無題
どれくらい歩いただろうか、すでに夜は更け、あたりは月明かりに照らされている。
どうやらあたりに人の気配はないようである。彼は腰を下ろしいったん休むことにした。
手持ちの食料で何とか飢えをしのぐと、急激に睡魔が襲ってきた。
うとうとしながら目をあけたり閉じたりしていると、前方の地面に小さな異変を発見した。
地面が盛り上がりながら近づいてくるのである。
そう、ちょうどその下で何かが移動しているような。
彼はゆっくりと立ち上がり、マシンガンを構えると注意深く「それ」を観察した。
彼のすぐ前まで来た「それ」は、どういうわけかピタリと止まった。
ここで先に攻撃したくはない・・・できることなら・・・
「誰・・・だ?姿を見せてくれ・・」
私は小さく呟いた。その瞬間、「それ」はだんだんと土を盛り上げ、姿をあらわにした。
「あっれぇ?アンタ死んだんじゃなかったのか?」
「それ」は人間の形をしていて、白い防護服のようなものを着込んでいる。
そして手にはモリとポンプが一緒になったような武器を携えている。
「ま、やる気がないんじゃあこっちも気がそがれるわな。手が下がってるぜ?
そんなんじゃやられちまうぞ、お人よしさんよ?」
その言葉に私はあわてて下を向いていたマシンガンを構えなおした。
「いまさら何やってんだよ・・・とにかく休戦といこうぜ?お互い疲れているようだし、
ここで殺しあっても所詮相打ちだぜ」
そういった彼の手はすでに私の喉にモリを突きつけていた。
「わかった。休戦としよう。私もできることなら戦いたくはない。」
「おぉ物分りのよろしいこと。ホントにお人好しだな。俺はディグダグ。
名前くらいは知ってるだろ?」
「あぁ。君も地下の住人だね。」
「ご名答」
休戦を結んだ後、私は彼からいろいろな有益な情報を教えてもらった。
このゲームならではの生き残り方、首謀者と思しき人物、そしてこのゲームに「乗った」奴ら・・・
「とりあえず当面の問題として、一番ヤバイのはこいつ、星のカービィだな。こいつは罪悪感もへったくれもない。
まさに殺人マシーンだ。俺も奴の戦っている姿をこっそり見たが、尋常じゃない。奴は能力をそこらじゅうから
奪うことができるし、そのどれもが強力だ。こいつを見かけたら逃げたほうがいい。」
そして私は彼に今までに起こった事と、自分に対する「決断」のことを話した。
「へぇ・・・そりゃけったいなことが起こったな。とにかくアンタも休戦、生き延び派だな。
ま、最初に見たときからわかってたけどな。ただ、相手を信じすぎて失敗するようなことがないようにしてくれよ。
あんたはお人好しだから、裏切られて死んじまったんじゃ話にもならない。」
私は、ちょうどかかっていた雲が晴れた満月を見上げた。
「ただ、アンタのその生き方は尊敬する。人生挑戦の毎日っつーのはとても難しいことだが、俺はアンタのその「決断」、
守り通してくれる事を信じてるぜ。生き延びてくれよ。」
「そう言ってもらえると有難い。礼を言うよ。」
彼は照れくさそうに、再び雲がかかり始めた月を見上げながら言った。
「・・・日が昇ったらあたりを探索してみるか。」
まだまだ弱いが、暗闇に光が差してきた。このゲーム始まって最初の夜明けである。
「さて、約束通り探索するか。他の奴らも動き出す頃だろうからな。」
私は彼と静かに歩き出した。昨日とはうって変わってあたりは静かである。
もうすでにだいぶ死亡者が出てしまった事は彼から昨日聞かされた。
彼らはそれぞれ特殊能力を持っている奴らがほとんどだ。いきなり出現してもおかしくはない。
と、私は重大なミスに気づいた。マシンガンを忘れてしまったのだ。
「すまない、マシンガンを忘れてしまった。少し時間がかかるが、今から取りに行かせてもらっていいか?」
「案外間抜けだな。ホレホレ、早く取ってこないと他の奴に奪われちまうぞ?」
すぐに私は引き返し、元来たほうへと向かった。
「まったく世話の焼ける・・・ん!」
その時、ディグダグは向こうから近づいてくるピンク色の丸い物体を目にする。
「噂をすれば何とやら、だな・・・」
ピンクの物体、星のカービィはのそのそとこちらに向かってくる、が、いまだに気づく様子はない。
(どうやら向こうは気づいていないらしい。意外と鈍感だな。なら取る手は一つ、待ち伏せだ)
彼はすぐに地面に潜り、息を殺してじっとカービィが来るのを待った。モリを持つ手に力が入る。 (一瞬で決めてやる。そうすれば能力を使う暇もあるまい。・・・ただ奴が、あのお人よしが戻ってくると困ったことになるな・・・)
足音はどんどん近づいてくる。距離は2、3メートルといったところか。止まる様子はない。完全に気づいてはいないようだ。
(よし、今だ!食らえ!!)
彼はカービィの目の前に躍り出ると、すばやくモリを突き刺した。完全に不意を突かれたカービィは何が起こったのか理解できていない。
「こうなったら俺の独壇場だ!一気にパンクさせてやる!!」
彼はすばやく手元のポンプに力を入れ、高速でピストンさせた。あっという間にカービィはピンクの風船のように膨らんでゆく。
その時である。普段の化物相手では起こりえないことが彼の身に起きた。膨らんだカービィはそのまま手をはためかせ、空中へと浮かび始めたのだ。
「な!?どういうことだ!!?」
彼と彼の刺したモリをぶら下げたまま、カービィは空へ舞い上がった。そしてとびっきりの円らな、残酷な目で彼を睨んだ。
(くそっ!こりゃやばいかもしんねぇ!ここにあのお人よしが戻ってきたら最悪だ!2人やられちまう!)
「これしかないか・・・・」
彼はポンプを持っていた手を離した。そして力いっぱい叫んだ。
「来るなぁぁぁっ!!!奴がいるぞぉぉぉっ!!!逃げろぉぉぉぉ!!!」
(これならあのお人よしに聞こえただろ・・・まさかこんなに早く死ぬ事になるとは・・・正直情けないな・・・)
その瞬間、彼は地面に叩き付けられた。もうピクリとも体を動かす事ができない。そして次の瞬間彼の目に映ったのは
自分に向かって高速落下してくる岩の塊だった。
(これじゃあロクな点数になりゃしねえ・・・)
それが彼の思った最後の言葉だった。
・・・彼の叫びを聞いて、私はすぐさま足を速め彼のところに行こうとした。
次の瞬間、地響きにも似た振動が私の足に伝わってきた。
『生き延びてくれよ』
彼の言葉がエコーとなって聞こえてきた。
『逃げろぉぉぉぉ!!!!』
力いっぱいの叫びだった。彼はもう自分の運命を悟った上で私に運命を託したのだろう。
「う・・あ・・・うわああああああああああ!!!!」
私は身を翻すと反対の方向へ走った。もうどこでもいい。とにかく奴から離れるんだ。
走りながら誓った。このカタキは必ず取る。彼の死を絶対に無駄にはしない。
刺し違えてでも奴を倒す。
そう考えながら走っている彼の目から、彼自身気づかぬ涙がとめどなくあふれ出ていた。
その涙は朝日に照らされ眩しく光り、朝露と共に消えていった。
【「ディグダグ」 ディグダグ 死亡】
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