想いビト×想うコト×想いビト
「まだ出来ねぇのかよ、西」
「そう急かさんでほしいダス。配線を間違えたら、パソコン自体が駄目になる危険もある。・・・・・・それと、ワスの名前は西本ダス」
ハリーの荷物の中にノートパソコン、そしてリアカーの中にバッテリーを見つけ、西本がパソコンへの接続を開始してから約五分が経過している。
待っている間、播磨と沢近はリアカーの中身を物色していた。冬木達の遺品ということになるのだろうが、余計な感慨を抱いていても何も始まらないからだ。
初めに手をつけたのはリアカーだった。見つかったのは、十数個の缶コーヒーやポリバケツ。冬木が持っていたものと似たような鉄パイプに、分厚い鉄板やロープなど。どれも使いようがあるのかないのか微妙なものばかりであった。
リアカーを引いて歩いていくのは移動速度を下げ、自らを危険に晒すということは冬木の成れの果てを見れば明らかだ。
播磨はリアカーから見つけた道具の中から、かさばらないで役に立ちそうなものだけを選別しながら西本の作業が終わるのを待っているところである。
横では、沢近が冬木のリュックの中身を調べている。その瞳には生気がないが、播磨は特に言葉をかけようとは思わなかった。
「ところで播磨君」
「何だ? しゃべってる暇があったら早くパソコン使えるようにしろよ」
「・・・・・・その前に、約束しておきたい事があるんダス」
気が付くと、西本は作業の手を止めて播磨の方を見つめていた。
播磨は苛立ちつつも、この変にリーダーシップをとっている男を無視するのは得策でないと悟る。
ここで変に揉めたなら、また沢近も首をつっこんできて厄介なことになるだろう。
そう思い、極めて冷静さを装い――しかし怒気を隠し切れない声で、播磨は答えた。
「何だよ」
「このパソコンが直ったとしても、勝手に単独行動はとらない。そう、約束してくれないダスか?」
「・・・・・・どういう事だ」
パソコンが直った場合どう行動するかは、播磨の心の中では既に決まっていた。
塚本天満を探しに行く。そして、“放送が間違いであった”ことを証明してみせる。
他の誰がどうなろうと知ったことではない。この島に来てから抱き続けた唯一つの目的――塚本天満を探しだすこと――は、決して揺るぐことがない。
「ワスと沢近さん、そして播磨君の三人で行動を共にするべきだと言ってるんダス」
「そんなん、別に俺の勝手だろうが。つうかノートパソコンは俺が持ってきたモンだ。直ったら俺が自由に使って何が悪い!」
「悪いに決まってるじゃないっ!」
急に襲い掛かる聞きなれた怒声。
播磨が顔をしかめつつ横を向くと、そこにはやはり鬼の形相を浮かべた沢近がいて、その手にはデザートイーグルが握られていた。
しかしその銃口は地面に向けられている。けれども、少しは信用を得られたのだろうか、と思う暇など播磨には与えられなかった。
「もともとは冬木君達の持ち物だったんでしょ、それは。アンタが持ち出さなければ、冬木君だって死ぬことはなかったかもしれないのよ。
アンタ、それをわかって言ってるの?」
「うっ・・・・・・!」
もっともな話に、播磨は反論することもできない。
あの時、東郷に勝ったからといって、抵抗する丸鼻の男――三沢といったか――から無理やりパソコンを奪った事実は変わらない。
いま目の前で死んでいる冬木は、バッテリーを運んでいることからもパソコンを探して歩いていたのだろうと容易に推測できた。
だとしたら、自分も彼の死に間接的ではあるが関わっていることになる。播磨はそれを否定できなかった。
「その通りダス。播磨君の情報が正しければ、このパソコンはワス達が生き残るために役立つ武器になる。勝手にするなんてことは許せないダス」
そう告げる西本の脇には、狙撃銃が置かれている。
まさか撃ってくるなんてことはないだろう。しかしその銃は、一つの“説得力”として播磨に作用していた。
ノートパソコンが復旧したとしても、自由に使えそうにない。しかし三人で行動すれば、いつ天満に会えるかわからない。
どうすればよいかと悩みはじめた時、ふと気がついたのはインカムの存在だった。
「・・・・・・だったら、パソコンはお前らで使えばいいさ。その代わり、俺は単独行動させてもらう」
「播磨君は、つ・・・・・・誰かを探したいんダスね? でも、それにはノートパソコンが必要なはず。無しでどうやって探すつもりダスか?」
