OP
目の前に広がるのは、漆黒の暗闇だ。
一つの光も指す事のない真の暗闇。自分の体さえ視認できぬほどの空間の中で、男はしっかりと地を踏みしめ立っている。
………やがて、その闇の空間に徐々に変化が現れ始める。
ざわ……ざわ……ざわ……
囁くような人の声。ともすればちょっとした物音でかき消されてしまいそうだったそれが、少しずつボルテージを上げていく。
何という事はない。男が招待した『客』達が少しずつ目を覚まし、周囲とコンタクトを取って状況確認をしているだけだろう。
意識を取り戻したと思ったら、突然この暗闇の中だ。どんな人間でも、少なからず動揺しようと言う物だ。
やがてその囁き声が騒音と言っても差し支えない程の規模となった所で、男は目の前のデスクに接続されている操作盤に手を伸ばす。
このまま彼らの混乱をもう少し楽しんでいても良かったが、そうも行かない。この場には異常に血の気の多い者たちもいるのだ。厄介なトラブルが発生する前に事を済ませなければ。
それらを思う存分起こしてもらうのは、もう少し後になってからだ。
男がスイッチに手を掛けると同時に、ゆっくりと暗闇が晴れていく。
このホールの天井に設置されている水銀灯に光が灯ったのだ。
最初はおぼろげだった光も時間が経つごとにはっきりと自己主張をはじめ、そこでようやく『招待客』達は自分達の置かれた状況をまともに認識するに至る。
そこには、大量の人間がいた。
男もいれば、女もいた。子供もいれば、老人もいた。
学生服を着た、平凡な学生達がいた。かと思えば、黒いスーツに身を包んだどうみても『そっち系』の人物達もいた。
そもそも、常識に当てはまらない、まるでファンタジー映画から抜け出したような奇妙な衣装の人物達もいた。
かと思えば、二足歩行のトカゲやら擬人化したチーターや虎のような男、さらにはどう頑張っても人形にしか見えない少女達もいた。
全く脈絡のない要素の人間、いやそもそも一部に人外達も混ざっているような、混沌とした『参加者』達がそこには存在していた。
周囲の状況に驚くばかりだった様子の彼らだが、やがてそれぞれが一様にある一点へと注目し始める。
すなわち、壇上に立ち、自分たちよりも人一人分高い位置にいる二人の男へと。
こちらもまた、脈絡もない奇妙な取り合わせであった。
一人は壇上のデスクの前に立っている、白いスーツを着た初老の男。
一見した所では普通の人間と変わらないが、それでもその鋭い視線や雰囲気は、明らかに彼がまともな世界の住人では無い事を表していた。
もう一人は、デスクの右サイドで控えるように立っているもう一人の男。こちらの男の顔色を窺う事は出来ない。
なぜならば、その男の顔にはすっぽりとマスクが被せられているからだ。
奇妙な黒い鳥のような紋章が施されているそれは、彼が着ている神官の様なローブと相まって近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
さながらどこぞのカルト教団の教祖のような男であった。
そしてもう一つ。神官風の男とは反対の、デスクの左サイドにある奇妙な物体にもまた視線が集まりつつあった。
そこには、2mほどはあろうかと言う直方体の物体が設置されていた。
黒いシーツがすっぽりと被せられている為にその詳細は明らかではないが、果たしてこれは一体―――?
