無題
その時、カインの上空にはピンク色の物体がふわふわと浮いていた。
「…あれは、もしかして」
幾人もの人間を(逆恨みで)殺してきた彼も、その噂は知っていた。
自分以外にもこのゲームで数多く葬っている存在があることを。
その最右翼が、ピンク色の物体である事を。
幸いにも上空の物体はカインには気付いていないようだった。
呑気にも見える風に漂っている。
噂に訊くキリングマシーンとは思えない風だが、
そもそもその容貌に騙された奴が死んでいったと言う話もある。
――手を出したら、俺も死ぬかも知れん。
容貌とは裏腹に、ぞくりとする。
それに、彼の目的は、このゲームの主旨とは微妙に違ってきている。
彼は情け容赦のない殺戮を繰り広げているが、殺す対象は(彼なりに)選んでいる。
何も目に付く存在全てを抹殺したい訳ではない。
カインはあの物体を無視してやり過ごす事にした。
と。
ピンク色の物体の耳らしき部分が、ぴくんと動いた。
くるりと振り返る。
そして、ふわふわと漂いながらも、地表に向かってゆっくりと降りてきた。
カインの居る辺りを索敵するかのように。
――しまった、気付かれたのか。
確かに彼は隠れる能力は持っていない。
だから上空から探索されては発見される確率も高いだろう。
――やるしかないのか。
思わず槍を握る手に力が篭る。
幸い、敵は上から地表を探っているものの、
まだカイン自体には気付いていない様子だった。
先に突き掛かれば勝機はあるやもしれない。
先にこの槍を突き立てて、とどめを刺せば…
いや、刺せなくとも、しばし行動不能に出来たなら…。
今の奴の高度なら、俺が跳べば奴の上は取れる。
飛んで突き立てればダメージは大きいはず。
いくら噂通りの化け物とは言え、只では済むまい…。
カインは覚悟を決めた。
槍を力一杯握り締め、片足を引く。大地を蹴る。
人間離れした跳躍力を発揮した。
容易く空飛ぶピンク色の物体の更に上を舞う。
ピンク色の物体は、天空を見上げた。
カインに、丸い目を向ける。
――気の抜けた表情だ。しかし油断してはならない。
カインは槍を振りかぶり、突き下ろす。
落下する勢いと自らの体重をもってして、
ピンク色の物体にクリティカルヒットを加えようとした。
カインの槍が物体に突き立てられようとした瞬間。
彼の手元から、槍が消えた。
破壊されたような衝撃も何も感じず、手の中からすっぽ抜けたかのような。
槍を握り締めていた手に、唐突に風が当たる。
何の手ごたえもなく、彼は地表に着地していた。
何が起こったのか判らない。彼は驚愕する。
はっと気付いた。我に返る。敵は無傷だ、だとしたら次は――!
こいつはヤバイ。噂通りだ。
逃げるしかない。
使い慣れた武器を失った今、俺に奴を倒す事など出来ない。
カインは脱兎の如く逃げ去った。
……ピンク色の物体はしばし上空を漂っていたものの、
自分を攻撃してきた騎士が走り去ったのを確認してほっと一息ついた。
「物騒だなーこの島。困った困った」
愚痴りつつ、ぱたぱたと腕なのか羽根なのか判別しかねる部分をはためかせる。
「助かったーパンドラの箱取り上げられなくて良かったな。
こいつも俺の一部だって判断かな。ある意味間違ってはいないか」
――彼の眼前には、何らかの装飾が施されている箱が浮いている。
箱の中をちらりと覗き込む。中にはトライデントが浮いていた。
「槍や杖の収納場所ならたくさんあるし…この槍アークも使えるかな?
ま、使えなかったらホールホルにぶち込んで捨てちまえばいーか」
様々なモノを保存する道具箱のような役割を果たすパンドラの箱。
そしてそれに長年封印されていた謎のピンク色の生物・ヨミ。
彼の容貌が容貌のため、幸か不幸か注目を集めるかもしれない。
【「ファイナルファンタジー4」 カイン 生存(トライデント紛失)】
【「天地創造」 ヨミ 生存(トライデント入手)】
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