白ウサギとアリス
足りないものは何か。
人は足りないものを補う為に行動し、足りれば失わぬように努める。
それは誰にでも言える事で、このゲームに参加する者たちもそれぞれ求めるものを探すだろう。
では、これから起こる物語の中で足りないものは何か。
彼らには何が足りない? 何が足りなかった? 何を求めるべきか?
何が余分で何が要らなかったのか。
アーマータイガー……
「?」
ピクリと耳を動かす。
名前を呼ばれたような気がしたが、すぐに気のせいだと思った。
悪の組織フロシャイムの怪人、アーマータイガー!
ダイヤモンドより硬いヨロイを身につけたトラの怪人。
タイガーラリアット、クロー、クラッシュのタイガー殺法は確実に敵を死に導く!
すっごく強いぞアーマータイガー!
ここは何処か全くわからない。
多分、今は真夜中頃だ。
ミルクのように濃い霧が立ち込め、宵の闇も相俟って何も見えない。
これでは誰も他の参加者を探せないし、逆に他の参加者にも見つからないだろう。
「はあ…」
まいった。
恐ろしいゲームに巻き込まれたとは感じたが、アーマータイガーは全く危機感を持っていなかった。
先ほどのあの会場にはヴァンプ将軍がいたし、サンレッドの姿も確認できた。
だからこう思ったのだ。
サンレッドがキレる
↓
サンレッドが主催者をタコる
天体戦士サンレッド
FIGHT.0 悪夢!!漫画ロワレガシィ
〜完〜
ポリポリと頭を掻き、大きな欠伸をして少しして、重要な事を思い出す。
「あ!やべっ、ヴァンプ将軍が殺される!」
あわててデイパックの中から懐中電灯を探り出し、次いで参加者名簿と書かれたモノを出す。
「ヴァンプ将軍ヴァンプ将軍……あった!」
探してみれば自分以外にも知っている名前が4つあった。
サンレッド、ヴァンプ将軍、かよ子、ウサコッツ
毛皮に覆われたアーマータイガーの表情が器用に青ざめる。
彼にとっては殺し合いそのものより、知り合いの動向が心配でならなかった。
サンレッドは心配ないだろう。殺せる奴は多分いないし、そのうち主催者もボコにされる。
このゲームで一番タチの悪いチンピラなんじゃないだろうか?かよ子さんのヒモだけど。
一応正義の味方なんだし、主催にも反抗するだろう。ヒモだけど。
ヴァンプ将軍は大いに心配だ。その優しさゆえ、殺し合いを止めるために誰彼構わず説得しようとするだろう。
……ゲームに乗った強い参加者であろうとも、将軍なら説得しようとするだろう。
考えただけで頭がいたい。
ウサコッツも心配だ。ゲームに乗って優勝を目指すような奴ではないが、変な事をやらかしそうだ。
例えばサンレッドの抹殺計画とか抹殺計画とか抹殺計画とか。まあいいが。
一番問題なのは
『かよ子』さんだ。
かよ子が大変な目にあう
↓
ヒモであるサンレッドがキレる
↓
サンレッドが主催者をタコる
↓
八つ当たりで他の参加者もボコられる
天体戦士サンレッド
FIGHT.0 惨劇!!漫画ロワレガシィ
〜完〜
「早くかよ子さんを保護しないと……」
本気で殺される。主催者や殺人者に殺されなくても、レッドに殺される。
急いで荷物をまとめ、アーマータイガーは走り出した。
怪人である自分の体力なら、一日中走り続けても平気だろう。
効率は悪くても、他の皆を守るためなら仕方ない。
……
迷った。
さっきから同じ場所をグルグル回ってるだけのような気がする。
この木はさっき見た木だ。同じ場所にウロができているから間違いない。
霧のせいだろうが、少し気味が悪い。
このまま闇雲に走るだけでは仕方がないし、かといってヴァンプ様達を探さないわけにはいかない。
はあ、と何度目かわからない溜息を吐いた時――
「アーマータイガー」
急に声をかけられ、自分の心臓がひっくり返るような感触を味わう。
全身の毛が逆立つ。気持ち悪い。
真っ白な霧の中、ウサギのぬいぐるみがこっちに歩いてくるのが見えた。
「ウサ!」
フロシャイムの怪人、ウサコッツ。
早くも探していた相手の一人が見つかり、アーマータイガーは嬉しかった。
「よかった、探したよアーマータイガー」
ウサコッツは今まで誰にも会わなかったようだ。
危険な奴に会わなかったことで内心ホッとしたが、
同時にヴァンプ将軍やかよ子さんを保護できず落胆した。
念の為に書いておくが、アーマータイガーは悪の組織フロシャイムの怪人である。
世界征服を狙う『悪の』組織の怪人である。決して正義の味方ではない。
ご近所付き合いを大事にしていても、フロシャイムは悪の組織である。……多分。
「ヴァンプ様やかよ子さんを見つけなきゃ!