そう尋ねる西本に播磨はインカムの子機を見せ、そしてハリーのリュックを指差し、言った。
「人が多い場所を、コイツで知らせてくれりゃいい。それくらい、許してくれてもいいはずだ」
「アンタ何を勝手に決めてるのよっ!」
「うるせぇな。このインカムは“もともと”俺の支給品だ。どう使おうが俺の自由だろうが」
いちいち絡んでくる沢近を面倒くさいと思いながら、播磨は西本の返事を待った。
別に沢近の了承が取れなくても良い。西本さえ説得すれば、あとは天満の捜索に専念できる。
西本は播磨と沢近のやり取りを見て溜息をついてから、急にその表情を一変させ、険しい顔つきになる。
「それも、許可できんダス」
「はぁっ!? てめぇふざけんじゃねぇぞっ!」
堪忍袋の緒が切れた、というよりももともと緒なんて無いに等しいのかもしれない。
播磨は西本の胸座をつかみ、怒りの形相で睨み付けた。昔はこれで大抵の不良達を恐怖で震え上がらせたものだ。
しかし、西本は動じなかった。というより、危害を加えられないと確信しているようだった。
確かに、ここで西本を殴ってしまえば事態は悪い方向にしか転がらない。気付けば、沢近が再び銃を構えてなにやらギャアギャア騒いでいる。
「・・・・・・チッ」
舌打ちをして、播磨は西本から手を離した。
西本は沢近をなだめてから、もう一度播磨を見据える。
「なんでインカムもダメなんだよ。まさかまた“ワス達が生き残るために役立つ武器になる”とかいうんじゃねぇだろうな」
「それもある。でも、ワス達にそれ以上に必要なのは・・・・・・播磨君。君ダス」
「はぁ?」
何の冗談かと、播磨は西本の顔を覗き込む。しかしその目――目と判断していいのかわからないほど細いが――は真剣そのものだった。
その目には見覚えがあった。それは、決闘を申し込んできた時の東郷と同じ光を放っている。
こちらの事情を全て見透かしているようで、それでも自らの信念を曲げるつもりはないと意思表示している強い光。
自分のことを兄弟と呼んで、知らぬ間に死んでいった漢の面影をかすかに感じ、播磨は口を噤んだ。
「放送の通り、いま生き残っているのはたった20・・・・・・いや、19人ダス」
西本はハリーの死体を一瞥し、話を続ける。
「あまり考えたくはないんダスが、このペースの早さは、ハリー君の他にも皆を殺しまわっている人がいることの証拠だとしか思えんダス」
「まぁ、そうだろうな。さっきも言ったが俺は昨日、男と女の二人組に襲われてる」
「えっ? そんなの私は聞いてないわよ」
「西本と周防には話したんだよ。・・・・・・まぁいいや。西本、後でお嬢にも話しといてくれ。それで、殺人鬼が多いからなんだってんだ?」
明らかに不満顔な沢近をとりあえず黙らせて、播磨は本題に入る。
単独行動をするにしてもこのまま集団で行動するとしても、二挺しかない銃器を自分が持つことは許されないだろう。
いくら自分がかつて魔王と呼ばれたほど喧嘩が強いといっても、銃に勝つことが不可能なくらい播磨は理解していた。
唯一役に立つことといえば他の二人よりは相手の殺気を感知するのに優れていることであろうが、それはノートパソコンさえ復旧すれば無意味な能力に違いない。
「別に俺がいてもいなくてもお前らが生き残る確率は変わんねぇだろ。それとも、俺に力仕事でもさせようって腹か?」
鼻で笑いながら、播磨は西本をねめつけた。
西本はそんな播磨をみて、もう一度大きく溜息をつく。
「確かに、君がいなくてもワス達の戦力に影響はないダス」
「なっ・・・・・・!」
自覚していたこととはいえ、面と向かって言われるとやはり腹が立つもの。
播磨が思わず立ち上がろうとした時、しかし西本は動じることなく、言った。
「でも、播磨君の命が危ないダス。それは、困る」
真顔でそう言う西本を目の前にして、播磨は振り上げかけた拳の行き場をなくし、そのまま力なく座り込んだ。
恥ずかしげもなくこんなことを言う男に、どう対応していいか分からない。
「勝手なこと、言いやがって・・・・・・」
とりあえず、今は保留にしよう。播磨はそう結論付けた。
ここで口論しても仕方がない。まずは一刻も早くノートパソコンを復旧しなくてはいけない。
「約束してくれるんダスね? パソコンが復旧しても、勝手な行動はとらないと」
