無題
出会いと別れ、希望と絶望、そして生と死。
彼はその人生の大半を洞窟探査、平たく言ってしまえば宝探しに費やしてきた。
一見、彼ほど体が脆弱な(といっても他のゲームの主人公と比べてだが)者が挑戦する場所ではないように思える。
しかし実際に彼は長い探検の末に宝を発見したのである。もちろん彼がもう少し体の強い者であったなら、
もっと簡単に事が済んだのかもしれない。だが、彼はその弱さゆえ「挑戦」する強さを持っていた。
そしてその精神は洞窟内でいかんなく発揮され、彼自身ができる最良の行動、即ち死線ギリギリで
持ちこたえる運動力、判断力、精神力を極限にまで高めていった。
先の出来事でポポロンが言った「強さ」とは恐らくこの事なのであろう。
そんな彼が今、「命の重み」という事について深く、そしてとても重く考えている。
この陰惨なゲームで次々命を奪われて行く者たち、それを奪う者たち、そして上から見下ろす者・・・
彼にとって命はとても尊く、重いものである。しかしこの島ではそれが通用しないのだ。
まるで何の感情も感じないかのごとく次々と人を殺していく者もいれば、このゲーム自体を壊そうと
企む物もいる。そしてこのような戦いは無意味だと人々に訴えかける者もいる。
彼はポポロンの言った「希望」をまだ完全には理解していなかった。
しかし、実際にこの島に「希望」はあるのだ。
「希望」があるから挑戦するのではない。「挑戦」するから希望ができるのだ。
彼は少しづつ、皆の「希望」になっているのかもしれない。
先の出来事から少しの間、人気のない木陰で休んでいた彼は昼食を取ろうとディバッグを開け
中から小さなパンを取り出した。そのときである。どこから飛んできたか一匹の鳥が彼が手に持っている
パンめがけて突進してきた。しかしその飛び方はどこかぎこちなく、目測が狂っていた。
鳥はそのまま彼にぶつかり、気絶してしまった。彼はびっくりして足元に横たわる鳥を持ち上げるが、
そこでとんでもない事実を目にする。
鳥の首にはリングがはまっていたのだ。もちろんそれはこのゲームの参加者であることを意味する。
彼は驚愕した。こんな小動物まで戦いに参加しているのである。そしてどう見てもその鳥は
ひどく衰弱してはいるが別段何も変わったところのない普通の鳥である。人間の言葉など解るはずもない。
そしてなぜ自分がここにいるのかも解る筈がないのだ。
鳥はしばらく彼の腕に収まっていたが、ある時突然目を覚ますとゆっくりと飛び立った。
彼は持っていたパンを細かくちぎり、空中に放った。
すると鳥はまるで彼の意思を汲んだかのようにパンを受け取ると、そのまま10メートルほど離れた木に取り付いた。
そこで鳥は、自分の子供たちにパンを分け与えていた。そして自分は一切エサに手を付けない様子である。
すると不思議なことが起こった。雛鳥の一匹があっという間に成長し、親鳥と同じくらいの大きさになると
元気に空中を飛び始めたのである。しばらくすると他の二匹も同じように巣を飛び出していった。
そういえばレゲー界にはそのような鳥がいると聞く。ありえない話ではない。
しかし、それでも彼らはただの鳥である。戦いに参加させるなどもってのほかである。
そんなことがあっていいはずがないのだ。
子供が全員飛び立ったのを見届けると、親鳥はゆっくりと子供たちが飛んだ別の方向へと飛び立った。
そして彼の真上で一度旋回して、そのまま崖の方向に飛んでいった。
「そっちは・・・行ってはいけない・・!」
そのときの彼の声は届いていたのだろうか、それとも最初からそのことを知っていたのだろうか。
親鳥はそのまま崖に向かい、ちょうど中腹についたあたりで爆発した。禁止エリアである。
「・・・・なんて・・・ことだ・・・!!」
彼はほとばしる怒りを抑えることができなかった。何もできなかった自分に対しての怒り、
このゲームの理不尽さへの怒り。
だが、親鳥、即ち彼女はやり遂げたのだ。この過酷な状況で。自分の一番すべきことを。
わが子を救うということを。それはこのゲームの中でまた一つ増えた、大切な希望だったのだ。
彼はポポロンの言った「希望」の意味を少しづつ自分なりに理解していっていた。
と同時に、失った友のが自分に残した物について決意を固めていた。
そのまま彼は子供たちが飛んでいった方向へ、少し早足で歩き出した。
【「バードウィーク」 親鳥 死亡】
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