは私をかなり驚かせました。烏丸君はこの歳にしてジンガマで連載をしているだけでなく、私も知っている売れっ子漫画家の二条丈先生だったのです。
それに、あの播磨君から漫画を描いていることなどは想像もつきませんでした。烏丸君が漫画を書いていた事実と合わせて、ものすごく衝撃的な事実でした。そして烏丸君が播磨君を探していたのは、この島へ来てから書き始めた漫画を完成させるためなのだそうです。
途切れ途切れながらも紡がれる会話を行いながら私たちはホテル跡へと向かっていきました。
目の前には既に誰かが歩いたと思われる道が広がっていました。刃物のようなもので切り裂かれた草木や、誰かに踏みしめられたような跡が残る草花や枯葉などの地面がそれを雄弁に語っています。
烏丸君は普通に歩いているのですが、それでも私には歩みが速すぎて着いていくので精一杯です。烏丸君は烏丸君なりに私を気づかってくれているのですが、何かに焦っているようで時々歩くのに夢中になってしまっています。
いつも烏丸君は不思議な雰囲気を纏っていて感情と呼ばれるものを表に出さないように感じていたのですが、今ではそれをはっきりと認識することが出来ました。
焦り、それから怒りのような悲しみのような感情が見え隠れしているのです。
私が感じることが出来るのは私が烏丸君をより理解出来るようになったからなのかもしれませんし、烏丸君が私により心を開いてくれたからかもしれません。きっとそういうことも一因になっていると思います。
いえ、思いたい。
だって、――塚本さんの死が全ての理由なんて悲しすぎますから。とてもとても悲しすぎます。
烏丸君にとっても悲しすぎますし、塚本さんにとってもまた。そして――。
あぁ、ダメだなぁ。
私もつい辛い事ばかりを考えてしまいます。それじゃあダメだってわかっているのに、これ以上烏丸君に迷惑を掛けられないとわかっているのに。
私は昔から弱い自分を心の底から恨んでいました。どんなに恨んで、どんなに頑張ったっていつでも私は弱いままで、後一歩が踏み出せないで、いつもみんなの影に隠れて生活していて、そして私はいつしかモブキャ――ゴホッゴホッ。
そしていつしか、私は――播磨君の隣の席のあの子と呼ばれることもあるようになっていました。
クラスの男子の一部には名前すら覚えてもらえず、私のことを指すときは、「あの子」とか「その子」。面と向かっていても「あなた」や「君」、「おまえ」。
クラスに一人は名前も覚えられないほど地味な女の子がいるでしょう? それが私。いつだってそれは、私でした。
別にそれでもいいかな、なんて思っていたりもしました。こんな私にも親しい友達はいましたし、クラスで巻き起こる事件は私なりに楽しめたりしましたから。それで十分ですよね。
クラスメイト全員の思い出には私が存在してないのはちょっと寂しいけど、でも皆の思い出に入り込むなんて私には贅沢すぎます。一人でも多くの人の思い出に残ればいいな、なんて思いますけど、それが許されるのはクラスでも目立っている数人でしかないんです。
私みたいな凡人は、肝心な時はいつだって見えない何かに束縛されて身動き一つ取れなくなるんです。口を結ばれ声一つ張り上げられなくなるんです。
色んなものが不公平なのは今に始まったことじゃありません。だから私にはどうにも出来ない。
そうやって諦めるんです。いつだって、私は諦めてきたんです。
そして今回も。
私には塚本さんの代わりなんて務まりません。私が烏丸君を励ますなんて出来っこないんです。
悲しいけど、無理。私には無理です。
だからせめて迷惑は掛ないように、私は歩きます。
烏丸君に掛ける言葉も見つけられないまま。
私達はそれぞれに歩きます。同じ道をそれぞれに歩きます。
「もし、もしもだよ……」
烏丸君が歩きながら不意に口を開きました。
烏丸君の服は未だに返り血で染まっています。
「もしも僕がこの刀を抜くことになる時がきたとしよう」
