無題







 プログラム。
 それは教科書においても、小学校四年生向けから登場する。
 つまり、大東亜共和国では知らない者はいない。
 国主防衛陸軍がテロ対策として行っている、国防上の戦闘シミュレーションの総称。
 毎年五十回、十歳〜五十歳の国民から二十人を任意に選んで実施される。
 レッドもプログラムを七歳位で知っていた。
 ニュースでもそのプログラムの実施結果を放映するので、大体、文字が理解できる年頃には誰だってそうだろう。

 それは全国民の内、九百五十人に毎年確実に訪れる、死の宣告だ。
 しかも――抗う方法もあるはずもなかった
 政府のやることに逆らえる訳がない。

 だが、そんな事も紛らわす様に、レッドは開き直った。
 全国民、年寄りとガキを外せば、せいぜい四十億人か? その中から毎年僅か千人なのだ。
 ――僅か、千人。
 そんなものに自分が選ばれると?
 恐怖を塗り潰すように、レッドは曖昧な確率論を立てて自分を持ち起こして来た。
 そうする事でしか、自らの中で政府に逆らえなかったから。
 今の今まで。

「ふざけないで!」
 誰かがそう叫び、レッドの思考を突如遮った。
 ――北沢樹里(女 五番)だった。
 レッドがまだトレーナーの駆け出しだった頃、よく相手になってくれた、トレーナーだった。
 樹里は、完全に憤慨した様子で大木戸に指を向けた。
「何の冗談? ふざけないでよ、何で私たちが――」
「人が話している時に私語は、するもんじゃないぞ?」
 大木戸はそう言いながら、樹里に白っぽいものを投げつけた。しかも、それなりの早さで。
 その白っぽいもの――チョークは樹里のこめかみを掠めて、後ろのエリカの机のかどに当たって、力無く砕けた。
「やめろ!」
 弍毘市の江藤毅(男 二番)が突然立ち上がった。正義感からなのだろうか? 或いは政府に対する反抗心から?
「そこぉ! 立ち上がるんじゃない!」
 また、大木戸が白っぽいものを投げた。

 またチョークか、とレッドは思った。
 が、それは先程もそうであった様に、”教卓から投げらるものはチョーク”と言う概念からくる、
 場違いな妄想であった事はすぐに分かった。
 釘打ちの様な音がして――タケシの額に、何かが生えている?
 おいおい、瞬間接着剤付きチョークか?
 勿論、違った。
 レッド(と言うかタケシ以外の全員)は必死にこれが幻想だと理解しようとしていたに違いない。
 更に妙な事に、タケシ自身もその”ナイフ”を確認しようと上を向いているのだから驚きだ。
 そのまま、タケシはナイフが飛んで来た方向からのけ反る形でぐらつき、神崎渉(男 三番)の机のかどに頭をぶつけた後倒れ込んだ。
 ピクリともしなかった。
「もう勝手な行動とかは厳禁でーす。わし悲しいけどナイフ投げちゃうよー」
 大木戸は、もう一本のナイフをちらつかせながら言ったのですごく説得力があった。
 レッドの席は一番前だったのでそのナイフはすぐ脇を通り過ぎた訳だが、さすがに生きた心地がしなかったに違いない。
 そして、もう誰も口を開こうとはしなかった。

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