貴婦人の決意






マリー・アントワネットは心底困り果てていた。
「ここはお風呂はあるのかしら」
森の中を歩いて居るためか靴も服ももちろん体も汚れてきてしまっている。
―――あのヒトラーという男の人ももっと考えてくれればよかったのに。
どうせ連れてくるならば浴槽や替えの服などにも気を使って持ってきて欲しかったと思う。
が、考えてみれば男性などというものは往々にしてそんなものなのかもしれない。
マリーの周りでもそこまで気の利く男性はあまりいないのだから、
ヒトラーにだけそれを求めるのは酷というものだ。
人の上に立つ人間の心構えについて母がよく言っていたではないか。よく考えることが大切だと。
それでも、フランスに嫁いでからも続けている入浴をこんなところで止めたくはなかった。
なによりも……、入浴して寛げばこの不安から解放されそうな気がした。


マリーはまた座り込んで名簿を見てみた。
―――陛下のご先祖様までいらっしゃるわ。
確か太陽王と呼ばれた偉大な王である。その王までこんなところに連れてこられたのか。
……いや、偉大だからこそ連れてこられたのか。
あの場にいたのは全て偉人だとヒトラーは言っていた。
異国の人も多かったから誰がどんな人物なのか分からなかったけど、
太陽王の偉大さならばマリーだって知っている。きっと皆同じように偉大なのだろう。

が、マリーには分からないことが有った。
異国の人を含め王族らしき者たちが偉業を成したのであろうことはわかるのだが、
どこからどう見てもただの平民、むしろ貧民と呼ぶにふさわしい者も沢山いた。彼等は一体何をしたのだろう。
と、そこまで考えてマリーははたと思いついた。
―――彼らは従者なのね。
きっと偉人達と共に居た為に一緒に連れてこられてしまったのだろう。なんという不幸だろう。
いきなりこんなところに連れてこられて、偉人達に交じって殺し合いをしろだなんて、
どれだけ恐怖と不安に怯えていることだろう。
ならばマリーに出来ることは、いややらねばならないことは一つだ。
少し元気が出てきてマリーは立ち上がる。

フランス王妃として、偉大な家系の者として、
マリー・アントワネットは平民を見つけ出し慰めることにした。



地位も名誉も金も美貌も知能も全て持っていた。
この世のすべては彼女の思うままだった。……人の命でさえも。
―――なのに、あの蛮族め。
西太后は唇を噛む。あの西の国の蛮族の男がそれを取り上げた。
こんな何もないところに連れてきた挙句、殺し合いをしろと抜かしたのだ。
殺し合いというのは西太后にとって『する』ものではなく『させる』あるいは『見る』ものだ。
自分が参加するなどあってはならない。武器を持って戦うことなぞ知能の足りない下賤の者がすべきだ。
屈辱だ。この自分が下賤の者と交わり競わねばならぬなど。
あの男の薄笑いを思い出し西太后は拳を握り締める。
―――なんでも願いを叶えてやるだと?
それは西太后のような者にこそ相応しい言葉だ。高貴な人間が下賤の者を操るための言葉だ。
それをあんな蛮族に言われねばならぬとは何と言う屈辱だろう。

このままでは済まさない、と西太后は思った。
あの男を殺さねば気が済まない。しかもただ殺すだけではない、苦しめて苦しめて殺さねば。
処刑の方法をあれこれと考えていると、とても良いことを思いついて西太后は手を打った。
―――今度は私が主催者になってやろう。
あの男は『なんでも』叶えるといった。
ならば、次は西太后がバトルロワイアルを開催し、そこにあの男をぶち込んでやるのだ。
あの薄笑いが恐怖にひきつるところを想像して西太后は舌舐めずりした。


そのためには勝者とならねばならない。
己が武器をもって戦うことなど到底考えられないから、誰か他人を操って西太后を守らせねばならない。
ならば他人と組む……というより操る他人を見つけることが必要だ。
平民でも弾避けくらいにはなるだろうし武人ならば武器を取って西太后を守らせることができる。
とそこまで考えたとき、近くの茂みが揺れた。



「ああ、良かったわ」
現れたのは頭の軽そうな西の蛮族の女だった。
「あたくしはフランスのマリー・アントワネット。貴方は東洋の方かしら?」
その女は足を曲げて挨拶らしきものをすると西太后に向かって微笑んだ。
「最初に会うのが女の人だと少し安心ね。男の人だと少しだけ怖いもの」
西太后が無言なのをどう捉えたのか女はさらに近づいてくる。
「貴方はなにかお困りかしら?なにかあたくしにできることはある?」
―――この女は馬鹿なのだ。
西太后の正体も分からないのにこんな風に近づいてくるなんて。
が、馬鹿ほど操りやすいことも確かだ。……あちらから近づいてきたのだからこちらは利用するまでだ。
「私は西太后。困ったことだらけで、誰かに会いたいって思っていたの。……まずはこの首輪」
「そうよね、酷い装飾だわ。美しくないし、厳ついし。きっと職人の腕が悪かったのね。
 けど、安心して。フランスに帰れば陛下が外してくれると思うの。
 あたくしの陛下は錠前作りが得意なの、こんな首輪の鍵なんて簡単に作ってくださるわ」
「……あとは、一人で心細いわ。こんなかよわい女だけで」
「元気をだして。あたくしが一緒にいるわ。本当をいうとあたくしも一人で心細かったの。
 二人でいれば少しは怖くないでしょう?……そうだわ、二人で助けてくれる殿方を探さない?」
蛮族の女は西太后の手を包んで力を込める。
「一緒に居てくれるのね?」
「ええ。……そして泉を見つけたら一緒に水浴びしましょう?女性の嗜みですもの、貴方も気が安らぐわ」

男の中には西太后のように自分より賢い女は好まない愚か者も多い。
こんな愚かな女を連れ歩けば籠絡出来る男も増えるに違いない。
―――いざとなったら弾除け位にはなるだろう。
「お陰ですこし元気になってきたわ、ありがとうマリー」
女の手を振り払いたいのを我慢して西太后も微笑んだ。



【マリー・アントワネット】
[状態]健康
[装備]不明
[道具]支給品一式
[思考]
1  平民(らしき人)を見たら慰める
2  助けてくれる殿方を探す 
3  お風呂に入りたい(最悪水浴びでも可)

【西太后】
[状態]健康
[装備]不明
[道具]支給品一式
[思考]
1  優勝しヒトラーをバトロワに参加させる
2  1のために他人を味方につける
3  とりあえずマリーを上手く使いたい



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