『まずは、自己紹介をしておこうか』
参加者達の疑問の様子を無視して、白いスーツの方の男がデスクに設置されたマイクへと語り掛ける。
機械によって増幅されたその声は大量の参加者達の隅々まで届き、そう言った物と無縁の世界で生きてきた一部の参加者の動揺を誘った。
『私の名は利根川幸雄。そしてこちらにいるのが―――』
「オンジ、と申します。どうぞ、以後お見知り置きを」
スーツの男――利根川の紹介を受けた神官風の男――オンジは、一歩前へと歩み出ると右手をそっと胸へあて、恭しく礼をする。
『さて、突然の事態に何より驚いているだろう。気がついてみれば、見知らぬ暗闇の中に飛ばされ、周囲には見知らぬ人々が大量に………。
これで驚くなと言う方が無理な話だ。それについての説明は、今から私が行おう』
そこで利根川は一旦言葉を切り、参加者の面々をじっと眺める。
先ほどまでとは打って変わった静寂が包んでいるホールの中で、それぞれの表情は千差万別だ。
固唾を飲んで見守っている者、まだ話に着いてこれない者、妙に余裕を見せつけている者……。
それぞれをしっかりと目に焼き付けた後で、利根川は再びゆっくりと口を開いた。
『君たちは選ばれたのだ……これから始まる、『ギャンブル』の参加者として…!」
利根川の突然の発言に、再び会場内にざわつきが広がる。
慌てている様子の参加者と、『ギャンブル』という単語に妖しく眼を輝かせた一部の参加者達を目の端で捉えながら利根川は言葉を続ける。
『この荘大なゲームに勝ち残る事が出来れば、全てが手に入ると考えて貰えて差し支えない……だがっ……もしも敗者となれば……全てを失う……っ!!
賭けるチップはただ一つ……誰しもが持っている……己の命っ……!!』
命、という単語に参加者の大部分が反応を示したのを見ながら、男は決定的な言葉を吐きだした。
『ゲームの内容はバトルロワイヤル……これから、君たちには殺し合いをしてもらう……っ!!』
会場内のざわめきが、最高潮に達した。
それも突然の事だろう。突然の『殺し合い』発言、それまでそのような薄暗い世界に身を置いた事のない人間にとってはこれ以上ない悪い冗談だ。
この場所にはそれ相応の修羅場を潜ってきた者もそれなりに含まれてはいるが、それでもこのように半強制的に無茶苦茶なゲームに参加させられようとすれば黙ってはいられない。
「………なるほど、なるほど……その不満も御尤もですな」
と、そこで自己紹介以来ずっと黙りこくっていた神官風の男、オンジがようやく口を開いた。
カツ、カツと靴音を立てながら利根川のいるデスクを横切り、自分の反対の場所に設置されていた布に覆われた立方体へと近づいていく。
「突然に自らの命を差し出せ、と言われれば誰しもが反発します……あまつさえ、『これまでそのような事態を経験した事のないような方々』は特に」
その言葉が言い終わると同時に立方体の傍へとたどり着いたオンジは、参加者の面々へと向き直りながら左手でそのベールを掴む。
「ですが、残念ながら貴方がたに『拒否権』は無いのです……こちらをご覧ください」
バッと、オンジの手により立方体を覆っていた真っ黒な布が取り払われる。
その下に隠されていた物は、檻。さながら猛獣を一匹捕まえるために作られたようなそれの中にいたのは、しかし猛獣とは真逆の性質を持った存在。
その檻の中には、制服に身を包んだ高校生程の少女が囚われていた。
茶色の長髪と、中々に成熟した肉体を持ち、顔つきも眉目秀麗と言っても差し支えないであろう少女は、それまでの間にそれなりに異性の関心を集めてきたのだろう。
だが今、その表情は恐怖に歪んでいた。
それも仕方のない事だろう。彼女は今、両手両足を粗末な長椅子に縛りつけられ、猿ぐつわまで噛まされているのだから。
