輝く物は金か地位か宝石か






男は夜闇の中、隠すことなく晒した己が裸身に目を落とす。
正しくは自身の身体を写す水面に。
誤解なきよう言っておくが、別に彼は露出趣味を持っているとか、服を着ずに過ごす習慣のある蛮族の出身だとか、そう言う者ではない。
むしろ傍らに置かれた鎧を飾る宝石の数々を見るに、相当の地位の人物であることがわかる。
そんな彼が上半身だけとはいえ一糸纏わない姿になっているのは、あるものを確かめる為だった。
支給されたデイパック内から取り出したランタンが水鏡を照らす。
急な光量の増加に戸惑った男の眼は僅かな間の後、遂に探していた部位にピントを合わすことに成功する。
彼を死に至らしめた筈の矢に貫かれた部位へと。
そして知った。
矢傷が余すことなく治癒されていることを。

「フン、あの男、口だけではないということか」

縫合された後は僅かに残ってはいるが、なんら支障はあるまい。
どれだけ激しく動いたところで、恐らく再び傷が開くことはなかろう。
そう判断した男の口元に浮かぶは笑み。

「くっくっく、」

思いがけずに死から逃れ得たことに対する歓喜か?

「はっはっはっはっは、」

再び神なる地を取り戻す為の戦いを起こせることへの満足か?

「ああああっはっははははははははははははは!」

単に命を奪うことを渇望する狂った欲情か?


「……ふざけるな」

否。

「ふざけるな、アドルフ・ヒトラアアアアアアア!!」

断じて、否!
彼の内にあったのは純粋な怒り。
王たる彼に首輪を付けたことへでも、殺し合いの地に放り込んだことへでもなく。

「私は死ぬ筈だった。あの弓兵に殺されていた。戦いの中で。正当な戦闘をもって。その死を。私の最後を。貴様は、汚すというのかあああああああああ!!」

それが彼を思ってのイングランドの民によるものなら問題は無かった。
理解はすれど迎合する気はないあのスルタンのような慈悲によるものでも腹立ちはしたがまだ認めれた。
しかし、ヒトラーは違う。
奴はただ己が遊戯の為だけに彼を生かした。
キリスト教徒の彼にとって、死はなんら恐れるものでもなく、神に召されることだというのに。
その瞬間を彼は奪われたのだ、悪魔の手によって。

「なんたる屈辱、何たる侮辱っ!!」

彼だけではない。彼を殺した弓兵の勝利さえも奪われた。
戦場で熱さに負け鎧を脱いだ自分の愚行を悔いはすれど、彼は自身の仇を恨んではいなかった。
それどころか称賛さえしていた。
ライオンハートとまで称えられた自らを殺した相手だ。
貶めて何になる? そんなことをすればその程度の相手に自分は殺されたということではないか。
だからこそ、彼は死に際に下手人たる騎士を許すように言ったのだ。
それがどうしたことか。
のうのうと自分は生き延びてしまっている。
これでは面目丸つぶれだ。

傲慢なまでに誇り高いからこそ、彼の怒りは募っていく。
一度はいっそこの場で自殺しようものなら、殺しあえと言ったヒトラーの思惑に全く乗らなかったことになり、
最高の意趣返しになるのではとさえ考えた。

「そう、一度は、だ」

名簿に書かれたある名前を確かめた時、不覚にも彼の心は踊ってしまったのだ。
死んだ筈の人間。
決着を付けられなかった宿敵。
殉ずる教えも、信じる道も正反対だが、故にこそ惹かれる倒すべき男。
悪い冗談かと思ったが、ここに死んだのに生きている人間は既にいるのだ。
なら、ヒトラーの手で、あの男もまた蘇ったのだとしてもおかしくは無い。

現金なものだと彼は自嘲する。
されど仕方のないことなのだ。
奉じる神の違いから、召される先も異なってしまう。
決着をつける機会はここでしかない。

よって、

「悪いがまだかってと同じ死を迎える気はないっ!」

彼は、獅子心王リチャードは、瞬時に獲物を掴み、飛んで来た矢を切り払った。
彼の打破すべき敵、サラディンが使っていたのと同式の剣によって。

「殺されるならそれもよし、死なねば正しき流れに沿って、自ら命を絶つまでッ!!
そして、ヒトラー。我が唯一の心残りを晴らす機会を齎してくれた礼に、
この獅子心王リチャードを敵に回したことをたっぷりと後悔させてくれようぞ!!」

獅子は吠える。プライドという名の黄金の鬣を振るって。


【一日目 深夜 河原】
【リチャード1世】
[状態]健康
[装備]シャムシール
[道具]支給品一式
[思考]
1 サラディンと決着を付ける。
2 ヒトラーにどんな形でもいいから意趣返ししたい。
3 降りかかる火の粉は払う。
4 最終的に生き残ろうものなら自決する。



「自ら命を絶つだと? ふん、なら、俺が殺すまでもないということか」

リチャードの咆哮を鼻で笑い、狙撃手は身を翻し森へと駆けこむ。
リチャードとは違い、彼は命を賭けるつもりはないのだから。
纏いし漆黒の鎧が闇と同化し、あたかも彼の姿が消えるかのように目視に難しいものとなっていく。

「殺しあえ? ハッ、ちょうどいい。高等法院の奴から煩い出頭命令が来ていた所なんでな」

男の名はエドワード・オブ・ウッドストック。
百年戦争前期における主要な戦闘に参加し、ほとんど勝利を収めた優秀な軍人。

けれど、彼の心に信念や矜持は無く、

「人を殺して願いを叶える? OK、今までと同じじゃないか! さあって、何を頼もうかね、金か、土地か、地位か!」

求めるのは輝ける利権のみ。

  【一日目 深夜 森】
【エドワード黒太子】
[状態]健康
[装備]クロスボウ
[道具]支給品一式
[思考]
1 優勝し大儲け
2 リスクは冒したくない



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