レッドは死んでもいいけど!」
ウサコッツの言葉に、内心「なんてことを」とアーマータイガーは突っ込んだ。
大事なことだから何度でも言う。アーマータイガーは悪の秘密結社の怪人である。
それはともかく、こうも霧が濃くては誰も探せない。
「にっ!!!」
ウサコッツが突然、大きな声で叫んだ。
誰かに聞かれては困るのであわててアーマータイガーが口を塞ぐ。
この感覚は何かに似てると思ったらアレだ。
アパートのお隣さんが壁をドンッ! と叩いた時の気分だ。
壁が薄いから少しの音でも怒られる。
ここは自分のアパートではないが、大きな声を出されると恐い。
「シー! 声が大きすぎる! ……何だ?」
「何でもないよ」
ウサコッツがケロリと言い放ち、アーマータイガーは肩を落とす。
前からウサコッツは人騒がせだったが、ここまでひどかったか?
「それよりアーマータイガー、支給品はもう調べた?」
支給品、と言われて、デイパックの中身をまだよく調べてない事を思い出した。
慌てて名簿と懐中電灯を見つけたが、それ以外は何も調べていない。
「僕のはねっ いいものが入ってたんだ! ジャーン」
じゃーん、と出されたのは
白い薔薇を模った指輪だった。
器用に自分の鋭いツメにつけ、アーマータイガーに見せびらかす。
「もう一個あるんだよ! これを二人でつけると、パワーが大幅アップするんだって!」
……玩具の指輪だな。
あれだろ? 夏祭りの屋台とかで売ってるヤツ。
目の前のヌイグルミは本物として疑っていないようだが。
「これをつけて、ヴァンプ様達を探しに行こー!」
ピョンピョンと跳ね回るウサコッツを見て、
これは大人しく従わないと後がうるさいなとアーマータイガーは判断する。
「にげぇ!!!」
またウサコッツが突然大きく叫んだので口を塞ぐ。
にげぇって何だにげぇって。
「何ださっきから!」
「モゴ……なんでもないよ」
変なものでも食べたのかもしれない。
あまり騒がれるのも嫌なものだ。
「それよりハイ、指輪。左手の薬指だよ」
「はいはい、指輪ね」
少し先が思いやられてきた。
左手の薬指につけなきゃいけないのか。
えーっと、これは何をはめる時の指だっけ?
指が太いんだが……入るか?
「に……」
またウサコッツの変な発作か。
本当に大丈夫かコイツ?
もう無視しよう。
指輪さえはめれば少しは静かになるだろ。
手元が暗くてよく見えない。
……はまった。
「にっ、逃げて!! アーマータイガぁーーー!!!」
はぁ?
驚いて顔を上げると。
そこには、ガタガタと激しく震えるウサコッツがいた。
何事かと驚く間もなく、目の前の景色が歪みだした。
瞼が急に重くなる。
「可哀想……」
こいつは何をやっているんだ!?
可哀想とはなんだ可哀想とは!
「可哀想な駒鳥さん」
謡いだしたウサコッツの体はまだ震えている。
……駄目だ、眩暈がひどい。立っていられない。
「だァれが殺した
駒鳥さん……」
何だと? 殺した!?