これまでの間、何の説明もなく自分だけが縛り付けられ、強制的に暗闇の中に置かれていた事で感じていた恐怖はどれだけの物だったのかは想像に難くない。
幾ら『家庭』という限られた空間の中では絶対的な権力を持っていたとしても、彼女は結局はただの少女にすぎないのだから。
「ハルカっ!?」
「ハルカ姉さまっ!?」
壇上の少女の肉親である二人の少女が思わず悲痛な叫び声を上げるが、オンジはそれを気にする事はなく芝居がかった動作で檻の中の少女、ハルカの首を指差した。
「皆様としては、こちらの見目麗しき美少女の顔などに興味が集まる所でしょうが、今は別の場所……そう、このか細い首に注目して頂きたい。
最も、こちらの少女ではなくとも、今身の回りにいる人々や自分の首を確認していただいた方が手っ取り早いと思いますが……
ああ、そうそう。必要以上に弄りまわさない方が身のためですよ? 死にたくなければ……ね」
クククッ、と趣味の悪い笑い声が仮面の奥から響く。どこまでもどこまでも楽しそうなその声は、多くの参加者の神経を逆撫でる。
だが、それでも参加者達はオンジの言葉によって、ようやく自分達の体に起きた一つの異常に気付くこととなる。
すなわち、己の首に掛った、鈍色に輝く不気味な首輪の存在に。
『それは見ての通り首輪だ。紐は無くとも、お前達を縛り付けるに相応しい効力を見せてくれる。
……その中に入っているのは爆薬だ。人一人の首を吹き飛ばすのに十分な量の爆発を引き起こせる。
もしも、今後説明するルールに抵触するような行為や、我々の言葉に逆らうような行動を見せた場合には………』
そう言いながら利根川は、照明を付けた時と同じように壇上のスイッチを操作する。
カチリ、と無機質な小さい音がしたかと思うと、ハルカの首輪からピピピピピと電子音が鳴り響いた。
【あと30秒で爆発します。30、29――】
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?」
電子音声と共にカウントダウンを始めた己の首輪に目を見開いて、ハルカは恐怖に耐えきれないまま暴れ始める。
だが、それはガッチリと己の手足に食い込んでいる縄で自分の体を傷つける結果しか齎さない。
哀れなダンスの鑑賞会が大層お気に召したのか、オンジは仮面の上から口元に手を当て、体を震わせて嗤っていた。
『このようにカウントダウンと共に爆発する。また、他にも―――』
利根川の言葉と動きが硬直する。利根川だけではない、オンジもまたその愉快そうな笑いを消し、ハッとしたように利根川の背後、上空を見る。
そしてまたオンジだけでなく、その場にいる参加者全員が『それ』を見た。
すなわち、突然に利根川の背後へと現れた、銀髪に銀目を持ち漆黒の衣装に身を包んだお下げ髪の少女に。
ほとんど瞬間移動のようなそれが、人とは違う体を持つ彼女達の身体能力が生み出した超高速移動である事に気付けたのは、
彼女と同じ肉体を持つ者や彼女達の存在について知っている物だけだろう。
会場内の全ての視線が少女に集まる中、その少女のみが別の物を見据えていた。
その少女の右手は、利根川のいるデスクに設置された操作盤に伸びている。目的は言うまでもない、この首輪の解除の為だ。
だが、その目はデスクには向けられていない。彼女が見ていたのは別の物。
信じられない物を見るような眼で自分の左側から飛び込んできた、奇妙な形状の鉤爪を認識した少女は、一瞬のうちに左足と左手を切断され壇上に叩き落とされた。
鉤爪はそのまま壇上奥の壁へと突き刺さり、動きを止める。
少女から噴出した鮮血が壇上の男たち、そしてハルカを汚す。
オンジは対して反応を見せた素振りは無かったが、利根川は僅かに顔をしかめ、ハルカは声にならない叫び声を上げた。