「約束はできねぇ。でも・・・・・・前向きに検討してやる」
「・・・・・・今はそれで構わんダス。さて、それじゃあ」
そう言って西本は、バッテリーから伸びるコードをノートパソコンに接続した。
その瞬間、ノートパソコンにオレンジ色のランプが灯る。ノートパソコンが、充電を始めた証だった。
「どうやら、うまくいったみたいダスな」
西本が電源のスイッチを押すと見慣れたOSの起動画面が表示され、数秒後、アイコンの少ない殺風景なディスプレイへと変化した。
播磨と沢近も、その様子を黙って見つめている。
画面の真ん中の砂時計が、やけに長い時間消えないなと思っていると。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
という電子音と共に、いきなり画面が真っ白になった。
「な、何コレ? 壊れちゃったの?」
「いや、そうじゃねぇ」
「どういうことダス? 播磨君」
慌てる西本と沢近を余所に、播磨は冷静に画面を見つめていた。播磨は第二回放送後に、すでにこの場面に立ち会っている。
この次に現れるものがなんなのか、それは既にわかっていた。
播磨の予想通り、画面にはまず“10”という数字が表示される。“9”、“8”・・・・・・と画面上ではカウントダウンがなされていき、そして。
『やっほ〜♪ またまた六時間ぶりっ。元気にしていますかぁ?』
にこやかな表情の姉ヶ崎が、楽しそうに手を振っている映像が流れた。
何故か第二回放送後の映像よりも露出度が増している。胸元のはだけ具合が、西本のある部位を刺激した。
「な・・・・・・何コレ?」
「言ってなかったか? パソコンの機能追加の説明」
「これは和む・・・・・・いや、不謹慎な映像ダスな」
あっけにとられる二人と、特に気にしていない一人のやり取りとは関係なく、姉ヶ崎は笑いながら残酷な言葉を吐き続ける。
『この島に来て初めての朝っ! 昨日は何人殺したかな? 今日も張り切って、ガンガン友達を殺していきましょうねっ』
西本の顔からだらしなさが消えた。
沢近は不快感を露にして、画面を睨みつけている。
『さてさて、お待ちかねの新機能ですがー。参加者マップ、支給品リストときて、もう予想はついているかな?
そう、今回の新機能は・・・・・・食料品リストーッ!』
「・・・・・・は?」
「食料品、ダスか」
『皆のリュックにはいろんなパンが入っていたと思うけど、好き嫌いもあるよね。でも、安心して。
このリストを見れば、アナタが食べたいパンもきっと見つかるはずっ! あ、もちろんパンは殺して奪ってね♪ ばくりっこなんてする人は、先生許さないぞっ』
ウインクを決めてそう告げる姉ヶ崎に、播磨は激しい違和感を覚える。
一体、世界はどうなってしまったというのか。からかわれることはあっても、播磨は姉ヶ崎がこんな非道な言葉を口にするのを見たことが無かった。
狂っている、と今更ながらに認識する。今の周囲の状況も、そして自分達自身も。
ハリーの遺品――膨らんだリュックが目に入る。おそらく、あの中にもいくつか食料品が詰まっているのだろう。そしてそれは、自分達の食料になるに違いない。
そんな目的の為に殺したわけではない。それでも、訪れる結果は同じ。
画面上では、姉ヶ崎が手を振りながら別れの挨拶を告げているところだ。殴り壊したい衝動に駆られたが、虎の子のノートパソコンを破壊するわけにもいかずやり場の無い拳を地面に叩きつける。
「播磨君。わかっているとは、思うダスが・・・・・・」
「ああ。こんなことで、パソコンを殴りつけたりはしねぇよ」
気付くと姉ヶ崎の姿は消え、ディスプレイには新たなフォルダが一つ追加されていた。これが、食料品リストに違いない。
しかし言ってみれば、こんなものはハズレ機能だ。そう役に立つ機能ばかりが追加されるというわけではないか、と播磨は肩を落とす。
けれど、まだ終わりではない。電源が切れてから、放送は二回。つまり、新機能はもう一つ追加されるということである。
ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
という電子音が再び鳴り、カウントダウンが始まる。
今度は誰も動揺しなかった。ただ、画面をじっと見つめるだけ。
