祝宴と研究の始まり
人々は彼をウォモ・ウニヴェルサーレ―――万能の人と呼称した。
絵画、彫刻、建築、土木、科学などあらゆる分野に精通する彼の他にこの名が相応しいものは居ないだろう。
彼は誰もが認める天才なのである。
それゆえに。だからこそ。
……このバトルロワイヤルに参加させられる羽目になったのである。
彼が目を覚ました時に居たのは何処かの講堂か何かだった。
正確には小学校の体育館に居たわけだが、彼の知識にある学校とはあまりに違うため講堂と捉えたのである。
気だるい頭を振りながら周囲を見回すとそこにいるのは彼だけではなかった。
皆、訝しみながら周りを見ていた。老人も子供も男も女も、全く関係がなくこの場にいるようだ。
さらには彼の認識が確かならば遥か古代の服装をしている者、あるいは見たことがない服装の者なども居る。
全く現状が掴めず首を傾げなにげなく手をやると何かが触れた。
「―――?」
それは首輪だった。何か金属で出来ていて、ぴたりと首に密着していた。
どういう絡繰なのかなにやら小さな明かりも点灯している。
周囲の人々もそれに気がついたのかざわめきが大きくなった、その時。
その男が現れたのである。
「諸君らは偉人だ!英雄だ!」
その男はいきなり声を張り上げた。その声量と言葉に室内のざわめきがぴたりと止まる。
彼も周囲の人々もその男を注視していた。
たった一言でこれだけの人々の注意を惹きつけるあたり、かなり演説術に長けているようだ。
「諸君らもご存じのとおり歴史に名を残すには何か他者より優れている部分が無ければならない」
その男は一同を見回す。
「例えば―――ここ」
男は右手の人差し指でこめかみをとんと叩いて彼の近くにいる老人を見つめる。……頭脳のことだろう。
「ここ」
続いて右頬をとんと叩いて彼より少し離れた美女に目を遣る。……容貌のことか。
「ここ」
さらに指で胸を示して部屋の隅にいた男を見る。……心。
「そしてもちろん―――ここ」
男は最後に左手で作った拳を示した。
―――力。或いは武力。
「諸君は私が選りすぐった各時代を代表する偉人である。
よって諸君に力を貸して貰いたい。―――我が祖国をより素晴らしいものとするために」
男は大仰な身振りを交え演説を続ける。
部屋の一同は唖然としながらも男の話に惹きつけられているようだ。
話が確かならば此処にいるのは時代を代表する者たちである筈だが、
その彼らを惹きつけるこの男もある意味において時代を代表する者だということか。
「諸君は様々な才能に恵まれているが、一番秀でているのは誰なのか?
最も秀でた才能とは何なのか?
諸君らは興味がないかね?私は非常に興味がある。それさえ分かれば祖国の発展に大いに役に立つからだ。
そこで私は祖国をより高めるために模擬実験を行おうと思う。
諸君らはその実験に協力して貰いたいのだ。―――なあに簡単なことだ」
男は言葉を一旦切って一同を見回す。
「諸君らに、殺し合いをして貰いたい」
彼は耳を疑った。男の言っている意味がよく分からない。
他の者も理解しきれていないのか首をかしげ顔を見合わせている。
それでも武人らしき者たちは少しだけ眼光を強めているのは流石というべきなのか。
「では、順を追って説明しよう。
諸君らがこの部屋を出て行く時に……ああ、一人ずつ時間をあけて出てもらうが、
このデイパックを一つずつ配布しよう。
中にはある程度の食糧飲料に地図と名簿、その他必要と思われるものが入っている。この支給品は皆一緒だ。
そして最後に一番大切な装備品が一つ入れてある」
男は再び言葉を切り皆の理解を確かめるように見回した。
「この装備品は当たり外れが非常に大きいように設定してある。
……何故ならば運をも味方につけるのが真の英雄だと私は考えるからだ!