「シンシアッ!?」
突然呼びかけられた自分の名に一瞬だけ少女、シンシアが反応したが、再び耳に響いた首輪のカウントダウンを聞き気を取り直す。
手足の切断は、シンシアの様な存在にとってさして大きな損失では無い。
そして壇上の男たちは、自分達が知る人外の者のような存在ではなく、あくまでただの人間だ。
殺す事は出来なくとも、気絶させるには片手片足でも『僅かな時間』で十分。
そう結論付けたシンシアは、飽くまで殺さない程度に留める事を脳裏に刻み、男たちへと再び飛びかかろうとして――――。
【8、7、6――】
―――――ピッ。
―――――ボンッ。
壇上に、少女の首が一つ転がった。
『…………このように秒数を設定せずとも即時爆発は可能だ。お前達の命は私の指一つで終わるという事を、忘れるな』
興を削がれた様子の利根川が、顔をしかめながら首なし死体となった黒い装束の少女を見つめる。
全く忌々しい…という言葉こそ口の中で噛み殺したが、その表情からそれを読み取ることは容易だった。
ハルカは、檻の中で呆然と突然目の前で起きた惨劇を見つめていた。
首輪のカウントダウンはいつの間にか止まっている。それでもハルカの体の震えは止まらなかった。
涙が顔を、他の体液が椅子や床を汚している事もどこか他人事のように感じられた。
オンジは、そんなハルカの様子をしばらく見つめた後に、少女に向かってそっと囁く。
「命拾いしましたね。見せしめは一人で十分でしたから、貴女はまさに彼女に命を救われた訳です」
呆然とした表情が見る見るうちに変化していくのをチラリと見た後に、オンジは最初に自分がいた定位置へと歩き始めた。
『さて、多少のアクシデントはあったが続けてルール説明を行う。君たちはこれから、とある閉鎖された場所へと送り込まれる。
その中で、最後の一人になるまで生き残ること。最後の残った一人がこのゲームの勝利者となる。
また、会場では6時間ごとに死亡者を伝える放送を行う。誰が死んだか、残りは何人なのかという情報は重要だろう、聞き逃す事のないように。
他にも円滑に殺し合いを進めるために、会場の一部を禁止エリアとして、立ち入り禁止区域とする。
そこに立ち入れば、先ほどのように30秒の制限時間の後に首輪が爆発する。くれぐれも気を付ける事だ…。
禁止エリアについては最初の6時間以降、2時間毎に一つずつエリアを追加していく。どこを禁止エリアにするかは放送にて説明する。
また、各々に一つずつディパックを支給する。中には食糧や地図といった物と、殺し合いを進めるのに役立つ武器などが一つから三つ入っている。
……特に戦いの心得が無い物はしっかりと役立てる事だ。それから最後にもう一つ、特別なルールについて説明する』
そこまで一気に説明を終わらせた所で、利根川は先ほどと同じ場所に戻ったオンジへと目をやった。
利根川の視線を受けたオンジは軽くうなずき、自己紹介の時と同じように一歩前へと出る。
先ほどと違うのは、その手に奇妙な腕輪の様なものが握られている事だ。
「貴方がたには先ほどの首輪と同じように、全員にこの腕輪が取り付けられている筈です。
ああ、ご安心ください。こちらの腕輪もそう簡単に取り外しは出来ないようになっているものの、首輪のように爆薬の類は入っていませんから……。
むしろ、この腕輪は貴方がたへのボーナスの様なものだと思って頂きたい。……特に、戦う術を持たない方々に取っては」
オンジの最後の一言に反応して、一部の参加者がハッとしたように自分の首輪を確認し始める。
先ほどの壇上での出来事が、良くも悪くも心の奥底まで刻みつけられているという事だろう。
「さて、この腕輪ですが…この様に穴が5つ。そしてその内の一つだけに、小さな球状の物体が嵌まっているでしょう?