アーマータイガーが地面に倒れる。
もう地面の感触すらわからない。
「そォれは わたし……
わたしなの……」
ウサコッツが……誰か殺した?
アーマータイガーの顔に水滴がポタポタと零れ落ちてくる。
重い瞼を必死に開けるとウサコッツが覗き込んできた。
この水滴はウサコッツの涙。
そして……ウサコッツの顔には、右目から伸びる白茨と咲き誇る白薔薇があった。
ウサコッツが……
眠い……
指輪が……熱い…………
ついにアーマータイガーは意識を失った。
◆ ◇ ◆ ◇
話はウサコッツとアーマータイガーが出会う十数分前に遡る。
「う〜ん」
重い瞼を上げ、ぼんやりとした頭でヌイグルミ型怪人ウサコッツが目覚めたのは見慣れた場所だった。
悪の組織フロシャイムのアジト。
ずっと出したままのコタツ、いつもと変わらない一枚だけ外れた天井の板、別の支部から送られてきたミカン。
「夢か」
爆発した首、恐い主催者、嫌なゲーム、全部夢。
自分の首には首輪なんてない。
「いけない、コタツで寝ちゃった」
コタツで寝たりするから変な夢を見ちゃったんだ。
もぞもぞとコタツから這い出て、時計を見るとまだ夕方。
折角だからレッドを抹殺しに行こうかと思ったが、外は濃い霧だからやめる。
皆はどこにいるんだろうか?
「ヴァンプ様ー? いないのー?」
返事は無い。
「デビルねこ君? Pちゃん? ヘルウルフ君?」
返事は無い。
「もー、誰もいないのー?」
ヴァンプ様は近所のスーパーへ買い物にでも行ったのかもしれない。
……この際ムキエビ先輩でもいいから誰かいないかな?
さっきの嫌な夢を見た後だし、誰かの顔を見て落ち着きたいのに。
『ヒソヒソ……』
なんだ、人いるじゃん!
台所にいたんだ、ああよかった。
1号君と2号君だ。
「……でも不況だからって、怪人をリストラするのはどうかと思うんだけど――。」
う、うわ、不況のアオリがこんな近くに。生々しいや。
「仕方ないんじゃね? 俺達がクビになるよりマシだって」
「確かに、ウサコッツさんなら何とかなるかもな。」
え? 1号君、何を言ってるの?
クビって? 僕が? どうして???
もしかして何度も勝手にサンレッドを抹殺しに行ったから?
イヤだよ! そんなのイヤだよ!!
「可哀想だけど、怪人をみんな飢え死にさせるわけにはいかないもんね」
いつのまにかヴァンプ様が会話の中に入っていた。
どうして? 本当に僕はリストラなの? そんなにフロシャイムは苦しかったの??
「ウサコッツ、クビ?」
タイザ君が僕の後ろから無遠慮に声をかけてきた。
皆が一斉に僕の方を見つめる。
嫌だよ、そんな目で見ないでよ、みんなやめてよ。
「ウサコッツ、今までありがとな」
「楽しかったぜ、忘れないからな」
カーメンマン、メダリオ、悪ふざけはやめてよ。
「……」
Pちゃん、微妙に目を逸らさないでよ。
「ウサちゃん、また会おうね」
デビルねこ君まで変な事を言わないでよ。
「ウサコッツさん、頑張ってくださいね」
1号君、頑張るって何を頑張れっていうの。
2号君、気まずそうな顔をしないでよ。
「ウサコッツ……元気でね」
やめてよヴァンプ様。
嘘でしょ。
みんなで僕をからかってるんでしょ。
嫌だよ。ずっとみんなと一緒にいたいよ。
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
ギョウ ムキエビ先輩 モスキー ゲイラ アーマータイガー デルズ
気がつけばフロシャイムの怪人達が大勢そろっていた。
いつもならヴァンプ様が、鍋料理を囲むのに呼ぶだけなのに、今日は違う。
「さようなら」
「さようなら」
「……」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「サヨナラ」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
涙がボロボロこぼれてきた。
止まらない。止まるわけ無い。
今まで当たり前だと思っていた、暖かい場所。
優しいヴァンプ様、仲の良い怪人達、ご近所との関係を大切にする悪の組織フロシャイム……
全てが無くなった。
もう誰もいない。
アジトもない。
川崎市の風景も無い。
どこまでも真っ白な霧だけが残った。
こんな事なら、あの悪い夢のほうがマシだった。
皆と別れるくらいなら、あの悪い夢の方が……
うふふ
うふふふ うふふふ
うふふふ
うふふふふ
「可哀想なウサギさん、あなたの巣穴はありません」
「……グスッ……誰?」
急にぎゅっと、ウサコッツの体は誰かに抱きしめられた。
かよ子さん? 違う、もっと小さな子供だ。
「私が傍にいてあげる……」
真っ白なドレス、淡いピンクの長い髪、美しく整った顔の女の子。
「私は薔薇乙女……第七ドール……雪華綺晶」
女の子じゃない、女の子の形をした人形。
その右目はなく、代わりに白い薔薇が咲いていた。
「第七……ドール?」
この目の前の子は何を言ってるの?
