光と闇
締め切られたガラス窓に挟まれ、闇と静寂に満ちた空間。
規則正しく整列した机。それに挟まれ、小柄な子供が床に座り込んでいた。
「…………こ、ここはもしかして学校じゃねーですか?」
子供と言うよりも、それは人形。
ブラウンの長髪。
ルビーとエメラルドのオッドアイ。
生きた人形である彼女は、ローゼンメイデンの第三ドール翠星石である。
「……な、なんで翠星石が、こんな所に連れて来られなければいけないですか……しかもスイドリームまで呼べません…………。
べ、べべ別に怖がってる訳じゃないですよ? こ、こんなの平気の平左なのです! 翠星石を怖がらせたら、てーしたもんです!!
…………うぅ〜……………………真紅、蒼星石……この際チビ人間でもいいから誰か居ねーですかー?」
未知の環境の恐怖に怯え、その場から一歩も動く事が出来ない。
震える声で助けを呼んでもそれに答える者も無く、いたずらに時間が過ぎていく。
目を瞑れば嫌でも先程の惨劇が思い出される。
人の命があっさり奪われた。しかもその凶器が、自分の首にも巻かれていると言う恐怖。
じっとしていると何時までも、その事が頭から離れない。
しかしその場から動こうとしても、恐怖に竦んで動けない。
今にも物陰から殺人者が襲って来そうな錯覚を覚える。
過去の記憶と現在の状況、2重の恐怖に挟まれた翠星石は只無為にその場に座している事しか出来なかった。
不意に風が翠星石の背中を撫でる。
「ひ、ひいぃ〜!! だ、だだだだ誰ですか〜!? …………だ、誰も居ねーですか。脅かしやがってです……」
廊下側の開いた窓から風が入り込んだと分かり、翠星石は胸を撫で下ろす。
――――窓が開いている?
先刻周囲を確認した時は、全ての窓が締め切られていた筈なのに。
戦慄する翠星石の背後から手が伸び、口を抑えられ
首下に刃の感触が当たった。
「騒いだり妙な真似をしないで、大人しくオレの質問に答えろ。…………って、おい? 気絶したのかよ!?」
翠星石の背後から口を塞ぎ不自然に伸びた爪を当てた少年、キルア=ゾルディックが勧告した時には
既に翠星石は意識を失っていた。
※ ※ ※
「まったく、レディーを驚かすなんてとんでもない変態ヤローですぅ!!」
「だから悪かったって。こういう状況なんだから、多少は警戒して接触するのはしょうがないだろ。
それにアンタが気絶してる間に何もしなかったんだから、とりあえずオレに危害を加えるつもりは無い事は分かっただろ?
オレも流石にあんなあっさり気を失う相手を、疑うつもりは無いしな」
「な、何言ってやがるですかネコ人間! 翠星石は気絶なんてしてません! ちょっとびっくりして、遂眠っちまっただけですぅ」
「それを気絶したって言うんだよ……。後ネコ人間ってなんだよ? オレにはちゃんとキルア=ゾルディックって名前が有るんだぜ」
「な、名乗られたからには名乗り返すのが礼儀ってもんですね。誇り高きローゼンメイデンの第三ドール翠星石ですぅ」
翠星石が意識を取り戻し大事に至らなかった為、とりあえず互いの警戒が解けた2人は
どちらから切り出すという事も無く、雑談を大いに交えながらの情報交換を始める。
お互いが殺し合いの中で初めて出会う相手なので、話題は殺し合いに巻き込まれる以前の素性や
殺し合いの参加者の中に居る、自分の知り合いの話に終始した。
「しっかし、生きた人形とは驚いたな。しかもアンタ、ハンターも念もキメラアントも知らないって言うんだろ?」
「ネコ人間こそ、日本を知らないなんてどんだけ世間知らずですか」
「結局ネコ人間って呼ぶのかよ……。でもこうまで話が食い違うと、世間知らずじゃ片付けられないよな」
特に問題も無いと思われていた情報交換が、滞りを見せる。
どうも双方の話が食い違うのだ。
しかもそれは話の細部等ではなく、互いの住む世界そのもと言うレベルでだ。
お互い相手が嘘を付いている様子も見えない事から、翠星石とキルアの困惑を抑えられない。
「しかしこうなると、この『ギャンブル』から抜け出すのも簡単な話じゃないって事か」