しかし、薄幸というのもまた歴史に名を残すものであるから、運というものに自信がない者もいるだろう。
安心して貰いたい。
『外れ』の装備品を引いた者が使い方次第で『当たり』の装備品を引いた者に勝利しうることは充分に可能である。
諸君らならばそれが可能だと私は信じている」
淡々と、しかし大仰に男は演説を続ける。
その内容はどこか現実離れしていて、今だに彼のみならずこの部屋の大半の者が首を傾げているのも無理はない。
「ちなみに殺し合いの開始だが、この部屋を出たその瞬間からとする。
つまり先に出たものほど有利になるわけだが、返り討ちにあう可能性もまたあるわけだから忘れないように。
部屋を出る際、あるいは出てきた者を狙う際には注意を怠らないことをお勧めしよう。
諸君が部屋を出た瞬間にニードルガンに襲われないとも限らないからな。
……それと、次に諸君の首の―――」
「ふざけるな貴様ァ!」
陶酔しきった演説を続ける男の言葉を遮ったのは軍服らしきものと大きな帽子を身にまとった男だった。
「貴様の祖国がどこかなぞ知らぬが、余は一刻も早くフランスの窮状を打破せねばならぬのだ。
こんな愚か者の遊びになぞ付き合っていられるか!」
「……最初がまさか君とはな。―――いや、君だからこそ相応しいかも知れんな」
「貴様何を抜かしている。早く余をフランスに帰せ!民衆が余を待っているのだ、早く祖国を救わねば」
「それは不可能だ」
「不可能?……ふん、不可能という文字は愚か者の辞書にのみ―――」
軍人はそれ以上続けることが出来なかった。男がいきなり目の前に近づいたからである。
男は薄笑いを浮かべ、手に持った何か小さい装置を部屋中に見せびらかすように掲げた。
「私はドイツのアドルフ・ヒトラー。
その節は我がドイツを属国にしてくれてありがとう、ナポレオン・ボナパルト」
ぽん、と小さい音がした。
言葉を終えるかどうかのうちに、ヒトラーが手に持った装置を親指で押した次の瞬間だった。
ナポレオンの体が一瞬停止し、その後首から大量の血を噴き出して倒れた。
その首は半分千切れている。―――首輪が爆発したのだ。
部屋の隅に居た少女の悲鳴が部屋中に響き渡った。
「静かにしてくれたまえ」
ちらりとヒトラーに目をやられて少女は悲鳴を呑み込んだ。
金髪の、華美な格好をした少女は何処かの王女だろうか。
―――きっと10歳に満たないであろうあんな子供までこの場にいるのか。
近くにいた大人が少女の顔を覆いナポレオンの死骸を見せないようにしてやっていたのを確認して
彼はヒトラーに目を戻した。
今、ここで騒ぎ立てることが得策でないことは皆が把握したようだった。
「流石偉人の諸君だ。状況を飲み込むのが早くて助かる」
ヒトラーはナポレオンには目もくれず一同に向き直ると、笑顔に戻る。
「先ほどの続きから説明しよう。……といっても諸君ならば全て把握してくれただろうがね。
つまり、諸君の首に嵌っているのは見ての通り、爆弾だ。今は私がこの装置で作動させた。
―――ああ、安心してくれたまえ。今のは分かりやすく諸君に見ていただこうと考えてのことだ。
あまりこれで死んでもらっては模擬実験にならないから可能な限り避けたいと私も考えている。
ちなみに、私が手動で作動させる以外にも、外そうとしても勝手に自爆するから気をつけてくれたまえ」
首輪に手をやっていた何人かが慌てて手を離す。憎らしいくらいによく考えられた装置だ。
「さて、説明はほぼ終わりだが、最後に諸君が最も楽しみにしていることをお知らせしよう。
つまり勝利条件と報酬だ」
ヒトラーは期待を持たせるかのように間をあける。実際に期待している者など誰も居ないのだろうが。
「諸君の中で最後まで生き残った一人の願いを何でも叶えよう!
いいかね、な・ん・で・も、だ。どんなことでも構わない。不可能にみえることでも構わない。
必ず叶えよう。……何故ならドイツの科学力は世界一だからだ!」
その時一瞬、どこかで欲望と狂気が生まれた気がしたのは―――彼の気のせいなのだろうか。
あの後、さらに小さな注意事項が加えられた。
「さあ諸君祝宴の始まりだ!」
というヒトラーの宣言とともに解散させられ、そして今彼は小高い丘にある大きな岩影に坐している。
彼とて混乱がなかったわけではないのでこうして初めから整理してみたが、
何度思い返しても馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。
―――戦争よりも馬鹿馬鹿しい。
戦争は嫌いだ。軍事技術の考案に明け暮れたこともあったが、それは過ちだったと確信している。
このバトルロワイヤルとやらは戦争よりも愚かで意味のないものだ。
よって彼のとるべき道は明らかだった。
―――ここから脱出する。
空を見上げてみる。以前鳥のような飛行機具を考案したことがあるが、それを発展させてはどうだろうか。
うまくいけば複数人運ぶことも可能かもしれない。
―――その前にこの首輪か。
脱出しようとして死んだのでは意味がない。まずはこの首輪を外すことを考えなければならない。
問題は彼にこの首輪の仕組みが全く分からないことだった。
きっとヒトラーの時代の科学技術は彼の時代よりも発展しているのだ。
しかし、未知の物を研究するのは彼の得意分野だ。
解体し、観察し、研究すれば首輪を外すことも可能なのではなかろうか。
―――そのためには首輪が必要か。
そう考えて彼は少し笑いたくなった。
解体用の首輪を得るということは誰か死んだ人間の首輪を探すということだ。
ヒトラーに逆らって死んだなら首輪は爆発してしまうのだから、
バトルロワイアルに乗った他人に殺された人間から首輪を貰うことになる。
―――己の脱出のために他人の死を願うわけか。
己の考えにめまいを覚えて少し頭を押さえた彼だが、すぐにあの時部屋に一瞬充満した欲望と狂気を思い出した。
……誰も死なないとはとても思えなかった。
頭をひと振りして彼は頭を入れ替える。
今やらねばならぬこと。今彼にしかできぬこと。それを考えるべきだ。
脱出は一人では不可能だし、また彼一人で脱出しても意味のないことだった。
己一人で逃げてもこのバトルロワイアルは終わらない。
まずは信頼できる仲間が欲しかった。
歴史に名を残す偉人達。この状況で信頼できるのはどのくらいいるのだろう。
腕に覚えのある者も多いのだろうから不用意に接触しても危険が増すだけだ。
彼は左手に持っている細長い筒を見る。
色々なものをよく見て研究することが大好きな彼にふさわしい装備品だ。
『万能の人』レオナルド・ダ・ヴィンチは周囲を「研究」し始めた。
【レオナルド・ダ・ヴィンチ】
[状態]健康
[装備]コロンブスの望遠鏡
[道具]支給品一式
[思考]
1 最終的には脱出する
2 1のために周囲を「研究」して信頼できる仲間を見つける
3 1のために首輪を「研究」して外す方法を模索する
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