薔薇乙女って何?
「第七ドールは幻の中にしか存在し得ない
何故なら私もまた幻……
肉の器のしがらみを持たない
無機の器に宿された神秘の魂
それが薔薇乙女」
謡うように女の子の人形は話を続ける。
それでもウサコッツには何が起こっているのか理解できない。
「しかしそれでも至高の少女になり得ない……まだ足りない。
物質世界に存在を縛られる事自体がアリスへの枷になってしまう不要の形骸なのか?
エーテルから開放されたアストラル イデアのイリアステル……
その輝きこそが至高の少女なのか?
お父様はそう考えて私をお創りになった……」
アストラル? 幻? 混乱を続けるウサコッツの頭に意味は届かない。
「だから第七ドールは……実体を持たない……
でもそれでも足りない
私でもまだ、お父様の目標には到達できない……」
体が無い?体が無いのに、どうやって僕を抱きしめてるの?
こんなに綺麗なのに、まだ何か足りないの?
こんなに綺麗なのに……どうしてこの子は…………
こんなに怖いの?
「だから……」
ちゅっ
雪華綺晶の小さな唇と、ウサコッツの唇が合わさった。
「え? 何!?」
ウサコッツが気恥ずかしさで雪華綺晶の腕から離れる。
恥ずかしさのせいで恐さも悲しみも消えて無くなる。
キス魔かと一瞬思ったが、それすらも一瞬でなくなる。
激痛によって。
「私はこの新たなるアリスゲームで……
至高の少女になるのです……」
ボコ……
ピキ……
ピキ
「!!?」
ウサコッツが自分の手を見ると、そこには……
小さな、
小さな小さな、
白薔薇が咲いていた。
あわてて顔に手を当てると、薔薇の葉が生えている。
メコッ
ボコ
ボコ ボコッ
ボコ
「いっ……いた……っ
いた……あっ……やだ……いっ……」
引っ張っても。毟っても。
白薔薇はどんどん生えてくる。
そのヌイグルミの全身に根を這わせ、まるで食い殺す様に。
「戦う為に……器が欲しいの……からっぽの器……素敵なからだ……私のからだ……」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
いたい……いたいよ……
助けて。誰か助けて!
ヴァンプ様
かよこさん
1号君
2号君
デビルねこ君
Pちゃん
ヘルウルフ君
タイザ君
ギョウ君
モスキー君
メダリオ
カーメンマン
アーマータイガー……
レッド!!!
「うふふ……ヴァンプ将軍……かよ子……アーマータイガー……サンレッド」
雪華綺晶がウサコッツの心の中を読み上げる。
同時にウサコッツの表情が苦痛から恐怖によるものへと変わる。
彼女の最も得意とする事は、相手の心の隙間を覗き込む事。
覗き込む事は……相手の最も嫌な事。
隙間から怒り、悲しみ、絶望、忘れたい過去、トラウマ、
そして……最も恐れる『未来』を読むことが出来る。
この霧に包まれた現実感のない川崎市は、ウサコッツの見ている夢。
さっき見たヴァンプ将軍達も全て夢。
ウサコッツの最も恐れる夢。
絶対に来て欲しくないと、切に願う未来。
ウサコッツも夢。
雪華綺晶も夢。
夢だからこれは現実。
ウサコッツは目覚めてなどいなかった。
ずっとずっと夢の中にいた。
そして出る事も無い。
永遠に。
「嫌だ……助けて! 助けてー! ヴァンプ様……アーマータイガーーー!!