刀を抜く。つまりは誰かを斬る時が来たら――ということなんだろう、と私は理解しました。
「その時は下がっていてくれないか?」
そんな時なんて来て欲しくはないけれど、もうそれが叶わない事もわかっていました。
「……私が危ない、から?」
私は立ち止まり聞きます。
「それもある。けれどそれだけじゃない」
烏丸君も歩みを止め、振り返り答えます。
そして、烏丸君の瞳から――感情が消えた。
「止めないで欲しいんだ。その時はきっと……僕が、僕のためにも戦わなくてはならない時だから」
烏丸君の瞳から消えた感情は、もう戻ってこないんじゃないのか。
そう思うと寂しくて、私はとても悲しかった。
「烏丸ー!」
突如、烏丸君の背後から怒声が聞こてきました。
それは大地を切り裂かんと言うほどの大声で、その声は私にも聞きなじみのある声でした。
獣のようなその男を、赤みがかった陽の光が南西から照らして見覚えのあるシルエットが浮かびます。
私達は男の目元で黒光りするレンズを見ると、その男の正体を確信しました。
いえ、きっと私は、そして烏丸君も、声を聞いたときから気づいていました。今私達の前方にいる男の人が、播磨拳児であるということに。
私達の前に立ちふさがる播磨君はまさに魔王のようでした。魔王っていうのは噂でしかないと思っていたのですが、約一年間播磨君の隣の席に座ってそれを確信していたのですが、それは見事に裏切られました。
私が見たこともない播磨君が、返り血にまみれた状態でナイフ片手に今実際に立ち塞がっているのですから。
「ハァハァ……塚本を、ほっといて……随分と仲良くやってんじゃねーかよ」
ここまで走ってやってきたのか、肩でしていた息を整えると播磨君は再び口を開きました。見るからにとても疲弊しているようでもありました。
「……やぁ播磨君」
烏丸君は返事を避けて、いつも通りの声色で播磨君に挨拶をしました。
けれど烏丸君の瞳の色はいつも以上に感じられません。
「塚本さんのことは僕も残ね――」
「もう喋るな! ……声を聞くだけでも虫唾が走る」
叫んだ瞬間の播磨君の声は、何故だか確かに揺れていました。悲壮な響きが聞こえたのです。
「そうか、やっぱり君は高野さんに騙されてしまったんだね?」
怒声が聞こえてきた瞬間から、私達は播磨君が騙されている可能性が高いことを感じていました。高野さん本人から直接話を聞いたか、あるいは誰かを経由して高野さんの話をほぼ確実に聞いているのでしょう。
播磨君は顔を顰めるとリュックを近くの木の根元に投げ飛ばし右手に持つナイフを構えました。播磨君が疲れていることを忘れそうなほど気迫が籠っていました。
「いいから黙れよ。てめぇがそいつをどう手なずけたとか、てめぇがどうして誰かを殺しただとか、もうそんなことには興味はねーんだよ」
「違うよ播磨君! あなたは騙されて――」
「違うよ播磨君! あなたは騙されて――」
私の言葉を烏丸君の右手が遮りました。
そして私の言葉を遮った烏丸君の右手は、日本刀の柄に掛かります。
「下がっていてくれないか? 砺波さん」
「なんで? おかしいよ! どうして烏丸君まで戦うの?」
どうしてもここで二人を戦わせてはいけないと、私の何かが語りかけてきます。
「きっともう僕らの声は播磨君には届かない。届いたとしても伝わらない」
「そんなの……」
わからないよ。私には最後まで言い切ることも出来ません。
「僕はこんな所で無駄死にするわけにもいかない」
烏丸君の表情が凍り付いてゆきます。
「覚悟はしていたんだ。放送で塚本さんが名前を呼ばれた時から、いや、もしかしたらこの最低で下らないゲームが始まった時からかもしれない」
ゲームと言い切る烏丸君の目はとても冷たくて、私は言葉を発せられませんでした。
「播磨君との何らかの衝突だけは、覚悟していたんだ」
私は何も言えない。播磨君も襲ってこないところを見ると黙って聞き耳を立てているようでした。
「本当は――」
今度は播磨君を見つめながら烏丸君は喋ります。