“2”、“1”、“0”とカウントダウンがなされ、再び笑顔の姉ヶ崎が出現する。
さっきよりもスカートが短い。ガーターベルトの艶やかさに、西本は少し前屈みになっていた。
『一日生存オメデトーッ! 最終締め切りは四十八時間後だけど、今はどのくらいに減っているかな? 半分くらいになっていれば、先生も嬉しいです。
さて、そろそろ人恋しくなってきたんじゃないのかな? 先生は今まで殺せ殺せと言ってきたけど、ちょっとだけ皆が失敗です。
そ・こ・でっ! 今回の新機能は、じゃじゃーん! メール機能ですっ! 実はこの島には、携帯電話を支給された生徒がいます。このメール機能は、その子とメールで連絡がとれるという優れものです。
寂しさをメールで紛らわすのもいいかも。あ、もちろんおびき出して殺すってのもアリですけどね♪ それじゃ、また六時間後に会いましょう。
次の機能はすっごいから、期待していてね。じゃ、殺し合い頑張ってー!』
顔に似合わない台詞を残して、今度こそ本当に姉ヶ崎は姿を消した。
新たにディスプレイに追加された二つのアイコンを見て、播磨と西本は溜息をつく。
しかし沢近だけは、少し興奮気味だった。まるで希望でも見つけたかのように、嬉しそうに喋りだす。
「食料品リストは使えないかもしれないけど、メール機能は役に立ちそうじゃない。運が良ければ、人殺しじゃない人に連絡がとれるかもしれないでしょ」
播磨はそんな沢近をしかめっ面で見て、大きく溜息をつく。
西本も元気がなかった。自らのリュックを開け、ゴソゴソと中を探っている。
「なによ二人とも。そりゃ、確かに携帯電話を持っている人が安全かはわからないけど、試してみる価値は――」
「ねぇんだよ、それが」
「何でよっ!」
「ワスが、持ってるんダス」
すまなそうに、西本が携帯電話を取り出す。
沢近はポカンと間の抜けた顔になり、そして大きく溜息をついた。
「・・・・・・でも、皆の場所がわかる機能があるのには変わりないダス。それだけでも、パソコンを復旧した意味はあるダス」
「そう、よね。それがあるだけでも十分よ」
西本がタッチパネルを操作する。播磨はそれを黙って見つめていた。
最後に“SEARCH”の機能を使った時、G-03に人の反応があったのは覚えている。もしかしたら、その中に天満がいるかもしれない。
西本はその集団はきっとホテルに向かっていると言った。しかし、それならばもう現れてもいい頃合いだ。
どっちにせよ、“SEARCH”を使用すればどこに何人の集団がいるか手に取るようにわかる。播磨はただ、画面が表示されるのを待った。
やがて画面が切り替わる。播磨は西本を押しのけるようにしてそれを見た――G-03に、黒い点が一つある。
言いようの無い不安が、播磨を襲った。大丈夫、悪いように考えるなと自分自身に言い聞かせる。
今までに呼ばれた死者の名は、天満を含めて――もちろん播磨はそれを信じてはいないが――二十一人。
最初に笹倉が殺した二人を加えれば、二十三人。さらに今さっき自分達が殺したハリーを含めれば、死者は二十四人のはず。
二十三個しか黒丸がなければ、天満の死が間違いである可能性も増える。播磨は北から順に、数を数え始めた。
「この近くには、北に三人組。西に単独行動の人が二人。それくらいダスな」
一、二、三・・・・・・
「これからどうするの? この三人組と合流する? 三人で行動しているなら、殺し合いに反対しているのかもしれないわよ」
十三、十四、十五・・・・・・
「いや、播磨君が遭遇した二人組の件もあるダス。三人でいるからといって、楽観視はでき・・・・・・ん? 播磨君、どうしたんダス?」
二十二、二十三・・・・・・二十四。
「どうしたのよヒゲ。アンタもなんか考えなさいよ」
数え間違いだと自分に言い聞かせ、播磨は再び最初から数え始めた。
血の気が段々と引いていく感覚を味わいながらも、それを否定して画面を見つめ続ける。
しかし何度数え直しても、そこにある黒点は二十四個。その事実は、変わることはなかった。
「ちょっとヒゲッ!?」
「・・・・・・うるせぇな、少し黙ってろよ」
肩にかけられた沢近の手を払いのけ、播磨が小声で呟いた。
その言葉に力は無く、語尾は今にも消え入りそうな状態である。
二月だというのに、その額には汗が流れていた。拭っても拭っても、噴出すように流れてくる。