かよ子さん…………レッ……ド……」
ウサコッツが己の中の絶望の世界で最後に見たものは。
右目に咲く白薔薇と、全てを観ていながら何も見ていない金色の左目、
おそろしい少女の笑顔と……
少女の首に巻かれた、銀色の首輪だった。
◇ ◆ ◇ ◆
そして時は元通りに動き出す。
倒れた筈のアーマータイガーは困惑していた。
あのゲームはどうなった?
どうして……どうして……
どうして何時の間に、自分はフロシャイムのアジトの前にいるんだ?
まだ濃い霧は立ち込めているが、それでもここは神奈川県川崎市のフロシャイムアジト。
まさか夢でも見ているのか?
こんな非常事態に?
ヴァンプ将軍とかよ子さんを助けなきゃいけないのに!?
ウサコッツは何をふざけていたんだ。
まさかウサコッツは殺し合いに乗って……
ガラガラとアジトのドアが開く。
「アーマータイガー……」
聞き覚えのある、弱くて小さい声。
「来てくれたんだね……」
「ウサ! 一体何を……」
そこから先は言葉が出なかった。
アジトのドアから出てきたウサコッツには……
足から先『だけ』しかなかった。
「ごめんね……もう……みんなの所に帰れなくなっちゃった……僕……食べられちゃった……」
「ウサ……」
ピ シ ィ
夢の中の世界は突如として終わる。
アーマータイガーの都合、ウサコッツの都合は知った事ではない。
すべてはゲームのために。
すべてはアリスのために。
すべてはアリスゲームのために。
◇ ◆ ◇ ◆
ここは現実の世界。
別れに泣く白き悪夢の中ではない。
霧立ち込める殺戮の現実。
もうアーマータイガーは動かない。
彼は一枚の絵になった。
ここはD−6の博物館。
白茨が絡みついたトラの怪人は、額縁の中に閉じ込められた。
沢山の絵画や彫刻が並び、眠れるトラの絵はその中に収められた。
スポットライトに照らされてくるくると白いウサギのぬいぐるみは踊り続ける。
取り囲むのは白い石膏細工の胸像たち。
彼……いや彼女は喜んでいた。
無機の器、自分のからだ。
ウサコッツの体を乗っ取って、彼女が最初にした事は『マスター探し』だった。
このゲームには面白い人間がよりどりみどり、彼女の姉妹も4人いる。
この新しいアリスゲームの中でも彼女の目的は変わらない。
究極の少女となるために、他のドールの契約者を奪う。
玉のルールは彼女にとって非常に好都合だった。
他の姉妹が死んでも全く問題がない。
単純に、アーマータイガーを含める7人の人間と自分が残ればいいのだ。
そう……姉妹がジャンクになってしまったなら、『一時的に生き帰せば』いい。
生き返ったら、残った人間の誰かと契約を結ばせる。後はジャンクにでも戻ればいい。
他のドールの無傷の体が必要なら、マエストロ(神業職人)の少年、桜田ジュンに直させればいい。
ドールは生き返らないかもしれないが、そんなものはどうでもいい。
最悪、ジュンが死んでしまっても、彼を生き返らせればいい。
最終的に、他の契約者を土壌にしてアリスにさえなれればいいのだ。
難しい事なんて何もない。
だが、足りないものもある。
意図的か非意図的かはわからないが、どうしても足りない。
薔薇乙女第二ドール・金糸雀
薔薇乙女第六ドール・雛苺
足りない。この二人がいなくては足りない。
どうしてこの二人を参加させなかったのだろう?