「こんな物を使わないで。出来ることなら僕らの大好きな漫画のことでが良かったんだけど」
「ハッ。笑わせんなよ人殺し。……それに、だ。俺は漫画なんか好きじゃねぇんだよ」
播磨君の瞳は見ること叶わないけど、それでも悲しそうに揺れているのだと私にはわかりました。
「いや、君は漫画を好きだ。好きじゃなければ、あんな物語を書けはしない」
「わかった様な口を利くなよ。俺が好きなのは漫画じゃねぇんだ。いいか? 俺が好きなのは――」
「それも薄々わかっていたよ」
烏丸君は播磨君の宣言を遮りました。
「それでも、君は漫画を好きだ。それだけは、僕も譲らない。……僕も漫画が大好きだから、それだけはわかるんだ」
彼らは漫画を通して私にはわからない何かを得ていて、それは同時に色んな思い出と共にあるんだと思う。
漫画を描くっていうことは日常生活の一コマを物語に変えてしまうような、そんな物なんじゃないかな。きっと彼らの日常生活ともリンクしていることがあるはずで。
そして日常生活には誰でも同じように、とても大切なものがあるから。だから彼らにとっての漫画は、私にとっての漫画とは別物なんだろう。とても大切なものなんだと思う。
私には全くわからないけど、漫画を描くことで播磨君は烏丸君とその思いを共有しているんだろう。
私はそんな価値観を烏丸君と共有できている播磨君が、少しだけ羨ましいと思いました。
いくつもの沈黙が流れます。
「そんなことはどうでもいいんだよ。つーかやっぱてめぇの戯言に付き合うべきじゃなかったぜ」
けれど私の考えを嘲笑うように、播磨君はふらつく足に活をいれ烏丸君に向かって歩み始めました。
「余計な事ばっか思い出させやがってよ……」
何を思い出したのだろうか。私はこれ程恐ろしくて、これ程悲しい人を見たことはありませんでした。彼の足がふらついているのは、疲れているからというだけではないような気がしました。
「僕と君がやり合っても何も変わらない」
「僕と君がやり合っても何も変わらない」
烏丸君は私から離れるように、左斜め後ろへと足を動かします。
「うるせぇんだよ……もうどうしようもねぇんだよ」
播磨君は正気を失っているようで、それでも動くことを止めず右斜め前へと足を流します。距離を詰め過ぎないように一定の間合いは守っていました。
――私には二人を止める力はない。
「それに君は騙されているんだ」
「誰がマジなのかなんて俺には元々わかりゃしねー。それなら俺は、塚本のために動く」
二人はいつの間にか構えを整え、動きを止めました。
――私はやっぱり何も出来ない。きっと二人の目には私の姿すら写ってないのでしょう。
「だから……塚本のために、おまえを向こうに送ってやる」
「それは出来ない。僕にはまだやらなければならない事があるんだ。……それはきっと、塚本さんが望む事でもあるから」
私達の位置関係は私を頂点とした頂角がとても大きい二等辺三角形のようになっていました。
――息をするのも忘れそうなほど必死に声を出そうとしているのに、それすら叶わない。
「俺はてめぇのこと、なんだかんだ言って嫌いじゃなかったぜ」
「僕も君となら友達になれたと思う」
塚本天満がいなければ――私にはそう続いているような気がしました。
でも、それは違います。だって塚本さんがいなければ二人の距離はこんなに近づかなかったでしょうから。
乾いた血を服に付けた二人が動きを再開します。
制服を濃い赤に染めて対峙する二人があまりにも不気味でした。
動くからには居合いは無理だからか、烏丸君は一気に鞘から刃を抜くと鞘を投げ捨て、刀身を自分の体の前に両手で構えながら摺り足で進みます。播磨君は右手にナイフを握り締め、その腕をやや前方に突き出しながら半身に構えて進んでいきます。
――私は動かない体をこれほど恨んだことはなかった。
「さよなら、だな」
「うん」
烏丸君の間合いまであと数歩。
――塚本さん、お願い。力を貸して! お願い!
