無題






ベイベェ、見てくれ、このホワイトで統一されたスーツを。
シワ一つ無い、埃一つついていない、パリッとしたスーツを。
いいかい?
白って言うのはスマートな体にしか映えない難しい色なのだよ。
それをこともなげに着こなすのが、このおれ。
一流なればこその余裕が、このフィット感を産むわけだ。
しかも。
アクセントのサングラスは、トライアングルブラック。
どうだい?
アダルトな無彩色のコントラスト。
俺の灰色の脳細胞と同じで、シャープな印象を与えるだろ。
こんなカッコイイおれが何者かって?
ベイベェ、悪いがそれは言えないのさ。
守秘義務ってヤツがおれを縛ってるんでね。
でもベイベェ、気にすることはないさ。
刹那の恋には名前も身分も必要ないからね。
男と女。瞳と瞳。情熱とからだ。
それだけで十分だろ?
OKOK。
ベイベェが言いたいことはわかってるよ。
「このデスゲームの中、なんでそんなに余裕があるの?」
って訊きたいんだろ?
君はまったく知りたがりやさんだな。
好奇心は猫を殺すって格言もあるが、
素敵なおれのことをもっともっと知りたいって訴える
ベイベェの健気な恋心には叶わないからね。
特別に答えてあげよう。

地の利があるからだよ。

きっと君の目にはこの洋館が、ただの小洒落た一戸建てに
映っているだろうけど、それはちがうよ。
ここは要塞なんだ。
おれの知恵と、経験と、技術の粋を集めた。
地雷原って言ってもいい。
たとえば、ほら。
この部屋の扉を良く見てごらん。
角度を変えて……太陽を背にして。目を凝らして。
見えたかい?
細い細いテグスが、ノブから天井に向かって伸びているのが。
たとえば、ほら。
息を止めて、耳を澄ましてごらん。
となりの部屋に向けて意識を集中して。
聞こえたかい?
時計と同じリズムの、微かな微かな音が。
そう、トラップだよ。
黒いアイツとしのぎを削り、出し抜き、出し抜かれ、切磋琢磨し……
完成した芸術的なトラップが、この白い洋館の至る所に設置してある。
おれは自信を持って断言できるよ。
誰も俺のいるこの寝室まで辿り着けないと。

だから、そんなに心配することなんてないのさ。
帰還したら一番に君に会いに行くと約束しよう。
そして飛び切り熱い一夜をプレゼントするよ、ベイベェ。


【スパイvsスパイ ヘッケル 白い洋館に待機潜伏】(黒はジャッケル)



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