無題
「ああ、なぜ私がこんな目に遭わねばならぬ……この私が……」
小学校の一室で、一人の老人が床にへたり込んで頭を抱えていた。
男の人生は挫折と屈辱に満ちていた。
貧しい家に生まれ、変わり者として学校では疎まれ、博物学者としても学会と世間の嘲笑に遭い……
そして、ついにはこの結末だ。
自分には人一倍の才能があったはずだ。それなのになぜ、こんな目に立て続けに遭わないといけない?
殺し合い。戦争などといったものとは訳が違う。文字通り、人間と人間が生きるためだけにお互いの命を奪い合うのだ。
しかも名簿を見る限り、その参加者の中には歴史に名を残す英雄も多数含まれている。
こんな場所で、ただの博物学者である自分がなぜ生き残れる?
「なんで、私ばかりがこんな目に遭わねばならない……この私が……!!」
生まれてきたときから、自分は世界において敗者だった。
この世界に生きる全ての者が、自分を見下し蔑んだ。
自分の生まれが貧しいからという理由だけで……
絶望しか感じていなかった老人の表情が一瞬にして変わったのは、名簿の中に見知った名前を見つけた時だった。
チャールズ・ダーウィン―――。
「そうか。あの男も、ここに呼ばれていたのか」
自分が知っている中でも、ルイ・パスツールと並んで最も忌まわしい名前。
この男は一見して、尊敬と敬愛を込めて彼に接していた。
しかし、その実はその瞳の奥底に軽蔑が込められていたのだと、彼は確信していた。
「そうか……この、最も私を見下していた男も、ここに……フフフ……クックククク」
彼の中に、この島に来てから始めての「希望」が生まれた。
彼は知らない。ダーウィンが彼に抱いた尊敬の情と友情は、紛れも無く本物だった。
しかし、彼はもはやその思いを、素直に受け止めることなど出来なかったのだ。
「……死ね」
その老人の乾いた唇から、誰に聞かせるわけでもないそんな言葉が零れた。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねえええええええ!!」
まるで狂人のごとく、呪いのような言葉を吐きながら笑う老人。
そうだ、どうせここにいるのはダーウィン以外も自分を見下すような人間ばかり。
この、類まれな才能を持った自分を……!!
その時、教室の扉が開いて一人の男が中に入ってきた。
甲冑に身を包んだその姿は、一見して中世の騎士なのだとわかる。
「ご老人、いかがなされたのか?」
居住まいも堂々としたその姿は、まさに歴戦の戦士だった。明らかに老人の様子がおかしいのに気がついたのだろう、「自分を信用して欲しい」とでも言いたげに、両手を広げながら老人に歩み寄る。
「警戒されるには及ばない。わが名はエル・シド。スペインの地よりこの地へ参った。して、ご老人は―――」
騎士は、そこから先の言葉を発することが出来なかった。
耳を塞ぎたくなるような凄まじい轟音の後、そこに残されたのは顔面に無数の穴をあけられ、文字通り蜂の巣となって息絶えた騎士の体だった。
「死ねばいい……私の才能を認めない人間など、全て……」
老年の博物学者、アンリ・ファーブルは、まだ熱を帯びているニードルガンを小脇に抱えると騎士の死体には一瞥も与えず教室を出た。
【一日目・午前二時/小学校(教室)】
【ファーブル】
[状態]健康
[装備]ニードルガン
[道具]支給品一式
[思考]
目に付く人間を皆殺しにする
※「昆虫記」の一巻を出版した直後からの参戦です
【エル・シド 死亡】
【残り37人】
※エル・シドの支給品は教室の中に放置されてます
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