Past School Days
あるところに――――――とても無愛想な女の子が居ました
成績はいいけれどヒネくれててイタズラ好きでやっかい者でした
でも女の子にはひとつだけ特技がありました
読書が好きで本を書くことも好きでした
女の子は文化祭で劇の脚本を書きました
ちょっとだけ皆の役に立つのでした
――――――もう あるところは ない
――――――もう みんなも いない
――――――もう ※※※※ ※らない
島は今日も晴天だった。穏やかな青空。
冬なのにも関わらず、やや涼しく、やや肌寒い程度で済んでいるのは、
きっとこの地が矢神よりもずっと南に位置しているからだろう。
「なー、たーかのー、こんなこと意味あんのかー?」
空を見上げ、高原地、湖のそばで立ち止まりながらうめき声をあげたのは、
どこか小者を思わせる――実際に小さいのだが――、そんなおかっぱ頭の男だった。
だというのに何故か今はえらく強気で自信にあふれている。彼は抗議の声をあげた。
「絶対意味ねーって、これ!さっさと先に進んだ方が良いってマジで。」
同じく空を見上げていた高野は、とりあえず無視するのもあれなので答えることにした。
上空を見回してから、目の前に立つ男を見据える。
「警戒を怠らないで岡くん」
彼女は無表情でそう言うと、また空へと視線をもどした。
先ほど三人で分け合った雪野のお米パンの袋が、風に吹かれて飛んでいくのが視界に入る。
「もしかしたら敵が襲ってくるかもしれないからね・・・凧に乗って」
「・・・高野、それって・・・・ギャグか?」
一転して、気を弱そうに――というより、話に付いて行けないといった方が正しいか――岡と呼ばれた小男は露骨に眉をひそめた。
「何が?それとも既に凧でこの島を出たとでも?それはないわね」
彼女は断言できる。彼に誰かを見捨てるという選択肢は信じられないことに存在しない。
馬鹿と煙はなんとやらを地でいく彼らのことだ。
特にどこかの誰かさんの場合、きっとこういう時こそ、いつもの三倍の馬鹿と、いつもの三倍の正義感で目の前に立ちふさがるに違いない、と。
「・・・高野、おまえ疲れてるんだな・・・・・すまねぇ、やっぱもうちょっと休んだ方がいいな」
「・・・」
少しだけ、なんとなく寂しさを感じたりもしたが、話している相手は単なる駒だと再認識し、高野は適当に受け流すことにした。
空は相変わらずの青一色。鳥も、先ほどのパンの袋すらも見かけることが出来ない。
・・・残念ながら。
「――――高野さーん!高野さん!高野さーん!たーかーのーさーん!!」
・・・遠くから女の子の声がした。
「おっ、来たぜ高野。おーい!」
「・・・・・・」
こっそり吐息をこぼして、げんなりした―――ただし、親友の沢近にしか分からないであろう無愛想な―――顔で、高野は少女の声の方向を見つめた。
「名前を呼ぶのは一度にしてもらえない?」
「あ、ご、ごめんなさい。大丈夫?」
何が大丈夫かは不明だが、そこにはウェーブ髪の少女が申し訳無さそうに立っていた。
「ええ、大丈夫よ」
「よ、よかったー。あっ、頼まれていたもの見つかったよ」
少女――雪野は、草木がなく見晴らしのいい場所に居る高野と岡の元へと歩み寄った。
「そう・・・よく探してくれたわね」
「えへへー。私だってやる時はやるんですよ?・・・うわぁっ!?」
ドサドサッ―――とこれは、雪野が"探し物"を盛大におっこどした音だが、彼女はそれでも彼女に褒めてもらおうと、声をあららげた。
「でも大変だったんだからね、雑誌と縄を探すの!もー、山の中じゃ絶対見つかんなかったよ」
観音堂を出発しホテル跡を目指す道すがら、高野はあるものを探していた。
この先は人数が絞られ、自然と敵の装備も充実してくる。
岡と雪野が盾にさえならないことを危惧した彼女は、防具が必要だと判断したのである。
その結果が、この雑誌というわけだ。
これならどこかに投棄されている可能性も高く、加えて耐久性の面でも防刃、防弾性ともに多少は期待できる。
駒に装備させても、こちらが防具の位置を把握してさえいれば、後に殺す際にも不利にならない。
本来ならば高野自身が探しに行ったほうが効率がいいに違いない。
だが、雑誌のことを彼女らに話した際に、雪野自ら周辺探索を志願したのである。
曰く、「少しでも高野さんの役に立ちたい」と。
・・・わざわざ急な山路ルートに抗議し、緩やかなルートを高野に選択させた負い目からかもしれないが、高野にとっては良い使用機会であった。
「えぇ、ありがとう雪野さん。さ、こっちを向いて」
バラバラになった雑誌を整理している雪野のところまで、ほんの数歩ほど足を進め、かがみこむ。
近くにあった縄紐を手に取ると、強度を確かめる。
申し分のない硬さを確認したあと、薙刀で縄紐を3等分した高野は、有無を言わせず雪野の制服の上着をめくった。
「ちょ・・・ちょっと高野さん!?」
早速雑誌を装備させることにする。位置は前面部。彼女の心臓部分を全て覆い、腹部の大半を守れるように位置を調整する。