どういうことだ、と播磨は自問自答する。塚本天満が、あんなに優しい子が、誰かに殺されるはずが無い。
そんなことがあってはいけないのだ。だとしたら、自分の生きている理由が無くなってしまう。
この二十四個の黒点を一体どう説明すればいいのか。そう考える播磨の目に飛び込んできたのは、放送の後に死んだハリーの亡骸だった。
・・・・・・もしかしたら、ハリーの他にも放送後すぐに殺された奴がいるのかも知れない。
そう考えれば、全ての説明がつく。G-03の付近には黒点のほかに二つの白点があるのだから、そいつらが放送の後に誰かを殺したのかもしれない。
だとすれば、G-03には天満はいないことになる。彼女は誰も殺さないはずだし、誰にも殺されないはずである。
大きく深呼吸して、播磨は精神を落ち着かせた。大丈夫、まだ望みは消えたわけでない、と。
「大丈夫ダスか? 播磨君」
「ああ。ちょっと考えごとしててな」
「で、アンタはこれからどうすべきだと思う? まぁ、ロクなこと考えてないでしょうけど」
相変わらず憎まれ口を叩く沢近を一瞥し、播磨はこれからのことについて考え始めた。
南に天満がいるとは、考えがたい。だとすれば、一番の近道は北にいる三人組と会うことかもしれない。
もちろん昨日の襲われた出来事は忘れてはいない。しかし今は、一刻も早く天満の情報を仕入れる必要があるのだ。
その為には、命を懸けることすら厭わない。播磨にとって天満は全てであったし、またこれからも全てでありつづけるという確信がある。
「お前達はお前達で動けばいい。俺は、北の三人に会おうと思ってる」
「馬鹿ヒゲッ! アンタさっきの話覚えてないの!? 勝手な行動しないっていったじゃない」
「俺は前向きに検討するって言ったんだ。・・・・・・なぁ西本。頼む、俺の我侭を聞いてくれ」
「・・・・・・危険だということは、わかってるダスか?」
真剣な表情で、西本が問いかける。
そんなこと、播磨にだってわかっていた。そして西本が、危険は避けるべきであるという意見であることも理解している。
しかしこのまま三人で固まっていても、面倒が起きるだけだ。
その一番の現況であるツイン――今はシングル――テールのお嬢様を見つめる。
「アンタ、なんでそんなことしたいワケ? 北に行くなら、三人で行けばいいじゃない」
「西本が北に行くっていうなら、三人でいくのも構わねぇんだが――」
「ウム。播磨君にはもう言っていると思うけれど、ワスは分校跡に向かいたいダス。
理由は・・・・・・まぁ、藁にもすがる様な推測なんダスが。なにもしないよりはだいぶマシだと思うダス」
「そういうことだ。お嬢は、俺といるよりは西本と一緒の方が安心だろう? まだ完全に信用してくれてねぇみたいだしな」
そう言って播磨は立ち上がり、インカムの子機を西本へと放り投げた。
西本は瞬時にその意図を理解する。播磨は、ハリーのリュックの中からインカムの親機と手作りと思われる石のナイフ、それに普通のナイフを取り出した。
「コレを使って誘導してくれ。三人が信用できる連中なら、お前らの行き先を伝えてやる。その後はまた人のいるところに誘導してくれれば、ソイツが信用できるかできねぇか確かめてやるよ。
人殺しとかちあえば、まぁ、俺が危なくなるだけだ。ただで殺されるつもりは無いが、どうなるかはわかんねぇ」
自分の荷物を持ち上げて、播磨は出発の準備を始めた。
銃器は持っていない。武器になるものといえば頼りない小さな刃物だけ。しかも刃物の扱いなど、素手の喧嘩しかしてこなかった播磨では素人同然。
けれども自分の単独行動を納得させるにはコレしかないと、播磨はそう考え動いていた。
「待つダス」
けれども背後から聞こえるのは、相変わらず強い意思を感じさせる漢の声。
播磨は振り返った。思ったとおり、西本は真っ直ぐに播磨の顔を睨みつけている。
「さっきも言ったとおり、ワスは君をみすみす死なせたくはない。出来れば一緒に来てほしい。
・・・・・・それでも君がワス達と別の道を選ぶというのなら、聞かせてほしいダス」
「何をだ?」
「理由、ダス。君が一人で危険に向かうという選択をした、その理由。そのくらいは、聞いてもいいと思うんダスが」
西本の眼差しから、播磨は彼が本気で自分のことを心配してくれているということを悟った。
正直、ここで彼の気持ちを無駄にして独り北へ向かうのは心の痛む行為だ。
