無題







 まだ真夜中だった。月明かりと懐中電灯の明かりだけが頼りになった。
 玉堤英人は間由佳に渡されたモンスターボールに書いてあった通りに、ポケモンセンターにたどり着いた。
『ポケモンセンターで待ってる』と書いてあったそのボールを英人は腰に付け、
 代わりに手には支給されたブローニング・ハイパワーを掴んでいた。

 ポケモンセンターの自動ドアを潜ると、そこには由佳の後ろ姿が見え、今にも英人を待っているのだろう。
 肩まで伸ばした髪が可愛くて、それでいて顔つきも美しい。性格も英人の知る限り、優しく、面倒見がよかった。
 二人の付き合いはこういう、ポケモンセンターでの事だった。
 二年前に二人とも同じポケモン(ニドラン。それぞれ雄、雌を飼っていた)が瀕死になり、
 二人とも急いで、ちょうど受け付けのカウンターでかちあった。
 それで、同じエリートトレーナーだった二人は少し話して、意気投合して――それからの付き合いだ。
 要するに、ポケモンセンターは二人の思い出の場所なのだ。

「由佳――」
 英人がそう呼び掛けた途端、由佳が仰向け気味に倒れた。
 その由佳の耳の上、バナナの様に曲がった何か――鎌が突き刺さっていた。
 そしてその由佳の頭ごしに――鹿嶋香澄(女 三番)の姿を認めた。
 ただ、間違いなかった事は、この時点で由佳は既に絶命していることだった。

 何の繋がりの無いことが英人の頭の中を駆け巡った。

 二ヶ月前、二人でサントリアンヌ号で船旅した時、
 この前の日曜日、二人でアイスクリームを食べた時、
 そして一昨日、由佳の家で二人で初めての夜を過ごした時――

「あら、ヒデト君久しぶり」
 カスミは英人をじっと見たままだったが、英人は迷わず、ブローニングの引き金を何回も絞る。
 乾いた音が響き、カスミの胸に疎らに穴が空いた。
 明らかに即死するであろう銃撃を受け、カスミはどっとカウンターにぶつかり、倒れた。
 どう見ても、死んでいるに違いない。
 英人はそれからすぐ、由佳の頭から鎌を取り出しにかかった。
「どうして……君が」
 顔だけはまだ美しい状態であった。そう――恐怖に歪んでいないような。
 カスミに騙されたのだろうか――
 英人は、由佳のまだ温かい唇に自身の口を合わせ――
「ハサミギロチン!」
 はっと、カスミを見た。
 殺した筈の鹿嶋香澄が、立っている!?

 そのまま、レモンを上質な包丁で切ったような音を聞いたのが、英人の最後の知覚となった。
 そのまま英人の首がざっくりと五センチ程真っ二つになり、首をぷらぷらさせながら、間由佳に覆いかぶさるように倒れた。
 倒れる時の衝撃で血がさらに飛沫き、間由佳の服に染み込んでいく。

 カスミは自らに支給されたキングラーをボールに戻し、元々は由佳のものだった鎌を取りながら、淡々と英人の死体の前で言った。
「ごめんね、私はジムに戻らなきゃいけないの」
 カスミは無骨なベストを服の下に着ていた。
 そのベストはカスミに支給されたものであり、もちろん、それは何ら普通のベストだったわけではなく――
 防弾チョッキだった。

【残り 15人】



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