「…………ネコ人間はここから抜け出すつもりなのですか?」
「他にどうするんだよ? それともアンタはこの『ギャンブル』に乗って、殺して回るつもりか?」
そう言われて翠星石は、初めて気付く。
もと居た世界に帰還するには、姉妹やジュンとも殺し合って勝ち残らなくてはならない。
そしてそれを拒否するには、殺し合い自体から抜け出さなくてはならない。
「うんな訳ねーです!! 翠星石は殺し合いなんて、まっぴら御免ですよ!」
アリスゲームを拒否した翠星石に、こんな殺し合いを受け入れるつもりは無い。
まして姉妹やジュンまで参加しているのだ。
翠星石は殺し合いに対する、断固とした抵抗を決意する。
「…………で、アンタなんか脱出に役立つ情報持ってるの?」
「……ほえ?」
「首輪の解除手段とか、この場所が何処かとか、『ギャンブル』の主催者の関する情報とか
とにかくどんな些細な事でも良いから、脱出に役立ちそうな情報さ。何か無いか?」
「…………そ、そんな事言われても…………どれも心当たりなんてねーですよ……………………」
翠星石には首輪に関する知識も
アリスゲームは知っていても、こんな『ギャンブル』の存在も
当然それを主催している人間にも、心当たりは無い。
いざ殺し合いを拒否する決意をしても、それを実行するには
自分が余りに無力だと言う現実を痛感する。
「…………そうか、そいつは残念だ」
途端、キルアの身に纏う空気が変わる。
まるで獲物を狙う肉食獣のそれに。
「アンタが何か、脱出に役立つ情報を持ってるんなら――――」
キルアの手が猛禽類の如く、異様な変形を始めた。
翠星石は本能的に危険を察知するが、蛇に睨まれた蛙の様にその場から動く事が出来ない。
「――――殺さなくても済んだのにな」
キルアの姿が消えた。
そう思った時には、翠星石は首から上を喪失していた。
キルアは片手で呆気無く、持っていた翠星石の頭を握り潰す。
「でも、アンタのお陰で貴重な情報が得れた。首輪と『玉』もな。その事には感謝するよ」
※ ※ ※
キルアは翠星石の死体から首輪を外し、腕輪から『玉』を取り外し自分の腕輪の穴に嵌める。
そして翠星石からディパックを奪うと、素早く教室から飛び出す。
死体と何時までも一緒に居て、その場面を目撃されても困る。
キルアの行動方針は単純。他の参加者と接触していき、脱出の為の情報を集める。
そして脱出の役に立たない者は、殺して首輪と『玉』と支給品を奪う。
この『ギャンブル』から生還するには、殺し合いの最後の1人になるか首輪を外し脱出するしかない。
首輪を外す方法が見付かれば良し、もし不可能となれば優勝に方針変換すれば良い。
何れにしろ、生還する可能性を上げられる。
自分ではなくゴンの。
そうもし優勝以外に方法が無いとなれば、キルアは自分を犠牲にしてゴンを優勝させるつもりだ。
勿論ゴンはそんなやり方は絶対に許容しないだろう。
既に何の罪も無い者を1人殺している。その事を知れば、ゴンはどれ程絶望するだろうか。
殺し屋としての生き方しか知らなかったキルアに、光の世界を教えたのは他ならぬゴン自身なのだから。
しかしだからこそゴンにだけは死んで欲しくない。
例え再び闇に堕ちようと、僅かでもゴンの生き残る可能性を上げるならそれで本望。
如何なる手を使っても、ゴンを生き残らせる。
伝説の殺し屋一家に生まれ育った、暗殺のエリートキルア=ゾルディック。
一度は光の道を選んだ彼の目には、再びかつて捨てた筈の闇が宿っていた
【翠星石@ローゼンメイデン 死亡】
【一日目深夜/E-5 学校】
【キルア=ゾルディック@ハンター×ハンター】
[装備]無し
[支給品]支給品一式×2、確認済み支給品(0〜3)未確認支給品(0〜3)
[状態]健康
[思考・行動]
1:必ずゴンを生き残らせる。
2:脱出の為の情報を集め、脱出の役に立たない者は殺して首輪と『玉』と支給品を奪う。
3:『玉』を5つ集めてゴンの居場所を教えて貰う。
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