「烏丸ぁ!」
「フー……ハッ!」
気づけば烏丸君の刀身が沈みがちな陽を真っ赤に映していました。
燃え上がるそれは、寂しそうにユラユラと揺れています。
あぁそうだ。私はこの人に誰も殺して欲しくないんだ。誰も傷つけて欲しくないんだ。
そんな当たり前のことに、今やっと気が付きました。
ずっと昔から大事な時に自ら束縛してきた何かを解きます。自ら結んでいた口も解きます。
駆け出す体はもう誰にも止められない。湧き出る声をもう二度と止めさせない。
「もう止めて!」
二人が交わるよりもずっと早く、二人の対峙を妨げるように私は立ち塞がりました。
目を見開いて珍しく驚いている烏丸君に背を向けて、私は播磨君に向き直ります。
「て……てん、ちゃ……ま、ちゃん」
播磨君は見てはいけないものを見ているかのような表情で、口をパクパク開閉させていました。
「こんなことをして、塚本さんが喜ぶと思う? こんなことをして塚本さんは笑ってくれるかな?」
「塚……本?」
黒く塗りつぶされたガラスの奥にある瞳は、果たして私の姿を捉えているのでしょうか?
そんな疑問が浮かぶほどに、播磨君が私を通して何かを見ている気がしました。
「そう、塚本さんがこんな光景を見たら悲しむに決まって――」
「塚本……なのか?」
私が全部言い切る前に播磨君の左腕が私の肩を捕らえ、そのままそう聞かれました。
けれど私は顔も声も性格までも塚本さんには似ても似つきませんから、当然塚本さんの振りは出来ません。
「ち、違う、よ……私は、ほら。隣の席の――」
ナイフが枯れ草の茂みに落ちる音が聞こえたと同時に、私は温もりを感じました。
播磨君の吐息を右肩に感じた時、私は抱き締められたことがわかりました。
「――」
播磨君が悲しそうに小さく呟いたその言葉は、やがて私の中に溶けていきます。
何か返事をしてあげたかったけど、返すべき言葉なんて思いつきませんでした。
ふと、肩に掛かる手が軽くなった気がしました。すると今度は播磨君が一気に体重を預けてきました。
「キャッ、助けて! 烏丸君」
一瞬ドキッとしましたが、播磨君の体には力は入ってないようで徐々に崩れ落ちていきます。
声を聞いた烏丸君が刀を構えながら慌てて駆け寄ってきました。
「播磨君が、播磨君が」
烏丸君は状況をすぐに理解すると刀を置き、私に手を掛けながら崩れ落ちていく播磨君を支えると、播磨君の手を私から引き剥がし仰向けに横たわらせました。烏丸君はそっと播磨君の口に手を当てます。
「寝ているみたいだ……」
私はホッとすると、そのまま地面に腰を落としました。
「多分疲れていたんだと思う。きっと播磨君は塚本さんのために必死で走り回っていたんだろうから」
播磨君は精神的にも、肉体的にもすごく疲れていたんだと思います。
「そうだね」
隣の席で座っている男の子が、私とは逆隣の子をよく見ていたことを私は知っていた。
私は隣の席の男の子を好きだったわけじゃない。それでもやっぱりその男の子の逆隣の女の子が、ちょっとだけ羨ましかった。
「なんていったって私と塚本さんを間違えちゃうくらいだからね」
本当にありえないよね、なんて笑いながらこぼす。
そんな私に対して烏丸君は首を横に振りました。
「……僕も……あの時は僕も一瞬塚本さんが止めに入ったのかと思った」
あの時を思い返す。私の頭はぼんやりと熱くなり、そのまま一気に冷めていく。
「そんなことはありえないって思っていたし、僕はそこまで熱くなってはいなかったけど。それでもあの時の砺波さんは塚本さんに見えたんだ」
いつもなら動けないはずの場面で体が動いた。
なぜ動けたか烏丸君は知らないんだよね。なんで命を危険に晒してまで止められたか、烏丸君は知らないんだよね。