しかし、それでも止めることは出来ないんだと播磨は自分を奮い立たせる。
北へと向かう理由は、たった一つだ。もう一度既に西本には言ってある。それは、変わることは無い。
「前に言ったとおりだ。大切な人の為――」
けれども、ふと播磨の脳裏に違和感が走る。果たして天満への感情は“大切”程度の言葉で言い表せるものなのだろうか、と。
「――いや」
そうではない。大切だけでは、決して表すことが出来ない。
彼女への気持ちを表現するなら、もっと強い言葉を使うべきだろう。他の何にも変えることの出来ない、そんな言葉を選ぶべきだ。
・・・・・・そうだ。
播磨は決意した。彼女に会うことが出来たなら、今度こそこの言葉をはっきりと伝えようと。
少々恥ずかしい台詞だが、自分の気持ちを伝えるにはこれ以上ない一言。播磨は大きく息を吸い、そして言った。
「“好き”だから。好きな人の為に、俺は止まれねぇんだ」
サングラス越しではあるが決して目を逸らさずに、播磨は西本を見据えている。
西本はしばらく何やら思案していたようだが、やがて諦めたように息を吐き、自分のリュックの中をゴソゴソと探り出した。
そして一冊の本を取り出すと、播磨に向かって放り投げる。
しっかりとキャッチしてその表紙を見ると、そこには【山の植物図鑑】の文字が刻まれていた。
「ワスには、もう必要のないものダス。でも、播磨君には役に立つかも知れない。・・・・・・持っていってほしいダス」
「ちょ、ちょっと西本君っ!? ヒゲをこのまま行かせてもいいの?」
「漢には・・・・・・命をかけてもやらなくちゃいけないことがあるダス。そうダスな、播磨君?」
「ああ。恩にきるぜ、西」
「・・・・・・西本、ダス」
播磨は、西本に対して自分と同じ空気を感じ取っていた。
大切なものの為に、好きなものの為に。何でもしてやろうという覚悟をもった漢の匂い。
西本が何を思い、今このように振舞っているのかはわからない。しかしそんなことは重要ではなかった。
今、自分を送り出してくれているこの男に、友情なんてものを感じ取っているのかもしれない。
播磨は、走り出した。
天満が生きていることを信じて。
自分の生きる意味を、失わないためにも。
※ ※ ※ ※ ※
「何なのよ、まったく」
西本の横では、沢近が不満そうにブツブツ呟いている。
きっと彼女には自分達の会話の意味がわからなかっただろう。
そう思い、西本は小さくなっていく播磨の背中をジッと見続けていた。
第四回の放送が流れた後の、播磨の言動。それを見れば、彼のいう“大切なもの”が何なのか西本には一目瞭然であった。
それは塚本天満。
播磨の大切なものとは、塚本天満に違いない。
意外といえば意外である。沢近や塚本八雲との噂がたったこともある播磨の想い人が、そのどちらでもなく天満であるという事実。
しかしそれ以上に、西本は現実の残酷さを嘆いた。
彼女はきっと、もう死んでいる。播磨は認めていないようだが、ほぼ間違いなく死んでいる。
先生達が嘘をつく理由も無い。そして、優しい人だからといって殺されないという理屈も成り立たない。
西本はそれをわかっていた。だからこそ、あえて播磨を北へと送り出した。
北に行けば、とりあえずは生きている三人に会うだろう。南よりは、死体が転がっている数も少ない。
天満が死んだという事実を、播磨に受け入れさせてはいけない。もしそんなことが起きれば、きっと彼は駄目になってしまう。
西本が思い出すのは、中学三年生の夏。母が勝手に部屋の中を掃除して、秘蔵のAVを全て捨ててしまった時のこと。
突如無くなったAV五本の行方を、西本は父に尋ねた。父は「知り合いに貸した」と嘘をつき、そして自分はその嘘を一ヶ月信じ続けた。
母から真実を聞いた時、絶望感と虚無感が一度に西本を襲った。しかし父がついてくれた嘘の優しさが、唯一の慰めであったことを西本は今でもしっかりと覚えている。
だからこそ、西本は播磨を送り出した。
人の命を救えるなら、嘘をついたほうがいいこともある。
それはまるで、コスプレをしたAV女優を本物のナースや看護士、魔法少女と思いこむようなもの。そう思えば、決して悪いことには思えなかった。
「今は、播磨君の好きにさせてやってほしいダス」
大切なものを思い浮かべれば、それは生きる力になる。