「く、くすぐったいよ高野さん・・・アッ―――」
「・・・・」
どう反応したら良いか思いつかず、彼女は黙って作業を続けた。
何回か上着を着せ、不自然に見えすぎないように雑誌を切り抜いては調節することを繰り返し、ようやく適度な厚さとなった。
最後に縄紐で固く縛り、上着を着せる。即席防具の完成である。少し太めに見えるのは仕様だ。
「・・・これでよし。みっともないけれど、これで多少の攻撃は防げるよ」
首から上を狙われたら終わりなのも仕様だ。もっとも、そこを狙うのは仕様を作った彼女自身なのだが。
「わー、ありがとう高野さん。これで烏丸くんに会ってもへっちゃらだね」
彼女は目を輝かせて、言ってきた。
「・・・舞ちゃんにも・・・・もっと早く着せてあげてれば・・・・ぐすっ」
彼女は目を潤ませて、言ってきた。
「あっ、そうだ。今度は私が高野さんに付けて上げるね」
彼女は目を輝かせて、言ってきた。・・・なんとも感情が豊かな子だと、逆に高野は感心する。
「・・・おーい、高野。俺にも着けて欲しいんだけど・・・」
「岡くんは自分で着けてよね、男の子でしょ」
意外にも、雪野が彼の下心満載の声をピシャリと遮った。
男だと、どうして自分で着けなくてはならないのか・・・高野にはわからないが、それでいいのならそれにこしたことはない。
岡はしぶしぶと自分で雑誌をつけ始めた。
「でも良かったー。冬服大きめに作っといて。でももうボロボロだから、新しく新調しないとね!」
「雪野さん・・・あなた・・・・」
とその時。12時の定時放送のチャイムが鳴り響いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
五人の死者が列挙された。ララ。天満。美琴。冬木。三沢。うち、高野の親友であった天満と美琴。
(・・・よかったわね、天満、美琴)
砺波の生存を確認し、安堵している雪野と岡を尻目に高野はメモを取りながら、心の底から彼女らの死を祝福した。
(あなたたちは、終わらせられないし、終われないから)
この島に来てからの高野の行動目的はただ一つ。
―――自分以外、ひとりもこの島から生還させない
ただ、それだけ。どれだけ人が傷つこうが、人を裏切ろうが関係ない。
あの平和だったクラスを、もう取り戻せないクラスを、この島で終わらせる。
人が壊れていく様を見るのは確かに楽しいが、それはただの余興。
私だけが終わらないのだから、せめて皆の変化を見届けることくらいは、させて欲しいと願う。
(そうね・・・皆が死ぬまでの行動記録くらいの賞品が欲しいかしら・・・きっと監視しているだろうし)
これは一足速い卒業式。私だけが卒業できない卒業式。だからこそ、卒業アルバムが欲しい。
少し楽しみが増えたことに、高野は無表情のまま笑った。・・・そうでもなければ、とても救われない。
楽しい――――けど足りない。
(終わらせるには死が足りない)
私はまだ満足していない。
(誰一人として生き残らせない)
もっと殺してみたい。
(生を、死を背負うのは誰でもない、この私だけだ)
―――と、考えている間に、岡がいきなり靴を脱ぎ始めた。
一体何を、と高野と雪野が見つめるなか、彼はその視線をよそに二日間はき続けた靴下をも脱ぐと、今度は周囲を見渡し始めた。
視線は下、地面である。彼は砂と石粒をすくい始めた。
「おい、二人とも。そっちに石ある?」
「へ?石?」
雪野は聞き返したが、高野にはすぐに岡の意図を察知した。傍にあった手ごろな200gほどの小石を数個、岡へと放る。きっと彼はアレを作るに違いない。
「サンキュ、高野」
彼はそれらを2つの靴下に積めると、それぞれの口をかた結びで堅く閉じた。
ブラックジャック。身近な道具で作ることが出来、小さいため隠匿性が高いことで有名な即席護身具である。
「これを隠し持っておけば、武器を取られても対応できるぜ?」
そういって実演するかのように振り回したあと、彼は靴下製ブラックジャックを高野と雪野に手渡した。
「え?岡くんのは?」
彼の意外な行動に、雪野が声をかける。
わずかに間をおいて、
「あぁ、いらねーよ。お・・・お前らの身の安全のほうがすん配だしな」
きっと、死者が五人も増えたことで警戒心が生じたのだろう。
顔を赤らめながらも、岡はかぶりをふった。ここで噛んでしまう所が彼らしい。
「岡くん・・・」
雪野は、その様子を瞬きして、見つめていた。
「な、なんだよ!?俺は別に・・・ここれで銃の件はチャラだかんな!帰ってもみんなにはあのこと内緒にしてくれよ!いいな!?」
ひどく情けなくも力強い声で、必死に訴える岡であった。が、
「岡君、靴下臭い・・・」
「・・・・・・」
高野は手の中のブラックジャックを手の中で転がしながら、嘆息した。
今までそれほど役に立たなかった駒が、少しずつではあるが役に立ってきていることは望ましい。
だが、しかし。
「ねぇ、二人とも」
落ち込む岡とそれを励ましている雪野、その双方に高野は声を掛けた。