「もしかしたら……塚本さんが、力を貸してくれたのかもね」
私はそう言って微笑んだ。
弱い私は、この想いを打ち明けようとはしなかった。
「そうなのかもしれない」
烏丸君は納得してくれました。残酷なことに納得してくれました。
やっぱり私には、後一歩は踏み出せないようです。
播磨君の荷物を確認した後で烏丸君はしばらく頭を捻っていたかと思うと、今度は日本刀を鞘に納めるなど荷物の整理を始めました。
「ハイ、これ」
彼はリュックから取り出した竹製の包丁と火打石、それから落ちていたサバイバルナイフまで私に渡してきました。
「う、うん。でもどうしたの? 荷物まで纏めて」
もちろんそんなことは聞かなくても、私にはわかっていました。
「僕はもう行かなければならない」
「そんな……播磨君はまだ眠ってるし、もうちょっと待ったっていいはずだよ」
烏丸君は播磨君を優しく見つめた。
「播磨君はたぶん僕を許してくれない。僕らの話を信じてくれたとしても許してくれないかもしれない」
「許してくれないって塚本さんのこと? それだったら許すも許さないも烏丸君は悪くないよ。それは播磨君だってわかってくれるよ! だから――」
「そうかもしれない。それでも、誰よりも僕が僕を許せない」
烏丸君はいつものように静かに、だけど力強く口を開いた。
「漫画を描くことよりも大切なものはたくさんあったのに、それに気づかなかった僕が僕を許せない。出来ることなら播磨君に思いっきり殴られたい」
烏丸君にはもう私は見えていないのだと悟ってしまいました。
「やっぱり僕は行くよ」
「どこへ、行くの?」
これから何をしに行くかなんて、強く握り締められた日本刀を見ればわかりそうなものでした。
「もう高野さんを許すわけにはいかない」
烏丸君の瞳は熱く輝いていました。さっきと変わって無感情では無いことに内心ホッとします。
「僕の目の前で大塚さんを殺して、塚本さんの死や播磨君の気持ちまでも利用した高野さんを……僕は絶対に許さない」
怒り。きっとそれを顕す術を烏丸君は知らないのでしょう。
「僕だけは彼女を許してはいけないんだ」
それでも烏丸君が怒っていることは疑いようも無いほどに確かでした。
「こんな時にこんな場所で勝手にいなくなってごめん。だけど、今僕が動かなければ高野さんからの被害者はどんどん増えていくんだ」
烏丸君と一緒に行きたいという思いを押し殺して、私は微笑み頷いた。
「ここならそれなりに茂みはあるし、播磨君が寝ている傍で黙って伏せていれば誰かが来てもやり過ごせる。播磨君が起きたら播磨君のリュックの中にあるインカムを使うといいよ。
いきなり播磨君以外が使えば怪しまれるだろうけど、播磨君が使えば問題は無いと思う」
播磨君のリュックを指して烏丸君は話を続けます。
「もし次の放送でこのE-05が禁止地区になったらとりあえず僕も戻ってくるよ。播磨君がそれでも寝ているようなら運ばないといけないから。でもそれ以外だった場合は、僕はもう戻ってこないと思う。
このまま高野さん達が通った跡らしき、枝葉が不自然に刈り取られている道を進んでみるよ」
ここまで饒舌な烏丸君は見たことがありませんでした。何が彼をここまで饒舌にしたのか、理由は一杯ありすぎてわかりません。
「もしかしたら砺波さんとはこれが最後の会話になるかもしれない」
私の動揺に烏丸君は気づいたのか、少し言いよどみましたがそのまま続けました。
「一緒に行動できたのが君で良かった。ありがとう」
「一緒に行動できたのが君で良かった。ありがとう」
優しく微笑む烏丸君はこれで二度目でした。
「それと、播磨君が目を覚ましたら伝えて欲しいことがあるんだ――」
「それは、嫌」
烏丸君の言葉に、私は割り込んみました。
