無題
「神よ、あなたは私に試練をお与えになったのですね?」
甲冑に身を包み、金髪を肩口で切りそろえた少女はまるで神そのものが目の前にいるかのように語りかける。
いや、実際彼女の目には見えているのだ。いつも彼女を守り導く慈悲深い神が―――
少女、ジャンヌ・ダルクが目を覚ましたのは見慣れない狭い部屋だった。
見慣れぬ机の上に、やはり見慣れぬ道具が沢山置かれている。
実はそこは「小学校」という施設の「職員室」という部屋だったのだが、百年戦争の時代のフランスを生きた彼女にはそんな知識は無い。
「神が私を見守っていてくれるなら、きっとここには有用な武器が隠されているはず!!」
そう思い込み、職員の机を漁るジャンヌ。それというのも、彼女の支給品袋に入っていた支給品が全く役に立たないものだったからだ。
ここには屈強な戦士たちも多数集められているだろう。このままでは強襲されれば負けてしまう。
(これは神が与えられた試練。これを乗り越えることで、私は更に神に近づける―――)
その一心だけを胸に、ジャンヌはさながら火事場泥棒のように職員室を荒らしていく。
鬼気迫るとさえ言えた彼女の行動を止めたのは不意にかけられた声だった。
「もし、そこのお嬢さん」
しわがれた老人の声だった。しかし生粋の戦士であるジャンヌは警戒心を忘れず、咄嗟に机の陰に隠れてその声の主を恐る恐る盗み見る。
「ご心配には及びません。私はこんな殺し合いになど、協力するつもりはありません」
紳士の格好をした髭の長い老人は、そう言って帽子を取った。
「申し遅れました。私はチャールズ・ダーウィン。職業は、一応博物学者の端くれ、とでも言っておきましょうか」
ダーウィンとジャンヌは、職員室の椅子に腰掛けてお互いに情報交換をした。
その結果、お互いに違う時代から連れて来られたらしいこと、名簿に書かれている人物はその全てが歴史上の有名な人物であると考えていいと思われることを確認した。
「私ごときがなぜこのような場に古代の英雄たちと一緒に連れてこられたかは、全くわかりませんが」
老人は髭を撫でながら苦笑する。それはジャンヌの疑問でもあった。
てっきりここに集められているのは戦士ばかりだと思っていたのに、この老人はただの学者だという。
ということは、他にも戦うのには向かない人物がここに連れて来られているのかもしれない。
とすれば、自分のするべきことはただ一つだ。
「ダーウィンさん、あなたの身はこの私がお守りしましょう」
弱きものを守るため、ひいては国を守るために神の声に従い兵を上げたジャンヌにとって、この申し出は当然のものだった。
「おお、それはそれは」
老人は本気にしていないのか、相変わらず人懐っこそうな笑みを彼女に向ける。
「私は本気です。神に誓って、あなたには決して傷を負わせません」
そのジャンヌの言葉を聴いたとたん、ダーウィンの表情が一変した。
「神に誓って……ですか?」
しかし、ジャンヌはそれには気付かずに続ける。
「無論です。私は神のご加護を受けています。私に仇為すものは全て神の怒りに触れて滅びるはずです」
「神の……怒り……?」
老人の顔色とジャンヌの語気とは、ますます対照的に変化していった。
「神は私たちを導いて下さるでしょう。なぜなら、神は―――」
「神なんて、一体どこにいるというんですか」
とうとうジャンヌの声を遮り、ダーウィンが低くそれでいて耳に残る声を発した。
それを聞いたジャンヌは、全く信じられないものを視たというように表情と顔色を一変させる。
「何を言うのです!! 神はいつも私たちのそばにおられるではないですか!! だから、神は……」
「神が本当に弱きものや心の清いものを守ってくれるのなら、本当に神が全能であるのなら、なぜ、なぜ私の娘は死ななければならなかった!!」
ダーウィンは椅子を蹴って立ち上がった。
「アニーは、まだ十歳だったんだぞ!! あの子がどんな罪を犯したと言うのだ!! なぜあの子が死ななければならなかったというのだ!!
なぜ、神はあの子を……私たち夫婦の宝である子を、助けてくれなかったんだ!!」
そう叫んで、ダーウィンは床に突っ伏して両手で顔を覆った。
ジャンヌは一言もかける言葉を見つけられないままそこに立ち尽くしていた。
(なんと哀れな老人だろう。家族を亡くし、そして、神の愛さえも信じられなくなってしまったなんて)
【一日目・午前二時/小学校(職員室)】
【ダーウィン】
[状態]健康
[装備]不明
[道具]支給品一式
[思考]
ここから脱出する方法を模索する
※「種の起源」を発表する直前の時期からの参戦です
【ジャンヌ・ダルク】
[状態]健康
[装備]ガリレイの望遠鏡
[道具]支給品一式
[思考]
1・ダーウィンに哀れみを抱いている
2・弱いものを守る。敵対するものは容赦なく殺す
※オルレアンの町に向かっている途中からの参戦です
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