これを便宜的に『玉』と呼ぶことにしましょうか」
『玉』という言葉に、オンジの良く知る数人の参加者が反応しているのが見えたが、彼は少し肩を竦めると首を横に振った。
「あぁ、一部の方々には紛らわしい事と思いますが……この『玉』は貴方がたの探している物ではありません。我々が作りだした、ただの紛い物です。
……ですが、それでもこの『玉』の存在は、会場内での貴方達の助けになる事と思いますよ?」
そこで一端言葉を切って一息ついた後に、彼は一部の参加者では無く大勢の参加者に対しての説明を再開した。
「この『玉』ですが、見ての通り全ての参加者に一つずつ配布されています。
そして、それらの『玉』を五つ集めた所で、我々からボーナスとして一つだけ、願いを叶えて差し上げましょう。
願いと言っても、この殺し合いに関する事だけですが……例えば、『強力な武器を支給する』、『体の傷を全て治す』、『一人までなら他の参加者の居場所を教える』……
他にも、このバトルロワイヤルを進める事に役立つのであれば相談次第で受け入れましょうか。
…………ああ、そうだ……殺し合いのやる気を出させる為にも……『一時的な死者の蘇生』というのも良いかも知れませんね?」
『死者の蘇生』。オンジの口から突然飛び出したこの言葉に、会場が一種異様などよめきに包まれる。
平々凡々な日常を生きていた者達にとって、いや、死と隣り合わせの危険な状況に生きていた人達に取ってもそれは余りにも馴染みのない言葉だった。
『死』とは決して覆らない物…その認識は異なる世界に住まう人々にとってもほとんど共通の認識だった。
だが、自分と顔見知りであるほんの一部の参加者達の間では、その認識も少し違う物である事をオンジは知っていた。
『そう言えば、まだ優勝者への褒賞について話していなかったな……』
オンジに代わり、それまで黙っていた利根川が再びマイクへと語り掛ける。
先の突飛な発言の中でも、リアリストであろう彼の表情は対して変化を見せていなかった。
『この殺し合いの優勝者に与えるもの……それは全て、だ。莫大な大金でも、将来を約束された地位でも、名誉でも……
それ以外のどんな願いであろうと、我々が責任を持って聞き届けようっ……!
……もちろん、先にこちらのオンジが言った死者の蘇生だったとしても、不可能では無い……!!』
そこまで宣言した所で、利根川は参加者達の表情を観察する。そこに見えたのは、どれも芳しいものでは無かった。
半信半疑の物、最初から信用しきれないといった顔の物。そのどれもに、不信の種がアリアリと見える。
それを確認した利根川は僅かに顔をしかめさせるが、傍らにいたオンジはそうではなかった。
「どの方も、どうにも信頼できないといった表情ですな……だがまぁ、それも仕方のない事でしょう。あまりにも突然の事ですからね」
あっさりと自分達の不備を認める発言をするオンジ。だが、その声には隠しきれぬ余裕の色がある。
「ですが、それも今の内だけ。会場にて行動するうちに、我々の言葉が嘘偽りではないというのもやがて知れる事でしょう。
………とはいえ、このまま何の説明も無しと言うのも余りにも忍びない……そうですね……
それでは、ほんの数人の方々にだけ通じる事でしょうが、わかりやすく説明させていただくとしましょう」
一旦言葉を切ったオンジは、その両腕をゆっくりと上へ掲げる。
その動作は、彼の纏う衣装と相まって、さながら一種の神託を受けているようにも見える。
最も、この会場内で彼に神々しさを感じる人間がいるかどうかはかなりの疑問ではあるが。
「私の仕える『あの方』が、とうとう『女神』にも匹敵しうる力を手に入れた……そういう事ですよ」
その言葉を聞いた瞬間、僅かな参加者の表情に緊張が走る。それを確認してか、オンジは満足そうに両手を下ろし後ろへ下がった。
『………さて、ずいぶんと長くなってしまったがこれでルール説明を終了するとしようか』
それを見届けた利根川が、デスクの操作盤に手を伸ばす。
『それでは、ギャンブル……バトルロワイヤルの、スタートだっ……!!』
利根川の宣言と同時にスイッチが押され、数十人はいたであろう参加者達の姿は一斉にかき消えた。