「それは嫌だよ。伝えたいことは自分で伝えなきゃ。またいつか播磨君と再会して、それから自分で伝えようよ」
我が儘を言って、ごめんね。
「それからありがとうなんて言わないで。私のほうが烏丸君に出会えてすごく、すごく感謝してるんだから」
烏丸君、ありがとう。
「だからこれから死ぬみたいなこと言わないでよ。漫画を完成させなきゃいけないし、播磨君に伝えたいことはあるし殴られなきゃいけないし、烏丸君にはやらなきゃいけないことがたくさんあるんだから」
私にも、烏丸君に伝えなければいけないことがたくさんあります。
「そうだね。僕はまだやり残したことだらけだ」
「うん。だから約束しよう。必ず生き残るって約束しよう」
烏丸君は力強く頷いてくれました。
「……それから、出来れば高野さんも雪野も含めて皆で助かろうよ」
それが私のエゴだってわかってはいるけど、烏丸君が傷つくのも傷つけるのも見たくありませんから。
「ごめん、それは約束できない」
しかしそれには、烏丸君は首を横に振りました。
「けど努力はしてみるし、一つ目の約束は絶対に守ってみせるよ」
それが精一杯だと私にもわかっていたから、もう何も言えませんでした。
「それじゃあもう行くよ。また、どこかで会おう」
そう言って歩き去っていく烏丸君に、私は私なりに頑張って明るく努め一言返事をしました。
去っていく烏丸君はとても雄々しく、先程までは高野さんへの苛立ちを隠していたのだと感じました。刀を握り締める右手は遠目にも力が入っているようで、自然とさっき見た烏丸君の燃えるような瞳が頭に浮かびます。
消える直前の炎は最後に猛々しく燃える。どこかでそう聞いたことを思い出しました。
嫌な予感は駆け巡るもので、烏丸君の姿が見えなくなったときにはその予感はより一層濃くなっていました。
播磨君を顧みます。静かに寝ているようです。きっと誰かが近くを通っても播磨君には気づかないでしょう。
今の烏丸君はこのままでは無茶をしかねない。私に出来ることはないかもしれないけど、きっと彼の無茶を止めることくらいなら出来る。せめて声を掛けて落ち着かせてあげられる。
烏丸君を助けに行きたい。次第にその思いは強まっていきました。
また播磨君を顧みました。死んだように静かに眠っています。その時にはもう迷ってはいませんでした。
目が覚めたらインカムを使って連絡を取ること。禁止エリアを聞き逃していたらその際聞くこと。烏丸君を信じて欲しい、そして許してあげて欲しいこと。
塚本さんの望んでいることを考えて欲しいこと等色々なことをメモに小さくぎっしりと書き記すと、播磨君がリュックを開けてすぐ気づくようにリュックの中の一番上にメモをしまいました。
きっと目が覚めたらお腹が空いているでしょうから荷物を漁るはずでしょう。そうすればすぐにメモに気づくはずです。そして竹製の包丁と火打石は私のリュックにしまい、サバイバルナイフは播磨君のリュックに入れておきました。
次の放送ですぐにE-05が禁止エリアになったとして、その時目を覚ましていなかったとしても烏丸君が戻ってきますし当然私も戻ってきますから禁止エリアはなんとかなると思います。
近くに人が通った形跡のある比較的歩きやすい道があったので、その脇にあり死角も多いこの場所はまず安全でしょう。それでも置いていくことに抵抗があったので更に念のために落ち葉や枯れ木で少しだけ播磨君をカモフラージュします。
リュックは手元に置いておきますから体を起こせば気づくでしょう。
「これでよし」
時間が勿体なかったのでカモフラージュはかなり適当になってしまいました。ほとんど無意味ですがないよりはマシでしょう。
「ごめんね、播磨君。今度こんなことがあったら綺麗に隠してあげるからね」
