無題






 特殊訓練というものは、時には残酷な結果をもたらす。

「ひゅー……ひゅー……」
 耳障りとも言える吐息の音が、森のあたりに響き渡る。
 うつろな目で、周りを見回す兵士。
 両手で携えた銃のマガジンはほとんど空になり、殴る以外に活用法はない。
 それでも彼は、懸命に闇に包まれた森を幾度も見渡す。
 が、
「ぐぁっ!!」
 体中を走る痛覚が、彼の背から響く。
 訓練したはずなのに。
 幾人もの仲間を犠牲にしてまで、夜戦法を体に叩き込んだのに。
 前のめりに倒れ込みながら、焦燥にかられる。
 しかし、次の思考に移る間もなく、彼の頭に割れるような痛みが走る。
 一度や二度ではなく、数え切れないほどに。
 頭を護るためのヘルメットも剥がされ、直接頭部に痛い塊が叩きつけられる。

 特殊訓練とはいえ、彼が学んでいないものはいくらでもある。
 それが、彼の寿命を確実に縮めていた。

 ――こんなことだったら、格闘技を学んでおくんだったな。

 銃に頼り切りだった彼の後悔は、杞憂にしかならない。

「がっ!!」
 一旦止んだと思われた頭部への連打だったが、それは硬度を更に増して帰ってきた。
 金属の音が、頭蓋骨のくぐもった音と不協和音を奏でていく。
 彼が落とした銃が、闇を身に包んだ襲撃者の手に渡っていたので。

 ――ぶざまだな、俺も。

 だが、その自嘲すらも無駄なものに変わる。
 瞬間、乾いた銃声が森に響いた。
 その音にも構わないとばかりに、襲撃者の手は止まろうともしなかった。
 既に、彼の動きは止まっているというのに。
 草むらにぶちまけられていく脳漿と血液だけが、彼の動いている数少ないものだった。
 自分が残していた銃弾が仇となったと考えるだけの思考も、土へと流れていく。

 やがて、襲撃者の動きが止まる。
 兵士が着けていた「首輪」の音の間隔が、だんだんと狭まっていたのだ。
 襲撃者は危険を察したのか、馬乗りになっていた彼の遺骸から身を離した。
 数秒後。
 空気が破裂したかのような音とともに、兵士の頭部があっけなく破裂する。
 上空からの月明かりが、大量の血液と肉塊を照らす。
 その光は襲撃者――『兵士』の姿も照らしていた。

 唯一、その『兵士』が兵士と違う点。
 それは、瞳に宿る野性のギラつきだった。

 しばらくして、煙とともに『兵士』が小さくなっていく。
 その姿は、可愛らしい小動物――狐のそれへと変わっていった。
 しかし、その可愛らしさを裏切るように、兵士の衣服を噛み、乱暴に剥いでいく。
 そして、その勢いのまま彼の死肉へと噛みついていく。
 筋肉から骨。
 骨から臓物。
 これだけあれば、彼女の空腹を満たすには十分だろう。


 自分に殺され。
 自分よりも小さい者に喰われ。
 死後の彼の笑い話には、もってこいと言えるものだ。

 せめてもの救いと言えば、このぶざまな姿を仲間に見られずに済んだことだけであろうか。


【「は〜りぃふぉっくす」母ギツネ 生存】
【「戦場の狼」スーパージョー 死亡】



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