無題






ガリレイは暗闇の世界を歩いていた。その足取りはよたよたと覚束ないが、確りと大地を踏み締めている。

「殺し合い……か。馬鹿馬鹿しい」

フンと、鼻を鳴らし鼻白んだ。
殺し合いは彼の領分ではないし、彼はその様な事をする気もない。
ただ、願いを叶えられるという事には豊穣な美酒に比する程の魅了を感じる。
異端の烙印を押された自分の名誉を回復したいが、それよりも、なによりも故郷のフィレンツェの風光明媚な風景を、ガリレイは見たかった。

「全く……年老いても悩みは尽きる事がない」

一人ごちて嘆息すると、空気の質が変わったのに気付く。夜の寒気に混じり、敵意――否、濃密な殺気を感じたのだ。
殺気は、粘着質な感触でガリレイの身体を絡めとる。

「フハハハハーッ! 何処の誰だかは知らんが、我輩の万有引力の力で死ねっ!」

ガリレイは渾身の力を振り絞り、横っ飛びに飛ぶ。ガリレイには見えないが、先程まで彼がいた空間が拳大の石に寄って貫かれる。

「何者だ?」

「フン、我輩の名を知らんとは……。解らねば教えてやろう!」

力強い響きのある声が、ガリレイの周囲を支配する。

「我輩は希代の錬金術師――アイザック・ニュートン!」

「錬金術師だと?」

ガリレイはじっと身を動かさずに、ニュートンの気配を探る。

「凡愚には理解出来ぬか。ならば、我輩の万有引力をその身に刻み昇天せよっ!」

狂気染みた嘲笑が、ガリレイを包み込む。だが、ガリレイはニヤリと口端を歪める。
「この私が凡愚だと? ――面白い。異端と呼ばれし私の力を見せてやろう」

ニュートンは敵の放つ気の質が自分に近い事に気付いた。
手元にあるのはそこら辺で拾った唯の石。万有引力の法則をもってすれば敵をほふるには充分ではあるが、敵の威圧感は並々ならぬものがある。
が、ニュートンとて退く気はない。何故ならばニュートンには希代の錬金術師としてのプライドがある。
唯の怪しげな老人相手には退けない。

「かかってこないのか? 万有引力とやらの力を見せてみよ!」

「馬鹿め! そのような挑発に乗る程我輩は愚かではないわっ!」

ガリレイは、全身に力を溜め、握り拳を振りかぶる。

「――貴様に教えてやろう――。天が動いているのではない。地球が動いているのだ」

ガリレイは収縮された力を解放し、握り締めた拳を大地に叩きつけた。
刹那、圧倒的な破壊の嵐が吹き荒れ、轟音と共に大地が揺らいだ。

「軟禁されていた私が、頭の堅い審問官に――ひいてはローマ法王に見せる為に編み出した秘技・地動説!」

「ち、地動……説……だと?」

ニュートンの顔が恐怖と歓喜に歪む。
圧倒的な破壊の渦――地動説に、目の前の老人がガリレイである事に。

「ほう? 言葉もないか、若造」

ガリレイのしゃがれた声が、凶悪な響きが、ニュートンの脳髄を直撃する。

「――もし、貴君がガリレオ・ガリレイであるならば――このニュートン、とる道は唯一つ」

「地動説を見ても退かないか――その意気や良し!」

ニュートンは月明かりを頼りに疾風怒濤の勢いでガリレイに向かう。ガリレイは、その破竹の勢いに恐怖を感じるが、地動説の予備行動――振りかぶった構えを取る。

ニュートンは肉薄し、ガリレイは地動説を放つ。
空気を切り裂き、地を動かす力を秘めた拳は――ニュートンを捉える事は無かった。
「不肖、希代の錬金術師ニュートン! 天文学の巨人たるガリレオ・ガリレイ先生の教えを乞いたい!」

ニュートンはガリレイの足元に膝を折り、真摯な光を帯だ視線で、ガリレイを見上げる。
そこには一切の敵意はなく、敬意しかない。

ニュートンの声の清澄な響きに、ガリレイは拳を下ろした。

「ニュートンよ、私に何を学ぼうと言うのだ?」

「知れた事。――言葉には出来ぬ物。真理を追い求める確固たる信念!」

ガリレイはニュートンの言葉に、相好を崩した。

「ニュートンよ、その道は険しく果てない――。私とて拷問の恐怖に自説を曲げたのだ――」

ガリレイは糸の切れた操り人形のように地に倒れる。

「ガリレオ・ガリレイ先生!」

ニュートンはガリレイの手を取るが、その冷たさにガリレイが死に蝕まれている事を悟る。長年の軟禁生活、そして地動説がガリレイの体から生命を削ぎ落としたのだ。

「――ニュートン君。君は眩しい。私の到達出来なかった領域迄――君なら踏み込めるだろう。」

「――先生っ!」

ニュートンはガリレイに呼び掛けるが、ガリレイの瞳はニュートンの姿を捉えていない。

「おお……見える……私には見えるぞ! 懐かしいフィレンツェの……街が……」

「先生ーーーーーーーーー!」

ガリレイは息を引き取る前に、夢にまで見たフィレンツェの街並みを幻視し、死に顔は笑みに包まれていた。

ニュートンは、偉大なる先人の死に、慟哭する。

「先生の無念、この希代の錬金術師ニュートンが晴らして見せましょうっ!」



【ガリレイ死亡】
【残り32人】


【アイザック・ニュートン】
[状態]悲嘆
[装備]そこら辺で拾った石。
[道具]基本支給品一式 ×2、ランダム支給品(未確認)
[思考]
1ガリレイの敵を撃つ。
2行く手を阻む者は倒す。

※万有引力は唯の投石。



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