謝るとこ違うし! 心の中でそう思いますが、とりあえず謝罪とそのお詫びに約束をします。
「それじゃあ私も行くよ。また会おうね!」
「それじゃあ私も行くよ。また会おうね!」
眠っていて気づかないに決まっているのに私は播磨君にそう告げました。急がなければ烏丸君に追いつけなくなってしまうので、とりあえず誰かが通った形跡のある道に足を踏み込みます。
「ダメ、だ……行く、な……」
「え?」
私は驚いて振り返りました。
「天満、ちゃ……行っちゃ、ダメ……だ」
振り向くと播磨君が寝そべったままそう呟いていました。
サングラスでよくわかりませんが顔がこちらを向いていませんし体が動いていないのでまだ眠っているのでしょう。
「どんな夢を見ているの?」
――やはり答えは返ってきません。播磨君は起きてはいないようです。
「大丈夫。塚本さんはきっと笑っているから。きっと2−Cのいなくなった皆と、あっちで笑って過ごしているよ」
播磨君の額に手を伸ばし、眉間によった皺を引っ張ります。
「だからそんな顔してちゃダメだよ。あっちにいる塚本さんに怒られちゃう」
眉間の皺が徐々に解れていきます。
「塚本さんのためにも笑ってあげよう」
今度は急に表情が緩んでいきます。
「ちょ、おま、違……や……やめ、ろ……は、ない……」
あれ? まぁいっか。
どうやら楽しそうな夢を見ているようです。
よっぽど起こしてあげようかとも考えましたが、疲れているのは確かなようだったし素敵な夢を見ているようだったので私は予定通り一人で烏丸君の後を追いかけることにしました。
「また会おうね、播磨君」
私は播磨君に別れを告げると道とは呼べない道を急ぎました。
私は烏丸君を追いかけます。
烏丸君と共に歩くために。同じ道で一緒に歩くために。
塚本さんありがとう。そしてごめんね。――本当に、ごめんね。
【午後:16時〜18時】
【烏丸大路】
【現在位置:E-04東部】
[状態]: 健康、服は乾いた返り血まみれ、時折空白、少し熱くなっている
[道具]:支給品一式(食料はカンパン、カレーパン、激辛カレーパン 水1) 日本刀
[行動方針]:1. 高野の悪事を止める(高野を倒す。場合によっては殺す?) 2.砺波、播磨との再会
3.原稿を描く(播磨に手伝って欲しい)
[備考]:高野を許しがたいと思っています。烏丸の中のカレー分がそろそろ不足します。
【砺波順子】
【現在位置:E-05西部】
[状態]:恋の病
[道具]:支給品一式×2(食料はみそパン、カステラ 水1) パーティーガバメント 竹の食器 火打石 竹製包丁
[行動方針]:烏丸に追いつき、宥めようとしている。雪野の救出。安全な級友との再会。
[備考]:なるべく穏やかにこの殺し合いを終えたいと思っています。
【播磨拳児】
【現在地:E-05西部】
[状態]:睡眠中。起床後の状態は睡眠の結果次第(ウホッな夢?)。返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料5,水3)、インカム親機、黒曜石のナイフ3本、UCRB1(サバイバルナイフ)、山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)、さくらんぼメモ
[行動方針]:天満のために……?
[備考]:サングラスをかけ直しました。未だに吉田山が死んだとは思っていません。
天満の死を否定していますが、本当は気づいている(?) 烏丸がゲームに乗っていると確信。
上記の内容は夢とメモを読んだことによって変わるかもしれません。
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