「・・・あなたたちどうしたいの?」
低く、問う。
すると、二人は困惑したような顔を見せた。
「へ?どうって言われても・・・」
「順子を助けに行くんでしょ?」
「そうじゃなくて。その先のことよ」
この殺し合いの果てに、二人は何を望むのか。いずれ死に逝く二人には叶えられない望みだが、今の高野には聞かずにはいられなかった。
「前にも言ったけど、私、カラオケ行きたい。パーッと皆で騒いで、この島のことを忘れて・・・」
雪野はあっけらかんと答える。
―――こいつは
「あ、いーなーそれ。俺も混ぜてくれよカラオケー!俺さ、お前のことも・・・守ってみせるからさ」
岡もそれに追従する。
―――こいつらは
「えー?どうしよっかなー。いい?高野さん?・・・・高野さん?」
―――こいつらはなにをいっているのだろうか
あぁ、そういうことか。この二人に感じてきた苛立ちが、いまはっきり理解できた。つまり、この二人は・・・
死を背負うことなく 愚かにもまだ※※※※ ※れるものだと勘違いしているのだ
「高野さん・・・大丈夫?」
あわてて駆け寄った雪野の前で、高野は手を振る。
「やっぱ疲れてるんじゃねーか?もう少し休んだほうが良いって」
心配気にこちらを見つめてくる岡に、高野は声をかける。
「えぇ・・・大丈夫だから。さぁ、行きましょうか」
再び決心する。たとえこの先脱出の方法が見つかったとしても、そして万が一脱出できたとしても。
決して誰一人として生かしては帰さない、と。
全てのものに、等しく終わりを与えるために。自分以外の、全てのものに。
天満と美琴の死は僥倖であった。きっと惨劇を加速させる。
きっと八雲も、愛理も、播磨も、烏丸も、麻生も、奈良も。終焉に向かっていくのが手に取るようにわかる。
しかし、それでも―――岡や雪野と違って、あの馬鹿は全ての死を背負い、全てを生かし、全てを助けようとするに違いない。
敵として、正義として、友として。必ず最後に立ちふさがるに違いない。
・・・いいだろう。殺すことが悪になるというのなら、私は喜んで悪になろう。
だって、生きることは―――死よりもつらいこともあるのだから。
ある日――――女の子は、友達たちと島に連れて行かれました
生き残るためには友達たちを殺さなくてはなりません
女の子は困りました
これまでの友達たちと過ごした日々が心地よかったからです
女の子は困りました
頭がいいのでそのヒビはもとに戻らないことを知っていたからです
雪の子を騙しました
岡の子を騙しました
烏の子に罪を着せました
女の子には何の罪悪感もありません
だって、もう元に戻らないのですから
鷺の子を殺しました
麻の子を殺そうとしました
舞の子を殺しました
女の子は喜んで友達たちを殺しました
もう元に戻らないのなら、自分の手で壊したかったのですから
女の子は惨劇の脚本を書きました
もう友達たちは死を背負わなくていいのです
ちょっとだけ皆の役に立つのでした
めでたしめでたし
――――――もう あるところは ない
――――――もう みんなも いない
――――――もう グルグル 回らない
――――――ち。
【午後:12時〜13時】
【高野晶】
【現在位置:D-04】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料は、残り2食分) 薙刀 シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発) 薙刀の鞘袋(蛇入り)
雑誌(ヤングジンガマ) ブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。臭い)
[行動方針] :雪野、岡を使えるなら利用し、その後殺す。パソコンに興味を持つ。
花井を最後の敵だと認識している。
[最終方針] :ゲームに乗る。全員を殺し、全てを忘れない パーティー潜伏型。
【雪野美奈】
【現在位置:D-04】
[状態]:少し疲労。晶に依存気味
[道具]:支給品一式(食料は、残り1食分) 工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)
雑誌(週刊少年ジンガマ) ブラックジャック(岡の靴下でつくられた鈍器。脳震盪と嗅覚破壊のダブルパンチ)
[行動方針]高野の為に動き、行動をともにする。順子を助ける。この島から助かったら、全てを忘れる。
【岡樺樹】
【現在位置:D-04】
[状態]:打撲傷多数 健康 裸足にローファーの石田ファッション
[道具]:支給品一式(食料無し、水2) 鎖鎌 雑誌(怪楽天)
[行動方針] :「高野の心の支えになるのは俺だっ!」と素敵な勘違い中。
雪野も守りたい。(下心満載) 順子を助ける。(下心満載)この島から助かったら、全てを忘れる。
[チーム方針]:ホテル跡を目指す、パソコンを探す。
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