家で待っている筈の新作AVを思い浮かべ、西本は自らを奮い立たせた。
石山や菅の供養のためにも、新作AVは見なければならない。握りこぶしに、ギュッと力を入れる。
「・・・・・・西本君」
「?」
「アイツの、ヒゲの好きな人って誰?」
「・・・・・・あ」
横を見ると、沢近の形相はまさに般若のそれであった。
さっきまで播磨を殺すと言い続けてきた人のものとは思えない。嫉妬心は別ということか、などという考えが西本の頭を過ぎった。
火の無いところに煙は立たない。修学旅行の様子を見る限り、播磨にその気がないとしても沢近と播磨の間に何らかの動きがあったことは西本でも容易に想像できた。
そこでこの表情。もしかして、沢近は播磨のことが・・・・・・などという推測は、当たらずも遠からずな様に思える。
放っておけば、沢近は播磨のことを追うかもしれない。しかしそれでは駄目なのだ。
この二人を近づけるのは、火薬庫に火矢を撃ち込むようなもの。わざわざ話をややこしくする道理は無い。
西本は考えた。どうすれば、沢近を誤魔化せるか。
「さっきの口調じゃあ、西本君は色々とヒゲのこと知ってるみたいじゃない。ねぇ、どうなのよ」
沢近を納得させ、更に播磨を追うようなことを止めさせ、そして彼女を不快にさせないような言い訳。
・・・・・・無いワケでもない。しかし、それは使っていいものだろうか。
沢近の顔をもう一度覗き込む。そしてその瞬間、西本は決心を固めた。
正直、これ以上隣に夜叉を置いておくことなど西本には耐えられなかったからだ。
「あー、あれダス。沢近さん、もう一度播磨君の言っていた事を思い出してみればいいダス」
「ヒゲの言っていたこと?」
「播磨君は人と会って、その人が信用できるか出来ないか探してくれると言った。つまり、ワス達に危険な人を近づけないようにするということダス」
「あ、そういうことなの?」
なんでこんなに簡単に騙されるんだと疑問に感じながらも、ちょうどよいことだと西本は話を続ける。
「そうダス。そして彼はそれを、好きな人のためと言った」
「え、それって・・・・・・もしかして」
「それ以上は、ワスの口からは言えんダス」
西本はそうして口を噤んだ。
隣では、なんだか沢近が顔を緩めたり引き締めたり赤くしたりとせわしなく混乱している。
これも優しい嘘の一つだ。
思わせぶりな煽り文句を書き連ねるAVのパッケージを考えれば、罪の意識は感じない。
それよりも問題なのは、今後の自分達の行動であった。
ノートパソコンが復旧したからには、危険はグッと減ったと見てよい。しかしそれでも、自分達の今の状況は決して良いものとは言えない。
今は僅かな可能性にかけて、分校へと向かってみるしか道は無い。
そう考え、西本はハリーのリュックを持ち上げる。すると中からヒラリと、一枚のメモが落ちてきた。
「コレは・・・・・・?」
西本はそれを拾い上げ、そして開いて中の文字を見る。
それは播磨が決闘をしたという、東郷が残したメモであった。
※ ※ ※ ※ ※
「・・・・・・茂雄」
城戸はF‐03の西側、F‐02にあと少しで進入するというところで、立ち止まっていた。
最早入ることの出来ない平瀬村。恋人である、梅津が眠っているであろう場所。
分校へ向かうのに、このルートは遠回りだということはわかっている。しかしそれでも、足は自然とこの場所へ向かっていた。
何故なのかは、わからない。
生き残るために梅津を殺したことを、城戸は既に自分の中で納得しているはずであった。
「もう、会いに行くことすらできないんだね」
涙の一つでも出るかと思っていたがそんなことは無く、自分は乙女らしくないなと客観的な分析をくだしてから苦笑い。
もしも立場が逆だったら――自分が梅津よりも先に死んでいたら――梅津はどんな反応をしてくれたかと考える。
きっと彼は泣いてくれただろう。もしかしたら、後を追って自殺したかもしれない。
それは自信過剰な期待ではなく、冷静な思考から導き出された答え。梅津が自分を大切にしていてくれたことを、城戸は十分に理解していた。
「私あの後、嵯峨野と東郷君、それに三沢君の三人を殺したんだよ。それに、銃も手に入れたし」
新たに手に入れた力を、平瀬村の方へと向ける。
「私、皆を殺してみせるよ。私みたいに殺すことで生き残ろうとしている人も、馴れ合って生きながらえようとしている人も。
