無題






 波のさざめきが心に染みる……
 水平線が、そびえ立つ岸壁の間に一線を引いている。
 足下の波は、砂浜に寄せては返す。

 俺は、道が開けているほうへと歩みを進めた。
 空には母国のような霞みは一つもなく、ただ星が煌めいている。
 しかし、あたりを見渡してあるのは、岩山ばかり。
 ……この島に来た人々の心のように、殺伐とした風景がずっと広がっている。
「なんで俺はここにいるんだ……」
 本当なら、俺は南太平洋の島へと行かなければいけないのに。
 早くしなければ、人類の命運が尽きてしまうかもしれないのに……
 ――早く抜け出さなければ。
 俺には、人など殺している暇などない。
 殺すぐらいなら手っ取り早く気を落として、そうでなければ殺る。
 それをしないためにも、俺は迅速に行動しなければならないんだ。
 しかし、あたりのゴツゴツした岩は幾度も俺の足を滑らせる。
 ――こんなことだったら、荒地訓練を受けるべきだったな。
 途中の岩山で、金属製の――鉄ではない何かによるドアを見つけたが、開けるためのノブや、傍らのデバイスに充てるような物はなく、結局何もできずにこんなザマだ。
 ズボンの脛当てに、だんだん血が滲んでいく。しかし、こんなことは気にしていられない。
 俺はただひたすら、時計に付いている磁石を頼りに、西へと歩いていく。
「……ん?」
 辺り一面の岩山。
 その中に、一つ異質な建造物が見えてくる。
 ……いや、建造物ではない。
 上部で光るパネル。
 所々の穴から延び、別の場へと繋がっているパイプ。
 耳触りな甲高い音。
 こんな場違いな場所に……機械なんてあったのか。
 機械には大きな穴が空いていて、人が一人、立って入れるようなものだった。
 試しに中を覗いてみると、床が無く、煙突状のように地下へと続いていた。
 だが、底は見えない。
 試しに、足下に転がっている石ころをこの中へと落とそうとして屈んだ――その時。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!」
 突然、後ろから野太い絶叫が響き渡った。
「っ!?」
 俺はとっさに避けるが「そいつ」は構うことなく、穴の中へと顔を突っ込んでいった。
「……こ……これだっ!」
 ……は?
「ここに、三月磨臼があるんだなっ!」
 ミッ●ーマウス?
 母国で耳慣れたような言葉に、俺は一瞬親近感を覚えた。
 ――が、それは一瞬のものだった。
 そいつ――見にくく肥えた中年男性は、俺のことをじろっと見ると、下卑た笑いを浮かべた。
「……お前、見たな」
「は?」
「この場所だ、この場所」
「ああ、ここにいるからな」
「そうか……だったら、生かしちゃおかねぇ」
 中年男性はマントをなびかせながら身構えると、ナイフをちらつかせてきた。
「三月磨臼は俺の物だ。お前なんかに渡しちゃなるもんか」
 ミッ●ーが俺の物って……こいつはゲイか? クレイジーか?
「今すぐここで殺したるっ!」
 そう言いながら、男は俺に突進してくる。
「ふんっ」
 甘い。
 殺意は十分に伝わってくるが、身を翻すだけでかわせるほど隙だらけだ。
 ……殺意?
 男は殺意を向けている。
 それを受けている俺は……俺は?
 ……俺は、どうする?
 その一瞬の自答が、俺の唇の端をゆがませた。
 腹には、冷たい感触。
 体からは、力が抜けていく。
「……宝は、俺のもんだ」
 下卑た笑いが、俺の懐から聞こえてくる。
 そうか。
 最初から、こうすればよかったんだ。
「ん?」
 俺は残った力で男を抱きかかえると、機械の穴のほうへと引きずっていった。
「宝の場所……連れていってやるよ」
「ふんっ、最初っからそうすれば――」
「ただし」
「ん?」
「……生きて行けるかは保証しないがな」
「なっ!?」
 男は、俺の腹に刺さっているナイフを引き抜こうとしている。
 が、俺がぐっと抱きかかえているせいで、抜くことは出来なくなっていた。
「……こうなったら、道連れだ」
 貴様も。
 世界も。
 もしかしたら、何もかも。
 もう、みんな一緒だ。
「やめろっ、やめっ――」
 俺は男を抱きかかえたまま、穴の中へ飛び込んだ。

 ――ああ、そうか。

 石なんか落とさなくても、これでよくわかった。

 ずっと下へと落ちていく感覚。
 これだけ落ちれば、もう十分だ。



 男と俺が底に臓物をぶちまけた瞬間、世界のどこかで火柱が立ち上った。



【「WILL」「THE DEATH TRAP」ベンソン 死亡(墜落死)】
【「デゼニランド」主人公 死亡(墜落死)】




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