無題
「あなや!!」
検非違使の絶望が悲鳴となって、袋小路に響き渡る。
足元には手ずから掘った落とし穴。
眼前にはずりずりと迫る身の丈ほどの茶褐色の巨石。
そして、その『茶色い岩』を押し運ぶフラッピー。
検非違使が穴を掘り、フラッピーが『茶色い岩』を以って穴を埋める。
延々3時間、それだけの繰り返し。
大いに不毛かつ滑稽なこの戦いも、
検非違使が袋小路に追い詰められたことで、ついに終局を迎えることとなった。
我、命運尽きたり。
そう悟った検非違使は辞世の句を読み記すため、
懐の短冊に手を伸ばした―――その時。
検非違使の背にしていた崖の上から唐突に声がかけられた。
「今行くよっっ!!」
検非違使が仰ぎ見ると、青い半袖シャツを着た少年が
軽快なジャンプ音と共に飛び降りてくるところだった。
「助けに来たよ、おじさん。もう大丈夫だから安心して」
少年は人懐こい顔で検非違使の肩をぽん、ぽんと叩くと、
『茶色い岩』とフラッピーに対峙した。
その少年の存在に気づいているのか、いないのか。
フラッピーは淡々と、ペースを崩さず『茶色い岩』を押している。
「とは申せ―――其許、武器は?」
「この身一つだいっっ!!」
少年は能天気に元気な声でそう返事をすると、瞑目し、しゃがみ込んだ。
おろおろする検非違使をよそにそのまま数秒。
両の手を合わせ、『茶色い岩』に向かってそれを伸ばし、
「気合弾ッ!!」
起立。開眼。裂魄の掛け声。
同時に、少年の掌底から放たれた高密度のエネルギー体が
一瞬にして巨石を襲い、包み込み―――破砕した。
ぽてん。
岩を渾身で押していたフラッピーは、対象の喪失によりバランスを崩し
転倒、そのまま落とし穴に嵌ってしまった。
「さても面妖な獣め。ようも麿の肝を冷やしてくれた。
礼として、生きながらにして埋めてくれようぞ!!」
思わぬ助っ人の乱入で形勢逆転した検非違使は、
高揚のため甲高く引きつるヒステリックな声で宣言し、シャベルを握る。
ぴい……
つぶらな瞳で彼を見上げ、哀しい泣き声を漏らすフラッピー。
「其許も生き埋めを手伝ってたも?」
「それはできないよ。おいら、人助けはするけど、殺生はしないんだ」
「さりとて殺めねば己が殺められる。この獣は捨て置けぬ」
「おじさんの死にたくないって気持ち、おいらもわかるけど。
それでも殺生は出来ないんだ。
ここはおいらに免じてさ、コイツ、逃がしてやってくれないかな?」
少年の意外な申し出に一瞬言葉を失った検非違使だが、
やがて得心したのかうんうんと頷き、少年に向き直った。
そして、シャベルを手放す。
「あいわかった。 麿も恩義礼儀を大切にする男。
其許の言に従うことにしようぞ」
「ありがとう、おじさん」
少年はにぱっと笑い、落とし穴のそこで震えるフラッピーに手を伸ばす。
言葉は通じずとも空気は掴んでいるのだろう。
フラッピーはされるがままに抱きかかえられる。
「さ、行きなよ。お前もこれからは人を襲っちゃダメだぞ」
「ぴい」
少年に頭を撫でられたフラッピーは一声鳴き、
てとてとと可愛い足音でその場を去っていった。
「それじゃ、おいらもう行くよ。
一人でも多くの人を助けるためには、休んじゃいられないからね」
「なんとも其許はあっぱれな好漢よ!!
麿は力なき殿上人ゆえ手伝うことは出来ぬが、
その志に敬意を表そうぞ」
検非違使は懐から扇を取り出し、優雅に振りつつ命の恩人を見送った。
検非違使に背を向け、少年―――たろすけはひとりごちた。
誰の耳にも届かぬ、小さな小さな声で。
唇は先ほどまでの明るいくまっすぐな態度とは打って変わり、
その端は醜く歪んでいる。声もまた。
「好漢……ね。PIOUSが溜まるまでの、期間限定なんだけどね」
PIOUS―――
意訳するならば、信心あるいは徳。
狭義では、善行によって積まれ、悪行によって減ぜられる単位。
「ダブルで命を救ったのに、PIOUSは4000しかUPしないなんて。
人間界転生が13000だろ、天界転生は20000……
気の長い話だよなぁ」
彼は日頃の悪行を見かねた仏によって、厳しい佛罰をあてられていた。
正しくは、佛罰の執行猶予を受けていた。
罰の重軽は期間中に積んだPIOUSの値によって正式決定する。
最悪の0ポイントで、地獄に落とされる。
たろすけがここに連れられてきたのは、そういった状況の只中だった。
「まず人助けして、PIOUSをMAX20000まで持ってくだろ。
それで、残り人数が少なくなったところで一転、刈る側へと変じる。
最終的に生き残り、且つ、PIOUSを13000以上に保つ。
問題は殺し一人あたりのPIOUSの下がり幅だよな……」
たろすけは己の計画を反芻しながら、林の中へ消えていった。
【「妖怪道中記」 たろすけ(PIOUS 4000)】
【「平安京エイリアン」 検非違使 生存】
【「フラッピー」 フラッピー 生存】
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