誰だろうと関係なく殺してみせるよ。私に出来ないはずが無いでしょ。だって、茂雄のことだって殺せたんだからさ」
笑いながら、城戸は梅津へ向けて語りかけるように言った。
そう、梅津を殺せたのだ。もう他の誰をも殺すのに躊躇はしない。
そのことは今までの三人を殺したことで証明して見せた。きっと天国で、梅津も喜んでくれているだろう。
なぜなら死の瞬間、彼は満足そうだったから。
城戸に刺されて、その命が燃え尽きようとしている最中、確かに彼は満足そうな表情をしていた。だからこそ、城戸は救われたのかもしれない。
殺していいと、梅津が言ってくれたような気がした。生き残るためならなんでもしていいと、そう決意するきっかけをくれた。
「茂雄の分も、生き続けてみせるわ。だから・・・・・・応援してね、茂雄」
理不尽な願いだということはわかっている。しかし城戸は、そんな願いも梅津なら聞いてくれると思っていた。
どうしようもなく、お人よし。きっと色んなことで損をするタイプの男だったから。
付き合い始めたのは、そんなところが可愛いと思えたからだった気がする。でも、ただお人よしなだけじゃつまらなくて。
色々と陰で裏切るようなこともした。バレない様にはしてたけど、もしかしたら梅津は気付いていたのではないかとも思う。
時々見せた寂しそうな表情は、そのせいだったのかもしれない。殺す前に聞いておけばよかったと、城戸は少しだけ後悔した。
しかしここで立ち止まっているわけにもいかない。リュックを背負いなおし、城戸は再び分校跡へと歩き始める。
もう過去を振り返りはしない。そんなのはコレが最後だ。
城戸はvz64スコーピオンの銃口を上に向け、一発だけ空へと銃弾を放つ。
彼女にとってそれが梅津に対しての精一杯の誠意であり、そして、過去からの決別であった。
【二日目:午後2時〜3時】
【播磨拳児】
【現在地:E-03北部】
[状態]:疲労、精神不安定(悪い意味で)、返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(食料5,水3)、インカム親機、黒曜石のナイフ3本 UCRB1(サバイバルナイフ) 山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)
[行動方針]:1.天満を探す 2.北の三人(高野・雪野・岡)の下へ向かう 3.絃子を詰問し、事と次第では……?
[備考]:サングラスをかけ直しました。未だに吉田山が死んだとは思っていません。
天満の死を否定していますが、本当は気づいている(?)
【沢近愛理】
【現在地:E-03南部】
[状態]:精神不安定 (いい意味で)、返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(水2,食料5)、デザートイーグル/弾数:6発
[行動方針]:晶などの友人と合流する。とりあえずは西本と行動を共にする
[備考]:播磨を信用しはじめている。今後の行動目的が今一定まっていません。
【西本願司】
【現在地:E-03南部】
[状態]:激しい精神的消耗、肉体疲労&筋肉痛(多少回復) 、返り血にまみれている。
[道具]:支給品一式(水8,食料8)、携帯電話、山菜多数、毒草少々、ドラグノフ狙撃銃/弾数10発、東郷のメモ
ノートパソコン(バッテリー付き) MS210C−BE(チェーンソー、燃料1/4消費) 鉄パイプ インカム子機
[行動方針]:東郷のメモを読む。荷物を整理する。分校跡に向かう。仲間を集める。
[備考]:反主催の意志は固いようです。
※リアカーの周りには雑貨品(スコップ、バケツ、その他使えそうな物)と支給品×2
【城戸円】
【現在位置:F-03 西側】
[状態]:やや疲労
[道具]:支給品一式*2(食料5、水4) vz64スコーピオン/残り弾数39 金属バット 紙袋(葉書3枚) 東郷のメモの模写×3 スピーカー
[行動方針]:1.分校跡を目指し、最終的に氷川村へ 2.ゲームに乗り、先生からご褒美を貰う
[備考]:盗聴器に気がつく。主催者とコンタクトを図りたい。播磨が冬木を殺したと認識。
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