……主催者に頼めばいいのだけど。
主催者。
あのオンジと名乗る神官には、『糸』がついていた。
神官さんはただの操り人形さん。
操り人形を操るのは、操り士さん。
操り人形を操る、操り士さんを操るのは……女神さま。
女神さまになりたかった『あの方』さま。
チンッ、と雪華綺晶は自分の首輪を指で弾く。
幻覚である自分に首輪をつけることができたのは、黒幕さんも幻だから。
雪華綺晶が真の黒幕、オンバの存在に気づいたのは――
彼女達がとても似通っていたから。
不完全な存在、壊れた心、精神でできた体、
それでも『完全なる存在』を目指す二人。
会ってみたい。
話をしてみたい。
その声を聞きたい。
黒幕さんはこの人形を願いを聞き届けて下さるだろうか?
全部駄目だったら?
全ての願いが、目的が叶わなかったら?
そう、優勝すればいいのです。
それなら……黒幕さんにも会えるでしょう。
雪華綺晶は気づいていない。
自分の中に芽生える新たな感情に。
憧れとも、友情とも違う感情。
強いて言えば、親近感。
ウサギの時計は止まらない
ほらほら急いで急いで
女王陛下に怒られる前に
アリスを目指して
白ウサギは濃霧の中に消えていった。
【ウサコッツ@天体戦士サンレッド 死亡】
【一日目深夜/D-6 博物館 】
【雪華綺晶@ローゼンメイデン】
[装備] ウサコッツの体
[支給品]支給品一式×2、ランダムアイテム(0〜3個)×3、雪華綺晶の鞄、
[玉]3個
[状態]健康
[思考・行動]:アリスになる。優勝でも別にいい。
1:桜田ジュンを捕獲、もしくは死体を回収する。
2:他の姉妹の契約者を捕獲する、いなかったら無理にでも契約させる。
3:他の姉妹がジャンクになっていたら、ジュンに直させる。
4:金糸雀と雛苺を参加者として増やしてもらう。
5:黒幕さん(オンバ)と仲良くしたい……
6:アーマータイガーは死なないように放置。博物館からはあまり離れない。
※物理攻撃は効きませんが、制限で他の攻撃は効くかもしれません。
※自分に近い存在である、オンバに気づきました。
※ウサコッツの体を破壊しても雪華綺晶にダメージは与えられません。ただの器です。
※雪華綺晶の首輪もエネルギー体でできています。
雪華綺晶が去り、誰もいなくなった博物館の一角。
そこに飾られた一枚の額縁に描かれているのは、白茨に巻かれて眠るトラの怪人。
彼にとって足りなかったものは何か。
それは悪の組織に絶対に必要なもの。
『悪意』
平和な川崎市に慣れ親しんだアーマータイガーには絶対に足りない。
サンレッド抹殺を謳いながら、何だかんだで仲良くしている彼らには確実に足りない。
だからこそ、自分の想像を超える『悪意』に対峙した時、彼は無力だった。
雪華綺晶の心は、純粋な狂気と悪意に満ちていた。
だが、きっとこれからもフロシャイムの怪人達には悪意が足りることはないだろう。
今までも、これからも……
雪華綺晶は一つ、大きな忘れ物をした。
忘れた事にさえ気づかない。きっと気づけない。
彼女にとって本当に足りないものは。
彼女に足りなくて、悪の組織の怪人にあったものとは。
ローザミスティカ? 玉? 時間? 参加していない姉妹? 姉妹の体と契約者?
いいえ、違います。
彼女に本当に必要だったのは……
彼らの持つ優しい心。
額縁で眠るアーマータイガーの瞼に、涙が一滴。
【アーマータイガー@天体戦士サンレッド】
[装備] 雪華綺晶の指輪
[玉]ナシ
[支給品]支給品一式
[状態]額縁に閉じ込められている
[思考・行動]:……
1:ウサ……
※雪華綺晶との契約により、マスターになりました。雪華綺晶が解除しない限り、指輪は外れません。
※雪華綺晶により強制的に眠らされ、更に額縁に閉じ込められました。雪華綺晶の意思次第で目覚めることができます。
※どうやったら出られるのか等はわかりません。
※博物館の周辺に濃霧が発生しています。
前話
目次
次話