未来圏からの影
歩みは遅く、足取りは重く。季節の割には暖かなこの島の空気も助けとならず、
むしろそれは三人の間に流れる、蒼ざめた空気を際だたせるコントラスト。
あの放送以来、三人は歩き続けている。どんなに遅い歩みであろうと、体を動かし、
目的を持って行動しているという事が、若干の安心感という錯覚を与えてくれている。
あの声が響いたのは分校へ向けての道程を再開し、G06地区に入るか入らないかという直後であった。
かつての世界で聞き慣れた、それ故に今では間抜けメロディとなったチャイムに引き続いて下された死の託宣。
一人目の名が……三人が沈痛な思いに沈む。
二人目の名が……少女の片方がビクリとし、離れた友を想う。
三人目の名が……二人の少女が思わず声をあげそうになった口を震える指先でとどめ、反射的に男の方を振り返る。
――そして男は膝を屈した。
四人目、五人目と名を告げる音が、鼓膜を振動させる。酷い話だが、それは鼓膜を振動させただけ。
幾分近くなった地面に向けられたまなこは、時折引きつったように見開かれたり、強く閉じられたり。
心臓は早鐘を、割れんばかりの早鐘を。細かに震える口は浅く切羽な呼吸でそれを助長する。
――周防……周防‥周防周防周防スオウ周防すおう‥周防……
崩れた落ちた麻生の悲しみが、サラを動けなくする。麻生にどう声を掛ければいいのか、どうすればいいのか。
慰めの言葉を、励ましの言葉を、何かのきっかけを必死に探そうとするが、彼に慈愛だけを与えるものは見つからない。
「麻生君!麻生君には聞こえてなかったかもしれないけど、この場所はさっきの放送で
禁止エリアに指定されちゃったよ。何時までもここに居たら私達みんな終わりなんだよ?」
愛する人を、親友を失った痛みと悲しみを、自分だって少しは知っているはずだ。
だから、今は現実だけを見られるように、生きる事だけを考えて欲しい。そんな気持ちが、梢に声を張り上げさせる。
「ほら、分校跡に行くんでしょう?だったらほら、ここが禁止エリアになる前に、ね?だから進もうよ……」
麻生はスッと立ち上がると、俯きがちなまま、先頭に立つ。そして、無言のままゆっくりとその歩みを始める。
サラと梢は、悲しみと不安の入り交じった視線を交わし、そして前を向き男の背中をゆっくりと追った。
ペースは遅い、だが17時までには随分と余裕があるから、禁止エリアとなる前にはこのエリアを抜けることはたやすいだろう。
黙々と街道を歩き続ける。神社に居たる分かれ道を通り過ぎ、G05エリアに達したことを知る。ペースはそんなに悪くない。
そのまま押し黙った三人は進み、やがて二股の分かれ道に突き当たる。
「麻生先輩?…そっちじゃないですよ!」
先頭に立ち、躊躇無く禁止エリアへと続く道へと右折する麻生に気づいたサラが突然に声をあげる。
出発して以来初めて麻生が振り向く。その能面のような表情から何を窺い知るべきか、それがサラに一層の苦悩を知らしめる。
「わりぃ」
短く謝罪の言葉。今は自分が、そう思い立った梢が今度は先頭に立つ。
「このまま南に向かって行こうよ。それで、H05からH04を抜けてH03にさ。
H04に道が無いけど、今のペースでも夕方までには分校跡に着くと思うしさ」
梢を先頭に、麻生が続き、最後尾にサラが付く。三人が道無き草原を横断していく。
草の擦れる音と、さわやかな風を頬に受けながら、麻生は呆然と想う。
周防の顔、笑顔、だんだんと見せてくれるようになった明るく豪快な彼女を。
勝手に動き続ける足と、あまねく平穏さが満ちる草原に酔いながら、美琴を想う。
一番の彼女を思い出そうとする。あれは周防の家の集まりに招待された時だった。
少しだけ疎外感を感じながらも、楽しげにはしゃぐ彼女を見ているとそれで満足出来ていた。
そう、あの時の彼女はとても良い笑顔で、俺の隣で……
俺の?……俺の……違う。俺じゃない。あの時周防の隣に居たのは俺じゃない……。
アイツだ……アイツが居たから周防はあんなに笑って……。
……アイツは‥アイツは何をしていたんだ?あんなに周防の側にいつも…。
なのに、周防は…周防が死んで…アイツは‥花井は何を……。
いつの間にか草原を抜け、再び街道に合流し、H04を北上していた。
サラはずっと想っている。前を行く背中を見ながら。自分が出来ることを、しなければいけないことを。
前を行く背中は悲しみに覆われている。その悲しみをどうにかしてやりたい。
だけど、今どうすればいいのか。今自分が何かをやっても、それが彼に痛みを与えるだけになりはしまいか。
サラは怯えていた。前を行く背中は余りに弱い。温めようと、手で覆ってしまえば潰しかねない儚さだ。
(…腹が減った…)
麻生はパンを一つ取り出し、歩きながらむさぼり喰う。
――足りない
もう一つ取り出し、あっという間に平らげる。
――全然足りない
この空腹は、空虚は、何によって埋め合わせられるのか。
先頭を行く梢がふいに立ち止まり、発見を告げる。
「……誰か、居るよ…二人」
サラにはそれが直感的に誰であるかわかった。見まがうわけなどない。それは彼女の親友……そしてもう一人。
麻生にはもう一人が誰なのかすぐにわかった。
麻生にとってその男は、これまで探し求めいた女の残照だ。
――アレは……アレなら俺も満たされそうだ……
低くなった太陽が、影を延ばす。影はよろよろと立ち現れ、眼前に立ち尽くす。
これは こいつは 暗い未来圏から投げかけられた 戦慄すべき俺の影だ。
【午後4時〜5時】
【麻生広義】
【現在位置:H-03】
[状態]:健康(空腹、精神的な問題により悪化) 心神喪失気味
[道具]:支給品一式(食料3、水4) UZI(サブマシンガン) 9mmパラベラム弾(50発) メリケンサック
[行動方針] :周防を失った事で花井への何らかの執着。
サラを護ることが最優先?サラの願いを叶えたい?
菅の仇を討つ? 高野に敵対。食料の欠乏を心配。
今後、出会った相手は基本的に警戒。播磨とハリーを特に警戒
[備考] :播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
【サラ・アディエマス】
【現在位置:H-03】
[状態]:健康、麻生の事で精神的な疲れ。
[道具]:支給品一式(食料3、水4) 壊れたボウガン(M-1600、現在二本装填) ボウガンの矢3本(リュックの中) アクション12×50CF(双眼鏡)
[行動方針] :反主催・みんなを守る。
[備考]:麻生を信頼、高野を信頼。護るために戦う。
播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると疑っています。
【三原梢】
【現在位置:H-03】
[状態]:健康、精神的に若干持ち直す
[道具]:支給品一式(食料2、水3) ベレッタM92(残弾16発) 9ミリ弾198発 エチケットブラシ(鏡付き)
[行動方針] :音篠、今鳥を殺した相手を探して…その後どうするかは迷っている。
自分のするべきことを見つける。できれば殺し合いをやめさせたい。
[備考] :ハリーを警戒。結城が心配。
播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
[共通備考]:盗聴器に気づいています。
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