【シンシア@クレイモア―――――死亡】
※ ※ ※
パン、パン、パン、パン―――――――。
檻の中にいた少女を含め、参加者達が全て消え去った後のホールの中に乾いた音が響く。
その音の発信源は他でもない、神官オンジからだった。
「全く、お見事ですな……深く感心致しましたよ」
彼の口から紡がれるのは称賛の言葉、そして彼自身の行動、すなわち『拍手』もまた相手を褒めたたえる為の物だ。
だが、その称賛が浴びせかけられているのは共にルール説明を行った利根川に対してでは無い。
「彼女達――『クレイモア』と呼ばれる、半人半妖の存在…その中でも相応の実力者たる彼女の行動を察知し、一撃を加えて阻止するとは……いやはや、流石ですな」
手の動きと口の動きを止めぬまま、オンジは利根川を通り過ぎ、舞台袖へと向かって歩きだす。
参加者達がいた場所からは死角になっている其処にいたのは、人……と言うには余りにも奇妙な外見をした男。
全身を透明な特殊ガラスでコーティングした、さながらマネキンのようなその男はオンジの言葉も聞こえていないかの様に二の腕までしかない右腕を前へ差し出した。
僅かな破壊音とともに、先ほどシンシアと呼ばれた少女の腕と脚を切断した鉤爪が飛来し、彼の右腕へと接合された。
「その騒がしい口を閉じろ。俺はただ、金を貰って仕事をしているだけだ」
「おや、これは失礼いたしました。海賊ギルド一の殺し屋、クリスタルボーイ様」
サイボーグの体ゆえに表情こそ変わらぬ物の、隠す気もない不機嫌さを滲ませた声でクリスタルボーイが言う。
ともすれば命の危機すら感じさせそうな殺気を前にしても、オンジはその余裕さを崩す事無く恭しく礼をする。
「俺としては『奴』と同じ舞台で殺し合うというのも構わんと思ったのだがな」
「申し訳ありませんが、貴方の体に合う『首輪』の作成は我々には出来かねまして…」
「ふん……まぁ構わん。ここにいれば、その内『奴』がここまで来る事もあるだろう」
「通称、『不死身の男』……ですか。この殺し合いの中でも『不死身』の二つ名は通じるとお思いですかな?」
「さあな。ただ、ここで死ぬのならば所詮そこまでの男だったという事だ。未練は無い」
「それはそれは………時に、兵藤様とオンバ様はどちらに?」
「知った事か。俺の仕事はただのボディーガードだ。ご主人様の面倒が見てもらいたければ、他にベビーシッターでも雇うんだな」
「ふふふ、これは手厳しい………」
奇妙な雰囲気を漂わせながら、談笑(?)を行う二人を見つめながら、利根川は忌々しげな表情を隠せなかった。
(ふん……化け物どもが……)
クリスタルボーイなるサイボーグも、オンジなる奇妙な神官も、また奇妙な経歴を持つ参加者達も、全てが『常識的な世界』で生きてきた利根川の神経を逆撫でする。
『旅人』?『クレイモア』に『ハンター』、あまつさえ『変身ヒーロー』に『怪人』だと?
……ありえない。そのどれもが、どこぞの小説や漫画のような、利根川にとっては悪夢のような世界だ。
だが、利根川は知っている。それらが全て夢などでは無い事を、また彼らが持つ凄まじい力の一端を。
(死者蘇生、か……そんな話、そう簡単に信じられるかっ………!…だが……)
思わず、瞼の上から自分の両の眼を擦る。
高熱の鉄板に晒され、もう二度と光を見る事すら叶わないと思っていた瞳は、今となってはかつてのように正常に機能を果たしている。
(……まぁいい……どちらにせよ、ただ自分の職務を全うするだけだっ……これはチャンスっ…私に訪れた、千載一遇のっ………!!)
『幻界』などという怪しげな世界の存在達に、どのような思惑があるかは与り知らぬ所であるし興味もない。
ただ、自分は与えられた『バトルロワイアルの成功』という仕事を完遂させ、再び返り咲くだけだ。
(奴らに依る物だけでは無いっ……これは、私にとっても…ギャンブルっ……一攫千金の………っ!)
一度地に堕ちた男の消える事のない野心すら巻き込みながら、血の惨劇はここに幕を開いた。
【漫画キャラバトルロワイアル・レガシィ―――――開始】
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